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もどき

 キーン コーン カーン コーン

 キーン コーン カーン コオオオォン


 うるさい……頭に響くこの音……何処かで……。


 ――こらー、いつまで寝ているの土屋君。昼休みはもう終わったわよぉ――


 誰だ。昼休み?

 これは予鈴のチャイムか。

 ということは学校。

 馬鹿な俺はもうそんな年じゃない。

 としたら夢か。学生時代の夢。

 定番のごくありふれた日常。


 ――起きないと……また別の異世界に送っちゃうぞっ――


「異世界?」


 瞼を開くと目に飛び込んできたのは大きな黒板だった。

 ここは、学校なのか?

 周りを見渡してみるが、無駄に広い室内には俺が座っている古びた机と椅子――学校にある定番の既製品。それだけしかない。

 100人以上は授業が受けられそうな広い教室内だというのに、俺の席しか存在していない。他にある物と言えば黒板、その上に壁掛けの時計。そして教卓。

 それだけなら、ただの夢だと思いこむことができただろう。


 だが、教卓に腰かけ、深くスリットの入ったスカートから伸びた足を組み替える、妖艶な美女に俺は見覚えがあった。

 いや、そんな生易しいものじゃない。生涯忘れることのできない、忘れてはいけない相手。

 もう一度会いたいと想い焦がれていた――自称女神がそこにいた。


「おめでとぅ、土屋君! レベル100に到達したのは貴方が三人目よぉ。レベル100に達した人はご褒美として、私と会話する権利が与えられるの。嬉しい?」


 血のように赤い唇を舌で濡らし、女教師もどきが切れ長の目尻を緩ませ、妖艶に笑う。


「ああ、嬉しいよ。あんたに会いたいと願っていたからな」


 ここは以前スキル振りをやらされた教室と同じか、似通った空間なのだろう。

 手は動く、椅子から腰をほんの少し浮かしてみるが問題ない。

 格好は気を失う前と同じか。アイテムボックスもある。手首に巻き付けておいた残りの破魔の糸も健在だ。

 糸も操ることが可能か。


「あれぇ、思ったより反応が鈍いわねぇ。もっと、驚いたり、困惑してくれないのぉ? つまんないけど、まあいいわ。あ、そうそう、聞いて聞いて。土屋君が贄の島から出て行っちゃったから、先生すっごく困ったのよ? 大陸に渡られると私の目が届かなくて何しているのかわかりにくいから、楽しめなくてね」


 勝手にしゃべり始めている。ここは変に逆らうことなく聞き役に徹しておくか。

 相手の意図がつかめない今、迂闊に攻撃を加えるわけにもいかない。


「気まぐれで脱出させてあげたのはいいのだけどぉ、やっぱ、楽しみたいでしょ。そこで、私は権蔵君たちに土屋くんが危機だって教えてあげたの。でね、島を出る時にちょっと、その目を共有させてもらうことにしたのぉ。グッドアイデアだと思わない?」


「誰の目をだ」


「決まっているじゃないの、サウワちゃんのよ。邪気眼のスキルを与えた際に、ちょっと細工させてもらって……まあ、隠しカメラみたいなモノよ。あ、怒らないでよ。その代わりに、島から出る時も穏便に事を運んであげたし、時間調節もバッチリよ。実際助けに来てもらって役立ったでしょ?」


 二人が絶妙のタイミングで現れたのも全て、こいつが仕組んだことだったのか。

 都合の良すぎる展開。一年間何とか生き延び、31階層に届いたその日、絶体絶命のタイミングでの登場。

 物語なら当たり前のご都合主義だが、実際の世界でそんな偶然が重なることは、天文学的数値だろう。後ろで糸を引いていたと言われた方が納得できる。


「二人を送り込んだのは、こうなることを見込んでのことか」


「まっさかー。私のシナリオでは、あそこで土屋君以外が死んで、絶望の淵に立たされてから発狂して死亡。それが理想だったのだけど、まさか生き延びるなんてね。正直、驚いているわよぉ。でね、その光景を録画しておいて、聖樹になっちゃった桜ちゃんが目覚めた時に見せてあげて、闇に落ちてもらう予定だったのにぃ。もう、どうしてくれるのよ!」


 色気があり過ぎる女教師姿で頬を膨らませて拗ねられても、全く可愛くない。

 ここで遠回しの駆け引きは必要ないだろう。直接、真意を問いただすか。


「あんたの目的は、あの島に眠る神の欠片の復活か?」


「うっそ、気づいちゃったの? 大陸で情報収集が捗ったのね。うーん、もう、そこも私が暴露して驚かす予定だったのに、興ざめだわぁ。はぁー、そうそう。贄の島には神の欠片が眠っていてね、それを呼び起こすのが私の使命。で、ちなみに、私は神の欠片の一つよ」


 ため息を吐いて話す素振りは緊張感も真実味も感じられないが、ここで下らない冗談を言う必要もないだろう。軽く口にしているが、おそらく真実か。


「よーし、ここまで頑張った土屋君には、全て、お、し、え、て、あ、げ、る」


 ウインクをしながら人差し指を口の前で振る動作に苛立ちを隠しきれないが、ここは辛抱する場面だ。負の感情は最後に爆発させる時の為に溜めこんでおけばいい。


「バラバラにされた神様がね、この星の各地に封印される寸前、その欠片を更に細分化させて、自分の意思を受け継ぐ存在を生み出したの。それが私たち。でね、私はもう一つの神の手下がしつこく追ってくるから、一旦別世界へ逃げ込んだの。そこが貴方たち転移者の住んでいた地球。でまあ、私って神に近い存在……っていうか、神の欠片でしょ。上手いこと、地球の神陣営に潜り込んで、策を練っていたのよ。数百万年もかかっちゃったけど、結構うまくいっていたのよ」


 気の遠くなる話だ。

 下積み生活を経て、やっと行動に移したのが、あの教室か。


「ここで私の地球での苦労話を百年ぐらい愚痴ってもいいんだけど……聞いてくれそうもないわね。じゃあ、贄の島で何がしたかったのか話すわ。もっとも、理解していそうだけど。貴方たち転移者を争わせて、負の感情であの島を満たしたかったの。それが封印を解くカギになるから。それに、あの厄介な聖樹もどうにかして欲しかったしね。途中までは上手くいっていたのに、あの桜って子が聖樹になるとは思わなかったわ……聖樹が枯れた時に嬉しくて、観察を忘れて毎晩どんちゃん騒ぎしていたのが間違いだったのよねぇ」


 桜の決断が女教師もどきに一矢報いることとなったのか。


「それで、私は焦ったのよ。贄の島で脅威となる存在が次々と倒されていくし、桜ちゃんは眠ったままだから手の出しようがないし、このままだと平和な観光名所になりそうだったから、土屋君が大陸に向かうのは都合が良かったの。権蔵君たちは単純だから、こっちも誘導させやすいって思ったのにぃ……」


 また、頬を膨らませて拗ねている。ああ、その横っ面を張り倒したい。


「聖樹の力が邪魔で、殆ど干渉できなかったのよ! あの聖樹、たぶんわざと土屋君に倒されたのね。自分が狂いかけていることを自覚していて、新たな聖樹を作り上げる為に博打をかましやがった……くそがっ!」


 お、本性が垣間見えてきたな。

 親指の爪を噛みながら悪態を吐く姿がさまになっているぞ。


「それで、焦ったあんたは権蔵たちも島から追い出し、何とか対抗策を練ろうと考えた。あわよくば、俺と合流させて全滅してくれたら、聖樹と成った桜を狂わせる材料にしようと」


「その通りよ……良くわかっているじゃないの。人間のくせに。あーもう、やめやめ。女教師を真似てみたけど、面倒臭いわ」


 後ろで長い髪を束ねていた紐をほどき、無造作に頭をぼりぼりと掻いている。

 教卓の上で胡坐をかいているので、下着がもろに見えているのだが色気もへったくれもない。女の皮を被った、オッサンにしか見えん。


「でよ、何か他に聞きたいことはあるか? お前らのせいで計画を一からやり直さないといけなくなったからな。今なら何でも答えてやるぜ」


 ぶっきらぼうな口調でこっちを覗き込むように見てくる女教師もどきは、何処か吹っ切れたような表情をしている。


「あんたには力があるんだろ? だったら、こんな面倒なことをせずに、直接手を下せば済んだ話じゃないのか?」


「だよな。私だってそうしたかったさ。だけどな厄介なことに、神やそれに準ずるものは、この世界に直接手出しをすることを禁じられているんだよ。我らの主神の更に上の存在がそう取り決めたそうだぜ。だから、こんな回りくどい面倒なことをしたわけだ」


 神にもルールがあるわけか。

 何かあるとは思っていたが、そんな理由だったのか。


「んでよ、だったら、この世界ではない奴だったら、結構手を出しても許されるんじゃねえかって、ルールの綻びをつついたわけだ。まあ、それも失敗しちまったし、地球の新たな神には目を付けられちまったから、同じ手は使えないだろうしな。どうしたもんだか」


 頬杖をついた女教師もどきが大きく息を吐き、額を叩いている。

 そうか、俺たちは神を復活する為の手駒として異世界に転移させられ、利用され続けていただけの存在か……精神力が高くなければ、はらわたが煮えくり返るほどの憎悪を抱いていたのだろうな。

 だが、今は、感情を制御できる。

 隙だらけに見える女教師もどきの周辺に、気づかれぬよう破魔の糸を配置しておくか。


「で、この後、俺をどうする気だ?」


「ん? ああ、全く考えてなかったぜ。もう、お前はどうでもいいや。密かに仕込んでいた『他者を不幸にする』隠しスキルも外してやるよ。ほら、これで、もう自由だぜ。精神力を上げまくったせいでリアクションがつまらないからな。全く、楽しめやしねえ」


 やっぱり、あったのか隠しスキル。

 精神力を特化させたことが、この女教師もどきの楽しみを奪えたのなら、それだけでも上げた甲斐があったというものだ。


「はあああっ、くそっ、また考えねえとなあ、面倒くせえ。んで、お前はまだ何かあるのか? 何もないんだったら、元の場所に返してやるぜ。ああ、そうだ。俺を出し抜いたんだ、ここは神として寛容なところを見せておかないとな。何か望みがあるなら言ってみろ。新たなスキルでも、金でも、くれてやるぞ」


 投げやりな態度ではあるが、魅力的な提案をしてくれた。

 ここで有益なスキルを得れば、いつか、この神に手が届く可能性は――


「望みか……なら、ここで死ね」


 ない。この気を逃したら次の機会があるとは思えない。

 殺るなら今だ。

 感情の起伏を一切見せず、忍ばせておいた破魔の糸を一斉に操り、雁字搦めにする。

 全身に網タイツを被せたような格好になった女教師もどきは、目を見開き驚いて――笑っている? この状況で、心底嬉しそうに口角を吊り上げ、満面の笑みを向けているだと。

 余裕があり過ぎるな……自分が与えたアイテムでは傷つけられないというオチか。


「いやー、何かしてくるとは思っていたが、いきなり殺りにくるとは驚いたぜ。これが破魔の糸か。スキルポイントで得られるアイテムってさ、地球の神から譲り受けた物とか、別の異世界産の物とかもあるんだよ。どうせ、誰も使えないだろうと高を括っていたんだが、まさか使いこなす者が現れるなんてな。あ、心配は無用だぜ、ばっちり効果はでている。かなりの力を封じられちまっている」


 それが真実だとしたら、やつは絶体絶命の危機なのだが……焦りは微塵も見られない。それどころか、かなり余裕の態度だ。

 何かある……としても、このまま絞め殺せば問題は無い。

 破魔の糸を操り、奴の体を引き千切る為に絞め付け……絞め付け……絞め……。


「あー、無駄、無駄。お前たち転移者が牙をむく可能性を考えてないとでも思ったか? ちゃんと仕込んであるさ。転移者は絶対に私を殺せないように……な」


 『糸使い』を全力で発動させているというのに、あいつを絞め殺すことができない、だと。

 頭と体が実行に移そうとしているというのに、糸が微動だにしない!

 ここで一気に絞め上げれば、奴を殺せるというのにっ!


「おおーっ。やっと私好みの表情してくれたじゃねえか! いいねえ、その憎悪。憤り。それだよ、それ! 悔しいか? 腹立たしいか? 殺したいか? 無理無理。それは絶対に天地がひっくり返っても叶うことのない望みなんだよ」


 くそっ、くそっ! くそがあああっ!

 動け、俺の糸! あと一歩! あと数センチで殺せるんだ! 動け、動け、動け、動けっ!


「はあああああっ! たまんねえぜ、その感情! そうそう、お前、もしかして今は無理でも今後強くなって俺を殺すなんて考えているか? 残念、それも無駄だぜ。お前のレベルは100でカンストだ。それ以上強くなることは叶わねえよっ」


 100が上限……レベル100に必要な経験値が膨大過ぎて怪しいとは思っていたが……俺は、これ以上、強くなれない……というのかっ。

 もう、こいつを殺す術は何も……ないというのかっ!


「今度は悲しみの感情か。いいねえ、熱いメインディッシュの後は冷えたデザート。感情のフルコースじゃねえか! くははははははっ! たまんねえな、土屋! てめえには俺の長年にわたる苦労を台無しにされちまったが、最高の食事で許してやるよ!」


 馬鹿笑いを続けるあの口を糸で縫い合わせ、二度と話せないようにしてやりたい!

 頭の神経が切れても構わない! ほんの少しで良いから動いてくれ!

 生命力を振り絞り神経を集中しているというのに、糸も手も石化したかのようにピクリとも動かない。


「ふうううぅ、最高の飯だったぜ。土屋、てめえは殺さねえ。殺さない方がお前にとって地獄だろうからな。一生届かない、絶対に勝てない相手を怨み。戻す術のない桜を想い、多くの死を背負い後悔しながら生涯を終えるがいい。それとも自殺するか? 絶対に生きて、桜を元に戻してくれと願いを託した……家族を裏切って」


 耳元で悪魔の囁く声がする。

 死ぬ。裏切る。想い。

 俺は死ねない。

 死んではいけない。

 戻さなければならない。

 生き抜いて助け出さなければならない。

 でも、これ以上――強くなれない。

 奴を殺せない。

 生きる意味がない。

 俺は……どうしたらいい。


「さようなら。哀れで滑稽な土屋君」


 そう、やつの言う通りだ。

 俺の生涯に何の意味もない。

 これまでも、これからも。

 もういい。

 もう諦めよう。

 もう、何もかも捨ててしまえ。

 モナリナ、モナリサ、蓬莱さん、ゴルホ、桜、ショミミ、サウワ、権蔵。次々と仲間の顔が頭に思い浮かんでは消えていく。

 俺は充分にやったよな。

 もう、自由に、好きに生きていいかい。


「何もかも忘れて、自由に生きるがいいさ」


 吐息が届く距離に顔を寄せている女教師もどきが、慈愛を感じる優しい笑みを浮かべた。その表情が桜の笑顔を思い出させ――反吐が出た。


「よ……くない。忘れて、いいわけがないっ!」


 甘ったれるな、甘ったれるなよ、俺!

 絶望、反省、後悔? それがどうした。力の届かない相手なんてわかりきっていた事だろう!

 逆境なんて、慣れ過ぎて今じゃ親友レベルだ。悲劇の主人公ぶっているんじゃない!

 感情のスイッチを最大まで捻ってやれ!

 高ぶる感情の炎を限界まで高めてやる!


「どれだけ時間が掛かろうと、どんなに困難な道であろうと、絶対にあきらめない。必ず、お前の息の根を止めてやる」


「まだ……足掻くのか……まだ、私を楽しませてくれるというのか……いいぞ、いいぞ! なら、更なる絶望をくれてやる! お前に私からスキルを一つプレゼントしてやろう! ありがたく受け取れ『不老』のスキルをな! そして、永遠に後悔し続けろ! 私に歯向かったことをっ!」


 憤りと歓喜が複雑に混ざり合った、壮絶な笑みを顔面に貼り付けている女教師もどきに、俺は笑顔を返してやる。

 足下が眩く輝き始め、俺が異世界に落とされる時と同じ光景が目の前で再生されている。


「後悔させてやるぞ。俺を生かしたことを『不老』を与えたことを!」


 俺は全身が床に吸い込まれる直前、いつの間にか解かれていた破魔の糸を操り、黒板に文字を刻んだ。


 『一糸を報いてやる』と。


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