潜入ミッション
村に到着するまでの行程で、医角が自慢話を垂れ流し続けている。
その会話に女神に接する重要なヒントが隠されているかもしれないので、真剣に耳を傾けていたのが、正直うんざりしてきた。
「まあ、そこで私は咄嗟に名案を思いつき、その場を凌いだのだ。あの状況下での判断力と頭の冴えには、我ながら恐ろしくなるよ」
話の折々に自慢を入れなければ死んでしまうのだろうか、この男は。
自画自賛が大好きなようで、日常の出来事にも自分の活躍と自慢を織り交ぜてくる。
まあ、それでも医角という男が異世界に来て、どう過ごしてきたかは理解できた。
俺たちと違い、直接この大陸に送られた医角はこの村より遥か北西。内陸部にある巨大な町の外に降り立った。
あまりに多くの転移者と贄の島内部で遭遇してきた経緯があるので、勝手に異世界転移させられた人は全て贄の島に送り込まれたモノだと、思いこんでいたのだが、どうやら違ったようだ。
そこで偶然、魔物に襲われている商人を助け、この世界の情勢を教えてもらったらしい。
普通は通行手形や身分証明書を発行してもらわなければ、町に入ることは叶わないのだが、商人の口利きにより門を潜ることを許された。
そして、町にあった冒険者ギルドに登録して、暫くは冒険者稼業を楽しんでいたそうだ。
何だろう……こいつ、理想的な異世界転移パターンじゃないか。
ベリーハードモードを歩んできた俺が、少し、嫉妬してしまいそうになったのも、やむ得ないと思う。
まあ、それはいい……良くはないが、いいことにする。
冒険者時代の活躍ぶりは話半分以下で聞き流していたが、途中、気になるキーワードを幾つか口にした。
そこを少し突いて怪しまれない程度に、もう少し情報を引き出しておこう。
「その大きな町とは、どのような町なのでしょうか?」
「ああ、お前は知らないか。そこはこの大陸で唯一、人間が対等に扱われている町なのだ。住民も殆どが人間で、昆虫人や獣人も住んではいるが、その数は僅かだ」
この大陸では人間の扱いが奴隷並に悪いと聞いていたが、そんな場所も存在するのか。
「そして、その町を統治しているのは……何と、魔族だ」
「ま、魔族ですか」
今のは芝居でもなく、思わず口から驚きが漏れてしまった。
「やはり驚いたか。魔族というのは大抵、虚栄心が強く、高慢ちきで、魔族以外を見下す最低の輩だという話だからな」
その説明を聞く限りでは、医角に似ているよな……魔族って。
「似たような事を耳にしたことはあります。魔族は外見が人に近く、強力な闇の魔力を操る種族だと」
「ああ、そうだ。あの町を治めている魔族は変わり者らしくてな。人間を自分の保護下に置き、外敵から守っているそうだ。町も治安が良く、街並みも整備されていた。あと、街中に迷宮もあり、冒険者が日夜潜っていたぞ」
何と言うか、異世界転移もので良く見かける設定だ。
迷宮がある町。定番中の定番と言っていいだろう。それだけに、異世界転移に少しは夢見ていた者としてみれば、理想の町に近い。
「町はそんなところか。では、続きを話すぞ。面倒だが、いつものように冒険者として活躍する忙しい日々を過ごしていたのだが、ある日、迷宮で転送系の罠に引っかかり、かなり下の階層まで送られたのだ。その階層にいる魔物は一目見ただけで桁違いのレベルだと理解させられた……」
自信が服を着て歩いているような男だというのに、顔に浮かんでいる表情は絶望の二文字だ。思い出しただけで、震えが止まらなくなるぐらいの恐怖を、そこで味わったのか。
「何とか脱出しようと彷徨っている内に、気が付くと何もない巨大な空間に私は立っていた……全面が闇のように黒い空間でありながら、自分の体は目視できるという不可思議な場所で、私は再会したのだよ……女神様と!」
あの教室のように別の空間を作り出して、そこに医角を引き寄せたということか?
それにしては、あの女神なら黒ではなく、純白で色取り取りの花が咲き誇っているステージを用意しそうなものだが。まあ、これは俺の勝手なイメージに過ぎないな。
「突然の再会に驚きを隠せない私の頭に声が響いてきたのだ……そう、麗しの女神様は慈愛の笑みを浮かべ、私に語り掛けてくださった」
その時の光景を思い出したのだろうか。あの陶酔しきった表情が正直、気持ち悪い。
「貴方はもっと強くなれる。選ばれた英雄の器。さあ、こちらに来て私の手を取ってください……そう、仰ってくださったのだ。そして、私に使命と新たな力を授けてくださった。『洗脳』という強力なスキルを!」
スキルを追加で与えられたというのか!?
そんなことができる存在となると、本当に女神という可能性もあるが……。
「私は気が付くと迷宮の入り口に立っていて、新たな力と使命を得て、この村へとやってきたというわけだ」
おっと、考えるのは後回しだ。今は洗脳状態であるということを忘れるな。
「なるほど、素晴らしいお話を聞かせていただき、ありがとうございます。不躾ながら、もう一つお尋ねしたいことがあるのですが」
「いいぞ。面倒だが、お前は従順だからな。聞いてやろう」
「感謝いたします。女神様から承った、使命とは一体どのようなものなのでしょうか?」
大体の予想はつくが、ここで本人の口から確認を取っておきたい。
「ああ、この村に向かい。多くの者を殺し、強くなれと言われたのだ。与えたスキルを活用して、出来るだけレベルを上げろと。そうでもなければ、わざわざ、こんな面倒なことをするわけがない」
レベル上げの為に村人を利用していたのは知っていたが、それすらも女神からの指示だったというのか。
つまり、医角は女神の命令に従い行動を起こしているだけ。手駒、手駒と口にしていた当人が女神の手駒だったわけか。笑えないな。
「医角様は既に、こんなにも強く、昆虫人も大量に倒されました。女神様からの使命は完遂されている様に思われるのですが」
「そうだな。まあ、お前になら話してもいいか。実は私の功績を喜んでくださった女神様が、今日から五日後の夜、村に降臨なされるとの神託が夢であったのだ」
五日後か。三日以内にコックルーと接触しないといけないのだが、そうそう都合よくは事が運ばないようだ。
それでも、思ったより早く女神と再会するチャンスを得た。
倒すことは不可能だとしても、何とか情報を得る手段を考えておかなければ。
「そろそろ、村に着くか。無駄話はここまでだ。言うまでもないが、今までの会話は他言無用だ。わかったな」
「承知しております」
深々と頭を下げながら、内心では全く別の事を考えている。
五日の間に村で情報収集と洗脳の効果を調べ、女神と会話に持ち込む手段を考えておかなければならない。
それに、コックルーにも会いに行かないとな。
やるべきことは山積みだが、明確な目標ができたことが嬉しいというのが本音だ。
まずは、医角に気に入られ信頼されるようになるか……正直、近くに寄りたくないタイプだが、贅沢を言っていられる場合でもない。
「私は一番奥の家で休んでいる。お前は私が呼ぶまで好きにしていろ。但し、村からは出るな。寝床や飯は……おい、お前! そうだ、ガキ。お前だ。何度も呼ばせるな、面倒臭い」
医角が指を突きつけた方向には、10歳前後らしき純朴そうな男の子がいた。
辺りをキョロキョロと見回している子供だったが、周囲の村人は子供と視線を合わせようとせず、全員が厄介事から避けようとしているようだった。
どうやら、洗脳は村人全員に行き渡っていない。それどころか、殆どが洗脳とは無関係なのかもしれないな。
子供は怯えながら近寄ってくると、胸の前で指をもじもじさせながら、黙って突っ立っている。
「こいつは土屋と言う。今日から俺の手下だ。こいつの衣食住を何とかしてやれ。お前が担当だ、わかったな」
「え、あ、あの。僕にそんなこと言われても」
「これは命令だ。逆らうことは許さん。無理なら、他の村人にでも手伝って貰え。お前らも聞いたな! 土屋は俺の手下だ。丁重に扱え!」
周囲の大人たちは関わりを避けたかったようだが、その言葉を聞くと、慌てて何度も頭を上下に揺らしている。
「初めから大人しく言うことを聞け……面倒だ」
そう言い捨てると、医角は村の奥へと消えていった。
少年は黙ったまま、俺を不安そうに見上げている。村人は遠巻きに、こっちを見ているが誰も手助けしようとしない。
医角の立場は、村の救世主と言うよりは厄介者といった立ち位置なのだろうか。
暫く、少年と見つめ合うという間抜けな状態が続いている。
何か切り出してくると思っていたのだが、少年は内気な性格なのか、ただ俺を見ているだけだ。
「いつまで、キミとにらめっこしていたら、いいのかな?」
出来るだけ優しい口調を心掛け、話しかけてみた。
「あ、ええと、すみません。ぼ、僕はマッシーです。あの、住む場所とか良くわからないから……ええと、どうしていいか……ごめんな……さい」
マッシーと名乗った少年は本気で戸惑っているのか。俯いたまま、声を殺して泣きだしてしまった。これは、俺が泣かせた様にしかみえないよな。
「泣かなくてもいいんだよ。ほら、何もしないから、安心し――」
「うちの息子を泣かす輩は誰だあぁぁぁっ!」
ぐあっ、何だこの大声は。
耳を押さえながら声が聞こえてきた方向に顔を向けると、赤く歪んだ怒りの形相で、砂埃を巻き上げながら俺に向かって突進してくる物体があった。
丸々とした肉付きのいい体からは想像もつかない速度で突っ込んでくる姿は、イノシシを彷彿とさせるな。
このまま進めば衝突は免れないので、マッシーから少し離れる。
エプロン姿の巨体は俺とマッシーの間に滑り込むと、荒い息を吐きながら子供を後方に庇い、俺を睨みつけてきた。
「大丈夫かい! 母ちゃんが来たから安心しな!」
「か、母ちゃん、違うん――」
「あんたが、何者かは知らんが、うちの愛しい息子を泣かせてただで済むと思うんじゃないよ!」
「だ、だから、母ちゃんちが――」
肝っ玉母さんと、大人しい息子か。
この様子だと、誤解を解くのに時間が掛かりそうだ。
「いやー、すまなかったね! あんたも先に、そう言ってくれればいいのにさ!」
朗らかに笑いながら、俺の背中を勢いよく何度も叩いている。
あの後、何を言っても聞く耳を持たず、今にも飛びかかろうとしていたマッシーの母を相手に、俺もほとほと困り果てていた。
一触即発の状況で、今度は線の細いひょろっとした中年男性が現れると彼女に優しく
「母さん、ちゃんと相手の話を聞かないとダメだよ」
と語り掛けただけで、母親は嘘のように大人しくなった。
その男性は、悪びれもせずに豪快に笑うマッシーの母に寄り添い、俺に何度も頭を下げている。
「本当に申し訳ございません。嫁がご迷惑をおかけしました。いつもは、もう少し人の話にも耳を傾けるのですが、息子に関することになると、我を忘れまして」
彼はマッシーの父らしく、母親とは真逆の痩せ形で穏やかな男性だ。
「ごめんなさい。僕がちゃんと話せなかったから……お兄ちゃんが困ったんだよね?」
「急に知らない人を任せられたら困るよな。俺の方こそ、ごめんな。これから、仲良くしてくれるかい?」
「あ、うん。お兄ちゃん、よろしく、お願い、します!」
マッシーが元気に返事をしてくれた。
さっきまでの泣き顔が嘘のように、無邪気な笑顔を見せてくれている。
「しっかし、あの医角って男は信用ならないねぇ。村長さんとこの一家や道具屋のアイムなんかは、気持ち悪いぐらいに信頼しきっているけどさ」
「か、母さん。土屋さんの前でそういうことは……」
「あらやだ。あんたも、あの男を崇拝している感じかい?」
旦那はその発言の危険性を理解しているのだろう、何とか黙らせようとしているのだが、母親は悪びれることなく、俺に問いかけてきた。
どうするか。俺は今、洗脳中という設定だ。ここで、医角の味方をするような発言をすると、彼らから情報を聞き出せなくなる。
だからといって、完全に否定すると、その情報が他者に伝わった場合、洗脳状態でない事が医角に伝わる危険性がある。
周囲に目をやると、一見誰もいないように見えるが、数人が近くに潜んでいる気配を感じる。医角が俺を疑って、見張りを付けたというわけではないと思う。
たぶん、洗脳状態の村人に村の様子を調べさせているだけか。
この距離……小声なら大丈夫だが、少し大きな声なら聞き取られてしまうか。
「私は、医角様に命令されたら動くだけの駒です」
そう、はっきりと口にすると、周辺の気配が遠のくのを感じた。
どうやら、敵対する意思はないと判断してくれたようだ。
「やっぱり、あんたも、あいつらと同」
「ということになっていますが、他に目的があって従っているだけですよ」
母親の声に被せるように、俺が小声で伝えると、三人が目を見開いて俺を凝視している。流石、親子、表情がそっくりだ。
危険性はあるが、彼ら親子を味方に引き入れる道を選ぶことにした。
内気な子供と利発そうな父親は問題ないと思う……が、母親だよなぁ。見るからに、お喋り好きそうだ。彼女さえ迂闊に口を滑らさなければ、この村での情報収集も楽になるだろう。