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今の自分にできること  ※

 俺は残り時間二十分を切ったところでスキルを取り終え、確認の為にもう一度スキル表を見直し、口に出して再確認する。


「あと二十分見直ししないと!」


「残り20ポイント……何か使えるスキルは……」


「これで、異世界無双間違いなしだぜ」


 クラスメート達は最後の確認に余念がない。集中しすぎて独り言をこぼす者や、周りにアピールするように、わざとらしく大声で話す輩も少なくない。

 この状況なら大丈夫だろう。


「ステータスレベルは平均的に上げておこうかな」


 独り言にしては少し大きめの声で呟く。下手したらアドバイスにとられそうな発言だが、周囲の独り言や自慢げに話している人たちがペナルティーを受けていなのだから、問題ない筈だ。


「ぷっ……馬鹿じゃね」


 そう笑ったのは隣の筋力全振り君だろう。キミはそのままだと異世界に入った途端に死亡確定なんだよ。頼むから、思い直して他のステータスに割り振ってくれ。

 無駄な足掻きだとはわかっている。この行為の意味を知る者にとっては、偽善にも見えるだろう。それでも、俺は可能性に賭ける。

 後は運に任せるしかない。気づいていない人を見捨てることになるが、これ以上の事は流石に違反になる確率が高い。俺だって命は惜しい。


 俺は残り時間、見落としは無いかスキル表の隅から隅まで調べ、やるべきことはやったと自分自身に言い聞かせている内に、運命の時は訪れた。


「はーい、終了! 皆さんそこまでですよー。余ったスキルポイントは異世界に持ち越せますので、レベルアップした時に増えたポイントと一緒に、いつでも消費できますから安心してね」


 やはりレベルアップのシステムがあるのか。なら、スキルポイント消費を最低限に抑えて、異世界の状況に合わせてスキルを取るという手もあったか。


「あ、ただしぃ、ポイントを使って新たにスキルを取るのは無理よぉ。異世界では自力で新たなスキルは覚えてね。ここで取ったスキルのレベルを上げるのにポイント消費するのは全然OKなんだけどねっ」


 危なかった……ちゃんとスキルを取っておいて正解だったな。何人かが絶望的な表情を浮かべているが、あの人たちは後でスキルに振ればいいとでも思っていたのだろう。可哀想に。


「では、そろそろ出発ね。皆さん、異世界での活躍を祈っているわ。じゃあ、バイバイ」


 陽気に手を振る女教師を忌々しげに見つめるしかできない俺の足元が急に安定感を失った。慌てて視線を下に向けると。

 そこには何もなかった。

 フローリングの床は消え去り、そこにあるのは真っ暗な闇。

 その闇に吸い込まれるようにゆっくり落ちていく俺たちを見つめ、妖艶な笑みを浮かべた女教師もどきが、


「まあ、大半が異世界に立つこともできないでしょうけどね」


 と言い放ったのを聞き逃さなかった。

 やっぱり――そうだよな。こいつは、全てわかった上で俺たちの様子を観察し遊んでいたのだ。

 徐々に体が沈んでいき首から下が完全に闇に埋もれたところで、頭に何かが滑り込んでくる感覚があった。それは問答無用で叩き込まれる、スキル表のシステムだった。かなりの情報量だったのだが一瞬で理解することができた。


 そう、本来なら初めに伝えておくべきスキル表についての説明。それと自分の取ったスキルについての詳細。俺は『説明』レベル2で得ていた情報と同じだったので問題はなかったが。

 女教師もどきが異世界へ出発する直前で伝えた理由。それは――


「何だよ、何だよこれ! 聞いてないぞ!」


「待って! お願いだから待って!」


「ステータス振りなおさせて!」


「このままだったら、動くこともできないじゃないか!」


「いやああああああああっ!」


「このスキル使えねえじゃないかっ!」


「おい、戻せ! やり直させろ!」


「嫌だ! 嫌だ! 俺はハーレムをつくって、屑どもを殺して楽しくやるんだっ!」


 泣き叫ぶ者、怒りのあまりに罵倒する者、やり直しを要求する者、慈悲を願う者、首から上だけが教室から生えた異様な状況で、この空間は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 俺は黙ってその光景を見つめていた。この場で取り乱していないのは俺だけではない。

 目を逸らしている女性や、達観して周囲の状況を眺めている男性。薄ら笑いを浮かべ小馬鹿にした態度の少年。他にも何人かはこの展開は予想通りだったのだろう。


 この人たちは俺と同じくスキル表の罠に気づき『説明』を取得した人で間違いない。こういった場でスキルを選ばせる類いの、引っかけがある作品の小説や漫画を見たことがあり対応できたのだろう。俺が気づいたのだ、他に気づく人がいて当たり前だ。


「ああっ、これよ! これが見たかったの! 歓喜から絶望。幸福な未来から地獄。いいわぁ、ぞくぞくしちゃう。うふふふ。絶望に歪む顔って、さ、い、こ、う。あ、でもぉ、私を怨んじゃダメよ。私は何も嘘は言ってないんだから。ちゃんと気づく人は気づいて対応できているみたいだしぃ」


 取り乱していた人が、少しだけ冷静になったらしく、涙と鼻水に濡れた顔で周囲のクラスメート達に目をやった。

 俺と同じく涙も流さず取り乱していない連中を見つけ、彼らの顔が更に怒りに歪んだ。


「てめえら、知っていたのか! 何で、何で教えなかった!」


「ねえ、助けてよ! 使えるスキル取ったのでしょ! だったら助けてよ!」


「怨んでやる! 呪ってやるからなお前ら!」


 諦めきって怒る気力もない者も多いが、多くの人が気づいた俺たちを罵倒してくる。


「お前らが間抜けであって、俺たちが批難されるいわれはない!」


 厳つい顔つきの男性が周囲へ怒鳴りつけている。確かに、この男性の言っていることは正しい。間抜けまで言う気はないが、自分たちはそれに自力で気づき、何かずるをしたわけではないのだ。


「……いやだぁ、死にたくないよぉ」


「くそっ、くそおおおおおっ」


「これなら、異世界転移なんて無くて良かった……」


 嗚咽や慟哭が響く室内で俺たちは完全に闇に落ちた。





「相変わらず悪趣味だな」


 誰もいなくなった教室で、全身にうっすらと汗をにじませ光悦な表情で、小刻みに体を震わせていた女教師もどき。その背後に、スーツ姿の生真面目そうな男が立つ。


「ああんもう、快感の余韻に浸っていたのにぃ、邪魔しないでよ」


「そうか、すまなかったな」


「それに、悪趣味何て言われるいわれはないわ。本来なら何もわからずに死んでいた人たちへ救済してあげたのよ。貴方が殺した人たちにチャンスを与えてあげたの」


「そうだな」


 男は淡々と言葉を返す。その声には感情が見当たらない。


「そのチャンスを逃したのは彼ら。私は慈悲の女神さまよっ、あははははは」


 狂ったように笑う女教師もどきに背を向け、男はその場から立ち去った。廊下の窓越しに一度、消えていった人々がいた場所に目をやる。


「すまないな、キミたち。だが、これで日本は素晴らしい国へと生まれ変われる」


 教室内に向かって大きく一度頭を下げた男は顔を上げ、室内の一か所を見つめた。


「あやつは気づいていなかったようだな。所詮我々も作られた存在。出し抜かれもするということか」


 表情に全く変化がなかった男の口角が少しだけ上がり、その場を足早に立ち去っていく。


 



「今度は砂浜か」


 闇に落ちた俺が目を覚ましたのは、澄み渡る太陽の下、透き通る水がどこまでも広がる、美しい砂浜の上だった。


「魔物の群れの真っただ中に放り込まれるかと思っていたんだが、少しは良心ってものがあったのか。兎も角、能力の確認をするか」


 俺は教室に居た時の学生服から、私服姿に戻っていることを確認するとポケットをまさぐり、あるモノを取り出した。それは教室で渡された生徒手帳だった。

 闇に落ちる寸前に頭へ押し込まれた知識の中に、スキルやステータスは生徒手帳で確認できるという情報があり、俺は迷うことなくそれを開いた。


 姓名 土屋つちや くれない

 性別 男

 年齢 27

 身長 177 

 レベル1

 残りポイント4P


 筋力 (14)42 

 頑強 (12)36

 素早さ(10)30

 器用 (13)39

 柔軟 ( 9)27

 体力 (15)45

 知力 (11)22

 精神力(12)24

 運  ( 5) 5


 となっていた。

 括弧内は、本来の自分能力で隣の数字がステータスにポイントを割り振った今の値ということになる。

 次はスキルの確認だ。


『筋力』3『頑強』3『素早さ』3『器用』3『柔軟』3『体力』3『知力』2『精神力』2『運』1


『説明』2『消費軽減』3『気』2


 ここまでは、間違いない。そして、次の二つはあの時決めたスキルか。


『糸使い』2『同調』5


「上手くいっているといいんだが」


 生徒手帳の『同調』に触れると情報が頭に流れ込んでくる。


(自分の考えに同調させることができる。レベルにより成功率が上がり同調させられる人数が増える)


 同調――つまり、自分の意見や考えに共感し、同じように思う力だ。

 レベル5まで所持しているので最大16人まで同調させることができる。レベル6から消費ポイントが跳ね上がっていたので、ここが限界だった。

 ちなみに、レベル5を取る為に消費したポイントは、合計たったの15だ。

 俺はスキル練習時に「ステータスは平均的に上げておこうかな」と呟き『同調』を発動させた。ただし、これだけでは誰にも影響を与えることができない。

 使用条件に相手に触れなければならないとあるからだ。そこで俺は、レベルが上がれば物を伝って効果を発動できるという項目に注目した。


 そう『糸使い』だ。俺は買い物袋の中からフローリングの色に近い糸を取り出し『糸使い』の能力で床を這わせた。

 そして『同調』5レベルの限界である周囲にいる16人を選び足に絡みつかせた。このレベルであれば道具を伝い能力の発動が可能なので、全員が俺の『同調』による効果を受けた筈だ。

 あの空間ではステータスの変更はできないという女教師もどきの発言もあったので、あの場にいた人たちの精神力は、ポイントで増加していたとしても通常時と変わらない。

 強化されていない精神力の値ではレベル5の『同調』を防ぐことはできない。精神抵抗系のスキルを取っていたらわからないが。


「やれることはやった。後はその人たちも無事に生き延びて欲しいが」


 俺のやったことはスキル表の罠に気づいていた者にとっては関係のない事だ。できるだけわかっていなさそうな人を選んだつもりだが、正しかったのかはわからない。

 それに、ステータスを変更させただけで、スキルに対しての注意を促すことができなかった。あの場で長文を口にしては怪しまれる可能性も高く、効果を上げる為に『同調』させるキーワードは短く単純な方がいい。


「久しぶりに考え過ぎて頭がパンクしそうだ」


 元々頭がいい方ではないのに、日ごろ使わない頭をフル回転させオーバーヒート寸前だ。

 たった16人とはいえ、異世界で即死することだけは救えた。俺にしては上出来過ぎるだろう。


「よっし、切り替えていくぞ! スキルは確か頭に思い浮かべるか、口にすれば発動する。だったかな『捜索』でいけるか」


 最後の最後に取得したスキル『捜索』レベル2を発動させる。

 俺は立ち上がると尻の砂を払った。

 ここからは人の事を気にしている場合じゃない。自分が生き残ることだけを考えて生き抜いて見せる。


 姓名 土屋つちや くれない

 性別 男

 年齢 27

 身長 177 

 レベル1

 残りポイント4P


 筋力 (14)42 

 頑強 (12)36

 素早さ(10)30

 器用 (13)39

 柔軟 ( 9)27

 体力 (15)45

 知力 (11)22

 精神力(12)24

 運  ( 5) 5


『筋力』3『頑強』3『素早さ』3『器用』3『柔軟』3『体力』3『知力』2『精神力』2『運』1


『説明』2『消費軽減』3『気』2『糸使い』2『同調』5『捜索』2



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さすが主人公! 予想外のことを平然とやってのけるッ そこにシビれる! あこがれるゥ!
[良い点] 主人公やるなー
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