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移動国境

笑いの効用

作者: 風羽洸海

シリーズ表題作の短編『移動国境』(http://ncode.syosetu.com/n0247y/)の番外です。

そちらを読んでいないと分からない内容かと…。

ド田舎の国境警備隊兵営に赴任してきた変人隊長が、隣国側兵営の堅物隊長相手に、日々小咄で親睦を深めようとして空回っている話。


 国境の教会を挟んで向こう側、お隣と言うには少し遠いけれど、それでもまともに人が住んでいる建物としてはその兵営が一番近いわけだから、やっぱりお隣さんなわけで。


「せっかく近くに越して来たんだから、仲良くしたいのになぁ」


 近所付き合いに心を砕く新任の辺境警備隊長、ヘイワーズはため息をついた。

 戦時下だとはとても思われない、のどかな田舎の兵営である。向こうの兵営だって、軍とは名ばかりの規模で、毎日やっている事もこちらと大同小異。

 演習と呼ぶのも憚られる、ほとんど『体育の時間』のような訓練。近所の見回り、と言ってもあまりにド田舎なので盗人ひとりいなくて村人の畑仕事を手伝うのが関の山。

 そんな退屈な日常に、


「笑いという潤いをもたらそうという、健気な新任隊長の心がけを、どうして分かってもらえないのかなぁ」


 はあぁ、と深いため息をついた隊長に、部下の一人が苦笑をよこした。


「仕方ないですよ、あの御仁はマハ人がお嫌いみたいですから。……というか、おしゃべりが嫌いなんでしょうね。なんでも、社交辞令が言えなくて左遷されたらしいですよ」

「頑固一徹……」

「そういうことです。まかり間違っても、戦時中の兵営で小咄大会だなんて許せない、ってとこでしょうね」


 そうでなくとも隊長の小咄は時々すべるし、とは口に出さない心の声。

 だが気心の知れた隊長は、それさえも聞き取ってしまったらしい。


「うーん、やっぱりネタが古いのかな。それとも、マハの郷土色が強すぎてお堅いリーディア軍人さんは蕁麻疹が出ちゃうのかもしれない」


 真剣にそんなことを悩む隊長を見やり、部下は一抹の不安をおぼえた。あの麦藁色の頭に詰まっているのが、本物の干し草でなければ良いのだが。


「いいじゃないですか」

 また妙なことを考え出されない内に、と、彼は意図的に軽い口調で言った。

「あっちの兵営でも、ナハト殿以外は隊長の小咄を楽しみにしているようですし、一人ぐらい笑わない御仁がいても、本人の自由にさせておけば」

「何も無理に笑えと言ってるんじゃないよ。でもね、笑いは心にも体にも良いんだって話があるだろ。そうでなくとも、いつもむっつりしてたら、いかにも胃の腑や心の臓を傷めそうじゃないか。それが心配でね。私はナハト殿に、気持ち良く笑ってもらいたいんだよ」

「……お優しいんですね」


 なんとか嫌味にならないように言い、部下はそれきり口を閉ざした。

 たしかにうちの隊長さんは優しい、優しいが……相手がどう思っているかについては、いささか無頓着なきらいがある。世間ではそういうのを、余計なお世話、という。


「よし」

 不意に決心し、善意あふれる隊長はすっくと立ち上がった。

「村の人に、地元の小咄を教えてもらおう。確かマージさんとこのおじいさんが詳しいって話だっけ。あ、でもそのマージさんから頂いたケーキがあったっけ……ごめん、お裾分けをあっちに持って行ってくれるかな?」

「そりゃ、構いませんけど」


 小咄の仕込みなんていつでもできるのだから、後回しにすれば良いだろうに。部下はそう言いかけたが、ヘイワーズの方はもうすっかり予定を決めている。思い立ったが吉日、善は急げ、というわけだ。

 部下は苦笑を堪えながら、半分に切り分けたケーキを布巾に包んで手提げ籠に入れた。



 そんなわけで。



「こんにちは、お邪魔します」


 コンコン、とノックしながら声をかけると、すっかり見慣れた仏頂面があらわれた。そして、やって来たのがマハ兵ひとりと見ると、胡乱げに眉を寄せて辺りを見回す。おつかいのマハ兵はなんとか失笑を堪えた。


「隊長はあいにく用事があって来られませんので。ケーキのお裾分けだけ、届けに来ました。皆さんでどうぞ」

「…………」


 差し出された籠を、ナハトはやや呆然とした態で受け取った。そして。


「そうか、奴は来ないのか」


 呟くなり、ほーっと深く息をついた。うつむいたその表情が緩み、眉間の皺が取れる。

 顔を上げたナハトを見て、マハ兵は驚きに目を丸くした。

 なんとまぁ、すがすがしく晴れやかな笑顔であることか!


「わざわざすまんな、うちの連中が喜ぶだろう。一休みして行くか?」


 別人のように親切な言葉をかけられて、マハ兵はうろたえた。

 なんだこれは。もしや届け先を間違えたか? しかしここは辺境のド田舎、間違えたくとも間違えられるほどの人家はない。とすれば、いたずら狐に化かされているのか。そういえばそんな小咄があったな……


 ぐるぐると思考が無軌道に走り回る。そのまま彼はふらふらと兵営に誘われ、気が付くと紅茶を頂いていたりなどした。

 その目の前で、相変わらず穏やかな表情のナハト隊長が、ケーキをめぐる部下たちの他愛無いおしゃべりを聞いている。時に小さく笑いさえして。


(……ヘイワーズ殿に何て言おう)

 あなたが行かない方がナハト殿のご健康には良いようですよ、とか?

(きっと信じないだろうな)

 いや、たとえ信じたとしても、あの無駄な頑張りをやめるとは思われない。どちらにしても、結果は同じだ。

(なんとかして隊長がこっちに来る回数を減らさせないと、悪いよなぁ)


 あれこれ悩みながら帰路に着いた彼だったが、自分が去った後でどんな会話がなされたかを耳にしたら、がっくり脱力していたかもしれない。

 というのも……



「いやぁ隊長、ヘイワーズ殿には世話になりっ放しですなぁ」

「ケーキは村人の厚意だ。奴の世話になどなっとらん」

「だけど俺たちは助かってますよ。ヘイワーズ殿がこっちに来るようになって、隊長、ずいぶん穏やかになったじゃないですか」

「……なに?」


 怒りまくりこそすれ、穏やかになったなどと言われるとは予想外で、ナハトは顔をしかめる。が、部下たちは揃ってうんうんとうなずくばかり。

 不可解な顔になった隊長に、部下たちはけろりと笑って言った。


「以前はとかく規律に厳しかったですけど、ヘイワーズ殿が隊長の雷を一身に引き受けてくれているおかげで、我々の方に落ちることが少なくなりましたからね!」

「違いないや。前はこんな冗談、本人の前で口に出せるもんじゃなかったからな!」


 あはは、と巻き起こった笑いに、当の雷隊長が加わる道理もない。笑みを浮かべはしたものの、その奥歯は噛みしめられてぎりぎり音を立てている。

 兵たちが笑いやむのを待って、怒号一喝。


「全員、表へ整列ッッ!!!」


 久々に落ちた盛大な雷に、しかし兵たちは首を竦めただけで縮こまる様子もなく、目には笑いを浮かべたまま命令に従ったのだった。



 なお後日、新たなネタを山ほど仕入れてきた避雷針隊長に、前代未聞の特大雷が落ちたことは、言うまでもない。



(終)

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