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戦闘

 座るのにちょうどいい大きさの石を見つけ、周囲を警戒しながら座り込んだ。ここで、一度、今後の計画を練り直さないといけない。

 予定では『捜索』のスキルを利用して、死亡した転移者たちの物を収集し装備を充実する。できれば食料か水もあって欲しい。レーズンがあるので贅沢を言わなければ、暫くは飢え死にすることもないだろう。

姑息な手段だが、こちらも生き残る為に必死だ。それに、体面にこだわる状況でも、そんな生易しい世界でもないだろう。

 アイテムボックスを手に入れたのは予定通りなのだが、実はこの結果に満足はしていない。余計な情報も知ってしまったからだ。


「死んだ相手から、所有しているアイテムを奪えるか……」


 これを知った転移者たちはどう思うだろうか。俺と同様の考えならまだいい。だが、相手を殺して強力な武器や道具を手に入れようとする者がいないと、言えるのだろうか。


「仲間を得たかったが、保留か」


 このまま『捜索』に反応したポイントに向かい、生きている転移者たちと合流する。それが生存確率を上げる、一番の方法だと思っていた。

 だが、アイテムが奪えるとわかった今、安易に生存者へ近づくべきではない気がする。接触するにしても、相手を観察し見極めてからにするべきだな。


「っと、考えるのは後にするか。これは、二体」


 周囲の木々に巻き付かせ、低い位置に張り巡らせた糸に反応があった。

 人の足首ぐらいの高さに糸を張っていたのだが、その糸に何かが触れた反応がある。『糸使い』の能力は糸を操るだけで、その糸が何かに触れても感覚は無いのだが『気』を巡らすことにより、何となくなのだが触覚の様な感覚を得られる。


「ポイントは近づいていない。となると、初対面か」


 渦巻き状に伸ばしておいた糸に何かが触れる感覚が、徐々に近づいてくるのがわかる。

 生徒手帳反応がないということは、転移者ではない。

 右手に握りしめた1メートルもない棒が俺の武器か。正直、頼りないが、これで凌ぐしかないよな。

 目の前の大木の少し先に張っておいた糸を踏まれた感覚が伝わり、俺は腰を落し直ぐに動けるように構える。


 がさり、という草を掻き分け、踏みつぶす音と共に現れたのは異形の生物だった。

 長く尖った耳と鼻。頬まで裂けた口から見え隠れする鋭い牙。獣の皮を腰に巻き付け、手には俺の持っている棒より太く、頑丈そうな棍棒。

 身長は180近くある俺の胸元までしかない。肌の色は深緑だろうか。土で薄汚れているので、地肌があまりよく見えない。


「ゴブリン……なのか」


 小説の挿絵やゲームで見たことのあるゴブリンらしき風貌をしている。それが二体、じりじりとこちらに、にじり寄って来る。

 見た目は醜悪だが、敵と判断するには早い。知能があり、まともな性格をしたゴブリンが出てくる物語を幾つも目にしてきた。スキル表にも『ゴブリン語』があった点も考え、意思の疎通ができる可能性は高い。


「ええと、戦う気はない」


 手にしていた棒を地面に突き刺し、両腕を軽く上げる。戦意が無い事を表現して、何とか微笑み話しかけたが、相手は棍棒を構えたまま下ろす気配はない。


「あー、その、あー言葉ワカリマスカ?」


 一か八か人間の言葉が通じる可能性に賭けてみたのだが、相手は更に警戒を深めたようだ。今にも飛びかかってきそうだな。


「んー、まあ、もういいか」


 俺がそういった瞬間、ゴブリン二体が地面へ倒れる。地面でもがいているゴブリンの体には何重にも糸が巻き付いている。


「思っていた以上に上手くいったな」


 周囲に張り巡らせていた糸を回収し、ゴブリンの足元に集めておいて、一気にその糸を巻き付けた。話しかけたのも、戦意がないようなポーズを取ったのも、相手の意識をこちらに向ける為。

 作戦とも呼べない単純な方法なので、失敗したら自分とゴブリンの間に無数の糸を張って、時間を稼ぎ逃げるつもりだった。

 気を通した糸は釣り糸程度の強度はあったので、体中に巻き付ければ人間の大人の力程度なら引き千切るのは不可能だろう。このゴブリンの力は、過剰に恐れるものではないようだ。


「話し合いもできなそうだし、悪いが……いや、悪くはないな。殺させてもらうよ」


 棍棒を持った初めに現れた方ではない、もう一体のゴブリンを睨みつける。

 そのゴブリンの左手には、かじられた跡のある――人間の右腕があった。その腕の手首には金属製の腕時計があり、あれが転移者の腕であるのは間違いない。


「やっぱり、優しい世界じゃないか」


 俺は木の枝から首つり状態でぶら下がるゴブリンの死体を見つめ、小さく息を吐いた。





 ピクリとも動かなくなった死体を見つめ、俺は吐き気を堪えていた。

 異形の化け物とはいえ何かを殺す。その生き物が小さな虫なら俺は何の感慨もなかっただろう。だが、ある程度の大きさを超えた生き物を手にかけるには抵抗がある。

 それを初めて実行して、平常心を保てる人は何処か壊れた人だけだと思う。だが、その感覚も数をこなし経験を増やせば嫌でも慣れる。人は思った以上に環境に適応し、慣れる生き物だと、何かの書物で読んだことがある。

 今までの人生経験上、状況は違うが人は慣れるという点については同意したい。


「怯えるのも怖がるのも、今の内に終わらせないと……」


 俺は緑の肌をしたゴブリンだと思っている生き物が、完全に息をしていないのを確認して、相手の肌に触れる。


「皮膚が硬いな。これってかなり強く刺さないと、刃物が通らなそうだ」


 結果的に糸で窒息させたのは正解かもしれない。

 試しに『説明』を発動させてみるが、ゴブリンの説明が頭に浮かぶことは無い。やはり、スキル表にあった物やスキルのみにしか効果がないようだ。


「こういう場合、相手から素材を取る為に、切り裂いたりするものだけど」


 手元には刃物もなければ、何が素材になるのかもわからない。それに、死体を切り裂く勇気は、まだ湧いてこないから丁度いいのだが。


「えっ?」


 じっくりと、相手の体を観察していた俺の目の前で、ゴブリンの死体が発光を始めた。


「おおおっ!?」


 慌てて飛びのき、大木の後ろに隠れそっと覗き見る。

 ゴブリンの死体が光の粒子となり、大気へと溶けていく。数秒後には枝からぶら下がる糸だけが取り残され、ゴブリンの死体は綺麗さっぱり消えていた。

 今、光の粒子が俺に吸い込まれたように見えたが、気のせいか?

 足元には身に纏っていた毛皮や棍棒、それに食べかけの腕が残されている。そして、もう一つ、さっきまではなかった物があった。


「これは、小さな宝石……か?」


 俺は薄汚れた、親指程度の宝石を指で摘まんだ。覗き込んでみたが向こうが朧げに見える程度で、宝石だったとしても価値は低そうだ。


「定番だとこれは『説明』」


 頭に手にした宝石らしき物の情報が流れ込んでくる。

 『魔石』(魔力が詰まった石。魔物が死んだ後にドロップする。魔物が強大であればあるほど、魔石は大きく美しく輝く)


「この世界は魔石システムか。解体しないで済むのは有難いな」


 『魔石』はスキル表のアイテム欄に存在していたので、まさかとは思ったが正解だったようだ。魔物が魔力で構成され、倒すと魔石になるというのも、お決まり事だ。

 となると、今の現象は。


「なるほど……な」


 『アイテムボックス』の空きに入れておいた生徒手帳を取り出し、ステータスやスキルが記載されていたページを開く。

 レベルが2になり、スキルポイントが 4 から 24 になっていた。単純に考えるなら、レベル2になることにより、スキルポイントが20増えたということか。

 あと、新たな項目が増えているな。


 ステータスポイント 2 とある。


 ステータスはレベルアップと同時に自動で増える訳じゃないのか。自分で好きな数値に割り振らないといけない。それもたった2ポイントか。これは後で考えよう。

 スキルポイントも20しか増えていないとなると、スキルレベルも簡単に増やすことは出来ないか。

 改めて、スキルに必須なポイントを確認する為に『糸使い』の文字に触れる。


「え、あれ、減っているのか」


 次のレベル上げる為に必要なスキルポイントが、前に確認した時よりかなり減っていた。


「ということは……」


 『気』『捜索』『消費軽減』にも触れてみるが、やはり必須ポイントが減っている。


「あー、スキルを使いこめば必要ポイントが減るのか。何度も使えば、ポイントを消費せずにレベルを上げることも可能」


 これは大きな発見だぞ。魔物を倒さなくてもスキルだけなら上げることができる。消費しすぎない程度にスキルは頻繁に使っておいた方がいいな。

 新たな動かないポイントを探しながら、周囲を警戒して、スキルレベルを上げる。敵が少数で勝てそうなら戦い、強そうなら逃げる。

 今後の方針はこれでいこう。





 次の一番近いポイントはここから北西の方向か――北西?

 あれ、何で方角がわかるんだ。自慢じゃないが太陽の位置から方角を割り出せるような、方向感覚は無いと断言できる。

 だというのに、頭に何となくだが方角が浮かんだ。これも『捜索』スキルの影響なのだろうか。まあ、わかるに越したことは無いな。むしろ、ありがたい。


 この方角はゴブリンたちがやってきた方向か……かなりグロテスクな映像が待っていそうだが、行くしかない。

 転移者の引き千切られた腕から、糸を操作して腕時計を取り外すと左手に巻いておいた。


「時間が一緒とは限らないけど、一応な」


 俺は木製のバットを太くしたような棍棒を右手で握り、ポイントへと向かう。

 他のポイントは南西の方角に二つ。これはひっきりなしに動いているので、生存している転移者同士が組んだようだ。

 自分一人で成り立たなくなったら、合流させてもらうのも頭に入れておこう。勿論、遠くから様子を窺い、じっくりと見極めてからだが。


 暫く歩き続けていると、嗅いだだけで嫌な気分になる臭いが微かに漂ってきた。

 三度目ともなると慣れそうなものだが、この臭いだけは慣れてはいけない気がする。

 ポイントに近づくにつれ、血の臭いが徐々に濃くなっている。ゴブリンたちが死体の断片を持っていたということは、そういうことなのだろう。


 森の木々が途切れ、ここから先は足首程度の長さしかない草が生えた草原になっている。視界が開けているので魔物や転移者に発見される恐れがあり危険なのだが、ここは進むしかない。

『捜索』を発動しているのだが、近くに反応は無い。

 見える範囲には魔物の姿もない。


 『気』で周囲を探るが、漫画やアニメで定番の「相手の気を感じる!」といった感覚はなかった。もっとレベルを上げれば、そういう用途で使えるようになるかもしれないが。

 念には念を入れて、先に糸を進ませ罠や魔物が潜んでいないか探させておく。


「何もないか」


 俺は腰をかがめ緑色のパーカーが保護色になることを祈り、足早にポイントまで進む。

 すぐ近くまで寄ると、足元からぐにゃりと何かを踏んだ感触が伝わってくる。


「見たくないけど、時間をかけるわけにはいかない……なっ!」


 意を決して足元に目をやると、嫌な予想は的中したようで、そこには無数の肉片が散らばっていた。

 あの肉がこびり付いた白いのは骨なんだろうな。お、う、よっし、大丈夫! 

 何か長いうねうねしているのも、ホルモン焼きを頼む焼肉屋でよく見ている!

 兎も角、ポイントの場所に行くしかない。


 足元に視線、周囲には糸を巡らせ俺はポイント地点へ移動する。

 周辺の草には血がべっとりとこびり付き、血の臭いが充満している。これが密閉された空間なら吐き気をもよおす悪臭なのだろうが、屋外でほんと助かったよ。

 捜索地点に到達し、ポイントのある場所に視線を向けると――目が合う。

 目を限界まで見開き、口元から涎を垂らした生首とご対面した。


「うっ」


 予想はしていたが、だからと言って驚かないかは別問題だ。心構えがあった分、大声を出さなかった自分を褒めてやりたい。

 見たところ、二十代前半といったところか。短髪の特徴のない顔をした男性だ。

 これ以上見つめ合う理由もないので、生首から視線を逸らし生徒手帳を探す。ポイントはここで間違いないが、ここは乾きかけている血と肉片が見当たるばかりで、生徒手帳が見当たらない。


 となると、お肉の下か生首の下あたりにあるのか。

 俺はさっきと同じように、糸を操り肉片と生首を押しのけ、その下にあった生徒手帳を手に取った。

 裁縫用の布を取り出し、一つ目の生徒手帳を手に入れた時と同様に血を拭き取り、中を拝見する。

 名前年齢性別にざっと目を通す。そこは特に必要としない情報だ。

 ステータスにポイントを『体力』以外何も振っていないな。ということは自滅か。ゴブリンに殺されたのではなく、死体をゴブリンに食われただけのようだ。


「ステータスより、スキルを充実させるタイプか」


 スキル欄には結構な数のスキルが記載されている。


 『農業』『植物使い』『消費軽減』『鑑定』『隠蔽』『水使い』『共通語(会話)』


 あー、なるほど。農業系でやっていくつもりだったのか。『説明』にポイントを振ってなかったのだな。みんなが引っ掛かるポイントである使えないスキル『鑑定』を所有しているのが証拠みたいなものだ。

 そうすると、アイテムは何を所有しているんだ。


 『アイテムボックス』


 アイテムボックスがダブってしまった……まあ、かさばる物でもないし、二倍物が収納できるのだから、後で探して頂いておこう。他には何があるのかな。


 『完全食の種』


 何かの種はあると思ったが、何だこの種。完全食って確か、その食材のみで必要な栄養が取れるという、あれだよな。以前ダイエット中に調べたサツマイモとかが、そんな感じの食物だとか書かれていた気がする。

 あれこれ考えるより、触れた方が早いか。

 ええと、この実は栄養がありカロリーも高いので、一個食べれば丸一日活動できる。干ばつにも強く少量の水を与えるだけで良い、と。ここまでなら結構いいものだけど、説明まだあるよな、やっぱり。


(ただし、この植物が実を付けるまでには種を植えてから三か月の時間を有する)


 ですよね。そんなに上手くはいかないか。『成長促進剤』も入っているが、これは成長を三倍に早めるとある。使ったところで一か月か……拠点を得た時に必要になるかも知れないな。新たに手に入れる予定のアイテムボックスに入れておくか。

 おおっ! 更にミスリル製の武器が二つもアイテム欄にあるじゃないか。

 念願の武器が手に入りそうだ。それもファンタジー定番のミスリル製。鋼よりも強く銀よりも美しいでお馴染みの鉱石だ。性能としては何も問題ない。


 だが、『ミスリルの鍬』『ミスリルの鎌』――農耕具だ。

 説明を見ても、やはり農耕具だ。

 切れ味と耐久性が抜群で輝いているらしい。これで農作業も捗りそうだっ!

 ……自虐はやめておこう。でも、両方とも切れ味が抜群なので武器として使えるな。しかし、スキルに前提条件があるように、武器にもそれが存在する。


 『ミスリルの鎌』(装備レベル20 筋力20 器用度30以上必要)

 『ミスリルの鍬』(装備レベル20 筋力30 器用度25以上必要)


 スキルポイントで得ることができる高性能の武器防具には、装備レベルと能力値という壁が存在するのだ。

 高性能であればあるほど、必要となる能力とレベルが高くなる。

 あのスキル表のアイテム欄には伝説の武器防具と呼んで差支えない能力の武具が大量に存在していた。それも厭らしいことに殆どが300ポイントぐらいで手に入る。『説明』で調べていなければ、俺も幾つか欲しいと思っていたぐらいだ。


「ステータスはまだしも、レベルがな」


 武器防具には高めのステータスが必要とわかっていたので、ステータス増加にポイントを多く注いだのだが、必要レベルにはまだまだ届きそうもない。

 純粋な武器ではないというのにこのレベル。相手の生命力と精神力を吸収する剣やどんな硬い物でも切り裂く刀とかも存在していたが、必要レベルは――言うまでもない。


 いつか使える日が来ることを祈りつつ、周辺からアイテムボックスを探し出し、その中に種と鎌と鍬も入れておいた。

 アイテムを貰い受けた彼の遺体にも手を合わせておく。


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