権蔵が異世界に転移するなら
書籍販売記念SSです。
一話完結ですので、ご了承ください。
「皆さんには、異世界に転移してもらいまーす」
教卓に立つ妙に色気のある女教師っぽい人が、とんでもないことを口走りやがった。
今、なんつった。異世界に転移ってあれか?
最近、愛読している無料小説投稿サイトで流行っている、日本人が異世界に転移したり転生したりして、大活躍するってパターンのやつだよな。
おいおい、そういう妄想は何度もしてきたけど実際にそんなことがあり得るのか?
俺は不審に思いながらも真剣に話を聞いていると、どうやら本当らしいことがわかった。
ドッキリ系のバラエティー番組かとも思ったけど、周りの反応はどうみても芝居じゃねえし、全員素人でこんな大人数をだだっ広い教室に呼び込んで、気を失っている間に制服を着せるなんて無理だよな。
ってか、そもそも犯罪行為だ。
それに、あの女教師っぽい人の言葉には、なんつうか説得力がある。
……いや、正直言うと、この状況にワクワクが止まらない。信じられないんじゃない、信じたいんだ。夢にまで見た異世界転移のチャンスが目の前にあることを。
小説投稿サイトで異世界系は何作品も読み漁っている。前知識は充分すぎるぜ。
ここのシステムは与えられた1000ポイントを消費して、スキルを習得するタイプか。珍しいな。普通はチートな能力を与えられて、いきなり異世界に飛ばされるってのが定番なんだけどな。
まあいいや、これはこれで面白そうだ。これって、あれだな……どっちかってえと、ゲームのキャラメイキングだ。
スキルも豊富にあって、ステータスもポイントを消費して強化できるのか、なるほど。
なら、まずはパパッとステータスを全部レベル2取っておくか。たぶん、これで全ての能力がかなり上がっているはず。
っと、次は本命のスキルか。やっぱ、かっけえの取りたいよな。
うおおおっ、なんだこのスキルの量。万は軽く超えてんじゃねえか。くそっ、時間が無限なら一日中割り振り考えたいけど、二時間って制限があるのがネックだ。
となると、必須のスキルだけ選んで取るとするか。今まで散々、この類いの小説を読んできたんだ、どんなスキルが強いかなんて名前だけで判断できる。
先ずは何はともあれ、攻撃スキルだよな! あっ、そういやアイテムや武器もポイントを消費して選ぶのか。
武器といえば日本刀か銃だよな。もし、銃を選ぶなら西部劇のガンマンスタイルのリボルバーがいいな。あーどうすっかな、刀か銃。どっちも捨てがたいけど……男なら、日本人なら、やっぱ刀に魅力を感じるぜ。
異世界で刀を振るって、魔物をバッタバッタと切り倒して決め台詞はこうだ。
「ふっ、またつまらぬ魔物を切り捨ててしまった」
くうううっ、かっけえええっ! 助けられた異世界の美少女が俺に惚れて「凄いでしゅぅぅ、抱いて!」なんて言われたりしてよ。おいおい、苦手なハーレム主人公になっちまうじゃねえか。
そうなったら、やっぱ聞こえないふりとかは必要だよな。「えっ、今、何か言った?」とか、聞こえているのに惚けて、一人の女性を選ばずにハーレムを継続する練習もあとでしておかないと。
ってことで、刀を前提としたスキル選びだ。
まずは【刀術】は外せねえ。そして刀といえば……あった、やっぱこれは必須だよな【居合術】。あとは【縮地】あるじゃねえか、これも取っておくぜ。
あっ、刀がない時に木の枝を拾って、鼻歌交じりに雑魚を叩きのめすのもいいな。【木刀術】もゲットしておくか。
戦闘スキルはこんなもんか。あとは実用性のあるスキルか。この列は目に関係するスキルが並んでいるみたいだな。っと、【夜目】っていいんじゃねえ。
灯りのない暗闇で魔物に襲われても、冷静沈着な対応で女子を庇いつつ敵を切り捨てる。困ったな、ますますモテちまうぜ。
スキルはこんなもんでいいよな……はうっ! な、なんだと、このスキルが実際に存在しているというのか!
ざっとスキルに目を通していると、あるスキルを見つけてしまい視線が釘付けになってしまった。
嘘だろ、まさか――【邪気眼】だとっ。
【邪気眼】。それは己に封じられし力が目覚めるときに開く、例の第三の目のことだよな。
こんなものを見せつけられたら、選ぶしかねえよ……別に中二病じゃないけど。
取りあえず、スキルはこんなもんか。ポイントが残り少なくなってきたから、アイテムと武器を選んでおかねえと。
ええと、アイテムと武器は……あった、あった。あー、結構ポイント持っていかれる。これだとアイテムをあきらめて、武器に絞った方がよさそうだな。
刀、刀、おおっ、刀の種類もこんなにあるのか。ええと上から、やす、つな? ひだりもじ? どうたぬき?
変なネーミングばっかだな。もっとメジャーなのは……お、あるじゃねえか。
【家光】、【正宗】、【村正】。ここら辺は俺でも知ってる。あ、これいいな、【七星剣】字面だけで強そうだ。他には……おおっ、これがいい!
【妖刀村雨】
妖刀ってのが最高だし、村雨ってのもゲームで見たことあるぞ。これは名刀に決まっている。俺の勘がそう告げているぜ。
でも、これを選んだらポイントがゼロになるのか。だがしかし、この刀は俺に使えと訴えかけている。これはもう運命だ、迷うことはない!
残りのポイントのほぼ全てを注いだけど、後悔はしねえ。俺はこの【妖刀村雨】と共に異世界で無双してやるぜ! 完璧だとは思うけど、スキルを確認しておくか。
途中で誰かの声が聞こえたり、色々あったがそろそろスキル選びも終了か。
あとは待ちに待った異世界に転移するだけだ。いやー、どんな場所に飛ばされるのか楽しみだぜ。
「はーい、終了!」
おっ、女教師っぽい人が終了の宣言をした。
これで、やっと異世界に行ける。俺の異世界無双ハーレム伝説の始まりだぜ。
「まあ、大半が異世界に立つこともできないでしょうけどね」
えっ、今、なんつったこの女教師っぽいの。
なんで、こいつバカにした表情で笑ってんだ。さっきまでの優しい顔……あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、なんだ、なんだ、なんだ。頭に大量の文字が流れ込んでくるっ⁉
ど、どういうことだ。
――ステータスは最低レベル1以上採る必要が――
――【筋力】レベルの上昇と共に、筋肉も硬く強く――
――【錬金術】は【医学】【魔法】【薬学】等――
「なんだこの知識はっ、どういうことだよ! こんなルール説明なかったじゃねえか!」
俺の怒りの叫びは、周りの悲鳴と怒号に掻き消された。
偶然、ステータスレベルを全部2取ったから俺は大丈夫だけど、取らなかった奴らは全員死んじまうのか? 嘘だろ、そんなのないだろっ! 泣いてる女子もいるじゃねえか!
「ふざけんじゃねえぞおおおおっ!」
完全に沈む直前にクソアマに叫んだが、それが届いたかどうか確認できないまま闇に堕ちた。
◇◆◇
周囲を取り巻く闇がなくなると緑が飛び込んできた。
この青臭い香りは雑草か? 視界には木々の葉が見えるってことは、ここは森の中だよな。
といっても木々が密集しているわけじゃないので、光が射し込んでいて結構明るいぞ。
「よっこらしょっと」
その場に起きて辺りを確認する。木、雑草、石、地面が見える。どっからどう見ても屋外だよな。
服装はうちの学校の制服だ。って、あまりにも馴染んでいて気が付かなかったが、右手に握っているのは刀か!
あんな最悪な場面を目撃した後なのに、刀を見てテンション上がる俺も大概だな。
教室でしか接点のない相手だが、手を合わせて祈っておく。
「異世界について、速攻で死んだ奴もいるんだよな……はぁ」
気が滅入るけど、自分のことを考えるべきか。
これから異世界で生き抜かないといけないわけだし。まずは、刀の切れ味を試させてもらおう。
柄を右手で掴み、左手は鞘を握りしめる。
刀を抜くときは、左腰に刀を添えてから、一気に引き抜く。やっぱこれだろ。
俺の【刀術】と【居合術】のスキル、見せつけてやるぜ。
少し離れた場所にある木の枝を目掛けて刀を振るう……振るう……。
「抜けねえええええっ!」
なんだ、どうなってんだ? 鞘から刀が一ミリも抜けないぞ。まるで接着剤でくっつけているのかと疑うぐらい微動だにしねえ。
「ぬぐううううっ、ふんがああああっ!」
刀を掲げ、両腕を思いっきり逆方向に開くが、びくともしないぞ! 不良品掴まされたのかっ⁉
マジかよ、あんなにポイント消費して手に入れた刀だぞ。使えないなんて酷すぎるだろ……。
「あっ、ちょっと待てよ。この刀が抜けないってことは、居合術も刀術も意味ないのかっ」
おいおいおいおい、嘘だと言ってくれ!
異世界での無双展開はどうなるんだよ……マジで勘弁してくれよ……。