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「……葉月?」




そうだと分かっていながらも、そうじゃないと無意識的に思い込みたいのだろう目の前の男から零れた自分の名前。





私は、視界に広がる光景に、半ば呆然として目を見開いた。






……さぁ、今の状況を確認してみよう。





はい皆様、右手をご覧ください。

今の若い子には珍しく、自宅電話があります。

それはここの家主が、自宅ワークの人間だからです。

来る度に整理して帰っても、メモしたものを散らかしてしまう家主に、軽く殺意を覚えています。

もう成人して五年もたつんだから、職業柄仕方ないとかいう子供の言い訳を吐くのはやめて欲しいと最近思っていました。




はい皆様、左手をご覧ください。

ダイニングテーブルの上に、飲みかけのワインボトルとグラスが三つ、そして小さな箱が見えます。

綺麗にラッピングされたその小箱は、きっと今日渡すために作られたメーカーの陰謀と策略の詰まった甘い甘いバレンタインチョコだと思われます。




はい皆様、最後に目の前をご覧ください。

あ、駄目ですよお客様。現実逃避したくても、把握だけはしておかないと!

理解するのは後でもできます。



はい。

目の前では、自分が付き合っていると思われたここの家主(男)が、ソファ(十万円位する本革ソファー)の上で男に組み敷かれています。

家主(男)は可愛いお顔をしているので、見た目的にはあまり問題ないですね。



首から上だけ。

首、からっ、上、だけ!



下を見れば、細くても確実に男と分かる体躯が続いていますので、性別は分かるというものです。




要するに。

自分の彼氏が、男と致す寸前?

いや、もうぎりぎりアウトか?




――取り合えず。理解、した。





「今日、この時間、私に、ここに来るように言ったのは……」



殊更、丁寧に言葉を紡ぐ。

いつもなら、いろんな言葉を使って人を言い包めてくる目の前で組み敷かれている男は、全く声を上げない。


あら、私ってばここに来てから、名前しか呼ばれてませんが?



「別れたかった、そうとっていいわけね」


「え、ちょっ……はづ……っ」



口を開きかけた目の前の男を、微かに笑んで目を細める。

私の威圧感に気圧されたのか、開いた口をそのままに呆然と固まった。

まぁ、可愛い。

いつもの余裕綽々なお顔が、可愛そうなくらい真っ青ですよ?



「理解したから」



そう最後通告を口にすると、私は鞄の中から徐に一つの包みを取り出した。

落ち着いたダークブルーの包装紙に包まれた、悪く言えば飾り気の少ない、よく言えば高級感の漂う箱。

びりびりと躊躇することなく包装紙を破いて、中身を掌にあけた。


最近のチョコは、おいしいけど高い。

二千円以上しても、たったの四つしか入っていない。


私は目の前の男を一瞥すると、掌のチョコを一気に口の中に放り込んだ。


「あっ!」


上がった声は、確実に家主だろう。

それはそうだ。

このチョコが食べたいと駄々を捏ねられて、わざわざ仕事帰りに買いに行ってきたのだから。

なんだ、別れるくせにチョコは寄越せって?

あんた私の事なめてる?


思いっきり口を動かしてチョコを一つも残らず咀嚼すると、テーブルのワインボトルを手に取って勢いよく煽った。


「うぇっ」


あー、今の声は家主じゃないな。

人の彼氏とったんだから、ワイン位許しなさいよ。



ボトルに残っていた……っていっても、グラス半分くらいしかなかったワインを飲み干して、テーブルに戻す。



トン……



ボトルがテーブルに当たる音が、静かな部屋に響いた。




「じゃ、そういう事で」


くるりと玄関に向かって歩き出した私の耳に、後ろからものすごい音と共に家主の声がやっと言葉を発した。

私の名前以外で。


「って、待てって葉月! 何自己完結して……っ」

「自己完結?」

「……っ」


我ながら、とても素敵な声がでたと思う。

地を這うような? 魔王降臨? あ、私ってば女だからちょっと違うか。


顔を斜めに傾けて、後ろに立つ家主に鋭い視線を向けた。



「蓮。もう一度言おうか。私は、理解、したから」

「だから! ちょっ、待て!」

そう言って肩を掴もうとした手を、素早く身を引いて避ける。

「触らないで」

「……っ」



冷たく言い放つと、私は蓮の部屋を後にした。


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