奇襲
「入り口に敵はいねえよ」
早朝でまだ薄暗いにもかかわらず、権蔵君の目には問題なく周囲の映像が見えているようだ。これは『夜目』スキルの能力なのだろう。
ジェネラルがいた頃は入り口に見張りがいたのだが、今は統率も何もない。ゴブリンたちのポイントに動きはなく、全員が眠りこけているようだ。
仲間の能力を知る為の戦いなので、危なくならない限りは口出しも最低限にしておくことにしよう。
「では、行こうか」
蓬莱さんの合図と共に全員が動き始める。
蓬莱さんと権蔵君が先頭に立ち、続いて桜さん、隣にはサウワ。そして、ゴルホ、モナリサ、モナリナと続く。
俺は最後尾につき周囲を警戒する。
入り口を通り抜け、敷地内へと足を踏み入れた。
『捜索』の反応では右奥の小屋に三体、左奥の瓦礫の裏に二体、ゴブリンがいる。距離は右が15メートル、左が23メートルか。
スキルを上げた効果により距離を測る能力が向上したようで、対象との距離をメートル単位で知ることができるようになった。
右の小屋は毛皮で壁を作っているので中の様子が見えず、相手がいるかどうかの判断はできない。左も瓦礫が邪魔で目視は不可能。彼らはどう出るのか。
「右奥の小屋に敵がいる。左の瓦礫付近にもいるようだ。先に全員で右の敵を始末するぞ」
蓬莱さんは迷うことなく指示を出し、右の小屋へと近づいていく。
耳を澄ます動作をしていたが、俺の耳では敵の寝息や物音を捉えることはできなかった。蓬莱さんは聴覚や音に関係するスキルを持っている可能性が高いな。
本当は戦いの前に互いのスキルを確認しておきたかったのだが、向こうもこちらを完全に信用しきれてないと判断し、こちらから切り出すことはなかった。
忍び足で進む彼らを後ろから追いつつ、周囲の気を探る。警戒しすぎて損することは無いだろう。
『サウワちゃんが先に偵察してくると言ってます』
周囲の人全員に聞こえるように『精神感応』で桜さんが声を飛ばしてきた。思いや意味を飛ばす能力なので、いちいち共通語に変換しなくてもよく、こういった団体行動でのオペレーターに最も向いているスキルだ。
子供を、それも女の子を先に行かすという行為に先頭の二人が渋っているようだが、返事も待たずにサウワがすっと抜けだした。
足運び、気配の殺し方は様になっていて『気』を発動中の俺でも、油断していたら背後を取られそうだ。サウワは『闇属性魔法』だけではなく『隠蔽』も持っている可能性があるな。当人は気づいてないだけで。
サウワたちがスキルを知ったのも、検査の際に担当の人に言われたのを信じるしかなかったようで、あえて他のスキルについて触れなかった可能性もある。
逃亡の可能性や自分たちに害を与えることがないように。
彼女たちには生徒手帳のような便利なアイテムが無いので、スキルを確認する手段が無い。本来なら15歳の儀式で自分のスキルを教えてもらうそうなのだが。
『何か、サウワちゃん忍者みたいですね』
短剣の鞘を背負い、短剣を抜身の状態で右手に構え、足音一つ立てず小屋の壁に張り付いた。毛皮に触れ、感触を確かめるような動きをしていたかと思えば、手にした短剣を壁に突き刺し、ゆっくりと下へ降ろし切り裂く。
そして、その隙間からそっと覗き込むと、俺たちを手招きする。
見事な手際だ。彼女の動きは素人には思えない。何かしらの技能を学んだ者の動きだ。今度、一緒に色々と話し合う必要があるかも知れないな。
全員が敵に気づかれることなく小屋に接近すると、サウワが作った切れ目から中を覗く。
ゴブリンが三体、川の字になって爆睡している。ここまでくると、寝息も耳障りなイビキも鮮明に聞こえる。
入り口は反対側にあるので、そのままサウワに毛皮を切り裂いてもらい、大人一人が通れる隙間が出来上がった。
そこから、蓬莱さん、権蔵君が滑り込む。両方手には既に武器を持っているのだが、蓬莱さんの両刃の斧なら一撃でゴブリンの首を刎ねることも可能だろう。
だが、権蔵君の鞘から抜けない妖刀村雨では一撃で倒せるかどうか、判断に苦しむ。
ここで相手を起こしてしまい騒がれては、奇襲の意味がなくなる。
それに敵は三体だ。誰かがもう一人倒さなければならない。
『わ、私が年長者としていき――』
サウワちゃんに借りた短剣を手に持ち、少し体が震えながらも一歩踏み出した桜さんを押し留めたのはゴルホだった。
短剣を片手にゴブリンの一体に近づき、そっと地面に手を添えた。
ゴルホが触れた地面が水面の様に揺れ、小さな波紋が地面に広がりゴブリン三体の頭付近に到達すると、地面の土が大きく隆起してゴブリンの口に覆い被さった。
「今だっ」
ここがチャンスとばかりに蓬莱さんが相手の首に斧を落し、権蔵君が鋭い突きを相手の喉元にめり込ませ、ゴルホが残り一体の首を短剣で掻っ切った。
血が大量に飛び散るかと思えたのだが、ゴルホが口を覆っていた土を切断部にまで移動させたようで、大量の血が土に沁み込んでいくのが見えた。
かなり便利な能力だな『土使い』は。
使い系は対象に触れなければ発動できないので、火使いとなると自分へのダメージもあるが、土使いは屋外でなら無類の強さを発揮できそうだ。
「よっし、ここはクリアーだ」
蓬莱さんが相手の息の根を止めたのを確認し、速やかに小屋から離れた。
次は瓦礫へと向かうようだ。
またもサウワが先行し、同じ手順でゴブリン二体を排除する。
何の問題もない立ち上がりだ。ゴブリンがこれで11から6へと減った。ホブゴブリンはまだだが、何の問題もなく奇襲は成功している。
この瓦礫から先は身を隠す場所がなく、集落の奥の方に一際大きな小屋がある。ジェネラルが住んでいた小屋で、あの戦いの際に崩壊した筈なのだが、何とか補修したようだ。
不格好ではあるが、骨組みと屋根が見える。壁は一切なくここからでも丸見えで、ゴブリン6、ホブゴブリン3の姿が確認できた。
「日が昇り始めている。相手が起きてもおかしくない。ここは一気に距離を詰めつつ、遠距離攻撃が可能なモナリナ、モナリサと桜さんに先制攻撃を頼みたいのだが」
蓬莱さんの指示を桜さんが通訳して伝えている。双子の姉妹が頷き、前衛の蓬莱さん、権蔵君、ゴルホが足早に距離を詰める。
後衛担当の三名の内、桜さんは弓を構えながらゆっくりと近づき、モナリナ、モナリサは何かを詠唱しながら歩いている。
先行していた蓬莱さんがさっと手を挙げたのを確認した桜さんが、
『撃って!』
と脳に直接声を届けると矢を放ち、同時に双子の姉妹も魔法を解き放った。
モナリナが両手を突き出すと、そこにはバスケットボールぐらいの火球が一つ現れた。両腕を振り上げると、火球もモナリナの上空へと移動する。
何かを口にしながら力の入ってない、よろよろとした動作で腕を振り下ろすと、火球は山なりの放物線を描き、ホブゴブリンたちの寝床へ飛んでいく。
モナリサは胸の前で交差していた腕を大きく開くと、さっきまで腕のあった場所に無数の水球が浮かんでいる。
その水球はその場に浮いたまま横回転を始めると、真ん丸だった水球がラグビーボールのような形へと変化し、一斉に射出される。
桜さんの放った矢はホブゴブリンのこめかみに突き刺さり、続いて水の弾丸が寝ているゴブリンたちを撃ち抜く。
水球は威力が低いらしく、傷を負いながらも慌てて立ち上がったゴブリン、ホブゴブリンたちが上空の異変に気づき見上げると、そこには火球があった。
ホブゴブリンの頭に火球が着弾すると、そこを起点に紅蓮の炎が舞い踊り、熱気を含んだ風が俺のいる場所まで吹きつけてくる。
驚愕すべき火力だ。
「あっつぅ! あっつぅ!」
一番近くまで迫っていた権蔵君が熱気に撫でられ、地面をのた打ち回っている。
蓬莱さんはその場に斧を突き刺し、その陰に隠れるように伏せていたので被害は少ない。
ゴルホは土のクレーターを咄嗟に作り出し、その中に隠れている。
爆炎が消えた跡には地面に大きな焦げ跡があり、ゴブリンたちは黒こげの死体となって転がっている。『気』にもゴブリンたちの反応はなく、今の攻防で全滅したようだ。
サウワは近くの瓦礫に潜んでいたらしく、こそっと出てくると俺たちの元に帰ってきた。討ち逃した敵を倒すつもりだったのだろう。
まあ、何と言うか、予想以上に強かった。
俺が助けるなんておこがましいぐらいの実力がある。特に現地人の子供たちが。
『土屋さん、この子たちがどうだったかと聞いてますが?』
少し頬が引きつった状態の桜さんが声を伝えてきた。
ゴルホの表情は変わらないが、モナリナ、モナリサ、サウワは何かを期待している目でこっちを見ている。
「最高だ、と伝えておいてくれるかな」
『ふふ、はい』
それを聞いた女の子三人組が嬉しそうに手を打ち合わせている。
こうして俺たちはさして苦労もなく、集落を落とすことに成功した。
「今日からここが新しい拠点となるのですね……」
俺の隣に立つ桜さんが感慨深げにそう呟いた。
「建物は一新していくけどね。土地は平にならされているし、まだ資源も余っていたから、拠点には相応しいと思うよ。辛い思い出が残っているけど」
「もう、大丈夫です。それに、遺体をちゃんと葬って上げたかったので」
ジェネラルが暴れ幾つもの小屋が粉砕されていたので、原形を留めているのは二、三軒のみで、それも解体して新たな家を建てる予定だ。
丸太でできた杭が集落を囲っているので今までの拠点に比べて安心感が比べ物にならない。強力な魔物が現れたらひとたまりもないだろうが、それでもゴブリン程度なら余裕で防いでくれるだろう。
入り口に門を作った方がいいかもしれないな。材料の丸太はまだ大量にあり、周辺には腐るほど木もある。
「良い場所だな。日当たりも良く、それなりに敷地もある。腕が鳴るな」
「これから人が増える可能性も考慮するなら、これぐらいは必要でしょう」
ここでの開発の要となる蓬莱さんは嬉しそうに顔をほころばせている。丸太小屋を作ってから建築の楽しさに目覚めたようで、また家や建物を建てたいと考えていたそうだ。
「よっし、ここの角地もらった! オッサンここに立派な家建ててくれ!」
「ふむ、竪穴式住居でも建ててやろう」
腕をまくり、蓬莱さんが権蔵君の元へと向かって行く。
これからすることが山積みだ。
転移者の墓を作り、集落の補修と新たな建築。
食料確保の問題もある。前の拠点から畑にまいた種も土ごと運ばないとな。
共通語も覚えないといけない。いつまでも桜さんがいないと会話できないのでは、不便すぎる。佐藤の道具に筆記用具一式もあったので、共通語の読み書きも覚えたいところだ。
新たなスキルを覚え、同時にレベル上げもこなしていく。
そして、生存者がまだいるなら迎え入れたい。もちろん、相手が安全か見極めてからだが。
まだ未知のエリアの探索もしなければならない。
全員が(桜さんを除く)思っていた以上に実力があったので、俺が単独で偵察に行っても心配なさそうだ。
他にもまだまだ考えれば考える分だけ、やるべきことが湧いて出てくる。
「取り敢えずは一つずつやっていくしかないか」
俺たちは生きている。
この異世界を何も知らずに死んでいった者も少なくないだろう。
その人たちに比べれば恵まれすぎているぐらいだ。
悩むのも考えるのも生きていればこそ。
仲間を得て拠点も得た。
ここからは、暮らしていく為の努力も必要となる。
「土屋さん、どうしたんですか。嬉しそうですよ」
知らぬ間に笑っていたようだ。
「今日まで生き延びられたなってね」
「うんうん、これも土屋さんのおかげです。本当にありがとうございました。情けない私ですが、これからもよろしくお願いします」
深々と頭を下げる桜さんの肩に手をそっと重ねると、顔を上げた桜さんに微笑みかけた。
「通訳とか通訳、それと通訳よろしく」
「それだけしか、期待されてないのっ!?」
頬を膨らませて怒る彼女から、そっと手を放し「冗談冗談」と一応フォローしておいた。
桜さんが心を読んでいたら、俺の本音が伝わっていたのだろうな。
貴方がいてくれて本当に良かった。という心の声が。
醜い心を剥き出しにして俺に叫び、殺してと懇願し全てをさらけ出した彼女だからこそ、俺は信用できる。正直なところ、他のメンバーは心から信用しているとは言えない。
お互いに信頼し合うにはまだ時間が必要だろう。
「桜さん、絶対に生き延びよう」
俺は正面から彼女を見つめそう言った。
桜さんは少しだけ驚いたように目を見開いたが、直ぐに笑顔に変える。
「はい、一緒に生きましょう!」
まだこの島での生活は始まったばかりだが、何としても生き延びて、一年後船を手に入れ、この島から脱出してみせる。
願わくば、ここにいるみんなと新たに増える予定の仲間たちと共に行きたい。
「おい、あんたら何ぼーっとしてんだ! 門を作るの手伝えよ!」
「ああ、今行くよ!」
殺意溢れ、死と隣り合わせの島だというのに、見上げた空は澄み渡り、時折吹きつける風が仄かに潮の香りを運んでくる。
魔物さえいなければ楽園かもしれないな。
初めて、ほんの少しだけこの島に連れてこられたことを感謝する気になった。
物語として一つの区切りがつきました。
これからも続いてきますので、よろしくお願いします。