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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖なる組織編
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八坂兄妹の事情



 仁万と渡会……これからスタジアムまでの運転を務めるニ人だが、彼らのバイクには少々問題があった。

 問題といっても、別にマシンが故障したり燃料が切れたわけではない。どちらのバイクも、二人乗りに適していない状態なのだ。仁万のバイクは武器を収納するための自製ケースがタンデムシート(後部座席)にくくり付けられていた。かたや、渡会のバイクはシングルシートであることに加え、パニアケースとトップケースが装着されている。これでは、後ろに人を乗せて走るのは難しかった。


 そのため、仁万のバイクはケースを固定しているゴムロープを解く必要があり、度会は別のバイクに乗り換えた方が早かった。仁万は急いで作業に取り掛かり、渡会はニ人乗りに適したバイクを調達するために何処かへ走り去っていった。


 彼らが出発の準備を終えるまでのあいだ、樹流徒と令司はアジト前で待機することになった。樹流徒は仁万と渡会を手伝おうと思ったのだが、彼らが口を揃えて「手伝わなくて良い」と言ったので、すっかり手持ち無沙汰になってしまった。令司は初めから手伝う気はなさそうだった。


 太乃上荘の入り口と三階の窓は、悪魔の襲撃を受けた際に破損したたまま、未だ補修はされていない。ただ、地面に飛散したガラス片はいつの間にか撤去されていた。

 樹流徒と令司は、玄関を挟んで並び立つ。その姿はまるで門番のようだった。互いに口を聞かず、目も合わせず、どこかギスギスした関係の二人に見える。或いは門番というより、偶然そこに居合わせた赤の他人に見えるかも知れない。少なくとも仲が良さそうには見えなかった。

 それを象徴するかのような冷たい風が、彼らの足下を通り過ぎてゆく。冷風の後を追いかけて、フォーウ、フォーウ……と、悪魔の発する妙な鳴き声が、遥か遠方より微かに響いた。

 

 このままずっと黙っていたら、とてもではないが()が持たない。

 玄関の前で棒立ちになって数分。樹流徒は早くも気まずさを感じ始めていた。

 この場所に第三者がいれば、随分居心地が違うのだろう。ただ、あいにく樹流徒の目が及ぶ範囲には令司以外誰もいなかった。渡会はバイクを探しに行ってしまったし、少し離れた場所で作業をしている仁万の姿は霧に隠れて見えない。アジトの中から誰かが出てくる様子も無く、樹流徒と令司は完全に2人きりだった。


 令司のほうから話しかけてきそうな気配はまるでない。逆に「話しかけてくるな」という雰囲気ならば先ほどからずっと放っている。

 それでも敢えて声を掛けてみるべきか……樹流徒は判断しかねているところだった。


 これから組織のメンバーたちと協力して戦うのだし、少しでも関係の改善を図っておきたい。誰かに媚を売ったり、どうしても相容れない相手と無理に仲良くなる必要はまったく無いが、歩み寄る努力をする前から心を通わせるのを諦めては、少し勿体無い。

 そう考えた樹流徒は、意を決した。悪態をつかれることを承知の上で、隣の青年に話しかけてみようと決める。実を言えば、丁度令司に対しては聞いてみたいことがあったのだ。


「八坂」

 早速話しかけてみると

「何だ? 気安く名を呼ぶな」

 令司は即答したが、あからさまに不機嫌そうだった。両の瞳は霧の先で微かに滲む水色の光を見つめたまま、瞬きひとつしない。

 それでも無視されなかっただけマシかも知れない。樹流徒は構わず話を続ける。

「君は相当悪魔を憎んでいるらしいな。一体、君の過去に何があった?」

 尋ねると、令司は鼻で笑った。

「突然何を言い出すかと思えば……。そんなことを聞いてどうする?」

「どうもしない。ただ、君から露骨な敵意を向けられている僕としては、その理由を知りたいと思っただけだ」

「俺の個人的な話を貴様に聞かせてやる義理は無い」

 バッサリ切り捨てて、令司は前髪に隠れた眉を吊り上げる。近寄り難いどころか、これ以上樹流徒が近付けば腰に差した刀を抜き放って、本当にバッサリ斬ってしまいそうな雰囲気である。

 ただ、樹流徒は臆さなかった。

「分かった。だけどこれだけは言わせてくれ。僕は、自分のことを普通の人間だと思っている。たとえこの体に悪魔の魂が宿っているとしても」

 それだけは、どうしても主張しておきたかった。


 八坂は返事をしない。いよいよ険悪なムードが立ち込めた。仁万の作業が終わるか、渡会が戻って来るまでまでずっとこの沈黙が続きそうだ。そんな空気だった。


 ところが、そんな空気を鬱陶しく感じたのか、それとも樹流徒が真正面からぶつかった甲斐があったのか、令司のほうから口を開く。

「貴様の言う通り……確かに俺は悪魔を憎んでいる。世界の誰よりも憎んでいる」

 つい先程「話す義理は無い」と口にしたばかりの話題を、令司自ら語り始めた。気のせいだろうか、心なしか顔から険が消えたように見える。口調も幾分丸くなったように聞こえた。


「何故、そこまで悪魔を憎む?」

 樹流徒は改めてそれを問う。

 一呼吸置いて、令司は語り出した。

「奴らの存在が俺から全てを奪っていったからだ。両親の命、家、平和な日常。そして妹の幸せも」

「妹? 早雪(さゆき)ちゃんのことか?」

「軽々しくアイツの名を呼ぶな。どうしても呼ぶならせめて早雪さん(・・)と言え」

「ああ……。分かった」

 意外にも、名前を呼ぶこと自体は許してくれるようだ。


 それにしても、いま令司が言った「悪魔が早雪の幸せを奪った」とは、一体どういう意味なのだろうか? 令司の口ぶりからして、両親が亡くなったことや、家を失ったこととはまた別の話らしい。早雪自身に何か良からぬことが起きたという意味合いに聞こえた。

 果たして、彼女に何があったのか? 樹流徒は内心で小首を傾げる。早雪は現在体調を崩しているらしいが、性格は明るそうに見えたし、笑顔の時も無理して表情を作っているようには見えなかった。故に、彼女が悪魔によって幸せを奪われたなどという風にはどうしても考えられなかったのである。


 しかしその認識は、次に令司の発した言葉によって一変する。

「早雪には……悪魔の呪いがかかっている」

 令司は、毒をあおったような顔でその事実を話した。


 呪い。

 その言葉を聞いて、樹流徒の脳裏に真っ先に浮かんだのは、記憶に新しいバフォメットとの戦いだった。

 あの死闘の最中(さなか)、樹流徒は実際にバフォメットの呪いを体験した。悪魔の呪いというものが実在することを、樹流徒はすでに身をもって知っている。


 どうやら、あの“悪魔の呪い”が、早雪にもかかっているらしい。バフォメットが使った呪いとは別物なのだろう。一口に呪いといっても、きっといくつかの種類があるのだ。或いは数え切れないほどの種類があるのかもしれない。

 例えば、“ヘラの呪い”もそのひとつかも知れなかった。ゼウスの愛人・ラミアは、ヘラの呪いにかかり、己の子供を食い殺すようになってしまった……という話を、樹流徒は、南方から聞かせてもらった。


「早雪は悪魔の呪いによって慢性的な熱病に苦しんでいる」

「病の呪いか……」

「そうだ。お陰でアイツはろくに学校へも行けない日々を送っている」

 そう語ったときの令司は、悪魔に対する憎悪を宿した青年ではなく、一人の兄として妹の身を案じる青年の顔をしていた。

 ただ、その表情は次の瞬間にはもう悪魔を憎む修羅の形相になっていた。

「俺が組織に身を置いている理由はニつある。一つは、いつか早雪にかかった呪いを解くこと。そしてもう一つは、俺たちから全てを奪い去った悪魔の存在を根絶やしにすることだ」

 令司の指に力がこもる。ゴキゴキと骨が鳴いた。


 ――早雪さんの呪いを解く儀式はできないのか?

 樹流徒はそう尋ねようとして、思い留まった。恐らくそれは愚問だった。呪いが解けるならばとっくにやっているはずだからである。

「それで君は……悪魔を憎んでいるんだな? 家族の命を奪い、早雪さんに呪いをかけた悪魔を」

「ああ。そうだ」

 令司は首肯した。そしてすぐさま言葉を継ぐ。


「俺は、自分が狭量な人間であることを知っている。なにしろ、悪魔という言葉を聞いただけで、冷静でいられなくなるからな。心の底から沸き上がる憎しみを抑えることが出来ない」

「だから、悪魔の力を使う僕に対しても敵意を向けてくるというわけか」

「ああ。貴様の体内に悪魔の魂が存在していると想像すると、正直こうして隣に立っているだけでも吐き気がする」

「そうか……」

 何とも言えない複雑な心境が、樹流徒の胸の内に起こった。

 悪魔が引き起こしたのであろう魔都生誕により家族を失った樹流徒には、令司の気持ちが多少なりとも理解できたからである。


 もし、魔都生誕の元凶が目の前に現れたら、その時、僕は冷静でいられるだろうか?

 樹流徒は想像してみた。

 とてもではないが無理そうだった。相手を許せそうになかった。バルバトスたちとの出会いがあったから、悪魔という種族そのものに対する憎しみこそ抱かなかったが、自分の家族を奪い故郷を滅ぼした悪魔に対しては憎んでも憎みきれないほどの黒い感情を覚えた。


 令司はどことなく自嘲気味な笑みを浮かべる。

「どうだ? 俺の不幸自慢を聞いて少しは気が済んだか? だったらもう余り俺と妹には関わるな」

「……」

 この身に悪魔の力が宿る限り、令司との関係を改善をするのは難しそうだ。それは多分致し方の無いことなのだろう。誰の責任でもない、どうしようもないこと……

 八坂兄妹の真実を知って、樹流徒はそう判断しかけた。


 ただ、樹流徒はひとつ大切なことを忘れていた。南方もベルも、口裏合わせをしたわけでもないのに揃って「令司は根はイイヤツだ」と言っていたことを。

 あの話が事実かどうかは不明だが、今回こうして言葉を交わした影響で、令司にほんのわずかな心境の変化が起こったのかもしれない。

 もう二度と口を聞いてもらえなかったとしてもおかしくない。そう思って、樹流徒が霧の奥に視線を投げたとき――


「ただ、レビヤタンの件に関しては疑って悪かった。それだけは貴様に謝っておく」

 少し早口で言って、令司は樹流徒から顔を背けた。



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