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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖なる組織編
93/359

悲しき帰還



 飛行訓練を終えて悪魔倶楽部に戻った樹流徒は、詩織と数分程度の雑談を交わした。気晴らしと呼ぶには余りにも短い休息だったが、連戦続きで精神を消耗した樹流徒にとっては貴重な時間だった。


 ひとしきり喋る間もなく詩織と別れの挨拶をすると、樹流徒はすぐに現世へトンボ帰りした。アンティーク家具店から出ると殺風景な街並みが広がっている。何度目の当たりにしても否応無しに気が引き締まる光景だった。


 徒歩で移動し、組織のアジトに到着する。玄関の戸を開けると土間の様子は寂しかった。靴の数が少ない。情報収集に出掛けた四名はまだ戻っていないようだ。彼らの成果に期待していた樹流徒は、今すぐに情報が得られない事を知って多少残念に感じた。


 ロビーは無人。辺りからは物音ひとつ聞こえてこない。前のアジトを鬼に破壊されたばかりだというのに、依然として無警戒である。

 と言っても、組織の面々に危機感や学習能力が不足しているわけではない。不足しているのは人の数だった。アジトの警備に人員を割くだけの数的余裕が無いのだ。今の樹流徒にはそれが分かっていた。


 現在アジトにいるのは樹流徒、砂原、八坂兄妹の四名のみ。砂原と令司は、悪魔や鬼と交戦してから間もない。一方、早雪(さゆき)は悪魔の呪いを受けて療養中。彼らにアジトの防衛を任せるのは酷というものである。

 また、情報収集に出ているメンバーの誰かを番兵に回すわけにもいかなかったのだろう。彼らの方も人手が不足している。敵が徘徊する広い市内を調査するメンバーがたった四名というのは、どう見積もっても心細かった。

 組織は全ての役割をギリギリ以下の人数で賄っている。それが紛れも無い実情だった。


 樹流徒はひとまず自分の部屋へ行ってみることにした。予備アジトには彼の部屋も用意されている。隊長の話によれば、確か部屋番号はニ〇六。当然ながら、その一室があるのは二階のどこかだろう。


 樹流徒は階段を上る。床の軋む音が、組織の窮状を訴えているように聞こえた。


 二階に到着し、誰かとすれ違うこともなく目的の部屋を見つける。“二〇六”と書かれた小さなプレートが壁に張られていた。

 趣のある格子状の木戸、その先にある(ふすま)を開くと、純和風の部屋が宿主を出迎える。広さは八帖。個人が利用する分には快適な空間だった。


 樹流徒は部屋の中央に置かれた木製の座卓を横切り、窓辺に立つ。見下ろせば旅館の前を走る道路。空を遠望すれば悪魔の影がニつ連なって羽ばたいていた。


 事態に進展が起こるまで部屋の中で待機しよう。そう決めて、樹流徒は後ろを振り返って窓に背を預ける。改めて室内の様子を見回してから床でうつ伏せになった。瞼を閉じて、空を飛ぶイメージトレーニングに入る。風を掴む感覚を忘れないように復習を始めた。


 それから何十分が経過しただろうか。樹流徒が想像の空を飛び回るのにも幾分飽き始めていた頃。

 アジトの警備役でも買って出ようか、などと考えていた矢先、彼の耳に騒音が飛び込んできた。


 下の方から、階段を駆ける慌ただしい足音がする。

 足音の持ち主は、二階まで上がってくると廊下を走り回り、どこかの部屋に入った。戸を開く音が随分と乱暴だったから入室というよりは突撃といった感じである。


 突撃した人物は、間もなく部屋から出てきた。先程よりも静かな音で戸を閉めると、廊下を走り、一階へ戻ってゆく。

「何かあったのか?」

 少し嫌な予感がした樹流徒は腹這いになっていた体を起こす。

 下の様子を確認してみようと思って、やや足早に室内を出た。襖や戸を開きっぱなしにしたまま廊下を進む。


 階段を下りて一階を目前にしたところで、樹流徒の足が止まった。

 見下ろした先、玄関に面識の無い男がいたためである。


 いや違った。見知らぬ人物ではなかった。仁万(にま)だ。

 彼はたったいま情報収集から帰還してきたようだ。ただ、どうも様子がおかしい。床に両膝を着き、額には少量の血が滲んでいる。そして眼鏡をかけていなかった。樹流徒が一瞬仁万のことを面識の無い人物だと勘違いしてしまったのは、そのせいである。


 仁万の正面には砂原と令司がいた。二人は横並びで立ち難しい顔をしている。何となくきな臭い現場だった。

 樹流徒は残った階段を一気に下りる。

「どうしたんですか?」

 尋ねならがら玄関の三人に歩み寄った。


 砂原と令司が反応して同時に振り向く。

「君か」

 砂原は最初何でも無さそうな顔をしていた。

 しかしすぐにその表情を曇らせて「非常に残念な事が起きた」と告げる。


 残念な事? 一体何があったのか。

 樹流徒が仁万の顔を見ると、男はそれに気付いて視線を泳がせる。真っ赤に染まった指先は小刻みに震えていた。


「何か悪い事が起きたんですか?」

 樹流徒は改めて砂原に問う。

「渡会が意識不明の重体だ」

 男は即答した。にわかには信じられないことをさらりと言い切る。

 それが余りにも落ち着き払った物言いだったので、樹流徒には悪い冗談に聞こえた。

 が、三名の真剣な面持ちを見て、砂原の言葉が事実であると認識させられる。


「渡会さんが重傷?」

「ああ。外傷は大したこと無いから、恐らく頭部をやられたな」

 砂原が引き続き答える。

「悪魔に襲われたんですか? それとも鬼?」

「悪魔らしい。人間の姿を持つタイプだと聞いた」

「その悪魔が、仁万と渡会を挑発してきたらしい。結果、戦闘に突入して二人は敗れたというわけだ」

 令司が補足説明を加えた。口調は至って冷淡だったが、硬く握り締めた拳が怒りを隠し切れていない。


「渡会さんは今、どこに?」

「二階で寝ている。仁万がここまで担いできてくれたからな」

「そうですか……」

 樹流徒は一つ合点がいった。先程聞こえた慌ただしい物音は、渡会が部屋に運び込まれた際のものだったのだ。


「それで……敵は人の姿をした悪魔だったんですね? 見た目の特徴は? どんな格好でしたか?」

「嫌だ……。嫌だ。これ以上奴の事を思い出したくない」

 仁万は涙声を発すると、頭を抱えて背中を丸めて床に(うずく)った。半ば混乱状態である。あれだけ冷静だった男が、今はもう見る影も無い。

「我々が詳しい説明を求めても無駄だった。どうしたものか……」

 砂原はやや顎を上げて、虚空を見つめる。

「余程恐ろしい目に遭ったらしいな。仁万の精神状態が落ち着くまで待つしかない。或いは渡会が意識を回復してくれればな……」

 続いて令司が誰にとも無しに言う。


 無理に仁万を追求できない雰囲気だった。

 その空気は樹流徒も察したが、察した上で敢えて追及を続ける。

「悪魔と遭遇した場所だけでも教えて貰えませんか?」

 若干語調を強めて尋ねると、仁万はゆっくりと顔を上げた。

「そん……そんなことを聞いてどうする気だ?」

 どもりながら聞き返す。

「勿論、悪魔と戦います」

「ムダだ。もう奴はいない」

「構いません。それでも行ってみます」

「我々も知りたい。最後にそれだけでも教えてれないか?」

 砂原が要求する。

 “最後”というひと言が効いたのかも知れない。

 仁万はぐっと息を呑み

「悪魔と遭遇した場所ではありませんが……霧下(きりした)岬。奴は今、そこにいます」

 搾り出すような声で答えた。


「何故、そこにいると分かる?」

「奴自身がそう言っていたからです」

「敵がわざわざ居場所を教えてきたというのか?」

「きっと俺たちを誘っているんだろう。“リベンジしたければいつでも来い”と挑発しているんだ」

 令司は歯を食いしばり、近くの壁に拳を叩き付ける。小さな穴が空いて木屑が飛び散った。


「分かりました霧下岬ですね。行ってみます」

 樹流徒はひとつ頷いて、走り出す。三人の横を通り過ぎて、玄関から飛び出した。樹流徒は組織の協力者だがメンバーではない。その微妙な立場故にこういうとき単独行動が取れた。

「待て相馬。俺も行く」

 令司が後を追って走り出す。

「止めろ八坂」

 砂原が彼を制止した。

 それを令司は振り切る。彼は立ち止まる気配すら見せず、樹流徒の背中を追ってアジトを飛び出した。


「悪魔が関わると見境が付かなくなるのは相変わらずか」

 砂原は腕を組み、渋い表情で令司の後姿を見送る。

「知りませんよ。奴に遭遇したらあの二人もタダじゃ済まない。僕は知りませんよ」

 仁万は小声で叫ぶと、再び額を床に着けて頭を抱える。指先の震えは全身に伝わっていた。




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