ディルネン(10)
絡めた小指を伝って、光素が流れ込んでいく感覚があった。
あたしの中に何か小さな鍵のようなもの生まれて、それを相手に渡すような。何かが繋がりそうな、不思議な感覚。まるで、リーダーと『何か』を共有しようとしているような。
怖さはなかったから、この歌は怖くない、と思う。あたしはいつもどおり、あたしの感覚を信じていた。だって、破壊の旋律である『かごめかごめ』を初めて歌った時は、もっと危うい感じがしたから。
ところが、次の瞬間、リーダーはあたしの手を振り払った。
光素を介して繋がっていた感覚が消え、鍵のような何かは再びあたしの中へ溶けて消えていってしまう。それが寂しいと感じたのは、なぜだろう?
「この歌にも何か効果がありそうだね、リーダー……リーダー?」
首を傾げて見上げると、リーダーは大きく目を見開いてあたしを見下ろしていた。
その表情から読みとれるのは、驚愕と、狼狽?
「お前、何でそのプロセス……っ」
「え?」
無意識に歌った『ゆびきり』の歌。
『つむぎうた』は治癒効果、『かごめかごめ』は破壊。じゃあ、『ゆびきり』は?
もし、リーダーが振り払わなかったら、この歌は何を引き起こしていたんだろう……?
「今の、何だったの?」
そう問うと、リーダーは額を押さえて大きなため息をついた。
「……何でもねーですよ。小指の意味も知らねーがきんちょはとっとと帰りやがれですよ」
ひどく疲れた様子でひらひらと手を振った。
押し殺した笑い声に振り向くと、マティアスさんという傭兵のヒトが、仮面に隠されてない半身を手で覆ってさもおかしそうに笑っていた。
いったい、何なの?
訳が分からないまま、リーダーはあたしの背中をぐりぐリと入口の方へと押しやった。
半ば押し切られるように外へ出たあたしは、すでに地平を離れ始めている太陽を見た。街のあちらこちらからも煙が上がり始め、人々の活動が開始したことを知らせている。
そういえば、朝ごはんも食べてない。
リーダーは食べたのかな?
そう思って洞窟を振り返ったけれど、戻ったら怒られるのでやめておいた。
それにしたって、何でもできるリーダーと、とっても勉強家の弟は、自分たちがなんでも出来るせいであたしに対して開示する情報が少なすぎるのだ。
今だって、『ゆびきり』の歌で何が起こるのかわからずじまい。
あたしはすでに半年もここにいるのに、この世界のこともあんまりわかっていないし――これはあたしが興味を示さないせいもあるが。
リーダーと弟の仕事だって、ほとんど知らない。たとえ〈光術〉ですぐに治せるんだとしても、こんなに大きな怪我をするなんて知らなかった。
あたしだって知りたいよ。
「何も知らないって、本当に不安なんだよ?」
ぽろりと一つだけ弱音を吐いて。
「あ、そうだ。ザイオンさんのところへ行こう!」
明日いらっしゃい、って言ってくれた彼――彼女なら、あたしの不満を聞いてくれるはずだ。
教会へ行くと、ちょうど入口のステンドグラスを磨いているザイオンさんがいた。
「おはようございます、ザイオンさん」
「あら、おはよう、リーネットちゃん。ずいぶん早かったのね」
にこにこと笑顔で迎えてくれたザイオンさんにほっとした。
「明け方に坑道の方から声がしたから、起きちゃったんです。泣いてる声に聞こえて、ほっとけなくて」
「やっぱり貴方にも聞こえてたのね。でも、泣いていた? アタシは獣の咆哮に聞こえたけれど、聖女さんは感性が少し違うのかしらね」
不思議よね~、といった後、ザイオンさんは教会の扉を開いた。
「お掃除が終わったらすぐに行くわ。中で待ってて頂戴な」
教会に足を踏み入れると、朝日の中、キラキラと輝く火の神の〈神印〉がくるくると回転していた。昨日は夕日を浴びていたと思うが……と、祭壇の天井を見ると、丸い天井に、まるで天球上の太陽の位置を示すように転々と明り取りの穴が開いているのが見えた。
太陽が少しずつ動いても、一日中〈神印〉が照らし出されるようになっているのだ。
綺麗だな、と思う。
あたしは宗教ごたまぜ、どちらかというと無宗教の感覚で育ったから、信仰を持つ人の感情はおそらくうまく理解できない。
それでも、こんな神秘的な光景を見せられたら、祈りを捧げたくもなってしまう。
「遅くなっちゃった、ごめんね~」
ザイオンさんの声ではっとした。
「あ、大丈夫です」
顔を上げると、もうすでに何人か祈りを捧げている人がいた。
ザイオンさんは、あたしの隣にどっかと腰かけた。木の椅子が浮きそうになるくらいの重量。やっぱり女の人には見えません。
「さて、タヌキオヤジの話だったわね」
ザイオンさんはそう言って、一枚の地図を渡してくれた。
広げてみると、これは鉱山都市ディルネンの地図のようだ。その一角に、ザイオンさんが書き加えたらしいハートマークが入っていた。
「ここがキーリンダさんのおうちよ。鉄線に囲まれたでっかいお屋敷だからすぐ分かるわ。あとでアタシと一緒に行きましょう。あのタヌキオヤジのことは信用しちゃダメよ? すぐに人を利用しようとするんだから!」
あたしの両肩に手を置いて、がくがくと揺らした。
「さて、でもまだちょっと仕事が残ってるの。昼には戻るから、待っててくれるかしら?」
ぱちん、とウィンクをしたザイオンさん。
「絶対に、先に行っちゃだめよ?」
ザイオンさんを見送って、あたしは教会の中で待つ。
時間があるので、一つ一つの祭壇を見て回った。
それぞれの神印は木製の台の上に乗せられている。その手前に木製の柵があり、右手にお賽銭を入れるための聖杯が置いてある。杯には小さな宝石がいっぱいに詰まっていた。
この教会は〈ユマラノッラ教〉のものだ。宝石の結晶構造を守護する神様6人がそれぞれ火や水、風といった自然現象を象徴している。
正面に位置するのは、火の神『トゥリヴォレンプルカウス』。正方晶系の宝石を守護する、戦いの神だ。正方晶系の結晶体に保存できるプロセスは、ほとんどが攻撃系だと聞いた。
左手に水の神『ヒュオキュアールト』と氷の神『ルミミュルスキュ』。それぞれ、六方晶系と三方晶系を守護する、慈愛と護りの神。女神とする説が有力らしい。
右手には、3つの神印がある。土の神『マーンヤリスユテュス』。直方晶系を守護する豊穣の神。そして、対にされることの多い雷の神『サラモインティ』と風の神『トゥーレンブースカ』。単斜晶系と三斜晶系の守護者。彼らは破壊と再生を司るらしい。
以前、弟が説明してくれた神様の話を思い出しながら、ゆっくりと教会の中を歩いた。
実は光術もその神様に沿って系統があるらしい。光術士にも得手不得手があって、たとえばリーダーは火の神の加護を受けた攻撃術主体の光術士だ。
その割に、よく光術を失敗しているけれど。
リーダーのことを思い出し、あたしは一つだけため息をついた。
「大丈夫かな……」
あたしに出来ることなんかないって理屈では理解していても、心は納得しないのだ。
今すぐにでも、彼らの傍に行きたい。あたしにも、リーダーたちと一緒にいられるくらいの力があればいいのに。
でも――光術をあまり使いすぎると、あたしは元の世界に帰れない気がするのだ。自分の中で、向こうの世界の出来事が遠ざかって行ってしまう気がする。
「お母さん……」
故郷を思い出したとき、脳裏に描くのは優しく美しく、儚げだった母の面影だった。




