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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖なる組織編
79/359

再戦



 縦に並んだニ台のバイクが、繁華街の中を行く。目立つことを嫌うように絞ったエンジン音がカウルの奥で響き、硬いタイヤが灰色の路面を削っていた。

 辺りには大きなデパートや飲食店が軒を連ねていた。酒を提供する店や風俗店もちらほらと見えるため、この辺りは夜になると歓楽街としての色合いを強める。ただしそれは本来の街の姿であって、今はもう人の声も聞こえなければ、建物の外壁に貼り付いた看板が色とりどりの光を放つこともなかった。全てが沈黙している。繁華街や歓楽街と呼ぶには、余りにも寂しい景色だ。


 そんな中を、二台のバイクは控えめな速度で蛇行していた。バイクを操るライダーたち、仁万(にま)渡会(わたらい)は、それ以上速度を上げることも出来なければ、真っ直ぐに走ることさえ難しそうだった。転倒する心配は無さそうだが、少々危なっかしい運転である。

 それは、別に仁万や渡会の運転技術が未熟なせいではなかった。道路の状態が悪いのだ。バッグや買い物袋など、消えた市民たちが残していった手荷物が路上に散乱しているため、それらを避けて、あるいは踏み越えてバイクを走らせなければいけない。モトクロスの選手ならばどうということはないだろうが、一般のライダーが走行するには酷なコースである。このことについては、たしか南方とベルも言及していた。


 低速で走行を続けるバイクからは、絶えず悪魔たちの姿が見える。道端、曲がり角の影、建物の中、そして遠くの空……結界から離れて霧が晴れてくると、樹流徒の肉眼は至る場所で魔界の住人を捉えた。現世を訪れる悪魔の数は今も増え続けているようだ。


 ただ幸いにも、移動中の四名は敵の襲撃を受けなかった。周りには多くの悪魔がいるのに、誰も手を出してこない。

 その理由はきっと一つではなかった。単に人間に対して興味が無いだけの悪魔もいるだろうし、襲撃しようにもバイクのスピードについてこられない悪魔もいるだろう。そして、中には樹流徒たちを恐れている悪魔も少なからずいそうだった。なにしろ、令司がずっと殺気立っている。スタジアムへ急ぐという目的がなければ、悪魔を憎む令司は目に映る魔界の住人たちを片っ端から斬っていたに違いない。燃え盛る令司の敵意を感じ取っているのか、樹流徒たちを乗せたバイクが通りかかると背を向けて走り去る悪魔たちの姿が先ほどから絶えなかった。


 いずれにせよ敵の攻撃はなく、スタジアムへの移動は気味が悪いほど順調だった。このまま何事も無く繁華街を抜けられれば、目的地はもう目と鼻の先にある。

 スタジアムには悪魔が集結しているという。その情報に偽りが無ければ、今この瞬間はさながら嵐の前の静けさなのかも知れなかった。


 バイクの後部シートに(またが)る樹流徒と令司は、それぞれリュックを背負っていた。その中には、仁万と渡会が使用する武器や弾薬が詰め込まれており、かなりの重量がある。

 ただ、その重みは樹流徒の体に全く伝わっていなかった。肩に食い込むショルダーベルトの感触でもなければ、周囲の景色でも、悪魔でもなく……今、樹流徒の意識は、この場にいない一人の少女へと向けられていた。


 その少女というのは、ほかならぬ詩織である。

 女性悪魔サキュバスと共に現世に向かった詩織は、すでに役目を終え、恐らくもう無事に悪魔倶楽部へ帰還しているが、その事実を樹流徒は知らない。彼は、今すぐ詩織の安否を確認したい衝動に駆られていた。また、自分が生存している事を一刻も早く彼女に伝えたかった。勿論、詩織の未来予知のお陰でレビヤタンの侵攻を防げたことも。


 そのことにばかり気を取られて、樹流徒は完全にぼうっとしていた。アジトを出発してからそろそろ一時間くらいが経つが、その間ずっと敵に襲われる気配がないので、心に多少の隙が生じてしまったのかも知れない。


 往往にして、そういう時に限って危険というものは忍び寄ってくる。

 眼前に座る渡会の背中を見つめながら、樹流徒が引き続き詩織の身を案じていると――


 ふと、視界に大きな影が差した。それはしっかりとバイクに張り付いて離れようとしない。

 樹流徒は気にも留めなかった。ただ無意識の内に、バイクが雲や建物の陰に入ったのだろうと判断した。

 冷静に考えれば、そんなはずはない。魔都生誕以降、市内の空には太陽も月も存在しないのだから、建物の影はずっと静止している。それに雲や鳥も存在しないので、走行するバイクの後をずっと追いかけてくる影など、悪魔以外に存在しなかった。


 その事実に樹流徒が気付くよりも早く、事態は急変する。

 出し抜けに短い爆発音と甲高いブレーキの音が重なって、バイクが急停止した。

 その音と衝撃で、樹流徒はやっと我に返る。爆発音がしたほうを見ると、コンクリートの上で青い火種がくすぶっていた。


 樹流徒以外の三人はすでに空を見上げている。遅れて樹流徒も頭上を仰いだ。

 大きな翼を広げた獣が、黄色に輝く瞳でこちらを睨んでいる。

「マルコシアス」

 樹流徒は獣の名を口にした。

 グリフォンの羽と蛇の尾を持つ狼。上空に現れたのは確かにマルコシアスだった。海岸で戦ったばかりの悪魔が、再び襲いかかってきたのである。


 狡猾な獣は、攻撃のチャンスをむざむざ見送ったりはしない。完全に動きが止まっている樹流徒たちに向かって、青い炎の玉を連続で投下した。


 内一発が、樹流徒と渡会を乗せていたバイクに見事命中する。小さな爆発が起こり、車体の破片が乱れ飛んだ。吹き飛んだ前輪タイヤは車道の隅まで転がってゆく。


 仁万はバイクに(またが)ったまま、フルフェイスヘルメットのシールドを持ち上げる。樹流徒と渡会に向かって「大丈夫か?」と声をかけた。

 派手に地面を転がったニ人は、問題なく立ち上がる。樹流徒も渡会も、攻撃を受ける直前にシートから飛び降りて、どうにか事無きを得ていた。


「平気だ。それよりお前ら、先に目的地へ行け。ここはオレと相馬で何とかする」

 渡会は上空の悪魔を睨みながら、仁万と八坂に告げた。

「分かった。頼んだよ」

 仁万は戸惑いも躊躇(ためら)いも見せず、冷静に仲間の言葉を実行に移す。

 彼が操るバイクは、スタジアムへ向けて再び走り出した。

 それを追跡しようとはせず、マルコシアスは高速で宙を滑り、樹流徒たちの行く手を阻むように道の真ん中に降り立つ。


「レビヤタンはもういない。今度は何が目的なんだ?」

 樹流徒は問う。レビヤタンの上陸がマルコシアスの目的だったことは明白だ。それが阻止された今、戦いを続ける理由はあるのか?

 どうやらあるらしい。

「バフォメットとレビヤタンの邪魔したニンゲン。オマエ殺す」

 前回同様、マルコシアスは片言のような喋り方で答えた。復讐か、或いは別の理由かあるのか、マルコシアスの目的は樹流徒の抹殺らしい。


 それにしても、今、マルコシアスは「バフォメット」と言った。なぜマルコシアスの口からあの悪魔の名前が出るんだ? 

 樹流徒が疑問を感じていると

「よし、相馬。協力してコイツを倒すぞ」

 横から渡会に声を掛けられた。

 樹流徒は黙諾して、背中のリュックを渡会に手渡す。

 リュックの中には装備品が入っているが、渡会はそれを取り出そうとしなかった。恐らくスタジアムに到着するまで弾薬を温存しておきたいのだろう。


 次の刹那。マルコシアスが樹流徒を狙って空気弾を吐き出した。無色透明に近い弾丸が、直進しながら急速に萎む。射程距離は短いが、それを補って余りある弾速と威力を持った能力だ。


 その攻撃を、樹流徒は難なくかわした。驚くほど体が軽い。体調が良いなどという程度の身軽さではなかった。明らかに全身の筋肉が今までに無い瞬発力を発揮している。

 レビヤタンとベヒモスの魔魂を吸収したからだ、と樹流徒は確信した。二大悪魔の力が、樹流徒の肉体を一段階上に進化させたのだ。


 マルコシアスは強敵だが、樹流徒は不思議と負ける気がしなかった。自分が強くなったことに加え、マルコシアスとは一度戦っているので相手の特徴や手の内を知っている。心理的な戦い易さがあった。


 樹流徒が反撃の火炎砲を放つ。マルコシアスは灰色の地面を蹴ってひらりとかわし、そのまま真っ赤な翼を広げて宙に駆け上っていった。


 そのときを待っていたように、渡会が動き出す。彼は、すぐ傍に立つバス停に駆け寄ると、そこに佇むしらゆり型(・・・・・)の標識に目を留めた。そして(おもむろ)に伸ばした片手で標識の足を掴む。標識を地面から引き抜いて武器代わりにするつもりだろうか。いくら渡会の体格が良くてもそれは無茶というものだった。


 ところが、その無茶を彼はいとも簡単に実行してしまう。渡会は、怪力と呼ぶにしても度が過ぎる力によって、標識を片腕で軽々と引き抜き、持ち上げてしまったのである。

 半ば呆気に取られる樹流徒の目の前で、渡会は標的を肩の上に掲げ投槍の如く構えた。そして、助走をつけてからマルコシアスめがけて投擲(とうてき)する。


 標識は弓に射られた矢のような速さで、上空に舞った獣を襲った。

 マルコシアスは瞳を丸くしたが、地上からの攻撃をいとも容易く回避する。

 目標から大きく逸れたバス停の標識は、悪魔の背後にそびえ立つビルの窓を突き破って建物の中に飛び込んでいった。割れたガラス片はキラキラと輝きながらコンクリート上に降り注ぐ。

 その異様な光景に樹流徒は目を奪われた。マルコシアスも同じだったらしく、互いに動きが止まる。


 両者ともすぐ我に返ったが、動き出すのは樹流徒の方がわずかに早かった。

 樹流徒は敵に向かって火炎弾を吐く。狙い澄ました一撃ではなかったものの、偶然にも狙い澄ました以上の精度を持った一撃になった。

 それに反応したマルコシアスは翼で空気を叩く。急いで上昇しようとしたのだろう。ただ、回避が遅かった。炎の塊がマルコシアスに直撃して、上空で細かな火花を四散させる。その中から現れた獣の顔は、毛皮の一部が焼け地肌が露出していた。


 マルコシアスは地上に舞い戻ると、目元から紫色の血を流しながらウウウと唸る。

 そのときにはもう渡会が新しい武器を手にしていた。先ほどマルコシアスの炎に破壊されたバイクの車体である。それを渡会はまたも人間離れした怪力により腕一本で楽々と持ち上げていた。


 武器を手に、渡会はマルコシアスのほうへ駆ける。対するマルコシアスも空中に逃れようとはせず、渡会めがけて疾走した。

 両者の距離が瞬く間に埋まる。渡会は素早く車体を振り上げると。マルコシアスの頭部めがけて振り下ろした。刀を振り下ろすような鋭さだった。


 渡会の武器が怪力だとしたら、マルコシアスの武器はスピードだろう。

 マルコシアスは渡会の腕が持ち上がった瞬間に前方へ跳躍していた。それにより渡会が振り下ろした攻撃を回避しただけでなく、両者がすれ違った際に前足の爪で渡会の大腿部を引き裂いていた。


 渡会が軽く舌打ちをしながら振り返った頃には、彼の視線の先にもう獣の姿は無い。

 攻撃を与えたマルコシアスは、渡会の頭頂部を見下ろしながら素早く上昇を開始していた。空中と地上を頻繁に行き来するのがマルコシアスの戦闘スタイルだ。それは前回の戦いですでに知られていた。


 そう……マルコシアスの戦い方はすでに知られている。知られているということは、対応される(・・・・・)ということでもあった。

 次の瞬間、マルコシアスがウオンと吠える。驚いたような声だった。

 実際、一驚したのだろう。マルコシアスが上昇した先には樹流徒が待ち構えていたのである。


 渡会さんとの攻防が終わったとき、マルコシアスは空に逃げるはずだ。

 そう踏んでいた樹流徒は、背中からバフォメットの羽を展開して垂直上昇し、電柱の上に着地した。そしてマルコシアスが翼を広げた瞬、電柱から思い切り跳躍してマルコシアスの頭上に回りこみ、鋭い爪を振り下ろしたのである。


 これには、幾ら優れた機動力を持つマルコシアスでも避ける間が無かったはずだ。樹流徒の爪はマルコシアス片翼を根元から引き裂いた。本体と分離した大量の赤い羽根がひらひらと宙を舞う。


 マルコシアスは体のバランスを崩して墜落したものの、着地は綺麗に成功させた。

 逆に攻撃を仕掛けた樹流徒は空中で姿勢を制御できず、建物の外壁にぶつかってずるずると体を摩擦させながら落下した。まだ羽を上手く使いこなせていないため、垂直上昇しかできないのだ。


「アイツ、本当に悪魔の力を使うみたいだな……」

 どこか複雑そうな表情で呟きながら、渡会は、漆黒の羽を生やした樹流徒のほうを見る。

 ただ、今はまだ戦いの最中だ。渡会は樹流徒から視線を外すと、先程地面に叩きつけたバイクの残骸を再び拾い上げた。それで敵にトドメを刺すつもりなのだろう。翼を失ったマルコシアスは最早空に逃れる事は不可能に見える。倒すならば今が好機だった。


 渡会は両手を振り上げると、手に持っている物をマルコシアス投げつけた。軽く投げたように見えるのに、手の中にあった物は恐ろしい速度で飛び出す。

 対して、手負いのマルコシアスは幾分も闘争心を失っていないようだ。渡会の手元からバイクの車体が離れた直後、空気弾を放って応戦した。

 両者の攻撃がぶつかる。バイクの車体が空中分解して、八方に飛び散った。


 渡会は素早く両腕を顔の前で交差して、眼前で飛び散った金属片をガードする。

 途端にマルコシアスが牙を剥き出しにして、渡会に飛び掛った。相手の視界が塞がった今が好機だと踏んだのだろう。多分、その判断は誤りだった。


 ガードの隙間から覗く渡会の瞳が妖しく輝く。彼には敵の姿がハッキリと見えているようだ。渡会はその場から一歩も動かず、首と上体を素早く後ろに反らして力を溜める。そして敵が本当にすぐ目の前まで迫ったところで上体を振り頭を突き出した。要はただのヘッドバットである。


 ところが、渡会の額が狼の下あごを強か打ちつけた瞬間だった。

 バチッと何かが()ぜたような音がして、渡会とマルコシアスが接触した位置で青い雷が走る。


 マルコシアスは体勢を立て直すこともかなわず、体の側面から地面に叩き付けられた。

 しかし即座に立ち上がると、後ろへ飛び退く。跳躍しただけで、空中へ逃れようとはしない。やはりもう飛べないのだろう。

 樹流徒たちにとっては圧倒的に優位な状況だった。マルコシアスは翼をもがれて戦力が半減している。このまま一気に決着をつけることができそうだった。


 その流れに、とんだ横槍が入る。

 出し抜けに、思わぬ方向から白光体が飛来してきた。しかも単発ではない。四発、五発と、赤い炎の塊が、車道を挟んで反対側の歩道から次々と樹流徒たちめがけて撃ち込まれる。


 その内の一発が樹流徒の腕にぶつかり爆ぜた。服の袖が吹き飛び、その下から覗く腕に血が滲む。

「大丈夫か、相馬?」

 渡会がその場で樹流徒に声を掛けた。

「はい。それより……」

 今の攻撃はどこから飛んできたのか?

 樹流徒は反対側の歩道を見る。渡会マルコシアスも、揃ってそちらへ顔を向けた。


 彼らの視線の先には、悪魔の群れがいる。デウムスが六体。その巨体を所狭しと並べ、いっぱいに開いた口を樹流徒たちに向けていた。




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