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たましいとからだ

作者: 武ナガト

一部、登場人物の語る言葉を不快に思う方がいらっしゃるかもしれません。


不快に思われた方には前もってお詫び申し上げます。

 賃貸の古びた一軒家にて事件は起こった。


「んーっ! んーっ!」


 屋内で一人の青年が声にならぬ声を上げている。青年の口にはガムテープがグルグル巻かれていて、一見すると喋れる状態ではない。


「お目覚めね。縄で椅子に拘束されている理由をあなたは知りたい。違う?」


 縄で縛られた青年の正面に一人の女性が立っている。青年がなおも声を張り上げようとしているなか、女性は青年を見下ろしていた。


「私、これからあなたを殺すの」


 女性は手に持つ包丁を青年の頬へピタピタと触れさせる。それを受けてか青年の動きが止まった。

 青年の静止を見たからか女性は和やかに微笑む。


「どうして殺すのかとあなたは尋ねたいのでしょうね。それも見ず知らずの私が」

 女性は包丁の峰をなぞりながら言った。


「私、あなたのことが好きなの。だから殺したいのよ」


 殺したい、の言葉が女性の口から発せられると、青年は椅子の上で激しくもがいた。

 それを見る女性の眼光が鋭さを帯びる。


「私、あなたをずっと見てきた。一年間いつも。それなのに、あなたは私に気づいてくれなかった。悲しかったわ。だけど、それは仕方のないことよね。だって――」


 女性は青年の目をしっかりと見据える。そして、


「私、幽霊だもの」

 と加えた。


 青年は目をしばたたかせている。もがきは終わっていた。女性の発言に虚を付かれたためかもしれない。


「今のあなたは私を疑っている。私が幽霊のはずはない、肉体を持っているじゃないか、といったところかしら。肉体がある理由は簡単よ。この体は私のものじゃない。私はこの女性の体に乗り移っているだけだもの」

 女性はさらに続ける。


「死を望んでいる人間というのは肉体と魂が離れやすいもの。この肉体の女性もそうだった。彼女は自殺するために湖に入水した。そして肉体が死ぬ前に魂が抜け出たの。私はそれを頂戴したってわけ」


 女性は言い終わると青年から離れて、近くにあるソファに腰を落とす。そして包丁をテーブルの上に置いた。


「こんな具合に魂と肉体は離れられるものなのよ」


 直後、座っていた女性の体がソファに横倒しとなる。目は開いたままであり、口は半開き、体全体は重力に身をまかせるといった風にぐったりと倒れ伏してしまった。


 やがて女性の体から白い煙のようなものが立ち昇る。しばらくすると白い煙は人間の女の形になった。それは倒れている女性とは異なる形である。肉体の方は小太りだが、煙の方は女性的な曲線美が備わっていた。


「あなたは今の私を視認できない。そして声も聞こえない。悲しいわ」

 白い煙は青年に近づき顎をさする。


 煙に顎を撫でられているなか、それでも青年は倒れている女性の肉体を見つづけていた。白い煙に視線が定まることはない。


 しばらくすると白い煙は倒れている女性の肉体へ戻っていく。煙が入り込むと、ソファに横たわっている女性の体が起きた。


「わからなかったでしょ? こんな風にあなたは私に気づいてくれなかった。だけどそれでもよかったの。あなたには恋人がいなかったから……。私だけのあなたでいてくれた」

女性は再び包丁を握る。青年はまたも椅子の上で身をよじり始めた。


「あなたは女性からの交際を常々断ってきたわね。私は不思議だったの。こんなにも素晴らしい人がなぜ付き合わないのだろう。そこで私は考え、悟った。これは運命なんだ。これは私とあなたしか結ばれてはいけないという天の意思なんだと」

 しばし上方を眺めていた女性の視線は青年へと下りていく。


「あなたの顔が好き、声が好き、気配りができる繊細さが好き、小物好きなところが好き、優しさが好き、自分を語りたがらない秘密主義なところが好き、好き好き好き好き好き好き」

 好きの連呼が屋内を満たす。


「だけど、あなたは私を裏切った」

 青年を見つめながら女性は歩み寄っていく。


「あなたは女性とは付き合わなかった。けど、男性と交際し始めるなんて! 同性愛なんて絶対に認めない! 私は男なんかに劣らない!」

女性は首を勢いよく横に振りながら叫ぶように言っている。


「私は女としてのプライドが傷ついた。でもあなたを今でも好き。だから決めたの。プライドを傷つけられた報復としてあなたを殺す。そのあと幽霊として一緒に暮らそうと……。同性愛なんて幽霊になってから私が正してあげる」


 包丁が女性の目線にまで持ち上げられる。電灯の明かりを受けた包丁の刃が光った。


「さあ、一緒に暮らしましょう」


 女性は青年の胸を刺した。何度も何度も繰り返して刺し続けた。

 青年は血に染まりピクリとも動かなくなる。刺された当初にあげていた悲鳴も今は発していない。


「あとは霊体が現れるのを待つだけね。楽しみだわ」


 女性は地面に崩れるように倒れた。体から白い気体が立ちこめる。

 一方、青年からも白い煙が昇り始めた。

 やがて青年の体から浮かんだ白い煙は少しずつ人の形に収まりだす。


 長いまつげ、小ぶりな肩、豊かな胸。

 青年の煙は、女性的な形で固まった。

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