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奪取

2話同時投稿の1話目です

 あの場から離れ窪みのある大岩の側面に潜り込み、糸に枯れ木や枯葉を絡ませ、俺の姿が見えないように覆い被せる。

 残りの糸を周辺に伸ばし、何者かが寄って来たらわかるようにしておくのも忘れていない。近くにポイントもなく『気』で探るが反応は無い。だが、『気』の探知能力は精度が高くないので、あまり信用しない方がいいだろう。


 自分の姿が見えないようカモフラージュする為に、糸で隙間なく覆っていたのだが、これでは何も見えないな。少しだけ上部を開放するか。

 しかし、良い場所が見つかった。大岩の側面が抉られたように凹んでいて、俺の体がすっぽり入って手足を伸ばしても、まだ余裕がある。体感では奥行きが三メートル近く、高さも二メートルはある。暫く、ここを寝床にしようか。

 天井側面は頑丈な岩、床も岩肌だが裁縫用の布を引いておいたので、かなりましだな。このスペースと明るさなら、問題なく調べることができる。


 回収しておいた女学生の生徒手帳を取り出し、ステータスやスキルに目を通す。


「年齢は16歳。ステータスは全部レベル1だけ取っているな。ということは、やはり自滅したのではなく、誰かに殺されたということか」


 スキル表の罠に気づきステータスをレベル1だけ取ったのか、それともたまたま平均的に能力を伸ばすタイプだったのか。それは『説明』を所持しているかどうかで分かる。


「スキルには……あった」


『説明』1 の記載。1だけしか所有していないなら細かい情報には疎いということだ。

 他の転移者とコンビを組んで、相手が自分の『奪取』スキルを見せたとしても、『説明』1レベルでは、スキルを一つしか奪えないという情報がわかるのみで、相手の危険性は把握できないだろう。

 となると、殺した相手は奪取スキルの条件を把握し『説明』も2レベルは所有しているということになる。


「妙だな」


 ここで矛盾が発生する。

 『説明』2『奪取』1を取った時点でスキルポイントは合計800消費する。それにステータスレベルを最低1取っておかないと体が維持できない。

 90ポイントを追加で消費。

 残りは110ポイントとなるが『窃盗』3が無ければ『奪取』スキルの成功率はほぼ0だ。それは相手も『説明』2を得ているなら、理解しているだろう。

 『窃盗』は1レベルで消費50。2に上げるなら更に100消費。どう足掻いても1取るのが精一杯だ。


「俺の勘違いなのか……実は『奪取』スキルではなく心臓を何かに貫かれただけ」


 それなら、まだマシな方だろう。そういった魔物がいることは脅威だが、転移者を殺害しスキルを奪う誰かがいるよりはいい。肉体能力が優れた魔物より、頭が回り悪巧みができる人間の方が俺は怖い。


「んー、計算してみるか」


 女生徒の残りスキルポイントと、消費されたスキルポイントを計算していく。

 この子は『料理』『裁縫』『交渉』『共通語(会話)』『共通語(読み書き)』スキルを選んだのか。異世界で店を経営することを夢見ていたのかもしれないな。

 アイテムはもはやお馴染みの『アイテムボックス』がある。三人もの転移者のスキルを見てきたが、全員所有しているな。運よく一発目から見つけられたと思ったのだが、これだけの高確率で所有していたら、直ぐに手に入るわけだ。

 異世界転移系の小説でアイテムボックスの類が出てこない方が希だから、皆が選ぶのも当たり前だよな。


 他のアイテムは『調理器具一式』に『小麦粉100キロ』『食料飲料水一週間分』があったが、その文字には赤いバツが重ねられている。

 アイテムボックスも他のアイテムも死体の周囲には見当たらないということは、殺した誰かが持ち去ったと考えるべき。


 相手は一週間分の食事には困らないのか。それだけは俺が欲しかった。

 はあ、今は計算することが優先だな。彼女のスキル合計ポイントは610。残りスキルポイントは40。350ポイントの行方が見当たらない。

 350ものポイントを消費して得た、女生徒のスキルが奪われたのか。

 アイテムの所有権が移行した場合、赤くバツがつく。スキルも奪われた場合は同様にバツでもつくのかと思ったのだが、そんなことはないようだ。


「でも、どうやって?」


 『奪取』スキルに必要な前提条件は『窃盗』3『器用』30『精神力』30。

 器用と精神力は生まれつき能力が高いということも考えられなくはないが、窃盗のレベルがどう考えても足りない。

 限りなく0に近い可能性に賭けて、その勝負に勝ったとでもいうのか?

 確かに可能性としてはあるが、人を殺してまで歩の悪い賭けに挑戦するだろうか。それとも、スキルには俺が気づかなかった抜け道があったのだろうか。


それに大きな問題がもう一つある。説明には(自分と同じレベルか高いレベルの相手)と書かれていた筈だ。レベルを上げて条件が整ったとしても、レベル1の相手からは奪えない。


 今は考えるだけ無駄か。いずれ『奪取』スキルを所有する者に遭遇する可能性もあるだろう。それまでに、謎に気が付くかもしれない。

 ただ、転移者の中に殺人者がいる。その可能性だけはいつも頭に置いておこう。

 思考の海に深く潜っていた俺を呼び覚ます揺れが、伸ばした糸から伝わってくる。


「敵……いや、雨か」


 断続的に聞こえる地面に打ち付けられる雨音と、何か所も揺れる糸。

 隙間から顔を覗かすと、結構な雨が降り注いでいた。雨が吹き込んでくることもないようなので、この休憩場所はかなり優秀だな。

 雨、水か。って、呑気に雨を眺めている場合じゃない! 水だ水!

 未使用の糸を取り出し『糸使い』で操作し、円錐状の形を作り上げ簡易の、ろ過装置にする。これで少しは汚れも除去できると信じたい。

 糸を屋外に伸ばし、そこから伝わってきた水を、ろ過装置へと運び、下に買い物袋を置いて水が溜まるのを待った。


「今日はもう動かない方がいいな」


 溜まった水とレーズンを早めの晩御飯とすると、思っていた以上に疲れていたらしく、急速に襲ってきた睡魔に勝てず瞼を閉じる。

 こうして、異世界へ転移してからの壮絶な一日が幕を閉じた。





「雨は止んだみたいだな」


 雨音も止み、周囲の気配を探り『捜索』でポイントが近くにない事を確認すると、俺は寝床を覆っていた糸を解除し、外へと踏み出す。

 まだ、日も昇り始めたばかりの早朝なので辺りは薄暗く、肌を刺すような冷気を感じる。かなり冷え込んでいるが、俺は防寒性のある服と糸で雨風を防いでいたので影響はなかった。

 転移者の中には薄着や、アウトドアに向いてない格好の人もいると思われる。そういった人たちにとって昨夜はかなりきつかったのではないだろうか。


「運が良かったのかな。ステータスの運は低い方だけど」


 手に入れたステータスポイントを運に割り振るのも悪くないかもと、一瞬気の迷いが生じたが、もっと確実性のある能力を伸ばすべきだと思い直した。

 異世界転移二日目の予定は、基本的には昨日と同じなのだが、今日は積極的に魔物を倒そうと思っている。出来ることなら、この周辺に生息する魔物を全種類倒しておきたい。

 レベルとスキル上げに加えて、もう一つ目的がある。

 それは――


「ん? 何か感じるな。たぶん、こっちからか」


 微かに、ほんのわずかなのだが、何かの気を左前方から感じる。それも二つ。

 念の為に『捜索』を発動し、生徒手帳の反応を調べるが遠くに四つほどあるだけで、近くにはない。


「ゴブリンか、昨日の幼虫か」


 アイテムボックスから棍棒を取り出し右手で握りしめ、再び『捜索』を発動させる。

 昨日レベルの上がった『捜索』は同時に三つまで捜索することが可能となり、生徒手帳と棍棒に反応したポイントが感じられる。

 こちらに近づいてくるポイントは、生徒手帳には無反応で棍棒に反応している。となると、ゴブリンで間違いないな。ならば――狩らせてもらおう。

 一度検索してしまえば検索リストにのるので、棍棒はもう必要ない。アイテムボックスへ戻しておくか。


 糸を操り目の前の大木から張り出ている、頭上の枝へ伸ばすと絡みつかせ、自分の体を引っ張り上げる。こんな芸当ができるのも筋力三倍と『気』『糸使い』のレベルアップと釣り糸が使えるようになったおかげだ。

 高みからゴブリンがいるらしいポイントを見下ろすと、森の中に小さな泉がありそこにゴブリンが二体いる。

 釣り糸の長さが500m以上はあるので余裕で届くのだが、糸使いとしての能力が足りない。もう少し近づくか、相手が寄って来るのを待ちたいところだ。


 ゴブリンたちは棍棒を手から外し、泉に口を付けて直接飲んでいる。油断している今がチャンスだな。泉近くの巨木からは、自分がいる枝より更に太い枝が伸びている。あそこからなら、ゴブリンたちも狙いやすい。

 二本の釣り糸をこちらの枝から向こうの枝へと伸ばし絡ませる。そして、糸と糸の間を縫うようにジグザグに糸を走らせ、簡易のつり橋のような物を作り上げた。

 思ったより上手くいったが……ここは地上からかなり離れている。たぶん、マンションの四階ぐらいの高さはあるだろう。そこを、糸で出来た橋の上を渡れと。

 気も通しているので、強度には自信がある。

 あるのだが、だからといって恐怖が無くなる物でもない。


「これも慣れだ、慣れるしかない」


 三本目の糸を腹部に巻き付け、命綱代わりにすると、下を見ずに目的地だけ見据えて、慎重に渡り始める。

 途中、何度か糸のつり橋が揺れた時は背筋が凍ったが、何とか無事に辿り着けた。

 足下のゴブリンたちは楽しそうに、水遊びを始めていやがる。

 隙だらけだな、今ならいけるか。薄暗い中で糸を見切ることは無理だろう。

 カウボーイの投げ縄の様に糸を結び、作り上げた二本の輪がゴブリンの首を捕らえた。


「今だ」


 何が起こったのか理解できず首元に手を回すゴブリンの姿を目の端で確認すると、俺は枝から飛び降りる。

 俺の落下速度と体重でゴブリンの体が枝へと引き寄せられ、その体が宙に浮かぶ。

 初めて遭遇したゴブリンを倒した時と同じ手順で、ゴブリンの息の根を止めた。

 大事なのはここからだ。

 死体を地面に下ろすと、俺は素早く駆け寄りゴブリンの体に触れた。そして、


「いける筈だ『捜索』」


 ゴブリンの体を捜索の対象にした。

 頭の中に浮かび上がった、捜索リストの欄に『ゴブリン』の文字がある。発動したスキルが半径5キロ圏内のゴブリンたちがいるポイントを浮かび上がらせた。


「よし、よし、よし!」


 狙い通り上手くいった。これで、ゴブリンたちが何処にいるか完全に把握できる。不意を突かれることなく、こちらは不意打ちし放題となった。

 この調子で、昨日の芋虫や他の魔物も捜索リストに入れておきたい。それが完成すれば、新たな魔物以外の脅威はかなり薄れることとなる。

 今日は少数で行動しているゴブリンを狩りながら、生徒手帳も探していく。他の魔物に遭遇したら倒せるようなら倒す。これでいこう。


 順調な出だしに満足しながら、俺は『捜索』で生徒手帳、ゴブリンを表示しながら、一番近くにあるポイントへ移動しようとしたのだが――


「待てよ。ゴブリンの死体で可能なら……人の死体は」


 理論上、可能だよな。転移者を捜索リストに放り込めたら、生徒手帳を手にしていない相手も探知できる。

 『検索』で生徒手帳を探るが、生憎近くにポイントが無い。昨日見つけた死体からは生徒手帳を取ったので、この捜索では見つけることができない。

 初めてきた土地で道もない森。そこで昨日行った場所に戻れる自信は微塵もない。


「慎重すぎるぐらいの性格で良かったよ」


 俺はアイテムボックスから赤い糸を取り出し、それを握り締め発動させた。






 目印代わりに巻き付けておいた赤い糸を『捜索』して、昨日見つけたサラリーマン風の男性がいたポイントに戻ってきた。

 少し寒いぐらいの気温なので死体はまだ腐敗しておらず、血の臭いもかなり薄まっていて昨日より冷静に死体を観察することができる。

 全身から吹き出した血が凝固し、服に貼り付いている。他に使える物が無いか、調べておくか。もう一度全身のポケットを探り、仰向けの死体をうつ伏せにすると、尻のポケットに財布が入っていた。


「この世界で必要になるとは思えないけど」


 財布の中を確認するが、一万円札が二枚と千円札が三枚、小銭が少々といった具合だった。後は免許書とレンタルショップの会員カードやキャッシュカード。その類いのカードが数枚といったところだ。

 一応、自分のポケットに入れておいた。


「他にはないか。なら、『捜索』」


 死体に手を触れスキルを発動させる。スキルが正常に発動された感覚と、脳内に浮かび上がった捜索リストの欄に『転移者の死体』という文字が見えた。


「死体のみか……」


 何も反応がないより有難いのだが、これでは『奪取』スキルを所有した殺人鬼を探りだすことはできない。相手が生徒手帳を手放していたら、俺は近寄られても察知できないということになる。


「これなら、必要はなかったか。これ以上、ここにいる理由も――」


 死体を何度も見たがる危ない趣味は所有していない。死肉を好む魔物がいないとも限らないと立ち去るつもりだったのだが、この死体に妙な違和感がある。

 何と言えばいいのか……前に見た時と何か違わないか?

 スーツを着ている。そこは前と同じなのだが、上着が少し着崩れているような。それに、ネクタイが緩んでいる。

 前もそうだった気もするのだが、些細な違いが異常なほどに気になってしまう。


「調べて損はないか。精神は削られるけど」


 俺は昨日の女生徒と同様にワイシャツのボタンを外し、胸部を覗き見る。


「嫌な予感に限って……当たるな」


 そこには――抉られたような穴があった。


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