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聖樹

「ここからどれぐらいかかる?」


 目の前を上下に揺れながら、ふわふわと飛んでいるドリアードへ声を掛けると同時に、心の中で疑問を投げかける。

 こうした方が、心の中で言葉にしやすい。相手も声を出してくれた方が、意味を読み取りやすくなるそうだ。


『んー、あっという間だよ。夜までには着くんじゃないかなー』


 千年を生きている木の精霊にしてみれば、数時間はあっという間なのか。

 今は正午だ。ということは六時間近くかかるのか。なら、この時間を無駄にはできないな。

 しかし、さっきからまっすぐ飛ばずに上下左右にゆらゆらと揺れているのが、若干目障りだ。あと、迷子になるフラグにしか見えない。


『うおっ、何するんだよっ』


「いや、目を離すと何処かに飛んでいきそうだから、リードを付けさせてもらった」


 ドリアードの腰に糸を回し括りつけた。引っ張って外そうとしているが、力は非力らしくどうにもならないと諦めたようだ。


「そういえば、キミの名前は?」


『ん、ドリアードだよ』


「そうじゃなくて、キミ自身の名前」


『ああ、個体名か。ないよ』


 それじゃ、仲間内で呼び合うにも不便だろうに。俺もいちいちドリアードと呼ぶのも面倒だな。


「じゃあ、適当に呼び名つけていいかい? 他のドリアードに出会った時に区別を付けたいから」


『別にいいけど?』


 前に進みながら顔だけこちらに向け、小首を傾げる仕草がとても可愛らしい。女性なら奇声を上げて喜ぶレベルだな。

 あ、うちの女性陣はどうだろう……桜はまあ、しそうだが。サウワは、うーん。


『ねえねえ、変な名前は、なしだよ?』


 自分で言っておいてなんだが、名前を付けるのが苦手なのを忘れていた。うちで飼っている猫に命名した時は、即座に全員から却下された。

 こういうのは凝り過ぎた名前を考えるから、失敗することを既に学んでいる。安易にドリアードの名前を省略して何か付け足すか、見た目の印象でつけるのが無難だろう。


「じゃあ、ドリアン」


『なんかやだ。上手く言えないけど、その名前は馬鹿にされる気がする』


 果物の王様と同じ名前だというのに贅沢な。我ながら素晴らしいネーミングセンスだと思ったのだが、もう一つの案を出すか。


「ミトコンドリア」


『あ、ちょっとカッコいい気がする。それでいいよ!』


 あ、いいのか。半分以上冗談だったんだが、当人がいいなら問題ないな。


「じゃあ、ミトコンドリアで決定だ。名前も決まったことだし、着くまでの間、色々質問しても問題ないかい?」


『いいよー。僕、じゃない、ミトコンドリアはドリアードの中でもおしゃべりなんだけど、無口な奴が多くて、暇だったんだー。お話大好き!』


 この子と出会ったのは運が良かったのか。まだまだ、情報が不足している。ここで、必要な情報を聞き出せるだけ聞き出しておこう。


「この贄の島ってどういう場所なんだい」


『んー、災厄の魔物を封じる為に作られた島らしいよ』


 その話は本当だったのか。都合よくアレンジされた昔話だと思っていた。


「災厄の魔物って?」


『昔、世界を危機に陥らせたらしいけど、良く知らなーい。この島ができる前の話だし』


 ここに封印する為に作ったという話が本当なら、時系列的にはそうなるか。

 魔物を封印する為に島を作る。人の手でどうこうできる話じゃないな。神やそれに準じた者が係わっていると考えるべきだな。


「オークキングって知ってる?」


『ああ、あのイノシシの王様かー。何度か彷徨いの森を侵略しようとしていたけど、迷うだけ迷ってから帰っているよ。聖樹様がいる限り誰も近づけないからね』


 オークキングも迷わす森なのか。そして立場は敵対していると。いい情報だ。

聖樹さまと呼ばれた存在は、たぶん、ドリアードの親玉なのだろう。


「聖樹って?」


『彷徨いの森を守る、僕らの親だよ。元々は懇願の木と呼ばれていたんだって。すっごく大きくて優しいんだー。今から行くところにいるよー』


 優しいか。その言葉を信じるなら楽しみなのだが、それ以前にミトコンドリアは「死ぬよ」という不吉な言葉を口にしている。警戒はしておいた方がいい。

 それにミトコンドリアはさっきから何度も『精神感応』でこちらの心を探ろうとしている。だが、俺の精神力の高さが相手の能力を上回っているようで、防ぐことが可能になっている。

 『精神感応』が相手の心を読む成功率は『説明』がレベル3に達した時に、知ることができた。能力の発動条件には意外にもちゃんとした計算式が存在していた。


 発動する側  精神力 × (精神感応のレベル ÷ 2) = 


 掛けられる側 精神力 × (精神感応、状態異常耐性のレベル ÷2)合計のレベルが1以下の場合は数値 1 となる =

 

 となっている。

 例えば、俺の精神力は88あるが、桜の精神力は……確か今54だったか? それに加え、精神感応レベルが4あるので × 2となり108という計算になる。

 つまり、桜の方が精神感応に対しての抵抗力が高い……計算上は。同じスキルを持つ者には効果が薄い。それが精神系スキルに共通する計算式のようだ。

 もちろん、その時の精神状態にもよるので、一概に計算通りにいくとは言えないし、俺の場合、『気』の影響でもう少し抵抗力が上がっている気がする。

 ミトコンドリアはベースの精神力が低いのだろう。だから、何度試そうが俺の抵抗力を上回れない。





 それから、雑談を交えながら色々聞きだそうとしたのだが、木の精霊だけあってこの土地から動くことが無いらしく、島の情勢について殆ど何も知らないようだった。

 何とか得られた情報としては、東はオークキングが治めている。

 西側を除いた、北から北東は彷徨いの森が支配しているとのことだ。

 後は、たまに西から強い魔物がやってくることもある。他の転移者や贄として送り込まれた現地人も、この一か月の間に数人迷い込んだそうだが、からかうだけからかった後に、お引き取り願ったらしい。

 そんなことを話していると、周囲に段々と気配が増え、遠巻きにこちらの様子を窺っているドリアードが数体見受けられるようになった。


『みんな、こっちにおいでよー。一緒に話そうー』


 とミトコンドリアが呼ぶのだが誰も反応せずに、言葉を返すことすらしない。

 それでも、めげずに何度も話しかけているのだが、無反応を貫かれている。


『ほらね、皆、おしゃべり苦手なんだ』


 いや、苦手とかいう話じゃないだろ。あれは無視といっていいレベルだ。


『あと、数分で着くよー』


 周囲にはドリアードが無数に漂い、俺たちについてきている。会話中にさりげなくドリアードに触れ『捜索』スキルを発動させたのだが、見えない範囲にもドリアードが無数いるようだ。

 その数は94。おそらく、彷徨いの森にいる殆どのドリアードが集まってきている。

 そろそろ、着くのであれば万が一に備えアイテムの確認をしておこうか。

 アイテムボックスに手を入れると、中に入っている物の情報が頭に浮かぶ。そういや、桜が旅立つ前に色々持たせてくれたな。

 優に一か月分はある食料と飲料水。毛布数枚。所有権を移さずに桜へ渡していたアイテム等、他にも、こんなものまで渡さなくていいと拒否したにもかかわらず、半ば強引に押し付けられた。


「備えあれば嬉しいなって言いますし、力になれない私の想いごと持って行ってください」


 そこまで言われたら無下むげに断ることは俺にはできなかった。ちなみに「それは、備えあれば憂いなし」だよと突っ込むのは忘れなかったが。

 桜は腕を失ってから、自分のできることを今まで以上に頑張っている。新たなスキルを覚える努力も、家事の腕も、俺たちへの共通語の教育も全力で笑顔を絶やさずにこなしている。

 何としても桜や仲間たちが落ち着いて過ごせる場所、もしくは全員を守れるだけの力を得たい。そう願ってならない。


『あ、何それ?』


 アイテムボックスの中から取り出した徳用レーズンを見て、ミトコンドリアが近寄ってきた。


「俺の世界の保存食かな。果物を乾燥させた甘いお菓子だよ」


『へえええええっ……食べたいなぁ』


 木の精霊が果物を食べるというのか。これは、共食いにならないのかね。

 欲しがるのには物珍しさもあるのだろう。おしゃべりなところといい、他の個体より好奇心が強いようだ。


「いいけど、一つだけな」


 一キロもあったお徳用レーズンがもう半分を切っている。序盤に何かと助けられたレーズンなので大切に食べたいのだが。

 一度レーズンをアイテムボックスに戻し、中にレーズンが散らばっていないか一応確かめておく。

 少ししてからまた取り出すと、ミトコンドリアに食べさせた。


『うわああ、甘いねこれ! この森に落ちている木の実より甘いや!』


 とても喜んでくれたようだ。あまりのはしゃぎように、他のドリアードも興味を持ったようで、数十体ものドリアードが無表情なまま近づいてくる。


『あのね、みんなも食べたいんだって!』


 いや、これだけのドリアードに食べさせたら殆どなくなって……まあ、いいか。

 全員? 全匹? まあ、全部のドリアードにレーズンを与えると、袋に残りわずかとなった。色々言いたいところもあるが、喜んで食べているようなので、もう何も言うまい。


『あ、着いた着いた! 聖樹様ー!』


 ミトコンドリアが声を上げ、一目散に大樹を目指し飛んでいく。他のドリアードたちも、我に返り大樹へと飛んでいく。

 そこには、思わず息を呑む光景が広がっていた。

 深い森の中にぽっかりと開いた巨大な空間。そこには一本の大樹が天へと伸びているだけで、他の木は一切存在していない。

 木の幹は周辺の巨木など比べ物にならない程、太く大きい。一般的な日本の住宅なら二軒は幹の中に入れそうだ。

 樹皮は黒いのだが上空に広がる無数の枝にはまるで紅葉のような、赤々とした葉が生い茂っている。

 足下には落ちた葉が降り積もり、大地を真っ赤に染め上げていた。


「これが聖樹。懇願の木か……」


 無意識の内に声が漏れる。その迫力と美しさに圧倒されてしまっている。


『人間よ、何用だ』


 ミトコンドリアとは比べ物にならない、静かながらも威厳のある声が脳内に響く。


「私は転移者の土屋紅と言います。今日は聖樹様にお願いがあり――」


 ミトコンドリアに説明した内容をもう一度わかりやすく説明する。


『ふむ、こやつにも話していた共存の件か。人間は我の庇護下に入り、オークキングから身を守って欲しいと……我が人間をかくまって何の得になる。何か提供できる物でもあるのか』


 やはり、ただというわけにはいかないか。交渉次第では要望を受け入れてもいいという口振りに思える――本心は別として。


「そうですね。雑用や彷徨いの森から離れた場所の偵察を請け負うというのは、どうでしょうか。ドリアードたちはこの森から離れられないようですし」


 ミトコンドリアとの会話中に得た情報なのだが、彷徨いの森に漂う黒い霧は聖樹が生み出した闇の魔力で、その力により敵を退けているのだが、それ以外にも効果がある。

 ドリアードは基本自分の本体である木より遠くに離れることは出来ないが、この霧がある場所なら自由に行き来できるそうだ。


『なるほど、わしらは周囲の情報に疎いと考えての発言か――愚かな』


 聖樹が侮蔑を込めた声を吐き出すと、聖樹の枝が大きく揺れ葉が擦れ、耳障りな騒音をまき散らす。


『木は土と養分さえあればそれでいい。我が人や魔物に望むことは――良質な肥料となることのみ!』


 聖樹を中心に風が巻き起こり、足元の赤い葉が吹き飛び宙へと舞う。

 落葉が覆い隠していた地面がむき出しになると、そこには聖樹から放射線状に幾重にも伸びた根が、大地を蹂躙していた。

 そして、その根に絡まるように無数の死体が転がっている。

 その種類は、オーク、ゴブリン、ハーピー、ヘルハウンド等の見たことのある魔物から、巨大な蛇や蜘蛛といった魔物なのか昆虫なのか判断のつかない生き物。そして、転移者や現地人らしき人間の死体に根が突き刺さっている。

 その根が数秒ごとに脈打ち、死体から何かを吸い取っていた。

 よく見るとまだ息のある魔物も数体いるようだが、痩せこけ目も虚ろで、生気は全くと言っていいほど感じられない。


 近くまで伸びていた根の下に、もう息はないだろうが痩せこけた人間がいた。服装からして転移者だろう。わずかな可能性に賭けて、アイテムボックスから取り出したミスリルの鍬をその根に振り下ろした。

 根がその一撃を弾くかと警戒したのだが、鍬は深々と根に突き刺さった。防御力はそれ程ではないということか。

 効き目は期待できないだろうが、アイテムボックスの昏睡薬や料理酒、塩とか何でもいいから、傷口に塗り込んでやる。


『何かをしたのか? 数万ある根の、それも先端を少し傷つけたところで何になる』


 まあ、これだけ根を張り巡らせていたら、一本ぐらいどうってことはないよな。


『我が何故、懇願の木と呼ばれておるか教えてやろう。ドリアードにたぶらかされ、ここまできた魔物や人が根から養分を吸われる間、死ぬ寸前まで我に助けてくれと懇願するからだ。貴様らなど、所詮は我の養分よ。我が枯れぬよう、永遠の時を生きられるように良質の肥料となるがいい』


「つまり、老木が枯れぬように人や魔物から栄養を吸い取って、延命しているということか」


『そうだ。それを知らずにのこのことやってきた、己の愚かさを悔やむのだな。さあ、行け我が子供たちよ!』


 子供。つまりここにいる100に近いドリアードのことだろう。

 その命令を聞き、聖樹の枝に腰かけていたドリアードたちが一斉に――動かない。全てのドリアードが枝にもたれかかり、気持ち良さそうに眠りこけている。


『何をしている、子供たちよ! 何故、寝ておるのだ! 何故、起きぬ!』


 昏睡剤をまぶしたレーズンが効いたようで何よりだ。正直、植物相手に効くのか疑問だったのだが、それはスキル消費アイテムの常識を超えた能力の高さなのだろう。

 流石に、目の前の聖樹に昏睡薬をどうにか摂取させたとしても、その巨体からして効き目はなさそうだが。


「己の愚かさを悔やむことなんてしない。お前が、俺を騙し、ここへ誘導しているのは見抜いていたからな」


 もう、丁寧な口調で接する必要はない。


『馬鹿な。人間よ下らない見栄を張るな……我が子供であるドリアードの『精神感応』には耐えられたようだが、我の『精神感応』で貴様の全てを見抜いて……何っ!? 何故だ、何故、表層意識しか見抜けぬ! 人間ごときの心を何故、覗けぬ!』


「お前さんが何を考えているのかは、全てドリアードから聞かせてもらった――心の声をな。覗こうとしていた相手に心を覗かれていた気分はどうだ?」


 俺は桜が新たに得たスキル『譲渡』により押し付けられた『精神感応』4レベルを発動させ、ニヤリと笑って見せた。


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