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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖なる組織編
92/359

風を掴む



 詩織とパズズの間に何が起きたのだろうか。不穏な予感を覚えた樹流徒は、歩く速度を増す。


 暗澹(あんたん)たる酒場には似つかわしくない気早な足音が、床を打ち鳴らした。

 表情を険しくさせた樹流徒が通り過ぎると、客の一名が何事かと少し驚いた様子で頭を上げた。それに合わせてテーブル上のキャンドルがわずかに炎を揺らす。その炎が真っ直ぐに戻った時にはもう、樹流徒は詩織の元に辿り着いていた。最後の方は殆ど駆け足になっていた。


「何かあったのか?」

 樹流徒は、詩織とパズズの顔を交互に見る。

 詩織はとても落ち着いた様子だった。問題が発生したという風ではない。それを見て樹流徒は少し安心した。

 一方、パズズは「ふん」と声に出して顔を背ける。相変わらずの悪態だった。

 この無愛想な反応……誰かと似ている。

 樹流徒は強い既視感を覚えた。すぐその正体に辿り着く。八坂令司の顔が脳裏に浮んだ。


 詩織は、樹流徒の「何かあったのか?」という疑問には答えず、逆に彼へ質問を返す。

「ね。アナタさっき、空を上手に飛べないと言っていたわよね?」

「ああ」

 樹流徒は首肯する。バフォメットの羽を使えば空を自由自在に飛べるはずだが、その力をまだ上手く扱えなかった。体を宙に浮かせるだけならば可能だが、方向転換ができない。この件に関しては先刻確かに、詩織に伝えた。


 だがそれが一体どうしたというのか。

 樹流徒が疑問を唱えようとすると……


 それよりも早く、詩織の口から意外な言葉が飛び出す。

「パズズがアナタに羽の使い方を教えてくれるらしいけれど……どうする?」

 彼女は言い終えると、隣に立つ悪魔の顔をちらと見上げた。

 パズズは宙に投げていた獣の眼光を樹流徒の額へと移す。

「ありがたく思えよニンゲン野郎」

 そう言って、人差し指の爪で樹流徒の胸を軽く突付いた。


 意外を通り越して、些か反応に窮する展開だった。

 どうして人間嫌いの悪魔が、人間のために飛行訓練をしてくれるのか? 樹流徒にはパズズの心情が全く理解できない。

 それ以前に、詩織とパズズがいつの間に打ち解けたのかも謎である。

「どうやって(パズズと)仲良くなったんだ?」

 樹流徒は尋ねる。

 先ずはその点を明確にさせておかないと、すっきりしなかった。


 すると少女は、再び相手の質問に対して質問を返す。

「相馬君。この前、私が店で歌を唄ったのを覚えている?」

「歌? ああ、あの時の……」

 樹流徒は頷いた。


 以前、詩織は、客の依頼により歌声を披露したことがある。当時悪魔倶楽部は満席で、彼女は多くの客たちから喝采を浴びたのだった。


「あの時、お客さんの中にパズズも混ざっていて、私の歌をとても気に入ってくれたらしいの」

「もしかして、それでパズズに認められたという事か?」

「ええ、多分」

 少女は不確かな回答をする。彼女自身も少なからず腑に落ちていない様子だった。


「オレ様は基本的にニンゲン嫌いだが、ニンゲンの中でも有能なヤツは認めている」

 パズズが横槍を入れながら、詩織の肩に肘を置く。

「シオリはそこそこ見所のある歌い手だ。コイツの歌声には、魂を揺さぶる不思議な力がある」

 そして彼女を褒め称えた。以前の態度を考えると、気味が悪いくらいの絶賛ぶりである。


「話を戻すけれど……今来店したパズズに相馬君のことを相談してみたら、空の飛び方を教えてくれると言ってくれたの」

「そういうことだったのか」

 樹流徒はようやく事情を把握して、納得に至った。


「オイ、先に言っとくぞ。オレ様は善意や親切心で空の飛び方を教えてやるんじゃねェ。あくまで契約を交わしたからだ。その辺を勘違いするなよ」

「契約?」

「テメェの飛行訓練をしてやる代わりに、後でシオリの歌を飽きるまで聞かせて貰うって約束を交わしたんだよ。オレ様だけのために歌って貰うってワケだ」

「パズズ……。それ、誰にも言わない約束のはずだけれど」

 詩織は、気のせいか困った目つきで悪魔を見上げる。

「ん? ああ。そうだったか? まあ細かい事は気にすんなよ」

 しかしパズズは悪びれる様子も無く、少女の背中を軽く叩いた。

「今の話、本当なのか?」

 樹流徒が尋ねると、詩織は相槌を打つ。

「もしかして余計なお世話だった?」

「いや。そんなことない。でも……いいのか?」

「ええ。私も自分に出来る事をしているだけだから。アナタと同じね」

「オラ! さっさと現世行くぞ。オレ様の一秒は黄金にも勝る価値があるんだ。無駄にすンじゃねェぞ」

 パズズは、樹流徒のTシャツの襟元を掴んで乱暴に引っ張る。

「じゃあ行って来るよ、伊佐木さん」

「ええ。色々と(・・・)気をつけてね」



 組織の予備アジト・狐湯の里から徒歩圏内に、アンティーク商品を専門に取り扱っている家具屋がある。

 広いとも狭いとも言えないニ階建ての店内には、椅子、テーブル、ソファ、キャビネット、チェスト、ランプ、掛け時計からドアまで、様々な商品が並べられていた。アンティークな雰囲気が好きな者ならば辺りを眺めているだけでも楽めそうな空間である。


 中に一枚の巨大な鏡が置かれていた。高さは2メートル前後、横幅は一メートル近くある。黄金に輝くフレームには美しく細やかな装飾が施され、一見して豪華絢爛な雰囲気が漂っていた。


 今、その鏡からニつの人影がぬっと姿を現す。樹流徒とパズズである。

「オレ様が最後にコッチの世界へ来たのは七、八十年前、ニンゲンに召喚された時以来だが……。当時よりも空気が急激に汚れてないか?」

 獅子の頭部を持つ悪魔は、まるで人間みたく眉間にシワを寄せた。鼻の先端をひくひくと動かす。


 彼は店の外に出ると、周囲の場景を簡単に見渡した。

「なるほどな。やはりニンゲンの文明はこういう方向性で発展したか」

 と、独り言を呟く。その口調には賛辞と非難、どちらの色も含まれていない。ただただ感得した様子だった。

「どこか広い所へ移ろう」

 樹流徒は次の行動を促す。今いる場所はアジトから近いため、組織のメンバーに見つかる恐れが高い。悪魔と一緒に行動しているところを彼らに目撃されるわけにはいかない。故に、もう少し離れた場所へ移動する必要があった。

 つい先程、詩織が「色々と気をつけて」と警告していたのは、きっとこの事だろう。


「移動する必要なんて()ェ。空と風さえあれば練習は出来る」

 事情を知らぬであろうパズズは、樹流徒の要求をつっぱねる。

「ここだと何かと都合が悪いんだ」

「何だよ。面倒だな」

 パズズは尖った爪で(たてがみ)の奥にある後頭部をバリバリと掻いた。

 そのあと「じゃあさっさと都合の良い場所とやらに案内しやがれ」と命じる。


 樹流徒は了解し、アジトとは反対方向に歩き出した。

 移動するとは言ったものの、具体的にどこへ行くかは決まっていない。歩きながら手頃な場所を見付けるしかなかった。練習には風が必要だというから、屋内を使用するのは不可能だろう。



 それからしばらくすると、樹流徒の足が止まった。

 合わせて後ろを歩いていたパズズも立ち止まる。「どうした? 着いたのか?」と聞いた。


 二人の正面にはビル建設工事現場が見える。道路に面する広い敷地は高い防護壁に囲まれており、壁の表面には建設会社の名前が入った白いシートが被せられている。


 あそこならば、周囲と比較しても外からの目を誤魔化せるスペースが多そうだ。

 そう判断した樹流徒は、迷わず決定を下した。

「よし。あの場所にしよう」

 言って、パズズと共に工事現場の中へ入り込む。


 二人は手頃な場所で立ち止まり、向かい合った。余分な会話は一切抜きで、早々に飛行訓練が始まる。

「まずは羽を出してみろ。まさかニンゲンのくせに羽も翼も無しで空を飛びたいなんてお花畑発言はしないだろうな?」

「その点は心配無い」

 樹流徒は答えて、一対の大きな漆黒の羽を広げた。いつものことだが、羽を広げると上着の後ろが破れて台無しになる。

 パズズは顔を少しだけ前に突き出して目を丸くする。ううむと唸った。

「本当に羽が生えやがった……。テメェ、本当にニンゲンか? それともニンゲンはいつの間にか進化して羽を手に入れたのか?」

「できればその辺は聞かないでくれ。説明すると長くなる」

「ふん。まあいい。じゃあ次は飛んでみろ。どこが駄目なのか見てやる」

「分かった」

 指示された通り、樹流徒は強く大地を蹴って宙に舞。

 羽を動かすと樹流徒の体はぐんぐん地上から離れていった。相変わらず真っ直ぐ上昇するのだけは上手に出来るのだ。

「助走無しで、ロクに向かい風も利用せず、しかもたったニ枚の羽で垂直上昇できるのか。最高難度の技術じゃねェか」

 地上ではパズズがぶつぶつと独り言を唱えながら頭上を仰いでいる。


 樹流徒はある程度の高さまで昇ったころで、方向転換はせず、一旦大地に帰還した。

「オイ。普通に飛べるじゃねェか。今のが出来るなら何も問題無いだろ。むしろ上級者だろ」

「垂直上昇は出来る。だけど、方向を変えようとした途端に姿勢制御ができなくなるんだ」

「その話が本当なら……テメェ相当変わってるな。だったら方向転換してみろ。今度はオレ様も一緒に飛んで、間近で観察してやる」

「分かった」

 両者は同時に大地を蹴って跳躍し、それぞれの羽と翼を上下させて空の世界に移った。


 先程と同じくらいの高度に到達したところで、樹流徒は前方へ進もうと半身を前傾させる。すると、やはりの体のコントロールを失った。宙を蛇行して、ビルの骨組みと衝突し、最後は防護壁にもぶつかって背中から地面に叩き付けられる。一連の軌道はさながらピンボールの玉だった。


 対照的に、パズズは樹流徒の傍で綺麗に着地を決める。

「おい。原因が分かったぜ」

「本当か?」

 樹流徒は答えながら立ち上がる。あちこちにぶつけた体は、軽い打撲程度で済んだ。


「テメェは、垂直上昇中は羽の角度がしっかりしてるくせに、方向転換をしようとした途端それが下手になってやがる。まるで素人だ」

「羽の角度?」

「いいか。オレらはただ適当に羽を暴れさりゃ空を飛べるわけじゃねェ。体と羽の角度を微妙に調節することで風を掴む必要がある」

「風を掴むと言っても……具体的には?」

「基本は羽を引き上げる時と、打ち下ろす時の、羽の角度の違いだ。引き上げの時にはなるべく空気抵抗を少なくする必要がある。そのためには羽を真っ直ぐ持ち上げるんじゃなくて少し前に倒すんだ」

「なるほど」

「垂直上昇中のテメェはそれが完璧に出来ていた。というか、垂直上昇は他にも色々複雑な技術が必要になるんだが、それすらこなせていた」

「……」

「が、テメェは前方への推進力を得ようとした途端、左右の羽で角度がバラバラになっていた。だから姿勢を真っ直ぐ保てない。それを修正しようと無闇に羽を上下させるから、羽を引き上げる時にも空気の抵抗をまともに受ける。結果、揚力を失う」

「要約すると、方向転換の時に羽の角度が乱れるんだな?」

「体の角度もな。姿勢が崩れるのを気にする余り慎重になってンだよ。そのせいで一つ一つの動作が硬い上に(おせ)ェ」

「直すにはどうすればいい?」

「仕方ねェな。俺様がテメェを牽引して空を飛んでやるよ。その間に羽を自由に動かしてみろ。風を掴む感覚を全身に刻みやがれ」

「分かった。頼む」

「あと、先に言っとく。一度飛び立てば羽を上下に動かす必要は無い。広げっぱなしにした羽を微調節すりゃ自由に飛び回れる」

「そうなのか」

「現世の言葉を交えて説明すると、羽の上を通る気流と下を通る気流の速度差が気圧差を生んで揚力になる。その現象を上手く利用しやがれ」

「細かいことは良く分からないが……羽を広げっぱなしで飛べるようになれば一人前という事でいいんだな?」

「ま、そうだな」

 パズズは口だけ動かして肯定する。

「じゃあ行くぞ。結局は地面の上で能書き垂れてるよりも、実際体に教え込んだ方が(はえ)ェからな」

 そして乱暴な手つきで樹流徒の腕を掴むと、四枚の翼を広げ、前方へ軽く助走をつけて跳躍した。

 二人の体はあっという間に、樹流徒が空を飛ぶ時よりもずっと速いスピードで、空高く舞い上がった。


 彼らが市内上空を飛び回り、工事現場に戻ってきたのは、それから数十分後。

 特訓の甲斐あって、樹流徒は全身で風を掴む感覚を大分モノにしていた。パズズほどの上級者になるのはまだ時間がかかるが、それでも一応自力で飛べるようになったのである。


「これで訓練は終わりだ。手間かけさせやがってコノヤロー」

「ああ。助かったよパズズ」

「気安くオレ様の名前を呼ぶな」

 顔を背ける悪魔。この態度、やはり組織の某メンバーと似ていた。


「だがまぁ……ニンゲンにしては頑張った方だな。テメェの顔と名前くらいは覚えといてやってもいいぞ」

「相馬樹流徒。樹流徒だ」

「キルトか……。これでテメェに尻尾でも生えてりゃ、もっと上手く飛べるようになるんだろうがな」

「どういうことだ?」

「尻尾で風の抵抗を操れば、飛行や着地がより楽になるってことだ」

「そういえば、空を飛ぶものには尾翼がついているな」

 鳥や航空機の姿を思い浮かべて、樹流徒は納得した。


「よし。もうオレ様が教えてやることは何も無ェ。魔界へ帰るぞキルト」

「ああ。分かった」

 2人は縦に並んで低空を飛行し、アンティーク家具店へ戻った。




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