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迷宮の秘密

「いやー、助かったぜ。斧で背中をばっさりやられた時は、こりゃ死んだなって諦めちまっていたが、人間ってしぶといもんだな。いや、これは俺の日頃の行いの良さか!」


「手癖、女癖が悪いあんたの日頃の行いが何だって?」


 傷薬で完全回復した冒険者の二人が、目の前で漫才を披露している。

 やせ気味の男が軽口を叩き、弓を持った女がつっこむ。そういう流れが完成されている。

 危機的状況に陥っていた彼らは新人の冒険者で、五階層へのアタックがこれで八回目になるそうだ。


「我々は慎重に事を運んでいたのだが、どうやら先に進んでいた冒険者が罠にはまり、敵を集めてしまったらしく、こちらへ大量に流れ込んできてしまった。この階層では一度も見たことのないミノタウロスの姿を確認した時は、胆が冷えた」


 ミノタウロスの攻撃を耐えていた全身鎧の男がこのチームのリーダーらしい。

 体格も良く真面目で質実剛健という言葉が良く似合う。

 彼らは元気には見えるが、血を大量に失い、今回の戦いで体力もアイテムも、かなり消耗しているので五階層入り口の扉を使い、地上へ戻って体を休めるそうだ。

 そんなに距離は無いのだが、このまま彼らを放っておく気にもならず、そこまで同行している。


「でもー、凄いですね。冒険者に成りたてで、一度も町に帰還せずにここまでやってきたなんて。私たちは最低でも20回は戻っているわー」


 おっとりした口調の女性聖職者が、小首を傾げている。

 この女性の服装はやはり法衣らしく、元々は白を基調とした清潔感のある法衣なのだろうが、今は血と汚れに塗れ薄汚れてしまい、見る影もない。

 少し垂れ目気味で見るからに温和そうな彼女は、腰の下まで伸びた黒髪を後ろで縛り、その髪が馬の尻尾のようにゆらゆらと揺れている。

 おっとり系美女。この言葉がしっくりくる魅力的な女性だ。


「でも、皆さんの力なら当たり前ですねー。助けてくれた時も凄かったですが、それ以上に実力ありそー」


 彼女の目が細められ金色の瞳が一瞬輝いたように見えた。彼女の視線に晒されるだけで、まるで心の中まで見透かされているかのような、奇妙な感覚に襲われる。

 この人、何か感知系のスキルを持っているのか。

 時折、こちらの能力を全て把握しているかのような言葉を口にする。それも、深く考えずに、気軽に言うのだ。

 本来なら警戒すべき相手なのだが、何故かそんな気になれない。

 おそらくだが、駆け引きをしている類いではない。思いついたことがぽろっと口から出ているだけ。そんな気がする。

 論より証拠。悩むぐらいなら訊いてみるか。


「まるで、俺たちの実力を全て把握しているみたいだな」


「ああ、うん。私のギフトにね、し――」


「待て待てえええぃ! 何、自分のギフト教えようとしているのよ。そういうのは、チームのメンバーにしか明かしたらダメって、前も言ったよね!」


「あー、そうだった。ごめんね」


 どうやら天然のようだ。弓を持った女冒険者が割って入らなければ、自分のスキルを躊躇わずに話していただろう。

 やはり、何かしらのギフトを所有しているのは確かなようだが、悪い人ではない。


「ええと、もし俺の能力を見抜いたのなら、出来るだけ他言無用にしてもらいたい」


「はーい。お口チャックですね。命の恩人ですからね。誰にも話しませんよ」


 『偽装』も発動させていたから、ある程度しか探られてないと思うが。一応、口止めはしておいた。

 途中、スケルトンが何体か出てきたが、動きも鈍く体も脆いので、斧や蹴りでいとも簡単に粉砕されていく。

 消耗している彼らに近づく前に処分しているのだが、彼らは俺たちの動きを真剣な眼差しで見つめ、しきりに感心していた。


「この階層までノンストップでこれるわけだ、納得だよ」


「そうね、まだまだ力が足りていないのが良くわかったわ」


「また、皆で修行のやり直しだ」


「凄いわねー。あれで本気じゃないのよねー」


 最後の女聖職者の言葉は俺に向けられていた。間延びした話し方なので聞き流しそうになる。全てわかっているかのような発言をする彼女のギフトが、どれ程の性能なのか非常に気になる。

 何事もなく扉に到達すると、冒険者たちは礼を述べ消えていった。


「気の良い人たちでしたね」


「ああ、そういや、この町の住民で性格の悪そうなやつを見たことがないな。本物の楽園かも知れんぞ、この町は」


 そう思うのも無理はない。人当たりが良く、誰にも親切な住民ばかりだ。

 皆が善人と言うよりは、悪人を積極的に排除した結果と考えるべきだろう。その結果、法を厳守して罪を犯さない人間ばかりが残った。

 内心はわからないが、上辺は皆、不自然なぐらい幸せそうに見える。

 ここで罪を犯すと軽い罪でも町から追い出され、二度とこの町に踏み入ることを許されない。重い罪であれば、即座に死刑となる。

 その為、新しい住人は入れ替わりが激しいらしく、人口の1割とまではいかないが、かなりの人がこの町から立ち去る羽目になっているようだ。

 かなり厳しい法だが、その現状がこの町の今を作り出している。


 純粋なところがある二人にしてみれば、理想的な町なのだろう。俺にしてみれば……胡散臭い。人は汚いところがあって当たり前だ。光があれば影ができる。それが自然な筈。

 ここまで徹底していると、何か裏があるのではないかと疑ってしまう。いつもの過剰な心配性ならいいのだが、俺の本能が警戒を解こうとしない。

 そして、今、俺の中であることを切っ掛けに、警報が鳴り響いている。


「ジョブブ、ショミミ。あの牛の化け物はミノタウロスで間違いないか?」


「はい、そうだと思います」


「間違いねえぜ」


「牛の獣人という可能性は?」


「獣人なら人間と同じ知性がある。あの敵、言葉を発してなかっただろ」


 確かに、唸り声と嘶きのような叫びしか聞いていない。

 動きを見ていても武器を力任せに振るっていて、知性のある感じはしなかった。


「獣人と魔物の違いは、確か死ねば光の粒子となって消えるかどうかだよな」


「はい、そうですね。人間、魔族、昆虫人、獣人は死ねば死体が残ります。魔物は死ぬと光の粒子となり死体が跡形もなく消えます」


 念の為、二人に確認したのだが、やはりそうだよな。以前、聞いた記憶もしっかりと残っている。

 彼らに同じことを問いただした理由は……ミノタウロスの死体が消えていない。

あの時は四人組の冒険者もいたので、不審がらせないよう死体が消えたように装い、アイテムボックスに収納しておいた。

 魔物であれば一定時間が経てば魔石だけを残して消える。それがこの世界のルールだというのに、生々しい傷跡を残したまま死体は残っている。


 そして、もう一つ気になる点がある。

 ミノタウロスと思わしき化け物に触れ『捜索』を発動させリストに加えたのだが、そこに表示された名称に我が目を疑った。


 ――実験体812333――


 ミノタウロスではなく、そう表示されたのだ。

 それにより、俺がこの町に訪れてからずっと頭の隅で引っかかっていた事柄が、組み合わさり繋がっていく。

 

 実験体

 エクスペリメント

 悪人の受け入れ

 厳罰


「そうか……そういうことか」


 確証があるわけではないが、この町のからくりが見えた気がする。


「土屋さん、顔色が悪いですよ! どうしたのですか!?」


「大丈夫だ。ああ、ちょっと疲れがでたのかな、少し休憩してもいいかい」


「は、はい、ここは安全ですから、のんびりしましょう!」


 扉付近の壁に背を預け、ずり落ちるように座り込んだ。

 俺の考えが正しければ、このエクスペリメントの町は……この迷宮は……巨大な実験場だ。

 罪を犯しそうな人々をあえて受け入れ監視を置き、犯罪に手を染めたところで即逮捕。拘留後、刑を下し町から追放したと見せかけて、罪人で実験を行っていた。

 昆虫人も獣人も魔族の研究結果の産物だという話だ。その研究が現在進行形で行われていても何ら不思議ではない。

 実験体の研究成果を確かめる為に迷宮に放流してデータを収集する。それを、更なる実験の糧とする。


 そして、それを実行しているのは――魔族である町長と考えるのが妥当だ。

 となると、冒険者ギルドもそれに加担している可能性も出てくるのか。

 この規模だ。町長が単独で動いているとは思えない。魔族が他にもいるのか、それとも協力者が存在するのか。

 そう考えると、街中で見かけた人々の笑顔が全て胡散臭く思える。

 悪魔キルザールがここを勧めるわけだ。享楽主義の悪魔からしてみれば負の感情が入り混じった天国のような世界だろうな。


 結果論だが、全ての能力を提示しなくて正解だったようだ。

 こうなってくると当初の計画を見直さないといけないか。五階層を突破して更に深く潜り知名度とランクを一気に上げるつもりだった。だが、この町の秘密に触れた今、その行為はとても危険なものに思える。

 ……よっし、五階層突破後は一度地上に戻ろう。

 そして、町でスキルを活用して町で情報を集める。その結果により今後の方針を変更することにしよう。


 このミノタウロスが実験体だとわかったのも『捜索』のスキルがあったから。検査でそれを隠しておいたので、俺がこの事実を知ったことは誰にも感づかれることもない。

 二人には悪いがこの事実は隠しておく。嘘や隠し事に向かないタイプなので、彼らには知らせずに日々を過ごしてもらう。

 やれやれ、折角、理想の冒険者稼業を楽しめると思ったのだが、やはり俺の前には、そんな甘いレールは敷かれていないらしい。


「二人とも、この階層の門番を倒したら、一旦地上に戻るよ。構わないかい?」


「おう、いいぜ。何か考えがあるんだろ」


「私たちは従うまでです」


 方針を変えた俺に問いただすこともなく、受け入れてくれる二人。

 ここまで信頼してくれている二人に、俺は未だに隠し事が幾つかある。この町での騒動がひと段落ついたら、二人には全ての真実を明かしてもいいかもしれない。

 そう思えるぐらいには、俺も彼らを信頼している。

 何にせよ、まずはこの階層の突破だな。





 この階層の敵はスケルトンばかりで、手にする武器や動きのキレに違いはあるが、苦戦するレベルではなく、順調に砕きながら通路を進んでいる。

 他の階層と違って床も壁も平らに加工されているので動きやすく、灯りも充分に確保されている。重みで反応する床のトラップが多いので、改良型キビトさんを先行させていた。

 改良型キビトさんは両手に盾を持ち、鎧まで着込んだ完全防御型で、壁面から飛び出してきた矢は盾で防ぎ、毒性のありそうな液体気体も無視して進んでくれている。


「罠は解除するんじゃなくて、片っ端から発動させる方法もあるのか……」


 ジョブブ、感心してくれるのは嬉しいが、この方法は邪道だぞ。参考にするのは止めた方がいい。

 金に物を言わせて購入した、頑丈さが売りの防具なだけはある。上から降ってきた巨大な石のタイルに押しつぶされても、鎧の損傷が少ない。

 中身のキビトさんは帰らぬキビトとなったが。ありがとう、改良型キビトさん。そして、こんにちは、改良型キビトさん二号。

 二号が鎧を脱がして、手を合わせ一礼してから自分で着こんでいる。


「ええと、これって土屋さんが操っているのですよね。意味があるのですか……」


 気分の問題だ。

 五階層で二日目の夜が明け、改良型キビトさんが六号に達した時、俺たちの目の前に巨大な扉が現れた。


「ご苦労様、キビトさん。ゆっくり休んでくれ」


 ボロボロのキビトさん六号をアイテムボックスに収納する。

 小冊子には四階層までの門番しか記載されていないので、何が召喚されるのか一切情報が無い。ハルクロさんにも訊ねたのだが、五階層以降の情報は有料らしく、ギルドでお金を払い購入するルールらしい。

 この町の住民は決まり事を厳守するので、情報提供を頼んでも無理な話だった。

 なら、職員がそのことを説明するべきなのだが、一回目のアタックでここまで潜るとは思っていなかったのだろう。

 情報は有益だが、贄の島では相手の情報は自分の体で覚えるのが常識だった。

 ぬるま湯に慣れてしまわないように、こういった戦いも必要だろう。


「ここも、悪いけどまずは単独でやらせてもらうよ。無理そうなら、手助けを頼むからよろしく」


 二人が下がっていくのを気配で察し、俺は前へと踏み出す。

 いつもの赤い魔法陣が地面に描かれ、光を放ち中から魔物が出現するという、いつもの流れ――ではない。

 魔法陣から溢れ出す黒い靄が、地面へと広がっていく。

 その靄から飛び出してきたのは、細く長い腕。

 それもよく見ると、その腕は人間の腕が何本も複雑に絡み合い繋がり、一本の腕として成立している。

 腕は一本だけではなく、二本、三本……合計八本もの長い腕が、虚空にある何かを掴もうとしているかのように蠢いている。


 続いて現れたのは、幾つもの顔。若い女性、年老いた男性、小さな子供、狼、頭に触覚の生えた昆虫人。その顔が集まり球状の塊となっている。

 異様な腕は、そこにある顔の口から生えている。全ての目が血の涙を流し、口からは懇願や怨声、魂の叫び、自我を失った嬌声が漏れている。


「か、か、か、解放し、てく、れ」

「殺して、お願いだから殺してえええぇぇ」

「アハハハハ、フヘヘヘエヘ」

「ママー! ママーどこおおぉっ!」

「お前らも……こちらにこぃぃぃ」

「憎い、生きている者が……憎いっ!」


 くそっ! 聞いているだけで精神が揺さぶられ、呼吸が苦しくなる。見た目のおぞましさもあるが、あの声……あれには精神を汚染する何かしらの効果がありそうだ。


「くっ、はあっ、はぁはぁはぁっ」


「あうっ、だめっ、来ないで……やめ」


 振り返ると、距離がかなり離れているというのに胸元を押さえ、両膝を突き懸命に耐えている二人の姿があった。

 俺の精神力なら耐えられるが、二人にはきついか。

 まだ、全身が出きっていない魔物に背を向け、一旦後方の二人に走り寄る。

 アイテムボックスから『破魔の糸』を縫い込んだマフラーを取り出し、二人の首に巻いておく。一応自分の首にも巻いておいた。


「これで、楽になる筈だ。かなり危険な相手らしい。二人はもう少し、距離を取っておいてくれ」


「つ、土屋。俺たちも……」


「そ、そうです、私たちも……」


「いい。ここは俺だけで充分だ。二人にも俺の実力を見せるいい機会だ」


 そう告げると、黙って立ち上がる。

 右手には斧、左手からは無数の糸が伸びた状態で、俺は躊躇うことなく歩を進めた。

 そうか、今、俺はムカついているのか。

 柄じゃないな。策を巡らすわけでもなく、正面から速攻で勝負を付けたくなった。

 この魔物は、実験体となった住民の成れの果てなのだろう。今も意識があり、苦しみ続けている。

 もし、これが魔族である町長の仕業なら……許す気はない。


「早く解放してやるからな」


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