罠
『説明』に既に100Pを注ぎ込み、更に200P。ポイントは戻ってこず、自分の能力が上がるわけでもないそれに合計300Pの消費。普通なら躊躇うところだが俺は即決した。
このスキル表にはまだ何かあると考えているからだ。レベルが上がったのを確認した俺はまず、ステータスを見直した。
『筋力』(体中の筋力が強化され身体能力が向上する。レベル1なら本来の能力×1 レベル2であれば本来の能力に×2 レベル3は本来の能力×3 となる)
ここまでは同じだが、今回は追記がある。
(筋力が上昇するにつれて、エネルギーの消費量が上がる。レベル1なら従来通り。レベル2なら2倍。レベル3は3倍となる)
おいおい。じゃあ、筋力が高い奴は誰よりも食料を摂取しないと駄目って事か。そういや、『消費軽減』や『食料貯蓄』ってスキルはこの為にあるのか。あ、まだ追記があるな、どれどれ。
(筋力レベルが高くなるにつれて体が重くなっていく。その重量はレベル2ならば2倍。レベル3は4倍。レベル4は8倍)
『筋力』上げ過ぎると体重が尋常ではなくなるのか。筋力と重量が比例していないな。レベル2までなら問題はないようだが。身のこなしにも響いてきそうだから覚えておくか。
もう、他には……まだ書いているぞ。今度は一気に情報が増え過ぎだが、読んでおこうか。
(筋力が上がれば筋肉が硬く強くなる為、内臓や骨、血管が筋肉に押しつぶされる。筋力を上げる場合は最低限、同レベルの頑強をとらなければ、まともに生きることすら困難となるだろう)
ん、これは酷い。
筋力と頑強はレベルを同じにしておかないといけないわけか。これは絶対に忘れないでおこう。重くなるだけではなく、そんなデメリットも……となると。
今度は『素早さ』の項目に目を通す。
(体が軽くなり素早く動けるようになる)
この説明は前にも見た、問題は追記だ。
(レベルが上がるごとにその体重は減っていく。レベル2で2分の1。レベル3は4分の1。レベル4は8分の1)
やっぱりな。つまり『素早さ』単体では体が軽くなるだけということか。尤も体が軽くなれば素早く動けるだろう。だがこれは『筋力』と組み合わせるスキルと考えるべきだ。筋力が上がれば体重が増える為に身軽な動きはできないが、『素早さ』も同レベルで所有しておけば、変わらぬ体重で馬鹿げた力が発揮できる。
『筋力』『頑強』『素早さ』はセットで取ることにしよう。レベル2にするには一つ当たり20P消費か。レベル3なら更に40Pずつ……問題ないな。
一応『消費軽減』も取っておこう。このスキルは、レベルが上がればエネルギーの消費量が減らせると。んー、これも『筋力』と同レベルまで上げよう。よっし『消費軽減』もこのセットに組み込んで、4つでワンセット。覚えたぞ。
それからしばらく考え込み、もう一度見直しポイントを割り振った。
よっし、ここでスキルポイントの残りを確認しておくか。
『説明』レベル2 消費ポイント300
『筋力』レベル3 消費ポイント70
『頑強』レベル3 消費ポイント70
『素早さ』レベル3 消費ポイント70
『知力』レベル2 消費ポイント30
『体力』レベル3 消費ポイント70
『精神力』レベル2 消費ポイント30
『器用』レベル3 消費ポイント70
『柔軟』レベル3 消費ポイント70
『運』レベル1 消費ポイント10
『消費軽減』レベル3 消費ポイント70
これで合計消費ポイント 860Pとなる。
思ったより減った理由は『体力』『器用』『柔軟』の身体能力に関する項目に、筋力と近い数値にしなければ効果が無いどころか、マイナスになるとの記述があったためだ。
いっその事、全部1レベルに戻してパッシブやアクティブスキルを充実させるという手もあるのだが、正直時間とスキルポイントが足りない。
身体能力はそのままで、スキルを充実させるという手段もありなのだが、このシステムだと有益なスキルは前提条件がきつすぎて、序盤に役に立たないものばかりだ。
まずは、死なないようにすること。その為には確実性のあるステータス上昇が妥当だと、俺は判断した。
念の為に興味のあった『奪取』『錬金術』『魔法』スキルを『説明』2レベルで確認したのだが、あまりの酷さに開いた口が塞がらなかった。
『奪取』は相手が自分とレベルが同じか高い相手の心臓を、直接鷲掴みして握り潰さなければ得ることができないとなっている。グロすぎるだろ。
更に『窃盗』3レベル『器用』30『精神力』30以上でなければ成功率は1%未満。
正直成功するわけがない。心臓鷲掴みも大概だが『窃盗』レベル3って、そこまで上げるのに合計スキル消費ポイント600は必要だ。『奪取』と合わせて1100ポイント消費となる。どう足掻いてもまともに発動しない。
それに器用、精神力はステータスの数値だと思われるが、自分の能力値が見えないので、その数値がどの程度かわからないが、険しい道のりであるのは間違いないだろう。
『錬金術』に至っては『医学』『魔法』『薬学』『構造学』『魔物知識』『数学』等、あらゆる学問を5レベルまで取得しなければ成功率は0に等しい。
つまり取ることは出来るが、何も作れないと同じということだ。詐欺と言ってもいいぐらいだ。
『魔法』も予想通りと言うか『魔力』が同レベル必要となり、更に『魔力変換』が無ければ精神力を魔力に変換することができない。ということは『精神力』も必須となるわけだ。あと該当する属性を選択しなければならない。全属性を扱える魔法使いなんて夢のまた夢だろう。
魔法使いを目指し、能力と属性を絞れば可能かもしれないが、説明に300Pもつぎ込んだ俺に手を出す余裕はない。
残すポイントは140。残り時間は40分程度。
こうなったら3倍に跳ね上がった身体能力を信じるしかない。
実用的な力も欲しいところだが、残りポイントが少なすぎる。前提スキルがいらない『気』に賭けるか。
『気』は相手の気を感じ取り、自分の気を放出することが可能となる。レベルを上げることにより気を巡らせ、体や武器防具道具を強化し、回復力も増すとある。
『気』は『精神力』と『体力』を消費して発動させるスキルで、レベルを上げれば色々と使い道があるスキルではある。『魔法』よりも派手さにかけるが今は選り好みできる立場ではない。
『気』を2レベルまで取り、100P消費した。残り40Pか。こんなポイントでは碌にスキルを取ることができない。
こうなったら、ポイント消費量が異様に少ないスキルを探すしかない。
消費ポイントは低くてもレベル1で10Pなのが大半なのだが、一部レベル1で5P消費、レベル2で10P、レベル3で20Pというお得なスキルがあった。
ええと、〇〇使い系スキルとあるな。良くわからなかったのだが、藁にも縋る思いでスキル欄に目を通す。
『火使い』『水使い』『土使い』『風使い』『光使い』『闇使い』
と中々使えそうなスキルが並んでいる。更に下に目を向けると。
『紙使い』『植物使い』『糸使い』『虫使い』『犬使い』『猫使い』『猿使い』
まである。使い道が想像つかないスキルも気になるが、犬や猫使いはせめて動物使いにまとめて欲しい。
何にせよ調べてみるしかないな。『火使い』でいいか。
(火を操ることができる。レベル1 マッチの火程度。レベル2 ガスコンロ中火程度。レベル3 キャンプファイヤー程度)
これはレベルを上げれば強いな。つまり火属性の魔法が使えるような事なのか。追記には何が書いてある。
(ただし、その場に火がなければならない。そこにある火を利用して行う為、その場にレベルを下回る火しかない場合、その火力を超えることは無い)
やはりあったか注意書き。つまり、マッチの火程度を所持してレベル10まで『火使い』を所有していても、動かせる火はマッチ程度の火力のみか……微妙だ。
他の使い系も軽く目を通すが、似たり寄ったりな内容だった。
『紙使い』に至ってはレベルを上げるごとに紙の大きさが増し、操れる紙の種類も増えるようだ。レベルを上げれば紙幣も操ることができるらしい。あと、細かく動かせるようになるので、紙の端に触れるだけでツルを折ることも可能らしい。へぇー、いらん。
それに○○使い系は対象に触れないと発動しないらしく、手を放すとその効果は無くなるとある。『火使い』なら火に手を突っ込まないと発動しないと――酷い地雷スキルだ。水や土なら問題なさそうだが『火使い』を選んだ人は『火耐性』を上げないと、火傷と引き換えに発動なんて痛々しい目にあうのか。
他に消費ポイントが少ないのは。精神系というのもあるな。
『混乱』『衰弱』『麻痺』『恐怖』『錯乱』『発狂』等々。
細かい! 状態異常耐性とかでいいだろ。と思ったらそのスキルも存在していた。まあ消費ポイント200なので余裕で足りないが。
試しに『混乱』に触れてみる。
(混乱になりにくなる。直接触れた相手を混乱状態にできる)
お、これは結構使えるな。耐性だけでなく、相手を混乱させることもできるのか。レベルを上げることにより成功率が上がり、武器や道具で触れても発動できるようになる。
相手に剣で切りつけても、混乱させられるようになるのか。一度発動させると二十分は休憩を挟まないといけないらしいが、これは候補に入れておこう。
幾つか使えそうなスキルを選んでいると、他の精神系で異様に消費ポイントが少ないスキルを発見した。
『自信』『優越』『同調』『不満』『疑惑』『散漫』『共感』『喜』『楽』
とまあ細分化され過ぎている。ポイントが低いのが納得できるラインナップだ。精神の揺さぶりに使えるかもしれないが、それならもっと効果的なスキルを取った方がましだろう。
精神異常系スキルの注意点は他に……レベル1なら効果を与えられる相手は一人。レベル2なら二人。レベル3なら四人。とある。
他にはスキルポイントを消費してアイテムを手に入れることもできるようだ。
アイテム欄もうんざりするほどの量を取り揃えている。傷薬、毒消し、万能薬というゲームではお馴染みの回復アイテムから、様々な武器防具、銃もあるようだ。
「あれはないのか。普通あるだろアイテムボッ……ん、んんっ」
誰かがわざとらしく咳払いをして誤魔化す声がする。その人もアイテム欄を見ていたのだろう。探しているのは『アイテムボックス』で間違いない。
定番中の定番、物を大量に収納でき、入れた物は腐ったりせずに保存ができる。魔法として存在する場合と、道具袋として存在するパターンがあるのだが。ここではアイテム扱いになるようだ。
説明はレベル1なら収納できるアイテムが5種類。レベル2で10種類。レベル3で15種類と5種類ずつ増えていくようだ。
消費ポイントは300と中々悩ましいポイントだ。レベル1で5種類と微妙な数だが、レベルを上げればかなり有用なスキルだな。まあ、レベル2にするには更に300P必要なのだが。
道具関連は確かに欲しいが、今取らなくても問題が無い。それはいずれわかることだと思う。
ん、んー、もっと調べたいところだが時間がそろそろやばい。
そこで俺は独り言を口にする。それもかなり大きな声で。
「取ったスキルを確かめたりできないのかな」
わざと聞こえるように言ったので、女教師も耳にしたらしくこちらに視線を向けてくる。
「してもいいわよ。ただし、派手な能力や手元にない素材が必要なスキルは無理よー。周りの人を傷つけたり危害を与えるのは厳禁なんだからね。あとー皆さんは魂の存在としてここにいるから、ステータスの増減とかは今は影響出ていないわ。上げた筋力の効果を確かめたいとかは、異世界に降りてからにしてちょうだいね」
そうきたか。そうしておけばステータスをレベル1取ることが必須というのもバレない。
「ええと、まだあったかしら。あ、そうそう。練習で使用したスキルは変更ができません。有益なのを探したいでしょうけど、そんなの許したら、みーんな同じスキルになっちゃうかもしれないしぃ」
女教師もどきの許可が出たこともあり、クラスメート達が能力を発動している。鼻息荒く目を凝らして、前のスタイルのいい女性を見ている男のスキルは、おそらく『透視』だろう。
他にも目に関するスキルを得ているらしき人が、何やら怪しい挙動で辺りを見回していた。そんなあからさまだと、カンニング行為だと思われないか。
『皆さん聞いてください。このスキル表にはわ――』
突如頭に響いてきた声に思わず声が漏れそうになり慌てて口を塞ぐ前に、女教師もどきの声が割り込んできた。
「はい、今、スキルを使って人のスキルを覗き込んだり、傀儡系のスキルで人を操ろうとした人。あと情報を流そうとした人……今回だけは見逃しますが、次にやったらそのスキルとスキルポイント全部没収、す、る、わ、よ」
茶目っ気のある物言いだが、その目は真剣で心当たりのあるクラスメートたちが、机に目を伏せ慌ててスキルを解除しているようだ。
頭に響いてきたのは若い女性の声だった。おそらく、あれは『精神感応』スキルを発動させたクラスメートの誰かだろう。
俺と同様にスキル表の罠に気づき、警告しようとしてくれていた。違反行為に当たるとわかっていながら、一か八か実行してくれたのか。
良い人だ。何人かは口元を歪め嘲るような顔つきをして、あの行為を愚かだと思っている者もいるようだが、俺は立派だと思う。
『説明』を得た者が俺の他にも数名、いや数十名はいるかもしれない。その殆どが自分の事しか考えていないのだろう。むしろ『精神感応』を発動させた相手の意図に気づき、余計な事をと考えている者もいるかもしれない。
そういった人を批難する権利はない。俺も自分の事で手一杯だからだ。異世界に渡った後、どうすれば生き残ることができるか。
スキルの内容から考えて、平穏無事な世界に落とされる可能性は皆無だろう。
そう、ここで重要なのは異世界へ転移された後、どうやって生き残るか。それだけを考えるべきだ。
そう、生き抜く。どんな場所で、どんな状況であってもだ。