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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖なる組織編
87/359

悪魔に非ず



 屋根がある場所に逃げ込めば、頭上を警戒する必要は無い。

 樹流徒の心に幾分の余裕が生まれた。しかし危険が去ったわけではない。魔空間は通路の中にまで延びており、床だけではなく壁や天井まで七色に点滅していた。見ているだけで眩暈(めまい)を起こしそうな空間だ。そこから魂の無い兵士が生まれようとしている。

 樹流徒と令司に気を緩めている暇など無かった。


 彼らの前方からチョルトの群れが襲い来る。数はざっと見て七、八体。

 後方からも地上の悪魔と空から降下した悪魔が合流して押し寄せていた。我先に通路へ突撃しようと出入口で押し合い()し合いしている。結果、却って前に進むのが遅れ、若干名に至っては味方同士で小競り合いを始めた。


 樹流徒は背後の敵を足留めするためにマルコシアスの炎を放つ。通路でぎゅうぎゅう詰めになっている悪魔がこれを回避するのは不可能だった。三連射で飛ぶ青い炎の玉が、敵ニ体を数秒で焼き尽す。壁から分離しようとしていた昆虫も一緒に破壊した。虹色に点滅する破片が飛び散る。


 打って変わって後続の悪魔たちが勢いを失った。焼失した友軍を目の当たりにして、明らかに怯んでいる。

 対照的に、魔空間から生み出される魂の無い兵は恐怖という感情も持ち合わせていないらしい。動き出すなり樹流徒たちを強襲する。

 樹流徒は爪で迎撃する。集団攻撃を受けない限り苦戦する相手ではなかった。


 時を同じくして、令司は退路を切り開こうと躍起になっていた。敵から多少の反撃を受けてもたじろがず、ひたすら刀を振り回している。チョルトの群れを次々と斬り捨てた。


 その甲斐あって、程なくして二人の前方に道が作られる。彼らは虹色の通路を走り抜けた。


 程なくして突き当たりに三階の回廊が見えてくる。

 道が左右に分かれていた。正面には二階へ続く階段が存在するが、黒い光の壁に遮られて通行できない。下へ降りるためには回廊を移動して別の階段を使う必要がありそうだ。

 また、魔空間は、建物と外を隔てるガラスにも及んでいた。故に建物内から外の様子を眺める事ができない。


 ここでも悪魔の攻撃は一向に止む気配を見せなかった。樹流徒たちはデウムスの待ち伏せを受ける。両側からニ体ずつ、計四体の悪魔に挟まれる。

 互いの間合いにはかなりの余裕があった。デウムスは近接戦闘よりも火炎弾による中~遠距離攻撃を得意としているからだろう。それを証明するかのように炎の塊が飛び交う。


 樹流徒たちは一旦通路に引っ込んで、攻撃をやり過ごした。そのあいだに後方から追手の悪魔たちが近付いてくる。

 令司は「先へ進むぞ」と告げると、通路から躍り出るなり左側を向いて刀を振り下ろす。誰が見ても敵に刃が当たらないような場所で素振りを行った。


 一体何をしているのか? 樹流徒が疑問を抱くよりも早く、令司の刀から三日月の形をした緑色の光が放たれる。

 三日月型の光は直進し、悪魔の体を縦に割いた。


 直後には令司の足裏が地面からわずか数センチ離れる。今度は彼自身が風の如く疾走した。

 零時は姿勢を低くして火炎弾を避けると同時にデウムスの懐へ飛び込む。刀を振り下ろして敵の胴体を肩口から斜めへ切り裂いた。全てがあっという間の出来事だった。


 刀から放たれる三日月状の光。そして、超低空を疾走する高速移動の能力。恐らく、どちらも令司が天使から授かった力に違いない。組織のメンバーは天使と契約することで悪魔と戦う力を得る。そう渡会が言っていた。


 侵入者の逃走を阻もうとしていたニ体の悪魔は、令司の力により敢え無く駆逐された。それぞれ断末魔の叫びを虹色の空間に反響させて、魔魂を放出する。


「相馬に俺の能力を見せるのは気が進まなかったが、この際仕方ないだろう」

 と、令司。樹流徒に向かって一瞬だけ横顔を見せる。

 彼の目じりや手の甲には、ついさっき小人型悪魔から受けた引っかき傷が、赤く短い線となって浮かび上がっていた。


 まだデウムスは二体残っている。樹流徒は火炎弾を魔法壁で弾いた。続いて通路から飛び出してきたガーゴイルを爪でなぎ払う。

 令司は、天井と床から生まれた敵兵たちを破壊する。それにより眼前に活路が生まれた。二人は躊躇い無く飛び込む。



 スタジアム内を必死に駆け回る青年たちの瞳に希望の光が灯ったのは、それから一体何分後だったであろうか。樹流徒には異様に長く感じられた時間だったが、実際はその半分も経っていないだろう。


 獅子奮迅の勢いで(ばく)進した彼らは、一階に到着していた。さらに東ゲートの入口から外明かりが射し込んでいるのを発見したのである。

 出口はもう目の前。行く手を遮る敵はいない。建物から脱出できそうだった。


「外へ出ても気を緩めるな。最後の包囲網が待ち構えていると考えた方がいい」

 先行する令司が叫ぶ。無我夢中で退路を開き続けた彼の体には更に生傷が増えていた。

 かたや、ここに至るまで大量の魔魂を吸収した樹流徒はフラロウス戦の傷が完治している。


 表情に緊張感を保ったまま二人は外へ飛び出した。暗い水色の光が彼らの全身を包み込む。


 樹流徒は我知らず怪訝な表情をした。

 令司の忠告とは裏腹に、悪魔が全くいないのである。包囲網どころか敵一体すらいない。まるで、わざわざ侵入者を逃がそうとしてくれているかのようだった。

「妙だ。都合が良すぎる。罠か?」

 令司が疑問を呈するのも当然だった。


 ただ、樹流徒は少し違うと感じた。精神を集中しても敵の気配を欠片も察知できないため、包囲網が張られているとは考え難かったのである。都合が良すぎるという点では令司と意見が一致していた。


 もっとも、罠の有無に関わらず、樹流徒たちには前進以外の選択肢が無い。迷っている間にも敵が回廊の両側から猛追してくる。

 二人は申し合わせることなく、ほぼ同時に足を踏み出した。


 あとは夢中だった。前だけを見て一目散に逃げた。敵が待ち受けているならばそれも突き抜けてやろうと、矢の如く走った。



 スタジアムから数キロ離れた場所に一軒の小さなアパートが建っている。幾春秋を重ねた外壁はサーモンピンクのペンキが見事に剥げ落ちていた。


 二人はその一室へ飛び込んだ。念のため部屋のカーテンを閉ざして追跡者の目を欺く。

 樹流徒は壁に背中を擦ってずるずると座り込み、令司はフローリングの上で大の字になった。

 会話は無い。全力疾走を続けた令司の荒い息遣いだけが聞こえた。


 アパート周辺の状況は、現在の龍城寺市にあっては比較的安全そうだった。少数の悪魔がうろついているが、いずれも足任せに現世散策を満喫しているだけのようである。


 呼吸が大分落ち着いた頃

「ここまで来れば大丈夫だろう」

 令司が口を開いた。刀の鞘をきつく握り締めたままの指が、ゆっくりと広がる。

「済まない。助かった」

 樹流徒は礼を述べる。もし令司の救援が無ければ、きっと今頃こうして口を開く事もできなかっただろう。


 令司は返事をせずに仏頂面を|背ける。親指を立てて、頬に残る傷跡を軽くなぞった。


「そういえば、仁万さんと渡会さんは無事なのか?」

「分からん……。が、心配は無用だ。二人とも用心深い男だからな。特に仁万は」

 組織の青年は、樹流徒に後頭部を向けたまま答える。


「しかし大量の悪魔がスタジアムへ押し寄せてきたのは、陽動作戦が中止されたからじゃないのか? つまりニ人の身に何かあったんじゃないのか?」

 樹流徒は、もしその憶測が正しいのであれば、後でスタジアム周辺を調べてみるべきだと考えた。仁万と渡会の安否確認、場合によっては彼らを救出する必要がある。

「心配要らんと言ったはずだ。俺はお前よりもあの二人のことを良く知っている。悪魔のこともな」

「確かにそうだが…………。いや。分かった」

 樹流徒は、令司の言葉を信じることにした。


「そんなことより、おかしいとは思わなかったか?」

「何がだ?」

「スタジアムの外に悪魔がいなかったことだ。偶然と言ってしまえばそれまでだが、俺にはどうしても不自然な気がしてならない」

「ああ。建物の出口は(デカラビアの魔空間により)一ヶ所しかなかったからな。敵が外で待ち伏せするにはうってつけの状況だった」

 だが、実際には包囲網も罠も存在しなかった。


「もしかすると、俺たちの潜入作戦中、外で何かあったのかも知れない」

「何かって?」

「分かるものか」

「……」

「俺から振った話だが、この件に関して深く考えても余り意味はなさそうだ。それより、もう少し休んだらアジトに帰還するぞ」

 令司が呟くと、樹流徒は相槌を打った。



 アパートを出てから温泉街まで移動する最中、樹流徒と令司の間で交わされる言葉はほとんど無かった。「前方に身を潜ませている悪魔がいるから注意しろ」とか「仁万と渡会は先にアジトに戻っているかもしれない」とか、せいぜいそのくらいだった。


 しかし、温泉街に到着すると2人は完全に言葉を失った。樹流徒と令司はただただ(・・・・)その場に立ち尽くす。

 二人は信じられないものを見た。


 数時間前まで、そこには確かに太乃上荘という名の旅館が建っていたはずだった(・・・・・)

 しかし樹流徒たちが帰還してみると、そこには瓦礫の山が積み上がっていたのである。情緒溢れる木造三階建ての宿は完全に倒壊し、無残な姿を晒していた。

 その両脇に立つ建物は比較的軽微な損害で済んでいる。少なくとも十分に原形は保っていた。

 明らかにアジトだけが狙い撃ちされていた。


「これは一体どういうことだ!?」

 令司が憤慨しながら疑問を吐き出す。だが、その問いに正答できる者はいない。

「悪魔に襲われたとしか考えられないな」

 もっともらしい事を言って、樹流徒は周囲を見回す。霧の影響で極端に短くなった視程の中に敵影は存在しなかった。

「くそ。早雪は無事なのか?」

 妹の身を案じる令司は、瓦礫の山に駆け寄ると撤去作業を始めた。手当たり次第に木片を掴んではどこかへ投げ飛ばす。酷く狼狽していた。

 樹流徒も手伝いに加わる。もう令司が落ち着きを失っている分、樹流徒はこの非常時にも落ち着くことができた。


 二、三十分ほど作業を続けると、床の骨組みと屋根を支える太い柱の一部分だけが残った。

 幸い人の遺体は見つかっていない。それが分かると令司は平静さを取り戻し、軽く安堵の吐息を漏らした。

「誰もいないということは、恐らく全員“予備のアジトへ”移動したんだろう」

 彼はそう言って腕を組む。

「他にアジトがあるのか?」

「当たり前だ」

 令司は樹流徒に呆れ顔を向ける。

「俺たちはこういった状況を見越して……」


 ――ウオオオオオ


 いきなりだった。耳を打つ低い唸り声が令司の言葉を遮る。

 それは遠いような近いような場所から響いてきた。生物の本能的な恐怖を煽る雄叫びだった。


「悪魔だ。まさかアジトを襲ったヤツか?」

 令司は素早く腕組みを解いて、刀の柄に手をかける。

 樹流徒は霧の奥を睨んだ。


 ややあって、唸り声の正体が姿を現す。二人の正面に漂う霧の中から、重い足音を伴ってのそりと歩み出てきた。

 全体的に人間と良く似た姿をした生き物だった。肌は赤茶色く、背丈はゆうに二メートルを超え、一見して全身の筋肉が異様に発達している。額からは一本の大きな角、口からは鋭い牙を生やしていた。ボロボロになった動物の毛皮を腰に巻いている。


 ひと目見て樹流徒は悪魔だと確信して疑わなかった。

 しかし隣に立つ令司が眉根を寄せる。「馬鹿な!」と小声で叫んだ。

 彼のただならぬ様子に気付いた樹流徒は即座に尋ねる。

「どうした? あの悪魔がどうかしたのか?」

「違う。あいつは……」


 ――悪魔じゃない。


 令司がぽつりと漏らした。




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