表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖なる組織編
74/359

飛行



 一声グワッと吠えて、悪魔の表情が苦痛に歪む。

「今のは?」

 たった今放たれた炎の弾は一体何だったのか? 樹流徒は南方の背中に問う。

 銃や弾丸に物理的な改造が施されていたとは思えない。そう言い切れるほど、炎の弾丸はありえない動きをしていた。矛盾した言い回しになるが、何か超常的な力が働いていたのではないかと考えるのが自然だった。


 南方は答えない。

「説明は後。それより、敵さんすっかりお冠みたいだ」

 代わりにそう言って、硝煙の臭いが漂う銃口にふっと息を吹きかけた。


 南方の言葉通り、マルコシアスは攻撃を受けたことによって明らかに怒っている。心なしか目つきが鋭くなっているし、牙の隙間からウウウと低い(うめ)きを発していた。


 上空が絶対の安全場所でないことを知ったであろうマルコシアスは、下降を始める。樹流徒と南方が固まっている地点を狙って青い炎の玉を連射してから、道路に降り立った。着地の拍子に体勢を崩す。炎の弾丸に脚を撃ち抜かれた影響だろう。


 樹流徒と南方はそれぞれ別方向に転がって、上空から降り注ぐ炎の玉をやり過ごした。

 標的を外した青い炎は、先ほど横転したバイクに着弾する。爆発の衝撃で車体から細かな破片が飛び散った。すでに酸化して真っ黒に変色していたバイクは、再び鉄の()き火と化す。

 咄嗟(とっさ)の回避行動を取った衝撃で、空気弾を受けた樹流徒の腹部に激しい痛みが走った。額から頬へと一筋の汗が伝う。シャツの赤いシミはもう胸の下まで侵食していた。


 樹流徒たちが地面を転がって炎を回避している最中、ベルは攻撃を仕掛けていた。マルコシアスが着地の瞬間によろめいたのを、彼女は目敏(めざ)く見逃さなかったようである。足音を殺してマルコシアスの背後から迫り、スタンロッドを振り下ろした。


 対するマルコシアスは前脚の負傷を感じさせぬ鋭い加速で前方へ駆け出し、ベルの攻撃から逃れる。四つの瞳を持つ悪魔は、やはり後ろも見えているようだ。


 空を切ったベルのスタンロッドは、先端部分が道路に触れたと同時に、バチバチと騒音を響かせた。生物の本能的な恐怖を刺激する耳障りな音が弾ける。

 その音に驚いたのか、マルコシアスは駆け出した勢いそのまま跳躍し、翼を広げて宙に舞った。上がったり下がったりとエレベーターみたいな悪魔だ。


 難を逃れたマルコシアスは低空を飛行する。徐々に速度を落としながら大きな旋回を見せた。丸い瞳を動かして瞳孔の中心に樹流徒を捉えると、急加速する。樹流徒に接近しながら空気弾を放った。攻撃を終えるとすぐさま高度を上げる。


 空気弾は急激に萎みながら直進し、樹流徒の腕をかすめて通り過ぎた。その後ろに転がっていたスチール缶を吹き飛ばす。


 空き缶が地面を転がる音が鳴り止んだと同時、南方が拳銃で反攻に出た。銃口から飛び出た弾丸は、またも全身から火の粉を噴いて不自然な加速を行う。それだけではない。宙に引かれた真紅の弾道は、今度は緩やかな弧を描き、最終的にマルコシアスの皮膚を削った。炎の銃弾には微弱ながら追尾性能も備わっているらしい。


 樹流徒も痛みを堪えて攻撃を試みる。マルコシアスに向かって掌をかざし、魔法陣を展開して魔界の炎――火炎砲を放った。

 火炎砲は、高威力である反面やや速度が遅いという欠点がある。素早いマルコシアスにはそうそう当たらない。実際樹流徒が放った炎はマルコシアスと同じ高さに到達した頃にはまるで見当違いの場所を飛んでいた。


「マルコシアスが空にいる間は南方の射撃だけが頼りか。せめて私らにも飛行能力さえあれば……」

 ベルが天を睨む。

 人間は自力で空を飛べない。子供でも知っている事実だった。「飛行能力があれば」というベルの一言は、普通に考えれば願望以外の何ものでもない。しかも絶対に叶わない願望だ。ベルだって特に深い意味も無く言ったのだろう。


 その無意味そうな一言が、樹流徒に突然の閃きを与えた。

 そうだ。空を飛べばいい。

 目から鱗が落ちたような気分だった。悪魔が空を飛ぶならば、こっちも悪魔の力を使って飛べばいい。何故今までそれに気付かなかったのか、樹流徒は不思議にさえ感じた。


 樹流徒がこれまでに戦ってきた悪魔の中には、飛行能力を持つ悪魔がいる。例えば小人型悪魔チョルトがそうである。ただ、チョルトの羽では小さすぎて樹流徒の体を宙に浮かせるだけの力は出せない。それは以前、実証済みである。実証済みだからこそ、樹流徒は空を飛ぶという選択肢そのものを頭から排除してしまっていたのかも知れない。


 以前はチョルトの羽しか使えなかったが、今は違う。樹流徒は他にも羽を持っている悪魔と戦った。あの悪魔(・・・・)の羽を使えば上手くいくかも知れない。

 試してみる価値はあった。樹流徒は、今一度傷の痛みを押して勝負に出る決心をする。マルコシアス相手に空中戦を挑んで、今の状況を変えたかった。


 樹流徒の背中が皮膚の内側からミシミシと不気味な音を立てる。

 次の刹那、背中の骨と皮膚が爆発的な勢いで変形する。それは服を突き破り、一対の大きな漆黒の羽となって姿を現した。


「あれは……バフォメットの羽か」

 南方は目を丸くする。

 そう、村雨病院で戦った悪魔バフォメットの背中には大きな羽が生えていた。ベルが何気なく口にしたであろう一言によって、樹流徒はその存在を思い出したのだ。


 漆黒の羽を動かしてみると、己の筋肉や神経が羽にも繋がっているのが分かった。体の部位が増えるというのは、とても不思議な感覚だった。別の生き物に生まれ変わってしまったような気分になる。


 普段意識的に使用することのない背中の膂力(りょりょく)を全力で稼動させ、樹流徒は羽をいっぱいに広げた。

 次に道路を蹴って垂直に飛ぶ。羽をはばたかせると、体がぐんぐん地上から離れていった。成功だ。バフォメットの羽は、人間の体を空の世界へ導くのに申し分ない力を持っていた。


 これならいける。空の敵と戦える。

 一気に勝負を決めてしまおう、と樹流徒はマルコシアスを睨んだ。


 それも束の間。樹流徒が進行方向を変えようとした途端、問題が発生する。

 垂直に上昇している最中は何も問題なかった樹流徒の体が、正面に向かって飛ぼうと背中を前傾させた瞬間にバランスを崩した。


 樹流徒の体ははじめ前後に小さく揺れていたが、それを修正しようとするたびに揺れの幅が大きくなった。すぐに姿勢を保つことができなくなる。空を飛ぶというよりは、宙でもがいているようにしか見えなかった。


 それを目にしたマルコシアスは、今が好機と踏んだらしい。不慣れな動きでかろうじて空にしがみ付いている樹流徒めがけて、口から三発の炎を吐き出した。


 樹流徒は完全に自分のコントロールを失っている。でたらめに飛び回ることしかできなかった。ただ、そのお陰と言うべきだろうか、幸いにも自分の意思とは異なる動きで、マルコシアスの攻撃を回避する。そのまま糸が切れた凧みたくよろめきながら落下して、最後は肩から地面に墜落した。その衝撃が傷に響いて、樹流徒は思わず顔をしかめる。


「何やってんだ」

 ベルは呆れ声を発しつつ、発砲して敵を牽制する。地面に叩き付けられて死に体を晒した樹流徒を救う格好となった。


 樹流徒は立ち上がり、バフォメットの羽を解除した。どうやらこの能力を自在に操るためにはコツを掴む練習が必要らしい。空中戦を仕掛けるという発想は決して悪くなかったが、それを今すぐに実行するのは無理だった。


 と、その時。

 咆哮とも悲鳴ともつかぬけたたましい声が、海岸から発せられ、堤防を乗り越える。樹流徒たちの肌をビリビリと刺激した。

 果たしてその声がベヒモスのものだったのか、レビヤタンのものだったのかは分からない。


 二体の怪物はいつの間にか全身傷だらけになっていた。決着を急ぐかのように防御を無視して殴り合っていたのだから、当然といえば当然かも知れない。

 ベヒモスの体には無数の穴が開き、黒っぽい血がとめどなく溢れ出している。

 かたや、レビヤタンの背中にも爪で引き裂かれた傷口があり、そこから緑色の液体が流れている。更に片目が潰れていた。

 

「ムウ……。レビヤタン傷付き過ぎ。アレでは現世破壊する力残ってない」

 マルコシアスは悔しそうな声を漏らすと、素早く転進して樹流徒たちに背を向けた。何処かへ飛び去ろうとしているらしい。

「逃がすな!」

 敵の離脱を察知したベルが叫ぶ。

 彼女が言い終えたのとほぼ同時、南方の拳銃がマルコシアスに照準を合わせた。銃口から炎の弾丸が飛び出す。


 だが少し遅かった。マルコシアスは樹流徒が視認できない距離まで離れ、弾丸が引いた赤い線は標的を見失ったように緩やかな弧を描きながら空へ駆け上っていった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ