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神立異世界転移学園

 ある朝目が覚めると教室にいた。

 ごく平凡なありきたりの学校の机と椅子。今になっては珍しい、ブレザーではない黒の学生服。詰襟があり首元が少し窮屈な、学ランと言うやつだ。

 床は板張りのフローリング。表面に少し光沢があるのはワックスを塗っている為だろう。

 そして、自分と同じように椅子に座る学生服のクラスメート。女子はセーラー服を着ている。

 これだけなら、少し年代は古いが普通の学校の在り来りな光景。

 だが、俺を含めたクラスメートは全員戸惑っている。

 こんな風に冷静さを装い客観的に状況判断をしようと心掛けているが……そろそろ、限界だ。





 何処だここ!?

 何だ、このだだっ広い教室は!

 少なくともクラスメートが百人以上いるだろこれ!

 それに、この制服は何だよ! 

 俺は、もう二十半ば越えているのだぞ! 気持ちの悪いコスプレにしか見えんわ!

 大声に出して叫んだつもりだったのだが、口がパクパクと開閉しているだけで声にならない。


 まてまてまて、落ち着け落ち着くんだ。

 俺は何でこんな場所にいる……確か母さんに買い出しを頼まれて、近くのショッピングモールに裁縫用の糸と布、釣り糸、家庭菜園用の野菜の種とかを買い込んで、その帰りだった筈だよな。ついでに、お徳用レーズン1kgも買っておいたのも覚えている。

 周りを見ていると、他のクラスメートも同様に取り乱し、何かを叫んでいるようなのだが唇が動いているだけだった。


 今更ながらに気づいたのだが、この教室には音が存在しない。机に拳を打ち付けようが、何の音も聞こえてくることがない。何かこういう感じの展開でデスゲームに巻き込まれる漫画とか小説を何作か見たことあるぞ。

 兎に角、ここにいてはダメだ。状況はわからないが、何かしなければ事態は好転しない。逃げないと――おいおい。

 俺は机から立ち上がろうとしたのだが、体が椅子に張り付けられているのだろうか、どれだけ力を込めようが下半身は微動だにせず、立ち上がることができない。

 周囲の人から情報を収集しようにも、さっきから叫んでいるのに声が全く出ていない。


 クラスメート達も、逃げることが不可能な現状を知りパニックに陥っている者も少なくない。

 髪を振り乱し、唾を撒き散らす金髪の女性。

 ガタガタと全身を震わせ、挙動不審にあちらこちらを見回す妙齢の女性。

 制服がはち切れんばかりの不健康そうな、髪の薄い男性。

 クラスメートは年齢性別バラバラの面子だ。この光景はバラエティー番組にしか見えないな。学生をとっくに卒業した筈の大人たちが、似合いもしない制服を着る。こんな状況じゃなければ、苦笑しているところだ。


 よく見ると妙に似合っている人も何人かいる。若い子たちだ。実際に学生か卒業してからそれ程年月が過ぎていないのだろう。割合としては十代が三分の一、二十代、三十代がもう三分の一、残りはそれ以上というところか。見た感じ六十、七十代の老人はいないようだ。最高年齢は五十代、それも二、三人といった感じだ。

 顔も名前も記憶にないクラスメートたちについては取り敢えず後回しにしておこう。今は他になすべきことがある。


 声も出ない、動き回ることもできない状況で他にできることは……持ち物か。

 この意味不明な教室に来るまでに持っていた荷物は、机の横にビニールの袋ごと掛けられていた。中を確認すると、裁縫用の糸と布、趣味の釣りで使う釣り糸、植物の種、徳用レーズンが入っていた。

 他に何かないかと体をまさぐり学生服のポケットを調べる。ズボンや、上着のポケットには何も入ってなかったが、学生服の中に着こんでいるワイシャツの胸ポケットに手帳があった。

 黒の飾り気が全くない表紙をめくると、自分の首から上の写真が左上に張られている。

 可もなく不可もないと自分では思っている顔がそこにある。髪を切るのが面倒だからと散髪屋――美容室は何だか敷居が高く感じて苦手だ。そこでかなり短く切ってもらった髪を、二か月放置した野暮ったい髪形。友人曰く、


「生気が感じられない」


 という瞼が半分閉じられた目。無駄に形のいい鼻。妄想中や驚いている時は少し開く唇。いつもの自分の顔が写真に撮られている。こんな写真を撮られた記憶など全くないのだが。

 そんな写真の下には『神立 異世界転移学園』と書かれていた。


「そういうことか」


 それを見た瞬間、状況を完全に把握した。

 つまりこれは地球人――周りを見た感じ日本人限定の様だが、ファンタジー溢れる世界へと転移させるのが目的で集められたのだろう。

 そういった内容の小説が流行っているサイトを愛用していたので、似たような展開は腐るほど目にしてきた。


 異世界の召喚魔法で呼ばれた勇者や、神様のミスで死んでしまった人への救済措置で異世界に転生。または、異世界のバランスが崩れているから、地球人を送ってバランスを戻そうとか、最近は理由もなく性格の悪い神様の悪戯というか遊びで苦境に立たされるという流れも多い。

 どんな展開にしろ、それならそろそろ説明係の神やら、その下っ端やら、それに準ずる存在が現れるのがお決まりなのだが。


「皆さーんお待たせしましたぁ」


 だだっ広い教室の扉を開けて入ってきたのは、紺色の女性用スーツを着込み、眼鏡を掛けた美しい女性だった。

 艶やかな黒髪を後ろで縛り、胸元のボタンを外し大きく開け、スカートにはおかしいだろと突っ込みを入れたくなるぐらい、深いスリットがある。

 男性の欲情と女性の嫉妬が注がれるはち切れんばかりの胸と、キュッと引き締まりながらも程よい膨らみを維持したお尻。

 全員がこの状況下にありながらも、その女性の怪しくも魅力的過ぎる容姿に引きつけられているようだ。

 勿論、俺も一瞬は目を奪われたのだが、よくよく見るとアダルトビデオの女教師物に良くある格好なので、そんなに目を引く格好でもないなと少し冷静になれた。


「はぁい、皆さん注目してくださーい。今、皆さんは色々と混乱してるようですから、先生からお話しますねー。と言っても、詳しい説明はいらないとおもいます。ここにいる皆さんは選ばれた存在です。この状況を直ぐに呑み込めるような人材を選びましたので」


 この女教師もどきの話を聞き、ピンときたものがいるようで、大勢の――いや、ほぼ全員が不安そうな表情を一変させ、顔を輝かせ説明を聞く前から理解しているかのように見える。

 やはり、そうなのか。なら、続く言葉は。


「皆さんには異世界に転移してもらいまーす」


 俺に見える範囲のクラスメートが顔に浮かべる感情は歓喜。あまりの喜びに顔が崩れ、ニヤついている者も少なくない。

 正直俺も嬉しくないと言えば嘘になる。小説の主人公を羨み、そんなに上手くいくわけないだろと心の中で悪態を吐くこともあったが、自分もそんなシチュエーションに憧れてはいた。


「喜んでもらえたようで、なによりですぅ。あ、そうそう。何故皆さんが選ばれたのか説明してなかったわ。ちょっとお話長くなるのだけどぉ、今年日本を取り仕切っている担当者、まあ神様みたいな存在が代わったのよ。今までは放任主義で日本に住む人のやりたいようにやらせていたのだけどぉ、新しい担当さんは中々厳しい人でね。最近の日本の状況が気に入らないらしくて、日本に害を与える存在を一斉排除することに決定しましたぁー」


 両腕を上げ嬉しそうに話す女教師もどきとは正反対のクラスメート達がいる。さっきまでの浮かれた表情が一変し、表情が暗い。俺と同様に彼女の言葉の意味を汲み取ったからだろう。


「つ、ま、り、皆さんは日本に害を与える存在だという訳です!」


 ちょっとまて! 自分が人格者や聖人だと言う気は毛頭ないが、出来るだけ周囲には迷惑を掛けずに生きてきたつもりだ。

 警察にお世話になるような犯罪行為をした覚えもない。ゴミもポイ捨てしてないし、酒タバコ博打もしていない。俺のような人間が日本に害を与えると判断になるのなら、日本人の大半がアウトだろ。


「あ、でもぉ、勘違いしないでね。皆さんが直接悪人ってわけじゃないの。貴方たちは近い将来、日本に悪影響を与える人と関係を持つことになるの。例えばぁ、何十人もの幼児を殺すことになる青年が目覚めるきっかけとなった、残虐なシーンが描写された漫画を貸した。例えばぁ、他国から金をもらい日本を陥れる政治家が、子供の頃に溺れているところを助けたとかね」


 そんなの俺たちに罪は無いだろ!

 その本人を処分すればいいだけで、俺たちを巻き込む理由――


「理不尽だ。そんなの当人を消せばいいと思ったでしょぉ。それが駄目なのよ。人は運命の糸を生まれつき持っているの。誰かと運命の糸が切れたところで、また別の人と繋がり同じような道を辿る。それはまさに運命。人が抗うことができない定め」


 テンションが無駄に高かった女教師もどきの声が、すっと落ち着いた冷たい声になり、その言葉が鋭利な刃物の様に俺の胸に突き刺さる。

 つまり、この場にいる人たちは全員、日本に害を与える人と関わりを持つ運命だということなのか。酷過ぎるだろ……悪意があるわけじゃないのに、俺たちが悪行に手を貸したわけでもないのに、無慈悲に殺されるなんて。


「でーも、それはあまりに酷いと私は怒ったのよ! 皆さんは性格も良いし、人として何も悪くないって。そしたら、特別処置として異世界転移が認められたってわけぇ」


 それが本当なら、この女教師もどきは俺たちの救世主ということなのか。

 教室内の何人かはまるで女神を崇めるかのような表情で、熱い視線を女教師に注いでいる。

 俺は素直に受け取ることができないでいた。話なんて幾らでも作ればいいだけの事。何でも本当の事を話さなければならない理由なんて相手にはない。


「じゃあ、いきさつはここまでにして。今後の事についてぇ、簡単にですけどぉ、説明するわね」


 問題はここからだ。異世界転移物は行く場所と状況によって天国か地獄かが大きく分かれる。集中して聞いておかないと。


「貴方たちが向かう世界は、レッカンテプニン大陸の何処かとなります。あー、皆さんは比較的近い場所に転移するようにするからぁ、一生懸命探せば転移者の二、三人ぐらいは簡単に会えるんじゃないかなぁ」


 覚えにくい大陸名だな。それに何処かって……場所はランダムってことなのだろうか。


「その世界で貴方たちは自由に暮らしてもらって構いません。あっん、勿論、冒険者という定番の職業もありますので安心してくださいねぇ」


 成すべき目的もないのか。それはありがたいな。目標が設定されていて、魔王を倒せとか言われたらどうしようかと思っていた。


「そして、皆さんを何もない状態で異世界に送ったりはしません。もう、わかってるわよね。そう、皆さんお待ちかねのスキル割り振りタイムですよぉ! 日本の小説でかなり勉強したから、安心してねっ。皆さんなら直ぐに理解できるシ、ス、テ、ム、よぉ」


 女教師もどきがそう告げると、何の変哲もない普通の机が光を放ち始める。白銀の光が机の表面を覆うと、そこには無数の文字が浮かび上がった。


「タッチパネル方式となっていますのでぇ、皆さんならわかるわよね。じゃあ、1000ポイント上げるからぁ、好きに割り振ってね。制限時間は二時間だから厳守よー。周りと相談したり、アドバイスはカンニング行為と同じだから厳禁よっ。そんなことした子はスキルポイント全部没収になるから気を付けてね。この注意事項ちゃーんと覚えておいてよ。じゃあ、みんなも黙っているのは疲れるだろうから、無声を解除します」


 その瞬間、教室内がざわつき始める。


「おっ、声が出るぞ!」


「マジでこんなことあるんだなっ。俺も異世界転移組か!」


「よっしゃー、何度も妄想したスキル取りまくるぜ」


「やっぱ、錬金術だろ。あと、武術の才能とか欲しいよな」


「私は見た目を変えたい! そういうのあるといいんだけど……」


 全員がこの展開を小説で何度も目にしてきたのだろう。簡単に状況を受け入れ、はしゃいでいる。クラスメート達を横目で観察しながら、俺は心が落ち着かない。

 聞いた限りこちらの意図を汲んで、よりよい状態で異世界に送り込もうとしてくれているようだが、まだ安易に喜んではいけない。

 これからの人生が決まるのだ。警戒しすぎても損は無いと思う。


「はーい、皆さん先生に注目。みんな良い子だから、説明は不要よねっ」


 いやいや、説明不足過ぎるだろ!

 俺は咄嗟に手を挙げて質問しようとしたのだが、腕も上がらなければ「質問いいですか」という言葉も口から出てこない。

 周囲の何名かも俺と同じことを考えていたようで、同様に歯を食いしばり懸命に腕を上げようとしている。

 そんな俺たちに女教師もどきが目を向けた。その瞬間、血のように紅い唇が嫌な感じに歪んだように見えたのは――気のせいだとは思えない。

 意味深な笑みは何を意味しているのか。それを考える暇もなく、艶やかな唇は言葉を発する。


「では、今から二時間、お楽しみのスキル割り振りタイム開始よっ。時間をオーバーしたらその時点で打ち切るから、みんな注意だぞっ」


 異世界での生活の全てと言ってもいい、スキル選択が始まる。


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[一言] 学ランが珍しいて、作者さんは一体どんな異次元に居るんですか?
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