表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
邂逅編
97/359

約束



 令司が振り下ろした刃はメイジの額に刺さってからほぼ垂直に下り、彼の鼻頭と下唇をなぞった。胸の中央も引き裂いて、腹の真ん中辺りでようやく止まる。落雷の如き鋭い一閃だった。


 ただ、その一閃は勝負を決する一撃にはならなかった。メイジは攻撃を受ける直前、地面に尻を擦って後方へ退いていたのである。それがなければ今頃彼の頭蓋骨は粉々に砕かれていたかも知れない。令司があと一歩深く踏み込んでいたとしても同じ事が言える。


 メイジは初めて真面目な顔つきをした。頬の筋肉がどことなく不機嫌そうに歪む。即座の回避行動でダメージを軽減したとはいえ、並の人間であれば重傷、最悪命を落しかねない深手を負わされたのだ。彼は今、多少なりとも本気になったのかも知れない。


「二人とも、そこまでにしろ」

 樹流徒は珍しく声を荒らげる。戦いを止めるのは今だと判断した。このまま両者を争わせ続けたら、いつどちらが死に至ってもおかしくない。それは彼らの戦いぶりを見ていれば火を見るよりも明らかだった。体を張って2人の命だけは死守しよう……などという認識が、どだい甘かったのだ。


 しかし令司は制止の声を振り切る。もしくは完全に無視した。

 彼は両腕を天に掲げる。次こそ確実に相手の息の根を止めるつもりなのだろう。

 メイジはジッとしていた。観念している風ではない。樹流徒の不安をよそに、まるで対岸の火事を眺めるような危機感の無い眼で、頭上に輝く刃を見つめていた。


 樹流徒は、こうなったら実力行使で停戦に持ち込むしかないと即決して、駆け出す。

 瞬間、無情にも令司の腕がしなった。


 が、刀身はたった数センチ空を切り裂いただけで静止する。令司が自ら攻撃を中断した。樹流徒の声に心を動かされたのだろうか。


 違った。彼がトドメの一撃を躊躇ったのは、敵が動きを見せたためだった。

 メイジの体がまたもや変色を始めたのだ。それにより、令司は本能的な警戒心を働かせ、勝利に(はや)る気持ちを咄嗟に押さえ込み、攻撃を中断したのだろう。彼が戦いにおいて根っから慎重な男である証拠だった。

 結果として、メイジは攻撃を受ける前に変身を完了させる。体表の色が青から緑に変化した。背中から六本の(つる)が飛び出す。最初に見せた、蜘蛛人間の姿になった。


 勝機を逸した令司は舌打ちと同時に刀を振り下ろす。もし、初めから迷い無く両腕を振り抜いていれば、今頃はメイジを仕留めていたかもしれない。

 先の攻防では自らの冷静な決断で形勢を逆転した令司だが、今回はその優れた判断力が却って仇となってしまった。一見すれば、そういう図式だった。


 だが、果たして本当にそうなのだろうか。もしかすると、令司は見事にしてやられたのではないだろうか。メイジが、相手の洞察力と用心深さを逆手に取ったのではないだろうか。

 樹流徒にはそう思えた。アイツならやりかねない。メイジは昔からそういう事(・・・・・)に関しては悪魔的な才能があった。考えると、全身に悪寒が走る。


 その間にも戦いは続いていた。刀を振り下ろした令司の前に六本の蔓が飛び出してメイジを守る。

 令司が打ち下ろした一閃は、蔓を三本まで切断したが、四本目の途中で止まった。メイジに攻撃を防がれる。加えて令司にとっては不運なことに、刃が蔓にしっかりと食い込んで外れなくなってしまったようだ。


 彼は再び武器を捨ててその場からの離脱を図る。英断だった。ただ、それは無意味と化す。

 メイジの行動がわずかに早かった。彼は令司が逃げるよりも早く、切断されていないニ本の蔓を動かして獲物の首と腕をそれぞれ拘束したのである。


 令司は、腕に絡みついた蔓に掌を当てた。そこから光と爆風を放ち、吹き飛ばす。

 彼の抵抗はそこまでだった。刀に斬られた蔓が早くも再生を完了して令司の両腕を封じる。最後には六本全ての蔓が彼の四肢と首と胴体に巻きついた。


 令司は激しく暴れるが、敵の力に逆らえない。脱出する術も無いらしく、完全に拘束された。

 メイジの体に刻まれた刀傷が徐々に癒えてゆく。謎の繊維が彼の傷口を塞いでゆく。蜘蛛人間の姿に変身しているあいだのみ再生能力を発揮できるらしい。


「オマエ、まあまあ楽しませてくれたぜ。採点するなら百点満点中六十点てトコだな」

 メイジはそう言い終えたのと同時に、がら空きになった相手の腹に拳を打ち込む。

 身動きが取れない令司は声を殺して苦い表情をした。

「ちなみに前の二人(・・・・)は合計七十点くらいだな。点数配分が知りたきゃ後で聞きに来てもいいぜ。ただしオマエが生きてればの話だけどな」

 メイジは笑ってもう一発ボディブローを放つ。前の二人というのは、考えるまでも無く仁万と渡会のことを言っているのだろう。


 最早一方的な展開だった。メイジは抵抗しようのない相手の顔、腹、足を次々と蹴って殴る。凄惨な私刑(リンチ)だった。

「よせ。もう勝負はついている。それ以上やると死ぬぞ」

 樹流徒はメイジの元へ駆け寄った。これ以上の戦いは無意味だ。いや。樹流徒の立場からす初めからこんな戦いは不毛だったのである。

「あ? 寝呆けてんのか樹流徒? オレは最初から殺すつもりでやってンだが?」

 メイジは肩を揺らしク、ク、クと笑う。

「止めないなら僕がお前と戦う」

 樹流徒は鋭い視線を相手に向ける。ただしハッタリだった。メイジが戦闘を拒んで令司を解放してくれる事を望んでの行動だった。


 そんな樹流徒の思いを知ってか、知らずか

「ふうん……面白そうじゃん。そういやオマエと殴り合いの喧嘩なんてやったこと無かったよな」

 メイジは蔓を伸ばして令司を目一杯高い位置まで持ち上げる。そこから勢い良く彼を放り投げた。

 投擲(とうてき)された青年に意識はあるのだろうか。彼は受身を取らず地面に叩きつけられ、一回、二回と跳ねて止まった。そのまま動かなくなる。

「さぁ。思い切り遊ぼうぜ樹流徒。珍しくオマエの方から誘ってくれたんだからな」

 メイジは邪悪な笑みを浮かべる。樹流徒ですら余り見たことの無い顔だった。


「本当に戦う気なのか?」

 樹流徒は身構え、間合いを取るために後ろへ跳んだ。

 信じたくない状況だが、こうなったらやるしかない。メイジを殺さないように戦闘不能にする。可能かどうかは別として、そうせざるを得ない展開だった。戸惑いと決意が樹流徒の胸中で交錯する。


 と、この場面で一体どのような心境の変化があったのか。メイジは急に浮かない表情をして、頭の後ろを掻く。

「あー……。やっぱやめるわ」

 緑に染まっていた体が、元の肌色を取り戻した。彼は完全に人間の姿に戻った。数秒前まで狂気に満ちていた顔もすっかり気だるそうになっている。余りにも急激な変化だった。

 樹流徒は構えを解く。相手がメイジがだから然程驚きはしなかったが、別の誰かが同じ行動を取ったら半ば呆気に取られていただろう。


 人間の姿に戻った青年は、肩と腕をダラリと下げる。潮風になびく黒衣は、良く見れば戦闘で損傷した部分がいつの間にか修復している。不思議な衣類だった。現世の素材で作られた物ではないだろう。

「オマエと遊ぶならもっと派手なステージにする。こんな場所でやってもつまんねェ」

 メイジは言葉通り退屈そうな面持ちをする。


「僕は戦うよりも、お前と話がしたい。色々聞きたい事がある。今まで何をしていたとか、その体についてとか」

「ふうん……。いいぜ相棒。じゃ、後で別の場所で会わないか?」

「なに?」

「折角オマエに免じてサムライ野郎は生かしといてやったんだ。今すぐ持ち帰って治療でも受けさせたらどうだ?……って提案してやってンだよ」

 “持ち帰って”。まるで令司を、或いは人間を物扱いするような言い方だった。

 樹流徒は眉を寄せたが、今はメイジと口論している場合ではなかった。


「分かった。それじゃあ後で会おう。どこで待ち合わせをする?」

「北高とかどうよ?」

 メイジは即答する。予め話の流れを分かっていたみたいに早い回答だった。


 北高というのは『県立龍城寺北高等学校』の略称で、樹流徒とメイジが所属している学校である。今となっては「かつて所属していた」と言うべきかも知れない。

「オレたちが会うならあの場所が相応しいと思わねェか?」

「ああ。それでいい」

 樹流徒は迷わず是認した。本当だったらメイジを連れてイブ・ジェセルのアジトまで案内したいところだが、仁万と渡会を襲撃した一件が有る限り、それは不可能である。


 或いは組織と協力関係を切ってメイジと行動を共にする……という選択肢も無くはない。

 だが、仮にそうするにしても組織のメンバーに事情を伝ておくのが筋だし、何より負傷した令司をこの場に放って置く訳には行かない。どの道アジトへは戻らなければいけなかった。


「待ち合わせの時間は今から二十四時間以内。その間、オレはずっと校内で待っててやるよ。暇を潰す方法は幾らでもあるからな……。あ、だからって遅れンじゃねェぞ」

 最後にそう言い残して、メイジは踵を返す。

 彼はどこかへ向かって歩き出した。一度として振り返ることなく、遠ざかってゆく。


 樹流徒は親友の背中が小さくなるまで見送ってから、はっとした。

 急いで令司の元へ駆け寄る。

「八坂! 大丈夫か?」

「……」

 声を掛けても、令司からの返事は無い。意識を失っているようだ。メイジから攻撃を受けた部位は(あざ)となって熱を帯びている。見るからにひどい怪我だが、息はあった。


 樹流徒は令司を肩に担ぐ。人間一人を運ぶ程度、手荷物を持ち歩くのと何ら変わらなかった。ついでに地面に転がる刀を回収し、令司の腰に固定された鞘に収める。

「一刻も早くアジトに戻らないと……」

 令司がどれだけ深刻な状態か、樹流徒には判断出来なかった。何しろ樹流徒はつい最近まで平凡な高校生だったのである。医学に関する知識が乏しいのも当然だった。こんなときに頼れるのは組織のメンバーしかない。彼らに令司を診てもうため、早くアジトへ帰還しなければいけないのである。


 そこで樹流徒は“思い切った近道”を利用しようと決めた。今回のような非常時でも無ければ絶対に取りたくない方法だが、背に腹は変えられない。


 彼は教会に駆け込むと、羽を広げて浮遊し、壁のステンドグラスに悪魔倶楽部の鍵を突き刺した。

 ガラスの水面が静かに波打つ。令司を抱えたまま中へ飛び込んだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ