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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖なる組織編
72/359

二大悪魔激突



 レビヤタンは、樹流徒の想像を越えた巨躯を海面より露にする。そのサイズは世界最大の動物とされるシロナガスクジラよりも遥かに大きい。生物以外で例えるならばジャンボジェット機を少し分厚くしたようなスケールである。頭部は(ワニ)で体は鯨という、詩織の予言そのままの姿をしていた。


 超()級の悪魔は全身を捻りながら跳ね、背中を海面に叩きつける。水が割れて派手な飛沫(しぶき)を上げた。水飛沫というよりは、爆発といった方が良いかも知れない。


「なるほど。確かにあんな化け物とまともにやり合っても無意味だったな」

 ベルは腑に落ちたような口調で呟く。


 見る者全てを戦慄させるであろう跳躍を見せた怪物は、再び海底に潜った。そして現世の海水を体に馴染ませるかのように、巨大な影を緩やかな速度で蛇行させる。今すぐに岸へ向かってくる様子は無い。


 ただ、樹流徒にはレビヤタンの動向を観察している暇など無かった。敵が海岸に接地するよりも早くベヒモス召喚の儀式を終えなければいけないからである。

 一度だけ顔を上げてレビヤタンの姿を視認し、その後樹流徒は呪文の詠唱に精魂を傾けた。幾ら精神を集中しても、桁外れの力と大きさを備えたレビヤタンの接近を完全に意識から除外するのは不可能だが、その恐怖に抗いながら儀式を進行する。


 南方は階段の上で棒立ちになって、瞬きひとつせずに海上を見つめていた。

 微動だにしない彼の元に、ベルが駆け寄る。

「ボーっとするな。ベヒモス召喚が失敗したら、すぐアジトへ引き返して隊長に報告だ」

 そう言って、南方のYシャツの襟首を掴んで引っ張った。

 2人は速やかに階段を上って、バイクに(またが)りエンジンをかける。アクセルに手をかけたまま、無言で樹流徒の背中を見下ろした。


 そのあいだも樹流徒は紙に記された呪文を指先で追いながら、謎の文字列をたどたどしく独唱している。呪文に使用されている言語のイントネーションを知らないので、機械音声が読み上げているみたいな棒読みの詠唱になってしまった。

 前方から迫る恐怖に加えて、後方から微かに聞こえ始めたバイクニ台の、急かすようなアイドリング音に神経を乱される。それでも樹流徒は、儀式を一発で成功させなければという意思の力で集中を保った。


 残り三行……二行……。

 手紙に書かれた呪文の、最後の一行、そして最後の一文字を読み終えたとき、樹流徒は唇を結び、思わず胸の前で握り拳を作った。南方の手紙がくしゃと潰れる。

 最後まで読み誤ることなく、呪文の詠唱を一回で成功させた。儀式はこれで完了である。やれるだけの事はやった。あとは運命に全てを懸けるのみ。

 息をするのも忘れて、樹流徒は足下に視線を落とす。魔法陣に変化が起こるかどうか注視する。


 頼む。来い! ベヒモス!

 頭の中で強く祈った。


 異変はすぐに生じた。砂浜に描かれた線に沿って黒い光が走り出したのである。悪魔召喚の名に相応しい、見るからに禍々しい光が、魔法陣の円と五芒星をなぞってゆく。

 続いて魔法陣全体とその周囲から冷たい風が巻き起こり、地表の砂を宙に舞い上げる。木枯らしにしても冷たい、()てつくような上昇気流だった。


 樹流徒はぎょっとする。魔法陣の上に配置した生贄が地面に埋もれ始めていた。まるで蟻地獄か底なし沼にでもはまったかのように、徐々に下へ下へと引きずり込まれてゆく。


 樹流徒の全身から魔魂が放出されたのは、そのとき。

 宙に解き放たれた赤黒い光の粒が、他の生贄と同様、魔法陣の中に吸引される。それに合わせて、樹流徒は己の体から軽く力が抜けてゆくのをはっきりと感じた。断言はできないが、マモンの魔魂を生贄に捧げたことによる影響だろう。


 レビヤタンはいつの間にか岸に迫りつつあった。すでに体の上部が水面から頭を覗かせている。黒と緑を混ぜたような色をした肌は、海水に濡れてらてらと(・・・・・)輝いていた。

 樹流徒は固唾を飲んだ。強く握り締めたままの拳に手汗が滲む。


 レビヤタンの接近に呼応するかのように、ゴ、オ、オ、という小さな地鳴りのような音が魔法陣の真下から響いてきた。薄気味悪い低音が、樹流徒の心臓を揺さぶる。


 低音の正体は地鳴りではなかった。声である。恐ろしくでかい唸り声をあげる生物が、地の底から猛烈な勢いで昇ってくる。

 樹流徒の本能が、魔法陣の中に留まるのは危険だと判断した。逃げる方向を選ぶ余裕も無く、とにかく急いでその場から離脱する。


「来るぞ」

 南方が誰にともなく言う。

 砂粒を巻き上げる冷風が止んだ。代わりに、魔法陣の中心から外側へ向かって闇が広がる。完全な漆黒が、瞬く間に円の中を埋め尽くした。まるでそこにだけ宇宙が広がったかのようである。空の光さえ届かない巨大な大穴が開く。


 時は来た。

 闇の穴から凄まじい勢いで何かが飛び出す。それは、河馬(かば)の前足だった。ただし大きさは河馬の比ではない。足というより円柱の建造物に見える。


 およそ生物の一部とは思えない特大の足は、大穴を抜け、浜辺を踏みしめた。大量の砂埃を舞い上げる。

 樹流徒は咄嗟に両腕を上げ、飛び散る砂塵から顔を守った。


 魔法陣から這い出た化物は、前足に続いて象の頭を覗かせる。更に、窮屈そうな姿勢で(サイ)の胴体、後ろ足、そして最後に狐の尾を現した。

 複数の動物を混合した外貌を持つ巨獣が、今、奈落の底より現世に召喚された。レビヤタンに勝るとも劣らない迫力を発している。


 間違いない。こいつがベヒモスだ。

 樹流徒は確信した。


「アイツ、本当にベヒモス召喚に成功しやがった」

「そうだね。さて、ここからどうなるかな?」

 ベルと南方は割と落ち着いた様子で言葉を交わし、バイクのエンジンを切る。そして二大悪魔が揃った圧巻の光景を遠目に眺めた。


 己が召喚された理由を、ベヒモスは知っているのかも知れない。巨大な瞳がレビヤタンの背中をジッと睨みつけている。

 この怪物たちを前にして樹流徒が出来ることといえば、戦いの巻き添えを食わぬよう避難することぐらいだった。

「頼む。レビヤタンを止めてくれ」

 ベヒモスにそう命じると、樹流徒は南方たちがいる道路に向かって砂浜を一直線に駆ける。二人と合流しようとした。


 そこへ思いもよらない邪魔者が入り込む。

 樹流徒が海に背を向けたのとほぼ同時、黒い影が遠くの空から疾走してきた。

 それは矢のような速さで道路沿いの森林を飛び越え、南方たちの遥か頭上も過ぎ去って砂浜に着地する。樹流徒の行く手を遮った。


 その正体は、赤い翼を生やした狼だった。毛は黒く、体長は百六十センチ以上もある。尾は蛇になっていた。悪魔に違いない。

 敵だろうか? 樹流徒は身構える。


「今、ベヒモス召喚したニンゲン、オマエか?」

 狼型の悪魔は姿を現すなり樹流徒に問う。片言みたいな喋り方だった。

「ああ。そうだ」

 樹流徒は確答する。

 途端、眼前の獣から殺気が放たれた。樹流徒は両手から悪魔の爪を伸ばして身構える。


「オマエ死ねばベヒモス魔界に帰る。そしたら、もう誰にもレビヤタン止められない。だからオレ、オマエ殺す」

 狼の悪魔は一方的にそう告げると、樹流徒めがけて飛び掛った。標的の頭上から前足の爪を振り下ろす。それに反応して樹流徒も爪を振り上げた。


 両者は目にも留まらぬ速さで交差する。樹流徒のこめかみ、そして悪魔の脇腹に細い線が入った。お互いの薄皮を切る。

 着地した狼はウウウと唸って、即座に体を翻した。そして大きく開いた口を樹流徒に向ける。口内には先の尖った短い牙が綺麗に整列していた。


 それ見た瞬間、樹流徒はこれまでの戦いの経験から、何かしら攻撃が来そうだと感知した。半ば反射的に横へ飛ぶ。

 その判断と行動は正しかった。次の刹那、悪魔の口内から放たれたものは、ほぼ無色透明の球体だった。内側には空気が揺らめいている。まるで空気の弾……“空気弾”である。


 それは発射された直後バスケットボールくらいの大きさを持っていたが、直進するにつれて急速に萎んでゆく。樹流徒のすぐそばを通り過ぎて地面に着弾した時には、ソフトボールくらいの大きさまで縮んでしまった。ただ、見た目に寄らず威力が高い。圧縮された空気弾は、砂を四方に吹き飛した。


 この攻撃をまともにもらってはいけない。急所に受ければ即死。

 樹流徒の表情が固く引き締まった。


 ――グオオオオ


 その時、派手な叫び声が辺り一帯の空気を振動させる。

 ベヒモスの雄たけびだった。浅瀬に侵入したレビヤタンを眼下に据えて咆哮したのである。レビヤタンはほぼ全身を海上に露出していた。


 天を衝く巨体を直立させていたベヒモスが、勢い良く走り出す。足音を踏み鳴らす度に大地が上下した。

 樹流徒と狼の悪魔は、申し合わせることなく停戦する。二大悪魔が衝突する瞬間の目撃者となるべく、一時的に全身の動きを止めた。


 そして遂に両雄が激突する。怪物たちが真正面から体をぶつけ合うと、再び海面の水が弾け飛んだ。レビヤタンが跳躍した時よりもさらに大きな爆発が起こる。


 ベヒモスが左前足を振り上げ、レビヤタンの背中を踏みつけた。

 レビヤタンも負けてはいない。歯肉にびっしりと並んだ巨大な歯をベヒモスの右足に突き立てた。いきなり激しい攻防を展開する。

 道具や能力の使用も無ければ、駆け引きも無い、極めて原始的な戦いだった。しかし何者も手出しする余地が無い、究極の力と力のぶつかり合いだった。

 以前、詩織とバルバトスが、口を揃えて「レビヤタンは人間の手に負える相手ではない」と言っていた。“百聞は一見にしかず”という(ことわざ)があるが、樹流徒は今ほどそれを実感したことは無かった。


 背筋も凍りつく映像を見届けた後、樹流徒は自分の戦いに戻る。狼の悪魔もすでに樹流徒を睨みつけていた。


 勝負再開の口火を切ったのは悪魔。再び口を広げて空気弾を放った。

 樹流徒は前方に跳躍して攻撃の上を飛び越る。勢いそのまま狼の頭部を踏みつけようと、空中から足の裏を落とした。

 悪魔は身軽に後ろへ飛び退き、難なく攻撃をかわす。樹流徒が着地したとみるや、鋭い牙を剥きだしにして反攻に出た。


 ここで次に樹流徒が選択した行動は、冷気による迎撃だった。飛び掛ってくる敵を凍りつかせて動きを封じてしまおうと考えた。


 その判断がとんだ失策だった。能力が発動しない。

 迂闊!

 樹流徒は内心で叫んだ。考えてもみれば、冷気はマモンから入手した能力である。ベヒモス召喚のためにマモンを捧げたのだとしたら、樹流徒から冷気の能力が失われてしまっていても不思議ではない。


 それに気付いたところで、時既に遅し。樹流徒が急いで後退しようと動き出した頃には、彼の右腕に悪魔の鋭利な牙がしっかりと食い込んでいた。

 樹流徒は敵を振り落とそうとする。が、腕を振れば振るほど、もがけばもがくほど、狼の牙は樹流徒の肉に深く突き刺さってゆく。

 その恐怖と痛みに悲鳴を漏らしそうになったが、樹流徒ぐっと堪えた。白いYシャツの袖が(たちま)ち赤く染まってゆく。反対に樹流徒の顔は月よりも青くなっていた。




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