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ダークゴブリンジェネラル

 人間がいることが予想外だったようで、ダークゴブリンジェネラルは襲い掛かってくることもなく、様子を窺っているように見える。

 身長は三メートル程度だろうか。贄の島のゴブリンジェネラルよりかは低いが、やつと比べ物にならない威圧感がある。対面しているだけで噴き出した冷たい汗が、背を濡らして気持ち悪い。

 両方、肩がむき出しの鉄製らしき鎧を装着している。頭にも鉄の兜が載っていると。ダークゴブリンたちは簡素な革鎧を着こんでいただけだった。装備にも立場の差が現れているようだ。


 向かって右側のジェネラルは右手に巨大な大剣。左側はメイス……というよりは、巨大なハンマーと言った方がしっくりくる得物を手にしている。

 大剣はまだしも、ハンマーの方は受けることは考えない方がいいだろう。俺も人を超えた筋力ではあるが、あれと力比べをする気にはなれない。


「今更だが、話し合いをする気はあるかい?」


「フザケルナ。キサマラハ、全員ココデ殺ス!」


 だよな。ここまでやられておいて、穏便に話し合いに応じる方が怖い。

 物は試しで提案してみたのだが、相手の殺気が膨れ上がっただけの結果となった。


「ショミミ、逃げろ。これは命令だ。この場にいられると本気で戦えない」


 反論を許さない強い口調で言い切ると、背後で小さく体が震えたのを感じる。きついようだが、正直、彼女を庇いながらこの局面を乗り切れる自信が無い。

 相手の実力を把握できていないが、戦うにしろ逃げるにしろ一人なら手もある。


「仲間と合流して、逃走を続けるか、何処かに隠れておいてくれ。俺が朝になっても戻らなかったら、死んだものと考えていい」


「そ、そんな……私たちはいつまでも貴方を待ち――」


「待たなくていい。そして、問答をしている時間も余裕もない。早くいけっ!」


 怒鳴るように言葉を叩きつけると、小さく「信じています」という声が届いたかと思うと、ショミミの気配が遠ざかっていくのを感じ取った。

 そんなやり取りを黙って見ていてくれたら良かったのだが、彼女が逃げ出す姿を見て二体が同時に俺に向かってくる。一人が俺の相手をして、もう一人が彼女を追うつもりか。

 甘い、その行動は予想済みだ。足止めの策はまだ残っている。


 斧を構え相手をするように見せかけて二歩だけ前に進むと、俺は糸を操作した。

 あと一歩で相手の間合いに踏み入る位置で急に二体は動きを止め、手にした得物を振るう。森の中から飛び出した巨大な矢は、軽々と叩き落とされてしまう。

 この矢はジョブブたちが繋がれていたガレー船から、拝借してきたバリスタを操作して発射されたものだ。

 細かい場所の調整はできないので、予め射る場所を固定しておき相手がその場所に来るように、俺も立ち位置を変更しておいた。

 できることなら、軽くでもいいから傷を負わせたかったところだが、そう上手くはいかないか。

 だが、もう一つの効果はあったようだ。


「ムッ、伏兵ガイルノカ」


 二匹のジェネラルが森の方向を睨んでいる。

 別々の場所から放たれた四本の矢により、相手は俺以外にも何人か伏兵がいると勘違いしてくれた。

 これで、安易に跡を追うことなく過剰な警戒をしてくれるだろう。注意力が散漫になってくれるだけでも、こちらが有利に事を運べる。

 俺は相手にまだ糸を操る場面を見せていない。何とか糸を操ることを悟られずに戦い、彼女が逃げる時間を稼ぎたいところだ。


「オ前ハ、森ヘイケ。オレハ、コイツヲ殺ス」


 二手に分かれて一人は存在しない伏兵を相手してくれるのか。これは好都合だ。

 直ぐにばれるだろうが、暫くは一対一でやれる。その間にこいつを何とかするしかない。

 相手の注意を引くために、更にもう二台のバリスタから矢を射っておく。相手がまだ移動する前だったので、彼らへ命中する軌道を描くが、今度は軽く身を躱される。

 撃ってくるのがわかっていれば、避けるのは容易いと。流石、ジェネラルと呼ばれるだけはあるか。

 今の射撃を面倒に感じたのだろう、こっちの思惑通りハンマーを持った方が森へと消えていく。


「さて、タイマンといきますか」


「逃ゲナイノカ……面白イ、人間ニシテハ……ナ」


 この大陸では人間の地位がかなり低いようで、人間である俺より自分が劣っているとは微塵も考えていないのだろう。無造作に、こちらへ歩み寄ってくる。

 仲間がやられたのも姑息な罠のせいで、俺の実力をかなり低く見積もってそうだ。

 いいさ。直ぐに訂正させてやろう。

 構えも何もない力任せの上段からの振り下ろしに、俺は軽く身を躱す。


「速いっ……が、それだけだ」


 剣速は何とか目で捉えることのできるレベルで、驚愕すべき速さではあるが、型も何もあったものじゃない。

 攻撃がいくら速かろうが、力任せの攻撃など容易く躱せる。

 横薙ぎの一撃をあえてギリギリのタイミングを狙い、膝を曲げ座り込むようにして避ける。頭上すれすれを切っ先が通り過ぎるが、その攻撃に恐怖を感じることは無い。

 振り上げ、突き、その全てを軽々と躱す。

 攻撃の予備動作がわかりやすく、肩や腰の動き視線、足捌き、その全てが次の行動を事前に教えてくれている。

 権蔵と実戦的な鍛錬を続けてきた俺にとって、人型の怪力自慢キャラなら、何の問題もない。創作物で四天王キャラの怪力系が雑魚扱いされるのは、この為だろう。


 力があるならそれを生かす攻撃をしなければならない。乱戦なら厄介だが、一対一という状況下では相手の動きをつぶさに観察することができる。フェイントすらしない、力任せの攻撃を当ってやる義理は無い。

 何か奥の手があるのかと警戒していたのだが特にないようだ。なら、さっさと終わらせる!


 足下を狙った横薙ぎの一撃を軽く飛び越すが、着地の際にわざと足を挫いたように見える動きをした。膝を突きかけて何とか耐えた素振りをすると、絶好のチャンスと考えたようで、大きく振りかぶっている。

 脳天を粉砕する勢いで振り下ろされた大剣を前に転がることで躱し、相手の側面に移動すると、立ち上がると同時に相手の膝裏へ斧の刃を叩き込んだ。

 鋼のような肉体で俺の攻撃が防がれる可能性も考慮し、どれだけ鍛えていても耐久度を上げることが難しい部位を狙った。

 斧を振り抜いた感触を味わう暇もなく、目の端で右膝をポルタが覆う地面へつけたジェネラルを確認する。


 ここで、最高の一撃を叩き込む!

 相手の動きを完全に封じるべく、ポルタの葉に埋もれさせていた縄を操り、ジェネラルの体を捕縛する。本気で抵抗されたら数秒で引き千切られそうだが、それだけもてば充分だ。

 斧を振りかぶると同時に気を通して強化した糸を何本も斧へ巻きつけ、もう片方の糸の先を後方の木々や岩へ巻きつけた。

 必然的に振り下ろそうとした斧が止まり、俺は斧を肩に担ぐような体勢で全身の力を込めている。


「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 全身の筋肉が膨張し、血管がはちきれそうになったところで、俺は糸に通していた『気』を止めた。

 糸がぶちぶちと千切れていく感触が柄から伝わってくる。

 押し留められていた力が一気に解放されたことにより、爆発的な威力を秘めた斬撃がジェネラルの脳天に突き刺さった。


「グヒュゥッ!」


 兜ごと頭をかち割り胸元まで刃が潜り込む。

 流石に両断とはいかなかったが、充分な威力だ。

 必殺の一撃を得ようとして苦肉の策で編み出した攻撃方法なのだが、思っていた以上に上手くいった。

 尤も、相手が大きな隙を見せない限り放てない大技なので、場面が限定されるが。

 絶命したジェネラルの腹を蹴り飛ばし、斧を引き抜く。

 残る一体はまだ森の中か。わざわざ出てくるのを待つ必要もないな。

 俺はジェネラルを追って森の中へと飛び込んでいった。





 一分も経たないうちに、森の中に反響する破壊音が耳に届いてきた。配置していたバリスタでも破壊しているのか。都合がいいな。

 更に破壊音がしたかと思うと、驚いた声を隠すようなくぐもった声が聞こえる。


「お、かかったか」


 バリスタが壊されるのは想定していた事なので、全部ではないが二つのバリスタには破壊された時に起動する罠を仕込んでおいた。

 と言っても、バリスタに糸を繋いでおいて、その糸が切れたらバリスタの上空に張り出した枝へ備え付けていた樽が傾き、中身が零れるようにしただけなのだが。


「ギュルグアアアアアアッ!」


 中身は特製香辛料の練り合わせだ。試しに権蔵に臭いを嗅がせたことがあるのだが、悶絶していた。権蔵お墨付きの一品だ。

 ジェネラルにもその効果は絶大のようで、武器を手放して両目を覆っている。その手から漏れだしている液体は涙なのか唾液なのか判断が付かないが……たぶん、両方だろう。

 木々を薙ぎ倒し暴れ続けるジェネラルに近づき、巻き込まれては元も子もない。このまま、遠距離から仕留めさせてもらうか。


 アイテムボックスから丸太を取り出し、気を流し込む。鉄並の強度を得た丸太を抱え上げ、全身の力を込め投擲。

 目元を押さえうずくまるジェネラルに避ける術はなく、肩口に命中する。


「ギャフッ!」


 慌てて顔を上げたジェネラルだが、両目は閉じたままで涙を垂れ流している。そこに、容赦のない二発目を投げ込む。

 今度は顔面にヒットした。鉄と同程度の強度がある筈なのだが、丸太にひびが入り砕けている。丸太の方が砕けるのか。

 それでも、かなりダメージは通っているようで、今の一撃を喰らい仰向けに倒れた。

 だが、相手の猛々しい気も健在で、『捜索』ポイントも消えていない。死には至らないということか。

 ここで、確認の為に近寄るような真似はしない。丸太の投擲を継続して、止めを刺させてもらおう。





 数分後、周辺に無数の木片が散らばり、木屑の上で崩れ落ちるジェネラルの姿があった。

 安全策を取り、丸太を投げ続けた成果だが、自分がやったこととはいえ後味の悪さがある。

 なまじ頑丈だったのが相手の運の尽きだろう。十本近くの丸太を消費してしまった。死体は打撃痕で元の容姿がわからなくなっている。

 相手を憐れむ権利はないな……。

 ジェネラルが死んでいるのを確認すると、壊されていないバリスタや破損の少ない丸太を回収しておく。この先も出番があるだろう。


 ポルタの道へ戻り、追手の足止めを狙い森の木々を切り倒し、道に転がしておく。

 更に、丸太も地面に突き刺しておくか。何なら紐で簡易の柵も作るか。

 『木工』と『糸使い』のスキルを活かし、道を遮る柵や、牛車が走る隙間が無いように丸太も所々に配置しておく。足首の高さに縄を張っておくことも忘れない。

 逃げ出したゴブリンたちが後続と合流したのを『捜索』スキルで確認する。


「追手の進行速度が少し上がったか」


 足並みをそろえているらしく、ここに辿り着くのにはまだ時間が掛かりそうだが、退避しておくか。ジェネラルを思ったより楽に処理できたとはいえ、今度は警戒しているだろうから油断は大敵だ。

 このあからさまな妨害工作を見れば、相手も警戒レベルを上げてくれるだろう。足止めとしては充分だな。


「っと、そろそろ陽が昇りそうだ」


 薄らと周囲が明るくなってきている。熱中しすぎて時間が経つのも忘れていた。

 このまま待ち構えて後続と一戦交えるという手もあるのだが、ダークゴブリンだけではなく、ホブゴブリン、そして五体ものジェネラルが追加されているのか。

 贄の島のイメージでジェネラルは一体と勘違いしていたが、複数いるようだ。

 まあ、無理だな。大人しく撤退しよう。


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