親友はむっつり睨む
そうじたかひろさんと霧友さんが共同主宰された短編企画『もしかして:かわいい』に参加させてもらって書いたものです。企画概要は『かわいい高校生の女の子を書く』というもの。よろしければどうぞ。
友達は選べ、とは言うけど、その通りにして損をする人は多いんじゃないかと思う。第一印象があまり良くなくても、人となりをよく知れば……っていうのはドラマや漫画でもよく見かけるし、何より、光がいい例だ。
「ミツ、帰ろ」
放課後、私が前の席に座る光に声をかけると、彼女は黙ってこちらを振り向いた。
ぎょろっとした目が大きく見開き、私を見る。こっちを睨んでいるように見えるが、これがこの子の普通だ。こういう目を三白眼って言うらしいけど、私にはもう見慣れたものだ。光はこの目付きと、あまり喋らない性格のせいでいろんな人から怖がられている。
光は黙って私を見上げ、ほんの少し顎を引いた。これが彼女の「はい」だ。
「今日どこか寄る?」
私はわざと、「はい」や「いいえ」では答えられない質問をした。光になるだけ喋って欲しいからだ。
光は眉根を寄せた後(こういう不満げな表情は露骨に表す)、頭上を指差した。ちょうど上の階には美術室がある。
「あ、そういやまだなんだっけ?」
私は光が美術の課題である絵をまだ仕上げていないのを思い出した。光が再び顎を引く。
「んー、しょうがないなー。なら付き合うよ」
光がまた顎を引いた。
三白眼で吊り目気味。おまけに無口で、何を考えているのか分からない。光の特徴を聞けば、大半の人がこう答える。だから彼女はクラスで浮いていて、そんな子だから私は彼女と接してみた。なので、私は彼女が評判ほど悪い子じゃないのを知っていた。
確かに顔はおっかないけど、慣れると表情が読み取れて、愛嬌のある顔に見える。殆ど喋らないのは内気な性格だからで、別にいつも怒っているからじゃない。
だけど光は今でも周りからおっかない子だって思われてる。私は何とかしたいんだけど、言った所で誰も信じないだろうし、光自身も誤解を解こうという気はないみたいだ。となると、私に手の出しようがない訳で。
「困ったモンだね」
私は思わずそう呟いた。光が眉をひそめて私を見る。
「ああゴメン何でもない。続けて」
光は首をかしげたが、すぐにイーゼルに乗せたキャンバスへと目を戻した。手にした筆をパレットに伸ばし、筆先に絵の具をつけると、キャンバスに筆を走らせていく。さっきからずっとこの調子だ。
美術室には私達以外、誰もいない。広い室内の中で、光が絵の具を塗る静かな音と外からの葉のこすれる音だけが流れていた。木製の棚に並ぶ首だけの石膏像が、じっと私達を見ている。
ちなみに私は絵のモデル。椅子に座ったままじっとしているというのも、なかなかに疲れてくる。しばらく経った頃、私は光に尋ねた。
「ミツー、まだー?」
光はぎょろっと私を睨んだ後、静かに首を横に振った。
「オーケー」
私は再び背筋を伸ばし、椅子に深く腰掛けた。
しばらくの間、私達は何も言わなかった。光は黙々と筆を動かし続け、私はキャンバスの裏をじっと見続ける。
……そういえば私は、光の描いた絵を見た事がない。前もその前も、光は課題の絵を出す時は先生以外の誰にも見られないように裏向けで出していたのだ。描いてる所も見せてもらった事がない。
うまいのかな?下手でもいいけど、不細工に描いて欲しくはないかな。ピカソみたいなのは嫌だけど、それはそれでおいしい気もする。待てよ、案外顔が見切れてるのかもしれない。私身長高いし。顔が見切れるのは別に構わないけど、そうなったら絵のタイトルはどうなるんだろ?「巨女」?いやいやそれはないよね。ていうか嫌だ。気にしてるのに。
それにしてもいい天気。窓から差す日があったかくて、何だか体が重たくなってきた。まぶたも重いし、でも何だろう、いい気分……
気付くと、大分時間が経っているのが分かった。窓から差す日が紅くなり、美術室に落ちる影は濃い。窓枠の影に切り取られた美術室の光景は、息苦しさよりもむしろ安心感を感じさせた。
「……っと、寝ちゃった。ミツ、できた?」
光は依然キャンバスを睨んで筆を持つ手を動かしていた。真剣な眼差しは陰影が濃くなっているせいで、その眼光がいっそう強く見えちゃっている。ただ、それだけ光が真面目に絵に取り組んでいるのも分かった。もう少し待とうと思い、私が座り直そうとしたその時、光がぎょろりと私を見た。刺すような強い視線だ。
「……え、動くな?」
視線で彼女の言いたい事を聞いてみると、彼女は黙って顎を引いた。
何のこっちゃ。まあ楽な姿勢だしいいか。
そう思ったのも束の間、光も窓の外を見て立ちあがった。美術室の隅にある流し場へ行き、筆とパレットを洗い始めた。蛇口から水がえんえん流れる音と水しぶきを散らす音とが静かな室内に響く。
ああ、やっぱりもう帰るよね。遅くなるし。
私も席を立った。
「それじゃ帰ろっか」
光は振り向かず、黙って顎を引いた。
光が道具を洗っている間、私は沈黙を持て余してしまい、話題を探そうと口を開いた。
「絵、見ていい?」
光は黙って首を横に振った。
「何で?」
光は答えなかった。聞いた途端光の手は妙に速く動き、水の跳ねる音が一段と騒がしくなった気がした。
怒ったのかな?……やっぱり、迷惑なのかなぁ。
時々、私は光にいらないおせっかいを焼いてるんじゃないかとも思う。光はほとんど喋らない子だから、本当は放っといてほしいのを言わないでいるのかもしれない。友達面して近寄る私が邪魔なら、はっきり言えばいいのに。
私はキャンバスの方へ目を向けた。裏の、ちょうどイーゼルの影になっていた部分に貼られたシールが見える。それには光の名前と、絵の題名が書かれていた。
最初見た時、私は喉から変な声が出かかった。それを呑み込み、改めて題名を見る。
ほう……、ほほう?
思わず、そんな言葉が漏れそうになった。
全く、嬉しい事書いてくれるねぇ。
「ねぇ、ミツー?」
私はわざと声を弾ませた。光が水を止めて私を見る。思いきり怪訝な顔をしている彼女に「見ちゃった」と言ってみた。
もう、見もの。
みるみる内に光の顔が赤くなって、目が潤みだす。恥ずかしがってるのが一目で分かった。濡れたままの画材を持った両手を私に突き出し、ずんずんと歩み寄ってくる。光は小柄で私は大柄だから、ちょうど胸元の位置に光の顔が来る。光は私の間近まで来て、恨みがましい目で私を見上げてきた。何か文句を言いたそうだけど、言葉が思いつかないのか開きかけの口をもごもごさせている。はっはっは、迫力ないよキミィ。
「ごめんごめん、何かおごるから許してよ。ね?」
私は光の頭を手のひらで軽く叩いて彼女をなだめた。光は不服そうに私を睨むが、頭に乗せられた手をどけようとはしない。
やがて光は目を伏せ、しぶしぶといった体で流し場へと戻った。手早く道具を洗い終えると、大股でイーゼルに近づいて絵をしまい始める。
「絵は見てないよ。タイトルだけだってば」
光は手を止めず、厚い布をかけた絵をそのまま自分のクラスの棚に差し込むと、光は道具を鞄に入れて大股で美術室を出て行った。私も急いでその後を追った。
後日、光の描いた絵は先生の意向でコンテストに出品された。だから私はもちろん、多くの人がその絵を見ることになる。淡い色使いで描かれたその絵は「わたしのともだち」なんて題で、それからしばらく光は私の顔を見ようとしなかった。気持ちは分かるけどね。私も恥ずかしいし。寝顔を描かれるなんて思わなかったもん。
ただ、皆の光を見る目がこの件でちょっとだけ変わったみたいから、まあいいか。
ドラスティックによろしく