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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔都生誕編
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謎の男



 一方通行の狭い道路が少し複雑に入り組んでいる。その片側には細い側溝が走り、反対側には電柱が点々と並んでいた。

 ここはとある(・・・)住宅街。同じ高さの一軒家がほぼ均等な間隔で建ち並んでいる。その中に樹流徒の自宅、すなわち相馬家も含まれていた。


 不安と絶望を抱えながらこの場所までやってきた樹流徒は、我が家を目前にして心の中でひとつ覚悟を決めていた。それは、おそらく自分の家族もあの黒い光の影響を受けているだろう、という覚悟である。もっとはっきり言ってしまえば、家族の死を目の当たりにするかもしれない、という悲痛な覚悟だった。

 無論、家族の皆には無事でいて欲しい。父も、母も、兄弟も全員生きていると信じたい。だが、街の悲惨な様子を見る限り、どうしても望みが薄い気がしてならないのだ。

 一方で、多少の希望も残されていた。倒れた人々が全員死んでいるとは限らない。樹流徒のように気絶しているだけかも知れないし、大半の人がその内に意識を取り戻すかも知れない。樹流徒の家族にしても、今頃目を覚ましていたとして、何ら不思議ではなかった。


 この住宅街は住民を除いて滅多に誰も通らないので、普段から人通りが少ない。なので現在も地面に倒れている人の姿はほとんど見当たらず、樹流徒は道の中をスムーズに歩けた。そんな中、時折倒れている人がいた。彼らを見かけるたび樹流徒は声をかけてみたが、誰からも返事はなかった。皆、深い眠りについたように穏やかな表情のまま横たわっていた。


 相馬家が近付くにつれ樹流徒の足取りは自然と速くなる。早く家族の安否を確かめたかった。ただ、それと同じくらい、家の中を見るのが怖い気持ちもある。もし最悪の事態が起こっていたら――と想像すると、引き返したい衝動すら覚えた。期待と恐怖。相反する二つの感情が寄せては返す波の如く、樹流徒の胸中に去来していた。


 気がつけば、家はもう目と鼻の先だった。いよいよ覚悟を決めた樹流徒は、矢も盾もたまらず走り出す。数十秒後には家族の安否が分かるのだ。どうか皆、生きていて欲しい。祈るような気持ちで地面を蹴りつけた。


 鋭く加速する足は、しかし完全にスピードに乗る前に失速した。

 樹流徒は何も無い場所で急に立ち止まる。前方にぽつりと人影が突っ立っているのに気付いたからである。


 目を覚ましてから初めて、動いている人を発見した。ちょっとした安堵を覚えて、思わず樹流徒は表情を緩ませる。


 前方の人影に近付いてみると、その人物は三十歳前後の男だった。一見どこにでもいそうだが手入れの行き届いた小奇麗な顔をしている。スラリとした体型をしており、Yシャツ、ネクタイ、ベストを身に着けていた。


 男は、この状況の中、呆然と立ち尽くしているのかと思ったら、逆にどこか落ち着いた様子だった。そして樹流徒を待ち構え行く手を阻むかのように立っている。


 樹流徒と向かい合うと、男は目を丸くした。

「わ。こりゃ驚いた。あの光を浴びて生きてる人がいたなんてね」

 とても軽い口調で第一声を発する。まるで偶然友人と出会ったかのような反応だった。

 表情を緩ませていた樹流徒は一転して怪訝な顔になる。男の雰囲気や態度が、状況を考えると落ち着きを通り越して場違いなくらい明るいのが、不審に思えた。


 樹流徒は相手を多少怪しみつつも

「僕以外にも生きている人がいて良かったです」

 と、答えた。それは紛れも無く本音だった。いくら不審な男とはいえ、折角出会えた生存者だ。嬉しくないはずがない。先を急ぐ理由さえなければ、もうひと言、二言、交わしておきたいくらいである。


 が、樹流徒は今、家族の安否確認を何よりも優先させたかった。それに、この場違いに明るい雰囲気の男とこれ以上話すと、少し変な気分になりそうだった。

 自宅がすぐ目の前ということもあり、樹流徒は先を急ぐことにした。

「それじゃあ、僕は急いでいるので」

 断って、男の横を通り抜けようとする。


 すると、男は樹流徒の行く手を遮るように足を広げた。

 樹流徒は立ち止まり、微妙に眉を寄せる。

「すいませんが、そこをどいて貰えませんか?」

「そんなに慌ててどこ行くんだい? 青年」

「自宅です。家族の安否を確認しに」

「ほう。そりゃ健気だね。でも君には気の毒だけど多分ご家族は亡くなってるよ」

 男は不吉な台詞をサラリと言った。

「なぜ死んでいると分かるんです?」

 縁起でもない相手の発言に、樹流徒は少し声を荒らげた。

「あぁ……ゴメン。ちょっとストレートに言い過ぎたね。謝るよ」

 すると男は小さく頭を下げてから

「でも、俺から言わせたら君が生きてる事の方がよっぽど“なぜ?”なんだケドなぁ。良く生きてたね」

 そう言って首をかしげる。


 男の引っかかる言動に、樹流徒も内心で首を捻った。

「さっきから、まるであの黒い光の正体を知っているみたいな口ぶりですね」

 と追求する。

「え? あぁ……うん」

 男は誤魔化すように曖昧な返事をした。

 その態度を見て、樹流徒は更に追求する。

「もしかしてアナタは何か知っているんですか?」

「ん~……まぁね。って言っても肝心な部分については良く分かってないんだけどさ」

 男は少なくとも何かを知っていることを、あっさりと認めた。


 あの不可解な現象について知っている? 本当だろうか。 樹流徒は疑問に思ったが、もし本当なら男の話を聞いてみたかった。

「もしよければアナタが知っていることを教えて頂けませんか?」

 樹流徒が要求すると、男は微苦笑した。

「別にそりゃ構わないけどさ。多分話しても信じてもらえないよ? なんせ非常識でブっ飛んだ話だからね」

「既に現状が非常識ですから」

「うん、確かにそうだね」

 男は納得して

「じゃ、ちょっと話しようか。でもこんな場所で立ち話ってのもアレだから、どっかのお店に移動しない? 今なら食い逃げし放題だしさ」

「本気で言ってるんですか?」

 樹流徒は呆れた目で男を見る。

「あ~冗談よジョーダン。君ってばあんまジョーク通じないタイプ?」

「冗談でも言って良い事と悪い事があるでしょう」

「ゴメンゴメン。君の言う通りだ。悪かった。それじゃ公園行こうか。あそこの水道水ならいくら飲んでも問題ないでしょ? もっとも、水が出るかどうか分からないけど」

「……」

 樹流徒は男のことをますます訝しげに思う。態度や言動全てがふざけているように見えるし、明らかに胡散臭い。


 それでも、もし本当にこの男が何かを知っているならば、それを聞きたかった。というより聞かなければいけない気がした。家族の安否は気になるが、この街に一体何が起こったのかも同じくらい知りたい。情報が無いというのはそれだけ不安だった。


 話をするため、樹流徒と謎の男は、すぐ近くの公園に向かって移動を始めた。




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