笹だんご(改)
小さな待ち合い室の椅子たちが押し黙っていた夕刻の病院
二階に上がって
面会人の名簿に名前を書いていると
妹の名前が沢山見えた
父の面倒は妹にまかせっきり
父がいる病室のドアは開け放れている
父は窓際のベッドに座っていた
妹に頼まれたパジャマと下着と髭剃りを椅子に置いた
「久しぶり、元気そうじゃない」
父がだいぶ小さく見えた
「いや昨日までは腹が痛くて大変だったよ。今日からやっと少し楽になった」
「まだ検査中なんでしょう」
「うん、今朝は胃カメラを飲んだ」
「そうなんだ」
「1週間も何も食べれなかった。やっとさっきお茶を飲ませて貰えたよ」
そう言って笑った父
もう私は父に対する攻撃的な気持ちはない
許すとか許さないとかそんなのどうでもよくなっていた
私は昔から父が嫌いだった
自分勝手で責任感など全くない父
嫌なことはすべて母に押し付けて
母はいつも父の尻拭いをしていた
私はそれが許せなかった
父に甘えた記憶などない
素直じゃない私を父も嫌いだったのだろう
妹をとても可愛がっていた
なぜ母は父と別れないのだろう
いつもそんなことを考えていた
「笹だんごを田舎から送ってきたから食べたんだ」
「ふーん、一人で?」
「うん、旨かった、食べ過ぎたよ。それがいけなかったのかな……」
窓から風が流れてくる
中途半端に下げたブラインドがカタカタ揺れている
母が死んでしまってから私たちは親子の仮面をつけている
一人になった父が憐れに思えた
でもこんなに会話をするのはきっと初めてだ
「夜は眠れてる?」
「今日は眠れそうだな」
6人部屋で空のベッドは4つ
静かな空間に会話の音が浮かんでは消えて微かに空気が震え出す
「帰るわ、また来る」
「そうか、ありがとう」
病室を出ると
うっと噎せる
行き場のない匂いが体に張り付く
結局人は否応なしに成長させられている
時間にどんどん押され続けて
世間にますます押しつぶされて
無数の抜け殻だけを残して
生身のからだはここまで引きずり出されてしまった
父も私も
名前も知らない大きな木のざわざわ揺れる葉の中に
私はわだかまりを投げ込んだ