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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖なる組織編
81/359

立案



 樹流徒と渡会が戦闘を終えた頃、スタジアムに向かって先行していた仁万(にま)と令司は、とある歯科診療所の中に潜んでいた。

 その診療所は大きな交差点に面しており、北側に設けられた窓からスタジアムの姿を遠巻きに眺めることが出来る。今、二人は診療所の窓から外の様子を窺っている最中だった。


「参ったな。これじゃあスタジアムに近づけない」

 窓ガラスに映った顔を引っ込めて、仁万が小声を出す。右手にはステンレスモデルの自動拳銃をしっかりと握めていた。

 その隣では令司がむすっとしている。涼しい顔をした仁万とは対照的に、見るからに苛立っていた。


 彼らの位置からはヌマハシ電機スタジアムがティッシュ箱くらいの大きさで見える。そこに至るまでの道を、悪魔の群れが遮っていた。その数六十……七十。正確に勘定することはできない。また、小人型悪魔のチョルトと(おぼ)しき影が幾つか、羽を広げてスタジアム上空を旋回し続けている。

 一帯の地上と空を占拠する悪魔たちは明らかに周囲を警戒しており、その中心に存在するスタジアムを堅く防衛していた。

 砂原たちが入手した情報に偽りはなかったのである。悪魔はスタジアムに集結していた。これから何かが始まろうとしているのは最早疑いようもない。実際何が行われるかは、多分スタジアム内に踏み込んでみなければ分からないだろう。


 問題は、そのスタジアムへの潜入が、どうやら難しいことだった。

 仁万と令司はその場から動きたくても動けずにいる。それは令司の表情を見れば明らかだった。「今すぐここを飛び出したい」という顔をしている。

 それでも二人が動けないのは、これ以上スタジアムに接近すると見張りの悪魔に見つかってしまうためだろう。最も近くにいる敵までかなりの距離があるが、人間以上に五感が鋭い悪魔の存在を考慮に入れると、今ニ人が潜んでいる診療所でさえ決して安全とは言い切れなかった。仁万の言葉通り、これではスタジアムに近づけない。

 それに、心配すべき点は潜入作戦の成否だけではなかった。もし見張りの悪魔が二人の存在を察知すれば、彼らの元には敵の大軍が押し寄せてくるだろう。いくら組織のメンバーが天使の洗礼を受け悪魔と戦う術を持っているとはいえ、何十体もの敵に囲まれたら無事では済まないはずだ。そうなったら潜入作戦や偵察どころではない。アジトに生還できるかどうかという話になってくる。


「だが俺は行く。一匹でも多くの悪魔を斬る」

 力強く言って、令司は拳を握り締めた。彼にとって憎き悪魔が大量にうろついている。興奮の余り命知らずな行動に出てもおかしくなかった。

 そんな令司を、仁万が落ち着いた口調で(いさ)める。

「駄目だよ。いくらなんでも敵の数が多すぎる。悪魔が集結している恐れは(あらかじ)め分かっていたことだけど、まさかこれほどの大群とは……」

「だったら俺が奴らを可能な数だけ引き付ける。その隙にお前はスタジアムへ突入してくれないか?」

「無謀だよ。そんなことをしてもお互いにとって自殺行為でしかない」

 令司の提案を、仁万が即座に却下した。

「正面から戦うわけじゃない。逃げ回りながら相手をすればどうにかなる」

 令司は必死に食い下がる。

「気持ちは分かるが冷静になるんだ八坂。それでもあの数は厳しい。仮に陽動を仕掛けるにしても渡会と相馬君の手も借りなければならない。それでも上手くいくかどうか……」

「ならばどうする? まさか尻尾を巻いて逃げるつもりか?」

「それもやむを得ないだろうね。遠距離の通信手段が無い以上、僕たちは偵察だけ行いアジトに戻るしかない」

「冗談じゃない。俺は一人でもやる」

 令司が声を荒らげる。

 仁万は焦った様子で「静かに。敵に気付かれる」と言って、令司の迂闊な行為をたしなめた。

「せめて渡会と相馬君が合流するまで待ってくれないか。話はそれからにしよう」

 説得すると

「分かった」

 令司は渋々了解した。


 それからしばらく時間が経ち、令司が再び痺れを切らしかけていた、そのとき。

 二人は、自分たちに接近してくる何者かの気配を感じたらしく、急に警戒を強めた。

「悪魔か? 渡会たちか?」

 令司は刀の柄に手をかけて、すぐにでも抜刀できる体勢を取る。

「分からない」

 仁万は拳銃の安全装置を外してトリガーに指をかけると、壁に張り付きながら出口へ向かって慎重に歩を進めた。そして玄関から顔の半分だけを覗かせ、外の様子をそっと窺う。


 仁万の眼鏡に、ニつの人影が映し出された。

 樹流徒と渡会である。彼らもまた悪魔に見つからぬよう細心の注意を払って、車の陰を縫いながらここまで移動してきたのである。ちなみにバイクはエンジン音が目立つので少し前で乗り捨ててきた。


「こっちだ」

 仁万が近寄りながら声をかけると、それに樹流徒たちが気付いた。

 彼らは揃って診療所の中に駆け込む。マルコシアスの急襲によって一度はばらけてしまったメンバーが合流を果たした。


 四人は輪を作って顔を向かい合わせる。

「とんでもない数の悪魔だな。ここがホントに現世なのか疑いたくなる」

 渡会がうんざりしたように言った。

「まったくだ」と言いたげに、仁万の頭が上下に揺れる。

「スタジアムに潜入できそうですか?」

 樹流徒が聞くと

「難しいよ。見ての通りあの大群だからね」

 窓の向こうでうろつく異形の影を、仁万が指差した。


「でも、悪魔を吸収して回復できる僕なら、敵が多くても行けるかも知れません」

「やめとけ。一斉に襲われたらひとたまりもないだろ」

 樹流徒の無謀な申し出に、渡会が反対する。

「言っておくが逃げるという選択肢はないからな」

 令司が吠える。

「彼はさっきからずっとこの調子でね」

 と、仁万。悪魔に対して憎悪の炎を燃やす令司が一歩も引こうとしないので、些か辟易とした様子だった。


 令司がどれだけ意地を張ろうと、スタジアムへの潜入は止めておいた方が良い。今回は遠目から偵察だけして、アジトに帰還する……そう考えるのが賢明な判断に違いなかった。


 ただ、あいにくこの場には賢明な人間よりも無鉄砲な人間が集まっているようである。

「三人で陽動を仕掛け一人がスタジアム内に侵入する。他に方法はないだろうな」

 そのようなことを渡会が言い出した。彼も令司と同様、撤退するつもりは毛頭ないようだ。

「ああ。その通りだ」

 令司が賛同すると

「僕もそれで構いません」

 樹流徒も、積極的ではないにせよ肯定した。


「どうしたんだ渡会? 見た目とは裏腹に普段は慎重で冷静な君らしくも無い」

 ただ一人賢明な男、仁万が微苦笑する。

「外見は関係ないだろ」

 渡会はぶっきらぼうながらも冗談っぽい口調で軽く言い返してから

「隊長も言ってたが、今は非常事態だ。普段より多少無理をしなきゃダメなんじゃねェのか?」

 と、言葉を継いだ。

「腹をくくれ仁万」

 令司の射るような視線が、仁万の顔に突き刺さる。

「二人とも落ち着こう。蛮勇をふるって死ぬなんてナンセンスだよ」

 仁万は平静さを保ったまま、眼鏡のブリッジを持ち上げた。


 ここへきて、話がこじれた。

 仁万はこれ以上リスクを冒すことに乗り気ではない様子だし、逆に令司は絶対に後退する気が無い。

 また、作戦に関する決定権を有しているのは仁万だが、彼以外の三人は潜入作戦の実行を希望或いは肯定している。

 樹流徒の目から見て、非常に判断の難しい状況だった。


 どちらかが譲歩しなければ、時だけが(いたずら)に浪費されてゆく。スタジアム内を目指すにしろ、偵察のみを行ってアジトへ引き返すにしろ、余計な時間だった。それどころか、下手をすればチームの不和を生みかねない。


 すると、それを危惧したのだろうか、仁万が早々に折れる。

 彼は小さな吐息を漏らした後、少し困ったような笑顔で「分かったよ。作戦を実行しよう」と言った。

「いいんですか?」

 樹流徒が聞くと

「このまま平行線の話し合いを続けても良いことはないからね」

 仁万は諦観の境地にいるような物言いをした。


「安心しろ。確実に生き残る方法がある。自分が死なないように悪魔全員を始末するんだ」

 令司が真顔で力説する。

「あのよ。前々から思ってたけど、お前、時々馬鹿になるよな」

 すかさず渡会が突っ込みを入れた。どこかで見たような光景だった。


 兎にも角にも、スタジアム潜入作戦が行われることが決まった。

「さて……。問題は役割分担だな。誰がスタジアムに潜入する? 状況にもよるが、恐らく一番危険な役だろ」

 早速、渡会が作戦内容に触れてゆく。

「俺で構わない」

 令司が真っ先に名乗り出た。

「いや。お前がやるならオレが……」

 渡会が続こうとすると

「待ってくれないか。僕は、できれば相馬君に一任したいと思う」

 それを仁万が遮った。潜入役に樹流徒を推薦する。


「僕ですか?」

 樹流徒は思わず尋ね返す。自分の名前が挙がったことが、特に理由も無く意外だった。 

「何故だ? 俺の能力が相馬よりも劣っているというのか?」

 令司の仏頂面がますます不愉快そうに歪む。

「そうは言ってない。ただ、適材適所という言葉がある」

「相馬の能力が潜入に向いていると? 何故、仁万にそんな事が分かる?」

「いや。潜入はともかく、脱出には向いてるんじゃないかと思ってね」

「どういうことだ?」

 渡会が具体的な説明を要求する。

 樹流徒もそれを望んだ。令司は言うまでもないだろう。


 彼ら三人の要望に応じて、仁万が説明する。

「さっき相馬君自身が言っていたけれど、彼には魔魂を吸収して体の傷を癒す能力がある。それに南方さんの話では、相馬君には不完全ながらも飛行能力があるらしいじゃないか。だから、スタジアム内に悪魔がなだれ込んできた場合、無事生還できる確率が少しでも高いのは、彼だと思うんだ」

「なるほど。一理あるかも知れねェな」

 渡会が相槌を打つ。

 不満気な顔の令司も否定はしなかった。


「どうかな、相馬君? 勿論、無理にとは言わないよ。何しろとても危険な役だ」

 仁万が樹流徒本人の意思を確認する。

 即答できなかった。なにしろ、樹流徒はこれまでの人生で集団の敵を相手に戦闘作戦を実行するなどという経験は積んでいない。故に、スタジアムの潜入を成功させる自信があるか無いかすら分からなかった。


「迷うくらいなら断れ。お前(・・)は組織の人間じゃない。仁万の命令に背く権利を持っている」

 令司が声をかける。さりげなく、樹流徒に対するニ人称が“貴様”から“お前”に変化していた。

 樹流徒は令司の顔をちらと見たが、何も答えず、更に黙考を続ける。

 渡会と仁万は何も口出ししなかった。樹流徒自身の判断に委ねるつもりなのだろう。


 程経て、樹流徒は心を決めた。

「やります。僕がスタジアムに潜入します」

 スタジアムの中に踏み込めば、悪魔たちの目的を自分の目で(じか)に確認できるかもしれない。そう思ったとき、迷いが晴れた。

 樹流徒の決定を聞いて、仁万と令司から同時に吐息が漏れる。そのニュアンスは両者によってかなり違いがありそうだった。

「そうか。やってくれるかい。ありがとう」

 仁万は礼を述べてから

「それじゃあ早速、今から作戦を伝えることにしよう」

 話を次の段階へと進めた。




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