ディルネン(4)
坑道の入り口で待っていたのは、女性の光術士だった。
右腕全体に光術用の宝石具を装備している。水色がかった長い髪を高い位置に括り、額には調査用のゴーグル。年の頃二十代半ば、すっきりとつり上がった目から気の強そうな印象を受けた。目の前に立ってもほとんど見下ろさないと言うことは、女性にしてはかなり背が高い。
しかしおそらく、この3日間休んでいないのだろう。目の下に濃いクマが刻まれていた。
「中央監査の方だな? ギルドから連絡を受けている。私はリーリン・スー。ディルネンに常駐する国営ギルドの光術士だ。中央の援軍が到着するまでは、実質私が前線の責任者になる」
「中央から派遣されたルース・コトカだ。こっちが相棒のクォント・ベイ」
簡単な紹介をして、すぐに現場へ向かった。
「戦力はかなり不足しているが、大型も奥へ隠っている。このまま中央から討伐隊が到着するまでは手を出さないつもりだ」
「潜伏している場所は?」
「再奥の休憩所が設営されているドーム付近だ。地図で言えば、2番の3ー15左上、中央坑道を真っ直ぐ入って西へ曲がったところだな」
200年前から採掘が始まったという坑道は、かなり複雑だった。
縮尺の小さい坑道地図が数枚に及び、それ以外にも脇道や崩れて通れなくなった場所など、かなりの枝葉が存在するらしい。
その中で、大型が身を潜めているのは現在の採掘の中心である休憩所。
確かにドーム状に広く掘り広げられているので、大きな体を隠すにはもってこいだろう。
「小型の状況はどうなってるんだ?」
「最初に生み出された数百の従属光化種がうようよしている。坑道内から出ていないようだし、その後は増えていないようなので、雇った傭兵二人はそちらの討伐に回した。私は光術技師4名と共に大型を外に出さないよう、中央坑道に網を張っている状態だ」
あっと言う間に数百もの配下である小型光化種を生み出すほどとは、とてつもない大物だ。まさかこんな辺境の地で出会うとは――いや、辺境の地だからこそ出会うのか。
しかし、一瞬で数百の小型を生み出す力を持ちながら、今は全く動いていないという。そのうえ、責任者のルノの話を信じるならば、侵入経路は全く分からない。
今回の敵に関しては謎だらけだ。
そう言うならば、そもそも〈光化種〉自体の発生も曖昧なのだが。
異海からやってくる、と言う事は分かっているが、どのようにして発生するかは解明されていないのだ。
現実世界に肉体を持たず、人の『魂』が存在するとされる〈エーテル空間〉に〈光素〉の肉体の身を持つ〈光化種〉。その姿は様々だが、木の葉型の身体に鰭を持つのが一般的だ。
大型になると〈光術〉を使うだけの知能も持ち合わせており、その姿も陸上の哺乳類や爬虫類に近いもの、時には人の形をして現れる。
そして、人に近い姿をしたものほど大きな力を持つ傾向にある。
「大型の姿は確認したのか?」
「いや、目視出来ていない。もしかすると、鉱山夫の誰かが目撃したかもしれないが、聞き取りをしている余裕はなかった」
「うーん……下手をしたら人型かも知れないね。それも、異海を自由に渡る能力を持ってる可能性もあるよ」
クォントがそう言うと、光術士リーリンは眉根を寄せた。
「その可能性は大いにあると思っている。が、それを確認する事さえも危険なのだ。だから、今は中央からの援軍を待つしかないのだ」
「オレが見てこようか?」
クォントが軽く言った。
「何を言うのだ、クォント殿! 今、私の話を聞いていただろう! 一瞬で数百の従属光化種を生み出すバケモノなのだぞ?!」
「いや、クォントなら大丈夫だ。特異体質で……その、光術の類は一切、効かねーんですよ」
俺がそう告げると、リーリンは眉を吊り上げた。
「リーリンさん、もし〈個体検知〉のプロセス持ってんなら、コイツの事見てみるといーですよ」
相手の力を測る事の出来る〈個体検知〉のプロセスは、光術士なら必ず持っているものだ。相手の中央処理装置や主記憶装置のレベルが簡単に知る事が出来る。
無論、情報にロックがかけられたり、改変されていたりすれば、正確な数値は読めない事もある。が、ロックをかけるのも改変するのも非常に複雑で莫大なプロセスを必要とする為、そんな事してるヤツはそうそういない。
初めて出会う〈光化種〉に対して最初に行使するプロセスも〈個体検知〉だ。
多少危険かもしれないが、俺とクォントで行って、クォントが攪乱している間に大型に〈個体検知〉をかけるのがいいかもしれないな。
と考えを巡らせているうちに、リーリンは個体検知を終えたようだ。
プロセス展開から約1分か。思ったより優秀な光術士だな。
「中央処理装置も主記憶装置、補助記憶装置もゼロだと?!」
「あはは、オレは異界から落ちてきたから、特異体質なんだよ」
にこにこ笑うクォントだが、正直言って俺にもよく分からない。
〈ユマラノッラ教〉の聖典によれば、人に限らすすべての物体は『肉体』と『魂』で構成されているという。肉体が存在するのが現世界である〈アエル空間〉、魂が存在するのは〈エーテル空間〉と呼ばれている。〈エーテル空間〉は光素で満たされ、現世界である〈アエル空間〉と重なるように存在するのだという。
そして、肉体と魂はほぼ同じ形をしており、隣接する二つの空間に重なって存在すると言われる。人の生命力の塊とも呼ばれる『魂』はある意味でその人の命そのものとも呼べるものだ。
光術の行使に必要な中央処理装置などの光術器官は、肉体ではなく『魂』の一部とされている。
つまり、クォントは人間に必要なはずの『魂』がない状態なのだろう、というのが俺の見立てだ。
何故生きているのか全く分からないのだ。
「そんな人間がいるものか! 本当に生きているのか?!」
クォントの両腕を掴み、ガクガクと揺らすリーリン。
「クォントが存在して、生きてるってのは事実だ。そして、『魂』のないコイツは、光術の影響を全く受けねーんですよ」
「……っ!」
光術自体が『魂』のある〈エーテル空間〉にのみ影響を及ぼす術式だ。
例えば、エーテル空間に発動されたプロセスが人間に影響する場合、まずエーテル空間の魂に傷がつく。そして、そのフィードバックが肉体に反映され、アエル空間の肉体が傷つく。
こうして光術は人に影響を与える事が出来る。それは、攻撃の光術も治癒の光術も同じことだ。
その証拠に、クォントは光術の影響を全く受けない。
「俺とクォントだけで行ってくる。討伐しようとかじゃねーですよ? ただ、ぱっと確認して戻ってくるだけだ」
俺の言葉に、リーリンは考えているようだった。
理屈上は分かるが、理性は納得しないのだろう。
俺だっていまだに信じられねえよ。相棒に魂がない、なんて事実はな。
「すまない、私だけでは判断できない。一度、全員を集めて判断を請うてもいいだろうか」




