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キルトト(7)

 帰り際に降り出した雨は小粒で、光術で防水してあるフードを被っていれば問題ないくらいだった。

 ちらりと見ると、リーネットはフードを深く被り、俯いているようだった。

 つられて俺も沈黙を守る。

 ここまでのクォントとリーネットの話を総合するなら、どうしても工場を閉鎖しなければならないだろう。

 しかし、この辺境の町では、農地を持たない人々の多くが工場で働いている。

 この町で最も盛んに動き、多くの人間を抱えていたのは『不燃布』の工場だろう。それが閉鎖する、となると多くの人が路頭に迷う可能性を考えなくてはいけない。

 最も、俺たちの役目はこの結果を纏めてギルドに提出する事であって、この町の人々の暮らしを向上させる事ではない。

 とは言っても。

 昨日見舞った患者たちを思い出す。彼らは病を背負い、重労働は出来ないだろう。その矛先はおそらく、工場に向くはずだ。

 工場長を思い出す。この事実を伝えれば、きっと工場閉鎖に踏み切るだろうが、従業員たちの怒りはおそらく彼に向けられるだろう。

 共和国の定めた法など浸透していないこの辺境の地で、その先に何があるのかなんて、考えたくもなかった。

「リーダー、眉間に皺が寄ってるよ」

 いつの間にか前に回り込んだリーネットが額を指で突いてきた。

「また、工場閉鎖で追い出されちゃう人達のことでも考えてたんでしょう」

 半分正解。

「仕方ねーだろ、目の前に職を失う人間がいるって分かってんのに、楽観的にはなれねーですよ」

「本当に優しいよね、リーダーは」

 くすくすと笑ったリーネット。

 が、一瞬、真剣な眼差しを向けた。

 その刹那、戦闘態勢に入ったクォントと似た空気を感じ、息を止めた。

「……リーダー、あんまり自信ないけど、聞いてくれる?」

「何だよ」

 目の前に立つリーネットに従って足を止めると、フードに弾かれた水滴がぽたりと目の前を落ちて行った。

 雨脚が強まっている。早めに戻ったほうがいい。

「もしかしたら、鉱脈があるかもしれないんだ」

「え?」

 雨の音が、やけに耳についた。

 間抜けな返答を返した俺に、リーネットはもう一度言い直した。

「もし出来るなら、光術で宝石の鉱脈を探してほしいの」

「そりゃ、出来ない事もねーが、探索プロセスは宝石1種類に対して1プロセスだぞ? いくら俺でも、一人で全山検索したら1カ月以上はかかりきりになっちまう」

 鉱脈を探すのに使われる探索プロセスは確かに存在する。

 しかしながら、探索プロセスは一種類の宝石に対し、一つだけしか生成出来ない。そのため、一つの山に対して『何か宝石が産出する可能性があるか』を見る時、莫大な数のプロセスが必要となってしまう。

 辺境の地では、よほどの事がないと全山探索は行われない。

 このあたりの山にもたくさんの鉱脈は眠っているかもしれないが、採算が合わないのだ。

 そこまでしてこの町に入れ込むわけにはいかない。こんな町は、それこそ星の数ほどあるのだ。

「ううん、探すのは1種類でいいんだ」

 リーネットは、黒曜石のような瞳に意志を灯した。

「探してほしいのは、『翡翠』の鉱脈だけでいい。ジェーダイトは確か、蛇紋岩の中に産出するはずなの。蛇紋岩自体、〈超塩基性岩〉が水と反応してできるもの。そもそも地面の深い深いところで出来た岩が、断層活動の活発な場所で地表に出現したもの。翡翠も低温高圧の環境下で生成されるから、おそらくは見つかる、と思うんだけど」

 最後の方で地震なさげに言葉を濁した。

「この世界に〈プレートテクトニクス〉が応用できるか分かんないし、そもそもマントルって概念があるかもわかんないし、ああでも、季節とか時間の概念がほとんど一緒だから、おそらく基本的な物理法則とか公転自転は一緒だと思うし……」

 ぶつぶつと言い訳のような言葉を付け足した。

 そう言えば、クォントと違って記憶力があまり良くないから、向こうの知識をあまり系統立てて話せない、と悔しがっていたのを思い出した。

「分かった。正直、今の言葉はほとんど理解できないが、お前の知る理屈でいくと、この山には『翡翠』の鉱脈が眠ってるって事なんだな」

「……うん」

 少し眉を下げて、自信なさげに。

 俺には、その言葉の正しさを判定してやることは出来ない。

「自信持って話しやがれですよ。お前やクォントがこれまで、言葉違えたことあったか?」

「……ごめん、自信ないんだ」

 クォントと始めて出会った頃、人知を超えた知識を羨んだ事もある。何しろそれは、到底手の届かない場所にあるからだ。

 が、二人ともそれを持て余しているように見えた。クォントはこの世界を乱す知識(オーバーテクノロジー)として。リーネットは、中途半端な自分の知識で誰かが傷つく事を厭って。

 だから、俺に出来るのはクォントとリーネットの心根を信じて、コイツらの言葉を全面的に信用してやる事だけ。

 あとは、少しばかり得意な光術を使って、コイツらの理論を証明に導いてやることくらいだ。

 いい位置にあるリーネットの頭に、ぽん、と手を置いた。

「もう少し場所を絞れるか? そうすれば今日中にでも見つけてやるから」

 そう言うと、リーネットはこくりと頷いた。


 雨を避けて木陰に入り、リーネットの地図を広げて覗き込んだ。

 もともと印字された地図の上によく分からない数値や記号、色が配置された調査内容はきっと、リーネットにしか理解できないものだ。

「えーっと、まだほとんど調査できてないんだけど、町に近いところが凝灰岩、中腹部は蛇紋岩だと思ってもらっていいよ。で、翡翠の位置だけど……」

 リーネットは地図の一点を指す。

「一番可能性が高いのはこの辺り。この辺りだけ、硬くてハンマーじゃ壊せなかったから。半分翡翠化してると思うんだ」

「翡翠は硬いのか?」

「うん。翡翠自体はモース硬度でいうと6か7くらいなんだけど、めちゃめちゃ割れにくいんだ。ハンマーで叩くと腕の方が痺れて火花が出るくらい。何でかって言うと、繊維状の小さな結晶が寄り集まった形をしてるからなんだけど」

 また何かぶつぶつと言い訳が始まりそうだったので、そこでリーネットのフードをひっぱり、深く被せる。

「そんだけ絞れりゃ十分だ。とっとと行くぞ」

 水滴の伝うフードの下から大きな黒曜石の瞳をのぞかせ、リーネットは嬉しそうに笑った。



 が、その時。

 町の方向から轟音が響き渡った。

 同時に、耳を貫くような〈光素〉の揺らめき。

「何だ?!」

 見れば、工場のあたりから大きな黒煙が上がっている。

 全身の血がざぁっとひいた。

 怖れていた事態が起きた。

 唯一、クォントがあの場所にいるのだけが救いだ。

「工場! クーちゃんがいるはずなのに……!」

「大丈夫だ、クォントは、お前が思うよりずっと強いからな」

 ただし穏便に頼むぞ、と心の中で祈りながらリーネットを促し、駆けだした。


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