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キルトト(5)


「へえー、お父さんが病気なんだ」

「そう。だから、父さんが好きなアケビを取りに来たんだ」

 あたしは膝に怪我をした少年を背負い、山道を登っていた。気絶してるなら歌で治せばいいけれど、さすがに目の前では恥ずかしくて使えない。

 歌で傷が治るなんて都合のいいファンタジー的能力なんて、できれば知られたくない。少なくともあたしは、自分につけられた二つ名に迷惑しているのだ――この世界の人が、どう思うかは別として。

 しかし、子供とは言え、坂を上ろうとすると体重分背中にずっしりくる。

 がんばれ、あたし。この程度ならいつもザックに背負って山を歩き回ってたじゃないか!

 週末になる度、あたしを車の助手席に乗せて引っ張り回した師匠――何のことはない、地学部顧問の先生の事だ――のおかげで、小柄な割に体力はあるはずだから……と思いたい。


 それでも、遠回りして崖の上まで少年を運んだときには、息を切らしてその場に座り込んだ。

 近くに沢があり、林業用の杉でない木々が並んでいる。そこに、アケビのツタが絡まって淡い紫色の実をたわわに実らせていた。

 あたしは背負っていた少年の膝の傷を綺麗な沢の水で洗ってやった。

 リーダー特製、4次元サイドバッグに常備している包帯を巻いてやって、一息。

「ありがとう、お姉ちゃん」

 少年は素直にお礼を言ってくれた。

 少しは心を開いてくれたんだろうか。初対面では一目散に逃げられたもんなあ。

 しかし、運動したから暑い。思わず、フードをぬいでぱたぱた、と手で風を送った。

 その姿を見て、少年は目を見開いた。

「お姉ちゃん、髪が黒いんだね。珍しい」

 あ、しまった。リーダーにフードをとるなって念を押されていたんだった。

 もう遅いか。

「うん、目立っちゃうでしょ。だから隠してるの」

 すでに子供の興味を引いてしまっていた。気の強そうな赤毛の少年は、躊躇せずあたしの目を覗き込んできた。

「お姉ちゃん遠くからきたの? キルトトにお引っ越し?」

「違うよ。ユルカンネ山の調査にきたの」

「調査?」

「そうだよ。この山でどんな石が採れるのか、この山がどうやって出来たのかを調べにきたの」

 そう言うと、その子は首を傾げた。

「それって、何の役に立つの?」

「何にだって役立つよ! どこで宝石が出るかも、鉱山がどこにあるかも次の鉱脈を探すのだって簡単。大地の歴史が分かれば、たとえば地震とか火山活動だってわかる。石にはね、大地の歴史が刻まれてるんだよ!」

 あたしの力説は、その子に伝わらなかったようだ。

 ふぅん、という気のない返事。

「だってそれって、光術を使えば出来ることだよね?」

「……」

 それをいわれると、つらい。

 光術とかいう反則技が通用するこの世界において、宝石は光術を使って見つけるものらしい。鉄鋼などの鉱脈も同様らしく、わざわざ地質調査をしてどこで算出するか調べる必要がない。

 〈地質学〉がなくても『魔法』でどうにかなってしまう世界なのだ。

 だから、この世界における地質学分野の研究遅れは、一介の地学部員でしかないあたしの目から見ても顕著だった。

 あたしのようなアナログ手法はまるで異端なのだ。

「いいんだ、あたしは光術を使わなくたって地道な調査で地質図を描くんだ……ほんで、師匠にお土産で渡すんだ……」

 しくしくと嘆くあたしを無視して、赤毛の子供はアケビを採り始めた。たわわに実る淡い紫の実を、木に登って器用に集めていく。

 さきほど崖から滑り落ちたのを教訓に、あまり崖に近寄らないようにしている。

 うん、賢い子だ。

 10個ほどのアケビを採集した少年は、あたしの方に戻ってきてそのうちの一つを手渡した。

「あげる。お礼」

 ぶっきらぼうなそのお礼を受け取り、あたしは肩をすくめた。


 アケビを頂こうと、林業用と思われる道の途中、少し開けた場所があったので腰を落ち着けた。木々の隙間からキルトトの町が見えている。町の背後に佇むのは大きな工場。が、どうやら稼働はしていないようだった。

 ずいぶん、登ってきちゃったなあ。

 アケビのお礼に、朝作ってもらったサンドイッチを半分、少年に手渡した。

 こんな厚いベーコン見たことない、と言って少年はサンドイッチにかぶりついていた。父親が病気と言っていたから、満足に食事も出来ていないのかもしれない。

 向こうの世界ではこんな風に貧困を感じる事ってあんまりなかったからなあ。

 あたしはきっと、幸せな世界に暮らしていたんだろう。

「お姉ちゃん、もしかしてお金持ち?」

「うーん、あたしは無一文だけど、一緒に旅をしてるリーダーはたぶんお金持ち。中央議会の監査、ってのをしてるらしいよ。宝石もいっぱい持ってるし」

 あたしはリーダーの両腕のじゃらじゃらな装飾を思い出しながら言った

「もしかしてその人、光術士なの?」

 口をもぐもぐさせながら、少年は目を見開いた。

 そう言えば、光術士は子供たちのあこがれの職業の一つなのだと聞いた気がする。

 確かに、あたしだって魔法使いみたいですごいって思ったもんね。うん、最初だけは。

「そうだよ。光術はよく失敗してるけどね。この町の病気のことを調べにきたんだって」

 おそらくこの子の父親と同じ病気なんだろうなあ。

 それに気づいたのだろう。少年は少し目を伏せた。

「大丈夫、リーダーもクーちゃんも優秀だから、すぐに原因が分かるよ!」

 元気づけるように背中を叩いてあげると、少し強すぎたのか少年はむせ込んだ。

 ごめんごめん、と笑いながら背中をさすってあげた。

 さて。

 落ち着いたところであたしは立ち上がる。

「お姉ちゃん、行っちゃうの?」

「うん。調査の続きをしなくちゃ」

 リーダーと弟がとっとと問題を解決してしまうせいで、毎度、同じ町に滞在できるのはせいぜい3日ほどなのだ。本当、優秀すぎるのも考え物だ。

「それって、さっきみたいな崖を探してるってこと?」

「そうだよ。もしかして、知ってる?」

「うん。綺麗な緑の石が出てるところならあるよ。サンドイッチのお礼に案内しようか?」

 怪我を手当したお礼のアケビ、のお礼のサンドイッチ、のお礼に、露頭に案内してもらえることになった。

 なんてわらしべ長者だろう。今日のあたしはついている。


 少年が案内してくれたのは、まるで重機の入った工事現場のような一面の露頭だった。

 崖に絵の具で描いたように、緑色の火成岩が貫入している様子がありありと観察できる。すばらしいポイントだ。

「……すごい」

 これは明らかに人の手で掘削されている。数百メートルにわたって露出した壁面があたしを出迎えた。

「こういうのでしょ?」

「うん、そう、すごいよ! ありがとう!」

 少年の頭をぐりぐりとなで回した。

 その子は目を白黒させていたが、最後には照れたように微笑んだ。



 少年にお礼を言って別れた後、あたしは壁面に食いついた。

 暗緑色の緻密構造、特徴あるこの蛇のような紋様。滑り面に見られる光沢には見覚えがあった。

「これって、蛇紋岩かなあ? 珍しい」

 サイドバッグからするりとハンマーを取り出し、岩を叩いて崩そうとする。が、手が痺れるほど打ち返された。非常に硬い。あたしの力では砕けない。

 おかしい、蛇紋岩は風化しやすいから簡単に割れるはずなのに。もしかして、掘り返されたばかりなのだろうか?

 こういう時、自分の非力さを実感して悲しくなる。

 あたしは、ハンマーをサイドバッグに戻し、念のためあたりをきょろきょろと見渡した。

 よし、誰もいない。

 そして、すぅっと息を吸い込むと、旋律を紡ぎ出す。

「〈かごめ かごめ かごの中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った〉」

 歌いだした故郷の民謡は、あたしが見つけ出した『破壊の旋律』の一つだった。

 この穏やかな曲調の何が破壊につながるのか知れないが、リーダーと弟に内緒でいくつか試した結果、これが一番よかったのだ。

「〈後ろの正面だぁれ〉!」

 歌い終わると同時に、光素が閃いた。

 ぱぁん、という音と共に目の前に岩石が砕け散る。

「ふふん。ハンマーで砕けないなら、光術で砕けばいいのだ!」

 ああ、あたし今、とっても異世界の地質調査を満喫している気がする!

 砕けた中から、ちょうどいい大きさの欠片を選び、採集用のガラスケースをいくつか取り出して、綿と共に積める。ラベルに日付と採集場所などを記載し、サンプリング終了。

 リーダーの光術によって四次元ポケットのように改造されたサイドバックからは何でも出てくるし、どれだけでも入るのだ。

 無理を言って作ってもらったクリノメーターもどきや顕微鏡レベルでも観察できそうなルーペ、一生懸命説明して(ところどころ弟が補足して)作ってもらった小型の偏光顕微鏡モドキまで入っている。頼めば岩石薄片の作成などお手のものだし、本当にリーダーは万能である。

 何なら地球に持って帰りたい便利グッズがいっぱいなのだ!

 今のあたしは、元の世界にいた頃からは考えられないくらいに便利な道具に恵まれていた。主にリーダーと弟のモノヅクリの才能と努力によって。


 そして、陽が落ち、薄暗くなって手元の字が読めなくなるまで、あたしは調査に没頭していたのだった。


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