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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖なる組織編
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五芒星の悪魔



 フラウロスの魔魂が樹流徒の体に吸い寄せられる。光の粒がひとつまたひとつと消えるたび、樹流徒の目を貫通していた深い傷が塞がっていった。魔魂が全部消えた頃には、樹流徒の視力が完全に元に戻る。ただし他の傷は全く癒えていない。目の治療に回復効果の全てを費やしてしまった。


 樹流徒は無人のピッチ上を見つめる。青白い光が今も巨大な図形を描き、寂しげな輝きを放っていた。先程の惨劇がまるで嘘だったかのような、静かな場景だ。

 しかし現実は非情である。人間を生贄に捧げた儀式は確かに行われた。もしかすると遺体の中には樹流徒と親しかった人々も含まれていたかも知れない。


 もっと早く敵を倒せていれば儀式を阻止することができたかもしれない。そう考えると、樹流徒の胸中に渦巻く憤りは収まらなかった。敵に対する怒りもあるが、自分の無力がもっと腹立たしかった。


 その余憤をぶつける相手はいない。儀式を行っていた白山羊の悪魔は逃げ、足下に視線を落としても蹴り上げる石ころ一つ落ちていなかった。


 両の拳を堅く握りしめると、樹流徒は力なく歩き出す。もうこのスタジアムに留まる理由は無い。一刻も早く脱出せねばならないことを思い出したのだった。


 ところが、出口に向いた足はたった数歩で止まる。樹流徒は一驚を喫した。


 この空間と繋がる各通路から、異形の生物たちがなだれ込んでんできたのだ。樹流徒の瞳に映るだけでも二十体前後はいた。相当な数だ。恐らく、仁万か渡会が陽動を中断したのだろう。彼らにおびき寄せられていた悪魔たちがいつの間にかスタジアムに帰還していた。


 敵から包囲されている事に、樹流徒は今の今まで気付かなかった。フラウロスと死闘を演じ、また、戦闘後も己の激情に囚われていた彼は、忍び寄る悪魔の気配を察知するだけの余裕や冷静を持ち合わせていなかったのだ。


 頭上を仰げば、羽を広げたチョルトや、スタジアムの通路で遭遇した竜頭悪魔の同種が集い始めている。樹流徒の不完全な飛行能力では空から脱出しようとしても敵の餌食になるだけだった。


 地上と大空に群がる異形の生物たちは手負いの樹流徒を遠巻きに眺める。弱った獲物の一挙手一投足を観察する彼らの様子は、さながらハイエナとハゲタカのようだった。

 べたりと張り付くような視線を樹流徒は一身に感じる。強敵と対峙する時とは別種の恐怖を覚えた。


 とりあえず通路の中に逃げ込まなくては。彼はすぐにそう判断した。

 通路に入れば敵の襲撃を四方八方から受ける心配がなくなる。天井が上空の敵を遮ってくれるし、壁を背負えば後ろからの不意打ちを食らうこともない。

 スタジアムの構造と、魔魂吸収による回復能力を駆使する。樹流徒にはそれ以外の活路が見出せなかった。


 ただ、それ以前に通路まで辿り着くことが出来るかどうか……という問題が残っている。樹流徒が今一度周囲の状況を確認してみると、いずれの出入口も悪魔のバリケードが築かれていた。戦闘は必至である。そこで手間取ると敵からの集中攻撃を受けて万事休すだ。


 樹流徒は急速に、追い込まれた気分になった。広いスタジアムの中でたった一人佇み、全方位から静かな殺気を向けられている。冷静になればなるほど、己が絶望的な状況に置かれている事が分かってしまった。恐怖もさることながら、途方も無い孤独感に襲われる。


「少し、厳しいかもしれない」

 思わず真情を吐露した。

 決して脱出を諦めたわけではないが、強気の姿勢で望むには旗色が悪すぎる。


 悪魔たちがにじり寄る。徐々に包囲網を(せば)めて樹流徒を追い込み始めた。陽動作戦にあっさり引っかかった割りには慎重で統制が取れている。どうやら獲物を追い込むのは得意らしい。


 樹流徒は覚悟を決める。

 敵がこれ以上接近する前に自ら飛び出さなければ。そう踏ん切りをつけざるを得なかった。


 ところが、彼が走り出す機会を窺っている最中に、状況は一変する。


 ――相馬!


 樹流徒の耳に聞き覚えのある声が届いた。

 はっとして顔を上げると、バックスタンドの出入口を塞いでいた悪魔たちが瞬く間にニ体、三体と葬り去られてゆく。日本刀を構えた青年が飛び出してきた。


 八坂令司である。全身を悪魔の返り血で染め、瞳をギラギラと輝かせた青年は、敵の大群を前にしても動揺や臆した様子を一切見せない。

 逆に、悪魔たちは少し落ち着きを失ってバタバタし始めた。一時的に包囲網がザルになる。


 令司はそこを突いていった。意図的かそれとも無策の行動かは不明だが、敵の小さな混乱に付け込んだ。

 彼は迷わず階段を下り、眼前に立ちはだかる敵を次々と斬り捨てる。スタンドから飛び降りると、芝生を横切って易々と樹流徒の元までたどり着いた。


「おい! ここで一体何があった」

 刀を携えた青年は樹流徒に詰め寄る。地面に描かれた魔法陣と満身創痍になった樹流徒の傷を見れば、ここで何かが起きたのは誰の目にも明らかだった。

「悪魔が何かの儀式を行っていた。だが、それを阻止する事はできなかった」

「そうか……。つまり、この場所にもう用は無いんだな? ならばさっさと脱出するぞ」

「助てくれるのか?」

「お前がここで見たことを詳しく聞く必要があるからな。今死なれては困る」

「そうか」

「だが、どうしても死にたいと言うなら置き去りにしてやる。どうする?」

「勿論、脱出する。魔都生誕の真実を暴くまで死ぬわけにはいかない」

「よし。トラック脇の通路を目指す。立ち止まれば囲まれる。走り抜けるぞ」

 令司は一歩踏み出す。


 すると、ほぼ同時だった。見計らったように周囲の光景が激変する。

 上空に深淵な闇が訪れ、瞬きする間もなく競技場に蓋を被せた。

 一方、地面には硬く滑らかな床が出現し、そこにチェック模様が浮かび上がる。それぞれのマスで7色の光が代わる代わる色を変えながら点滅していた。

 また、各出入口が黒い光の壁によって閉鎖されてゆく。メインスタンド中段と繋がっている1箇所のみ、何も起きた様子が無く元々の状態を保っている。


「これは……魔空間」

「やられたな。俺がここに到着するのを待ってから発生させたのかも知れない」

 令司が眉を寄せる。


 ――それは違います。


 メインスタンド側から電子音のような声が響き渡った。

 二人の青年がそちらへ視線を送ると、スタンド中央に魔法陣がぽつりと浮かんでいる。黄色く発光し、円に内接する五芒星が描かれていた。


「私がこのタイミングで魔空間を構築したのは単なる偶然です。私はここに到着したばかりですから」

 宙に浮かぶ五芒星の魔法陣は、再び電子音と似た声を発する。


「魔法陣が喋っているのか?」

「いや。あれは悪魔だ。奴がこのふざけた空間を創り出したようだな」

 樹流徒の独り言に令司が答える。


「その通り」

 すると、魔法陣の姿をした悪魔は答えてから、五芒星の中央に三つの目玉を出現させた。その目玉は姿を現した途端、弾かれたビリヤードの玉みたく円の中を縦横無尽に駆け回る。


「お前は?」

 樹流徒は少し大きな声を出して、離れた場所で浮遊する悪魔に素性を尋ねる。

「私の名は“デカラビア”。この大事な時に遅刻をしてしまった、迂闊で不運な悪魔です」

「遅刻?」

「そう。本当だったらニンゲンが侵入する前に魔空間を構築しなきゃいけなかったのに……。これも全部アンドラスのせいだ。アイツ、道端でバッタリ遭遇したかと思えば突然遊園地の思い出話とか喋り出すし。話が終わるまで解放してくれないし……。お陰でスタジアムに到着するのがすっかり遅くなってしまったじゃないか。というか、現世旅行するなら私も誘えよ。まったく友達甲斐の無い……」

 デカラビアと名乗る五芒星の悪魔は、なにやら独りでぶつぶつと愚痴をこぼし始める。


「よく分からんが、アイツを斬ってこの空間を消してやる」

 令司は刀の柄を握る手に力を込めた。

「あ、お待ちなさい。それは()した方がいいですよ」

 と、デカラビア。焦ったように早口で言う。

「何故だ?」

 樹流徒が問う。

「相馬。悪魔なんかの言葉にこれ以上耳を貸すな」

「まあそう言わず。実は、私の魔空間は少々特殊な性質を持ってるんです。なんと、私を殺してしまうと出口が塞がってしまうんです。つまり、私を倒せばアナタ方は永久にこの建物から脱出できなくなります」

「それは本当か?」

「え……。あの。嘘だったらどうします?」

 デカラビアの声が急に小さくなる。

 これ以上なく分かり易い動揺だった。今の話は嘘だったらしい。


「あの悪魔、余程真っ先に死にたいらしいな。いい覚悟だ」

 令司が刀を構えた。敵から包囲されている状況を無視して本気で飛び出しそうな剣幕だった。

 その気迫に身の危険を感じたのか、デカラビアは目にも留まらぬ速さで宙を滑る

「それではお達者で、名も知らぬニンゲン風情どもよ」

 電子音っぽい声で笑いながら、通路へと逃れていった。


「くそ。不要な時間を使った。今度こそ脱出だ」

 令司は苛立った声でそう言って、改めて走り出す。

 樹流徒も後を追った。強く一歩踏み出すと全身に激しい痛みを覚えて、表情を歪める。


 二人が動き出したのを合図に、今までゆっくりと包囲網を狭めていた悪魔の群れも行動を開始した。狩りの時間が始まったようである。


 早速、上空の竜頭悪魔が樹流徒たちに襲い掛かる。剣を携え、大きなコウモリの羽を広げて急下降した。


 闇に染まった上空を睨んで、令司が刀の一振りで敵を斬り捨てる。「ガーゴイル如きに俺が倒せるものか」と強気の台詞を吐いた。竜頭悪魔の名称は“ガーゴイル”というらしい。


 一方、樹流徒は、令司がガーゴイルを両断している最中、ライトスタンドから飛んできたデウムスたちの火炎弾を魔法壁で遮断した。

 直後にはガーゴイルから放出された魔魂を取り込んで傷を癒す。フラウロスから受けた傷はどれも深く、悪魔一体を吸収したくらいでは全快には程遠いが、多少は痛みが和らいだ。


 二人はとめどなく襲い来る悪魔の猛攻から互いの背中を守り、唯一の抜け道を目指す。

 先程令司が口にした通り、立ち止まれば敵に囲まれてしまう。常に走り続けるしかない。


 しかし、先を急ぐ彼らの前に新たな障害が立ち塞がった。魔空間の発生により出現した七色に点滅する地面から、何か(・・)がゆっくりと生えてきたのである。


 それは生き物のような何か(・・)だった。人、獣、そして巨大な昆虫といった様々な形を持つ物体が、床の中から次々と現れる。

 彼らは顔から爪先まで、全身の至る部分が床と同じチェック柄で埋め尽くされていた。七色に点滅するという特徴も同じだ。


「魔空間が作り出した魂の無い兵士といったところか」

 令司は走りながらふんと鼻を鳴らす。


 床から生まれた虹色に輝く獣が、全身を地上に現すなり恐ろしい速度で駆け出し、樹流徒に襲い掛かった。

 樹流徒は爪で応戦して敵の体を引き裂く。悪魔の肉を切断する時と変わらぬ感触が指先に伝わってきた。


 が、生物のような質感を持つ獣は、攻撃を受けた途端に硬い音を鳴らして細かく砕け散った。魔魂は放出されない。


 令司もまた虹色に点滅する敵の襲撃を受ける。彼に襲いかかったのは人間の形を模した兵だった。

 その敵の胴体を横一文字に両断してから、令司は「気味の悪いやつらめ」と苦い表情をした。


 悪魔と魂の無い兵の大群を捌きながら、二人は決して足を止めることなくメインスタンドの下まで辿り着いた。

 すぐさまフェンスを飛び越え、階段を駆け上がる。出入り口を固める敵を素早く片付け、一気に通路内へと駆け込んだ。




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