爆発
「うおっ! びっくりしたっ」
桜の転移により移動した場所は穴の直ぐ側で、目の前には屈みこんで穴を覗き込んでいる権蔵とサウワ、そして穴の上を漂っているミトコンドリアがいた。
腰が引けた状態でビビりながら穴を覗く権蔵とは対照的に、半身を乗り出して下の様子を探っていたサウワ。権蔵から高所恐怖症だとは教えられていたが、本当のようだ。
「土屋さん、桜さん無事だったか! 縁野とゴルホはどうした? 二人とも姿を消したままなのか?」
権蔵は俺たちが生還したことを素直に喜び、顔をほころばせるが、二人がいないことに気づいたようで、隠蔽に長けた二人を探して、周囲を見回している。
サウワは何も言わず、じっと俺を見つめていた。
出会ったころの感情が乏しかった顔で、俺と目を合わせている。
「すまない、二人は……」
「ごめんなさい。守れなかった……」
不甲斐なさに歯を噛みしめ、握りしめた手が震える。
今思えば、直ぐにでも糸を飛ばし、引き寄せておけば縁野は兎も角、ゴルホ、春矢は救えていた可能性があった。俺の判断ミスだと責められても反論はできない。
「そうか、いや、謝らないでくれ! 縁野が透過して落ちた時も、ゴルホが糸を断ち切って飛び込んでいった時も、俺は何もできなかった。そんな俺に責める権利なんてあるわけがない!」
「土屋お兄ちゃん。ゴルホは言ってたよ。この戦いで死んだとしても、仲間の誰かを生かす為の死なら、満足だって。ねえ、ゴルホはちゃんと笑ってた?」
サウワが俺の傍に歩み寄り、震える拳に手を添え、目に涙を溜めたまま優しく微笑み掛けてきた。
「ああ、笑っていたよ。とてもいい、笑顔で」
そう言ってサウワを抱き寄せると、声を殺し泣き続ける彼女を強く抱きしめる。
兄妹のようにして育ってきたサウワは、ここにいる誰よりもショックを受けていることだろう。心の傷が癒えるまでには時間が掛かるだろうが、俺も含めた仲間全員で苦しみを分かち合えば、そう遠くない未来に、一緒に笑いあえる日が再び来ると信じている。
「土屋さん、急がないと!」
桜の切羽詰った声に今の状況を思い出す。
そうだ、今、こんなことをしている場合ではなかった!
話をしている間にも、穴の底から感じる尋常ではない量の気は膨張を続けている。それは限界まで膨らませて、今にも弾けそうな風船を連想させる。
「すまない、みんな! ここから早く立ち去らないと! 桜、ここから一番遠い場所への転移を頼めるかい?」
「すみません、紅さん……さっきの転移で使用回数を使い果たしてしまいました……」
本番で失敗しないように練習を繰り返していたツケが、こんなところで出てしまうとは。となれば、迷う時間も惜しい。この脚で走るしかない!
「ミトコンドリア! ここから全力で退避するから、逃げ道を作ってくれ!」
『よくわかんないけど、わかったよ!』
元気に返事をするミトコンドリアは状況が掴めていないようだが、従ってはくれるようだ。今は質問に返答する時間も惜しいので、その性格がありがたい。
ミトコンドリアが草木に命令し、森を突っ切る一本道を作り上げると、俺は迷いもなく先頭で飛び出した。後方から、権蔵、サウワ、桜、ミトコンドリアの順で続いている。
「え、あ、どうなっているんだ!? 穴の中から感じる馬鹿でかい気が関係しているのか?」
走る速度を上げ並走している権蔵が、しかめ面で俺にそう訊ねてきた。
「今は詳しく説明する時間も惜しい。それに、穴の中で何があったかは、実際に見てもらった方が早いか」
俺は穴の外で待っていた権蔵とサウワ、途中参加の桜に糸を伸ばし、心に記憶した映像と音を『精神感応』で余すところなく伝える。
映像を流されながらも、その足を止めることなく三人は走り続け、全ての映像を見終えると大きく息を吐いた。
「そうか、縁野もゴルホも活躍したんだな。それに、春矢まで参戦していたなんて、全く知らなかったぞ」
「ゴルホ、かっこ良かった。うん、かっこ良かった」
「そうね、サウワちゃん。ゴルホ君、紅さんを守ってくれて、ありがとう」
サウワと桜は目をそっと閉じ、走りながらではあるが、ゴルホの冥福を祈ってくれているようだ。
権蔵は悲しそうでもあり、悔しそうでもある、複雑な感情が入り混じった表現し辛い表情を顔に貼り付けている。
「春矢については、皆に黙っていてすまないと思っている。破魔の糸で本当に相手の精神感応を防げる確信がなかったので、万が一、読まれた時のことを考慮して、伝えていなかった」
「それはわかる。土屋お兄ちゃんの判断は間違ってない……と思う。でも、一つ疑問がある。モナリナモナリサ姉妹の心臓について」
「ああ、俺もそこは気になった」
やはり、そこに触れてきたか。
『精神感応』で三人に見せた映像には、春矢との話し合いや駆け引きの内容も隠さずに流しておいた。彼女たちの心臓を渡して、握り潰させたことも。
サウワと権蔵は俺たちが出会う前から共に過ごしてきた仲間である姉妹の死体を損傷し、心臓を奪ったことが許せないのだろう。当たり前だ、死者を冒涜した行為だというのは俺も自覚している。
どんな批難も受ける覚悟だ。
「すまない。亡骸を傷つけたことは本当に反省――」
「そうじゃない」
俺の謝罪を遮ったのはサウワの意外な一言だった。
その点を責めるのではなく、別の気になる点があるというのか。
「俺もそうだぜ。冷たいようだが、死んで体が役に立つというのなら、俺が死んだ時も好きにしてくれて構わないぜ。問題はそこじゃなくて、何で現地人である姉妹の心臓から、スキルを奪えたのか――だよな、サウワ」
「権蔵にしては鋭い。二人は春矢よりも確実にレベルは下回っていた筈。教えてもらった奪取の条件に当てはまらない。何で、スキルを奪えたの?」
サウワの疑問を耳にして「あっ!」と声を上げた桜が慌てて口に手を当て、誤魔化している。今までその考えが頭に無かったのだろう。
「そのことか……それは、二人が実は現地人ではなく、転移者だったからだ」
俺の発言を聞いた三人の足がぴたりと止まり、釣られて立ち止まった俺の顔を凝視している。
予想外過ぎた話の展開だったらしく、目を見開いたまま硬直している。
ミトコンドリアは事情を把握していないので意味がわからず、驚いた表情で固まっている仲間を面白そうに眺めていた。
「驚くのは構わないが足を止めないでくれ。いつ、迎田の力が暴発して大爆発を巻き起こすかわからない状態だ。質問は、走りながら聞く。ほら、走った走った!」
動かない三人を置いて俺が走り出すと、正気を取り戻した三人が慌てて全速力で追いかけてくる。
「おいおい、嘘だよな! だって、あいつら現地人の服を着ていたぞ?」
いち早く立ち直った権蔵が俺と肩を並べると、そう質問してきた。
「贄として運ばれてきた現地人はそこら中にいた。生きていたか死んでいたかは当人しかわからないが、現地人と遭遇し、服を奪ったとしても不思議じゃないだろ?」
多くの現地人がドラゴンに殺されたとはいえ、サウワやゴルホのような生き残りが存在した。島の北西にいたグループにも何人か生き残りの現地人がいたことも考慮すると、現地人と遭遇する確率は、そんなに低くない筈だ。
生死を問わないのであれば、かなり高い確率だと思っている。
「でも、サウワ、あの二人の顔を知っていた。船から出て、ドラゴンに会うまで一緒に行動していた仲間の顔に間違いない」
「サウワはゴルホとは同郷で親しかったらしいけど、あの姉妹とは以前に付き合いはあったのかい?」
「船の中で見かけた気はするけど……確かじゃない。でも、船から出て一緒に行動していたのは本当。顔はちゃんと覚えている」
サウワは年齢よりもしっかりしていて、物覚えもいい。彼女が嘘をついているということは、ないだろう。
「それは、おそらく、身体変化のスキルで二人に化けたのではないかな。現地人の美しい双子の姉妹の姿を借りる。同じ現地人には警戒されにくく、転移者も油断しそうだ……なあ、権蔵」
「へっ!? お、俺か。ま、まあ、確かに。現地人は生徒手帳が無いしな。スキルやステータスをいじれないから、同じ転移者を相手にするよりかは、楽だとは思うかもしれない。それに美人姉妹だったら、保護欲と言うか、守ってあげたいと思うかもしれねえ……」
素直で結構。若干、女性二人からの視線が冷たいが、俺だってその意見には同意したいのが本音だ。今なら疑ってかかりそうだが。
「言われてみれば、船での話とかにあまり乗ってこなかった気がする」
思い当たる節があるようで、まだ完全に納得はしていないのだろうが、走る速度は落さず器用に腕を組みながら、頭を捻っている。
「確かにその可能性はあると思いますけど、何で転移者だとわかったのですか? 今の考察は転移者だと見抜いたからこそ、そう思うって話ですよね」
「そうだな。俺も彼女たちと接していた時は、そんなこと思いもしなかった。転移者ではないかと疑ったのは、彼女たちが死んで一か月後、再びゴブリンの集落へと向かい、彼女たちの死体を発見した前後だよ。彼女たちの遺体は死後、一か月経っていたにも関わらず、全く腐敗していなかった。取り出した心臓も今にも動き出しそうなぐらいに新鮮で……そこで確信に変わった」
あの時は本当に驚いた。体から離れた首から上も体も腐ることなく、生きていた頃と全く変わらぬ肌質で存在していたのだ。
「そして、疑うことになったきっかけは、死体を探す際に発動させた捜索スキルだ。リストにあった転移者の死体に二人の体が反応したんだよ」
それがなければ、集落の片隅に捨てられていた瓦礫に埋もれていた二人を発見するのは、かなり困難だっただろう。
彼女たちは年の割にかなり高度な魔法を操れた。ゴルホやサウワは特殊な環境で幼い頃から暗殺術を叩き込まれていたので、子供離れした身のこなしにも納得できたが、姉妹は平凡な家庭で育ったと話していた。
だというのに、スキルに目覚めたばかりとは思えぬ巧みな水の魔法と、高威力の火の魔法。
それも転移者としてスキルを上げたと考えれば納得もいく。まあ、全て今になって思えばという後付けの考えなのだが。
「そうだったのですか……モナリナとモナリサの本当の姿を私たちは知らないのですね」
桜の呟きが皆の耳にも届いたらしく、重い空気が漂う。この戦いで死んだ三人の死と重ね合わせてしまったのかもしれない。
「って、くよくよしていても始まらねえだろ! てか、そんな場合じゃねえよな!」
その空気を吹き飛ばしたのは、権蔵の大声だった。
しんみりとしてしまったが、今一番大切なことは現場から少しでも遠ざかることだ。権蔵に指摘されるとは、自分で思っている以上に堪えているのかもしれないな。
「俺の未熟な気の操作でも、異様な気の高まりを感じるぐらいだ。これって、かなりヤバいよな!」
「そうだ。これ程の力が暴発した場合の破壊力は想像できない。それこそ、核爆弾並の威力があっても、おかしくない!」
話にのめり込み過ぎて危機感が薄れていたが、もっと距離を取らなければ安心はできない。このメンバーで一番足の遅い桜に速度を合わせていては間に合わないかもしれないな。
「ひゅえ!? な、何をするんですか、紅さん!」
桜の背後に移動し、ひざ裏と肩下付近に腕を伸ばし抱き上げる。
狼狽えている桜に構うことなく、俺は足に装着した『韋駄天の靴』に意識を集中して、精神力を消費することにより、秘められた力を解放した。
「うひょえええええええええええええええっ!」
まさに風を切り裂き、大地を走り抜ける速度に驚愕したようで、桜が妙な奇声を上げ、風圧に顔を歪める。
「二人は俺の後ろに並んで!」
車やバイクの競技でも使われている、先頭の後ろに入り込むことにより空気抵抗も少なくなるという現象を利用して、二人の走る速度も上がっている。
さっきから姿の見えないミトコンドリアには、先に本体の木へ戻るように指示しておいたので、大丈夫だろう。
口を噤み懸命に走り続ける俺の足元が大きく縦に揺れ、思わず前のめりに転びそうになるが、何とか踏みとどまった。
「今の揺れ――」
二人も同じ揺れを感知したようで、後方を振り返ると大穴を開けた地点から、天に向かい巨大な光の柱が昇っていく姿が目に入る。
それは、土砂や木を巻き込み、光の規模を広げながらこちらに迫ってきていた。
「うおおおおおおっ! 逃げるぞおおおっ!」
権蔵が叫び、サウワが全力で駆け、俺も桜を抱え上げたまま、残り少ない精神力を消費し、走り続ける。
背後からは大地が削られ、粉砕される音が響いてくるが、振り返る余裕は微塵もない!
「後ろおおおおっ! 後ろおおおっ!」
抱き上げられている桜からは後ろが良く見えるようで、人に見せてはいけない崩壊した表情で絶叫を上げている。
言われるまでもなく、後ろから押し寄せる巨大な力を背に感じているが、どうしようもない。今できることは脚が千切れようが、全力で駆け抜けるだけだ!
気力を振り絞り、疲労により足がもつれそうになりながらも、懸命に走る俺の耳に「あっ終わった」という、達観した桜の声が聞こえたかと思うと、俺の体は閃光に包まれ、体は浮かび上がり宙を舞った。
年末はかなり忙しいので、毎日更新が途切れる可能性が高いと思います。
予め、ご了承ください。