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生き抜く方法

 平和な世界であれば、人目につきそうなあの場所に居続けるのもありなのだが、今は出来るだけ気配を殺し、見つからないように行くしかない。

 視界が開けすぎている海岸から離れ、俺は木々の茂る内陸へと足を踏み入れた。


「学生服じゃないのか」


 改めて自分の格好を確認し、そんな感想が口から漏れた。

 ジーパンに黒のシャツ。それに深緑色の厚めのパーカーといった格好なのだが、これはある意味ついていたかもしれない。

 防水性のあるパーカーなのでフードもあるし、少々の雨なら大丈夫だろう。ポケットも幾つかあるので、小さなものなら収納にも暫くは困らない。嫌々ながら、来週身内の登山に付き合わされることになり、少なくない金額で購入したパーカーが功を奏したようだ。


 足元の靴は登山用のブーツ。

 一回ならしておこうと近所の買い物に履いていった登山用ブーツで、舗装された道など何処にもない雑草だらけの道を俺は進んでいた。


「しまったな。アレが海だったのか調べる為に、舐めておくべきだった」


 水平線が見えていたので勝手に海岸だと思っていたが、巨大な湖だった可能性もある。ある程度、歩いてきてしまったので今更、戻る気にもならないが。

 後で調べておこう。海水でないなら飲料につかえるかもしれない。


「こっちで間違いないか」


『捜索』を発動させ反応のあったポイントへ俺は向かっている。

 この『捜索』というスキル。たぶん、俺しか取ってないのではないかと思う。使い勝手が微妙なのだ。


 まず、このスキルを発動させると、自分を中心とした半径5kmの範囲に対象の物があるか探ることができる。そして、それが存在すれば距離と方向が感覚として伝わってくるのだ。

 これだけ聞くと、かなり使えるスキルっぽいが問題は次の点だ。

『捜索』と口にすると目の前に薄い青色の長く細い枠が現れる。そこに意識を集中し、対象の名前を入力する。これは触れなくても勝手に書き込める。

 そして、書き込んだ物を鮮明に思い浮かべなければならない。


 つまり、『捜索』できるのは正しい名称がわかり、姿形を思い浮かべる事ができる物に限られるということだ。そうなると、クラスメートの捜索に使おうにも名前もわからなければ、一目見ただけの他人を詳細に暗記する等、不可能な話。

 武器、防具、回復薬、食べられる物。なんて曖昧な対象では『捜索』のスキルは全く役に立たない。

 だが、このスキル。俺は異世界での生命線だと考えている。説明にもう一つ記載があったからだ。


(対象に触れていれば名称が不明でも、探すことが可能)


 俺は『捜索』発動時に右手に握りしめた生徒手帳へ視線を落した。

 あのクラスに居た人が共通して確実に所有している――この生徒手帳を『捜索』し、反応のある場所に向かえば、クラスメートの誰かがいる。

 反応があったのは二箇所。一つは辺りを散策しているのだろうか、ポイントが忙しなく動き続けている。もう一つは全く動きが無い。

 俺は迷うことなく――動かないポイントへ向かった。


「そろそろ、近いな」


 『気』の能力である、気配減少を発動させる。『気』は所有しているだけで、幾つかの能力を発動できる。その一つが気配減少だ。今はレベルも低いので、その効果は微々たるもののようだが、使わないよりましなのは確かだ。

 周囲を警戒し、他のポイントが近づいてこないのを確認しながら、俺は動かないポイントへ慎重に寄っていく。

 丈の長い雑草に紛れるように腰を落し、大木の陰へと移動しながら、その距離はかなり縮まった。


 相手の反応はまだない。

 距離はもう5メートルもないだろう。目視できる距離だと判断した俺は、大木からそっと顔だけを出し対象物を覗き見た。

 そこには体中から血を吹き出した、血塗れの人間がいた。


「うぐっ」


 非現実的な血塗れの人間という存在と、その異様な姿に俺の胃液が逆流しそうになる。


「ホラー映画の比じゃないな」


 ホラーや、スプラッターな表現のある映画でそういうものを見て、気持ち悪くなったことは一度もないのだが、本物はまるで違った。見た目の生々しさと、鉄の錆びたような匂いが気持ちの悪さを倍増させる。

 微動だにしない人間は、スーツを着込んではいるが着なれてない感じがする。たぶん、就活生か新入社員といったところだろうか。


 性別はたぶん男だ。スーツの上から見た感じ、女性らしい体の膨らみが見当たらない。顔を見れば一目瞭然なのだが、血塗れのあの顔をもう一度直視したくはない。

 この格好からして、異世界の現地人ではなく、あの場にいた転移組クラスメートの一人だろう。


「あんまり、近づきたくないな」


 俺は買い物袋から取り出し、ポケットに入れておいた裁縫用の糸を右手で握る。

 ちなみに、左手に持っている買い物袋には、釣り糸と布と徳用レーズンが入ったままだ。

 『糸使い』の能力を使い、俺はその糸を操り死体へと進ませる。

 裁縫用の糸は動かせられるのだが釣り糸は操作できなかった。おそらく、今はレベルが低いので操れる糸の種類が限られているのだろう。


 釣り糸はPEラインというポリエチレン製の糸で、かなり強度があり水を弾くので、こっちの糸の方が使い勝手がいいのだが、使えないのはどうしようもない。『糸使い』のレベルが上がった時の楽しみにしておこう。

 糸を操ると同時に『気』を糸に流し、糸の強度を上げている。気を流し込めば、裁縫用の糸でも釣り糸並みの強度となるので、今はこれで充分だと思うしかない。


 糸は死体へと到達すると、スーツのポケットをまさぐっていく。

 ズボンのポケットには――ない。

 スーツの裏側にある胸ポケットには――あった。

 お目当ての物を見つけると、そのまま糸を巻き付け手繰り寄せる。俺は裁縫用の布を一枚取り出すと、血に濡れたそれを布越しに掴み、表面の血を拭き取った。


 血を拭い取ると、それの表紙に神立異世界転移学園という文字が見えた。俺の所有している生徒手帳と同じように。

 死体の生徒手帳をめくると、そこには顔写真、名前、年齢。ステータスといった物が書かれている。仕組みは全く同じようだ。


「名前は……横道 王毅か。男性、年齢は俺より少し上か。ステータスは知力が負けているが、他は勝っているのか。運動は苦手なタイプだったのかな」


 そういった個人情報にはあまり意味がないのだが、同じ境遇の人に対し興味が湧いてしまい、じっくりと見てしまった。本命はこの先だ。

 取得スキルの一覧に『体力』2『知力』2『精神力』2の文字が見える。他のステータスにはポイントを一切振っていない。

 やはり、この人の死因はステータスを取らなかったことか。筋力もなければ、頑強もない状態では自分の体を保つことすらできなかったのだろう。


 異世界に到着と同時に、全身から血を吹きだして死亡という流れか。体力がある分、少しは生き延びることが可能だったかもしれないが――そうだったら逆に苦しみが伸びただけで、哀れ過ぎるな。

 感傷に浸るのは後だ。本命はこの先にある。


 所有しているスキルは『時空魔法』1『魔力容量』2の二つしかないのか。この『時空魔法』って確かかなりポイントを消費したような。

 『時空魔法』か。好きな場所に転移できて、時間すら操れる魔法。まあ、普通に使えたらかなり強力だよな、普通に使えたら。

 横道さんの生徒手帳に書いてある『時空魔法』に指を触れると、頭に情報が浮かんできた。どうやら、他人の生徒手帳であれ『説明』スキルの効果は及ぶようだ。


 ええと、消費ポイントが……500か。そりゃ、スキル他に取れないよな。だけど、問題は続きの説明だ。

 時空魔法は『計算』『精密』『火属性魔法』『水属性魔法』『土属性魔法』『氷属性魔法』『風属性魔法』『光属性魔法』が全てレベル5なければ発動しない。とある。

 まあ、錬金術と同じように前提スキルが厳しく、所有していたところで発動すらしない罠スキルだ。いずれ他の力も極めれば扱えるのだろうが、そこまで育成する余裕があればの話だ。


 ここまでに、消費されたポイントは600ぐらいだろう。残りのポイントで彼は何を得たのか。俺は取得スキルの下に目をやる。

 そこには、所持品の欄があり『アイテムボックス』1という、待ち望んでいた文字が目に飛び込んできた。


「よっし。一人目できたか」


 俺は思わず拳を握りしめてしまう。

 異世界転移系の主人公の所有率が異様に高い便利なアイテム、もしくは能力である『アイテムボックス』それを彼が所有していた幸運。

 『捜索』のスキルを見つけた時から、俺はこれを狙っていた。


 スキルポイントを消費して便利なアイテムを手に入れなかった理由の全てがここにある。生徒手帳を利用して転移者を探し、死亡していたならその人が所有していたアイテムを譲り受ける。

 自分と同じように異世界転移の知識があるなら、他の人が『アイテムボックス』を取得する確率はかなり高いと考えていた。それに『アイテムボックス』を選ばなくても、何かしらのアイテムを一つや二つは選ぶのではないかと考えた。


「初っ端に来るとは思わなかったが……どれがアイテムボックスだ」


 死体の顔は極力見ないようにして、俺は首から下を観察する。アイテムとして存在するのだから、袋か鞄らしき物だと思うのだけど。

 仰向けの死体はスーツを着こんでいるだけで、他に何も所有しているようには見えない。リュックサックのような物を背負っているわけでもない。となると、ポーチの様に腰回りに装着するタイプか。

 血塗れのスーツをこの手で脱がす気にはなれなかったので、気を流し込んだ糸を右手左手で一本ずつ操作して、服を脱がしにかかる。

 今の『糸使い』レベルでは片手で一本、合計二本までしか糸を操ることができない。


「お、んっ、かなり、難しい……ぞっ」


 糸に気を纏わせても、糸が刃物の様な切れ味になるわけでもなく、ただ頑丈になるだけなので、脱がすのにはかなりの時間を要してしまった。


「ああ、何とか……脱がせたけど……異様に疲れたなぁ」


 糸を操作しただけで、自分自身が動いたわけでもないのに、かなり息が荒い。集中して『気』を放出し続けていたので、『体力』『精神力』をかなり消耗したようだ。『糸使い』も発動中なのでそれも影響があるのだろう。

 上着を脱がせ、ワイシャツ姿になった死体の左腰部分に小さな長方形の革袋を発見した。おそらく、あれが『アイテムボックス』ボックスなのに袋っぽいとかいうツッコミは無粋なのだろうな。


 少し休憩して、体の疲れが少し取れたのを確認すると、再び糸を操り『アイテムボックス』らしき物を彼の腰から引き剥がした。

 大量の血に濡れていた彼の腰にあったにもかかわらず、その小袋は一切汚れておらず、普通の袋ではないのだと実感させてくれる。


「ここが運命の分かれ目だな」


 俺は恐る恐る、その袋に手を伸ばしていく。

 人が所有していたアイテムを俺が手にしたところで、利用することができるのか。その疑問がずっと頭を悩ませていたが、今更どうすることもできない。

 もし、使えなければ目論見が一つ潰れることになる。『捜索』の価値も下がるのだが、失敗したら失敗した時の話。なるようにしかならない。

 微かに震える指先がアイテムボックスに触れた途端、頭の中に文字が浮かんだ。


『所有者が死亡したことにより、アイテム権限が移ります。このアイテムボックスを所有しますか? はい いいえ』


 驚きはしたが迷う必要はないよな。俺は はい を選択した。


『所有者の変更を確認』


 その瞬間、死亡した彼の生徒手帳と、自分の生徒手帳が小さく輝いた。


「何だ、ページが光っている?」


 二冊の生徒手帳を地面に置き、光るページを開いた。

 死亡している彼の所持品から『アイテムボックス』の文字の上に赤いバツが重ねられ、代わりに自分の生徒手帳の所持品に『アイテムボックス』が書き込まれている。

 どうやら、上手くいったようだ。俺が『アイテムボックス』の袋を腰に当てると、ぴたりとくっついた。これで、五種類のアイテムなら袋の中に収納できるのか。


 ビニール袋に入ったままの裁縫用の布を一枚試しに入れてみた。

 おおおっ、どうみても布の方が大きいのに何の問題もなく入ったな。

 手を突っ込むと頭に布の映像が浮かび、その布を取りたいと思うと手に布の感触があった。

 何度か実験し、出し入れに問題が無いのを確認すると、余っている糸、布、徳用レーズンを放り込んでおく。


 『アイテムボックス』について誤解していたのだが、五個収納できるのではなく、五種類というところだ。

 糸は色も長さ太さも異なるのだが、その全てが糸という種類でまとめられた。布も同様に扱われている。徳用レーズンも乾燥食品に種類分けされている……そこは、食料というくくりにして欲しかった。


 でも、良い意味での誤算だった。思っている以上に『アイテムボックス』は便利らしい。

 それに加え有難いことに、アイテムボックスの中には予め一つアイテムが入っていた。

 『傷薬』が四つ。死体の彼が所有していた物だろう。確か、傷薬五つでワンセットだった筈なのだが、一つ足りないな。考えられることは……この世界へ召喚された際にまだ息があり、何とか傷薬を使ったのか。でも、結局は助からなかった。


 ……だとしたら、痛みが長引いただけで辛かっただろうな。

 リアルに想像してしまい、また落ち込みそうになるが、いい加減状況に慣れないと。

 深呼吸を繰り返し、少しだけすっきりした頭で、消費されたポイントと残りポイントを計算する。数値はピッタリだな。


 正直、武器の一つでも欲しかったが、それは贅沢だな。しょうがない、手頃な棒でも拾っておくか。無いよりましだろう。

 他に特筆すべきものは何もない事を確認し、俺は見知らぬ死体――いや横道さんの冥福を祈り黙祷する。


「アイテムは有効活用させてもらいます。静かにお休みください」


 本来なら穴を掘って埋めてあげたいが、この状況でそんな余裕はない。でも、いつか俺が強くなった時、遺体を弔ってあげたいので近くの木に、目印代わりの赤い糸を巻いておいた。

 俺は深々と頭を下げると背を向け、その場から立ち去った。


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