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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖なる組織編
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見知らぬ男たち



 窓の半分をそっと隠したカーテンが、少し強めの風を全身に受けて小さな帆を張った。

 外から射し込む光は無にも等しく、室内は雨の晩よりも深淵な闇に沈んでいる。


 その闇の中央で樹流徒は静止していた。

 ぼやけた視界を、どこか見覚えのある天井が埋め尽くしている。何本もの細い柱が平行になって並ぶ、和室独特の(おもむき)溢れる竿縁(さおぶち)天井だった。たったいま目覚めたばかりの樹流徒には、まるで留置所の檻か、見張り窓のように見える。

 それを、いつ、どこで見たのか思い出せなかった。決して見慣れた天井ではないし、全く懐かしい感じもしないので、見覚えがあるとしても比較的新しい記憶に違いなかった。


 ふと、後頭部に伝わる枕の柔らかい感触に気付く。胸元から足の先にかけては、布団の心地よい重みと温もりを感じた。

 鼓膜を揺らす音はない。穏やかに脈打つ心音すら耳障りになりそうなほど、辺りは限りなく無音に近かった。


 ここは……一体どこだ?

 樹流徒は、己の置かれている状況が良く理解できなかった。気付けばいつの間にか布団の中で寝ていたのである。寝ていたというより、恐らくは誰かに寝かされたのだろう。


 黙然と体を横たえたまま、樹流徒は一切の身動きを忘れた。開いたばかりの(まぶた)を塞いで、居心地の良い布団の中で深く静かな呼吸を繰り返しながら、頭の中だけを徐々に動かし始める。


 すぐに、自分が意識を失ったときのことを思い出した。マルコシアスとの戦いで負った傷を癒すためにベヒモスとレビヤタンの魔魂を吸収して、その最中に気絶してしまったのだ。

 どうしてそうなったのか、理由は分からない。全身にとてつもない力が充満して、急に目の前が真っ白になったことだけは覚えていた。


 多分その後、南方さんとベルさんがここまで運んでくれたんだろう。

 そこまで考えたところで、樹流徒ははたと気付いて目を開けた。

 正面に見える竿縁天井のことを思い出したのである。どうも覚えがあると思ったら、南方が寝ていた部屋で見たものと良く似ている気がした。

 もしかすると、ここは太乃上荘なのかもしれない。


 闇に慣れた双眸(そうぼう)で、樹流徒は天井を渡る竿の一本を見つめる。頭の中は問題なく冴えていたが、これ以上余り色々な事を考えようという気分にはなれなかった。


 ――おや。目を覚ましたみたいだね。


 と、その時。

 不意に、樹流徒の耳に聞き覚えの無い声が飛び込んできた。

 若い男の声である。やけに穏やかな口調だが、南方ではない。彼よりもずっと落ち着きのある声だった。


 樹流徒は油断していた。周囲から全く物音が聞こえなかったということもあり、すぐ近くに人がいるのを察知できなかった。

 掛け布団を跳ねるような勢いで慌てて上体を起こし、謎の声が聞こえた方を見やる。


 一体いつからそこにいたのだろうか、部屋の隅で一人の男が正座をしていた。背筋をぴんと伸ばし、とても美しい姿勢をしている。

 見た目二十代半ばくらいの男だった。やや顎の尖った、利発そうな顔立ちをしており、金属製フレームの眼鏡をかけている。櫛で()かしたように整った黒髪、それにシャツの上から着こなしたグレーのカーディガンが、落ち着いた雰囲気を(かも)し出していた。


 虚を突かれた樹流徒が完全に固まっていると……

「体はどこも痛くないかい? 水は要る?」

 眼鏡の男は口元に微笑を浮かべ、初対面の樹流徒に気遣いの言葉を掛ける。

「あ……。大丈夫です」

「そう。それは良かった。じゃあ、ちょっとここで待っててもらえるかな」

 男はそう言うと、膝に手を突いて静かに立ち上がった。正座をしていたときと同様、背筋は真っ直ぐに保たれ、立ち姿も綺麗だった。そのためか、体型は中肉中背だがやけにスラリとして見える。何より堂々としているような印象を樹流徒に与えた。


 眼鏡の男は落ち着いた足取りで部屋を出てゆく。どこへ何をしに行くのか、樹流徒に一切告げず、廊下に消えた。出入り口の扉がカチャリと、小さな音を立てて閉まる。 


 樹流徒は開きっ放しの(ふすま)を見つめた。

 眼鏡の男が声を発してから退場するまでの展開が余りにも急過ぎて、きょとんとしてしまった。相手の名前を聞く暇すらなかった。


 束の間の(のち)、我に返った樹流徒は、軽く周囲を見回す。

 見覚えのある床、壁、机、それに窓の配置……目に映る光景は、南方が寝ていた部屋と全く同じだった。やはりここはイブ・ジェセルのアジトに違いない。


 ということは、今部屋を出て行った眼鏡の男の正体は、組織のメンバーと考えるのが妥当だろう。

 もしかすると彼が“隊長”と呼ばれる人物だったのかもしれない。


 樹流徒はそこまで想像して、やめた。時を止めたかのように静まり返った空間はどこか索漠(さくばく)とし過ぎており、(かえ)って彼の思考の持続力を奪ったのだった。


 樹流徒は寂寥感(せきりょうかん)を覚えながらも、安寧のひと時を噛み締める。もう少しの間、この闇に浮かんでいたい気持ちに駆られた。


 それから何分くらい経っただろうか。樹流徒が再び仰向けになって、窓の向こうに見える霧一色の景色に視線を投げていると、やがて、廊下から足音が聞こえてきた。


 足音の数はひとつではない。二人か三人。少人数が床を踏み鳴らし、近付いてくる。

 それは樹流徒がいる部屋の前で立ち止まった。

 誰か来た、と思って樹流徒が急いで上体を起こしたときには、ノックも無しにやや乱暴に扉が開く。

 部屋の中にニつの人影が踏み込んできた。


 人影の片方は、先程部屋を出て行った眼鏡の男だ。そしてもう片方は、またも樹流徒にとって初対面の男だった。


 その男は、南方よりも少し年上に見えた。三十代半ばくらいだろうか。しかし樹流徒の注意は彼の顔よりも先に全身の輪郭へと向けられる。なにせ男は熊のように大きかった。

 髪は恐らく黒に近い茶色で、短めにカットされている。精悍な顔立ちをしており、闇の中で光る瞳の奥には力があった。ミリタリー系のファッションで全身を固めている。一見すれば、野性味溢れる大男といった感じだ。


「よう。目覚めの気分はどうだ?」

 大男はフランクな言葉遣いで樹流徒に語りかける。微かに口角を持ち上げ、不敵な笑みを作った。

「特に悪くは無いです」

「それは結構」

「ここは組織のアジトですか?」

「ああ。ご明察だ」

 大男は更に口の両端を曲げて首肯する。


「じゃあ、僕たちが何者かを説明する必要も無いかな?」

 と、眼鏡の男。

 樹流徒は相槌を打った。

「そう、恐らく君が想像している通り、俺たちは組織のメンバーだ。俺は砂原美智雄(すなはらみちお)

 大男が名を明かす。

「僕も自己紹介がまだだったね。仁万(にま)というんだ。よろしく」

 続いて、眼鏡の男も名乗った。


 野性的な大男・砂原と、知的な顔をした眼鏡の男・仁万。

 彼らは対照的な存在感を放っており、それは二人が隣り合って立つことでより一層際立っていた。


 それにしても、この砂原と名乗る男……。もしかすると、この人が隊長かも知れない。

 大した根拠も無く樹流徒はそう感じた。男たちの間に流れる空気や、砂原の全身に漂う風格などから、何となくそう思えたのである。


「僕は……」

 樹流徒が名乗り返そうとすると

「相馬キルト君だろう? 話はベルたちから聞いている」

 砂原が声を被せる。


「君がレビヤタン上陸を未然に防いでくれたんだってね。僕たちからもお礼を言うよ」

 と、眼鏡の男・仁万。

「少し前までタダの一般人に過ぎなかった青年がマモンやバフォメットを退けたというから、一体どれだけ屈強な男かと思っていたんだが……。実際こうして向かい合ってみると、どこにでもいる高校生にしか見えんな」

「……」

「さて。もう少し広い場所に移動しようか。立てるだろ?」

 砂原は手を差しのべる。

 樹流徒がそれを掴むと、もの凄い腕力で引っ張られ、立たされた。


 そのとき初めて、樹流徒は自分が派手な柄のTシャツを着ていることに気付いた。加えて、何故か首からは甲殻類を模した型のシルバーネックレスを提げている。

 一体誰の服だろうか? 南方や仁万の服にしては派手だし、砂原の服にしてはサイズが小さい。

 もっとも、今はそのようなことを気に留めている場合ではなかった。

 ズボンのポケットを(まさぐ)ってみると、悪魔倶楽部の鍵はちゃんとそこにあった。服を着替えさせた人が入れておいてくれたのだろう。


「これからどこへ行くんですか?」

 樹流徒は、砂原と仁万、どちらにともなく尋ねる。

「大広間だ。そこに他のメンバー全員を待たせている」

「待たせている? 何のために?」

「改めて皆に君のことを紹介するためだ。我々の協力者(・・・・・・)としてな」

 砂原はそう言って、樹流徒の肩を軽く叩いた。




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