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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖なる組織編
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詩織と悪魔の現世旅行(中編)



 市内某所に一軒のファミリーレストランが建っている。ファミレスといえば広い店内や駐車場のイメージがあるが、その店も例に漏れず大きな空間を有していた。ただし、客席同士の間隔が狭いため不思議と開放感がない。


 そのファミレスは二十四時間営業に対応していた。昼間は小さな子供を連れた母親、待ち合わせをする人たちが来店する。また、夕方は学生、夜は喫煙を好む人、そして深夜から早朝にかけてはその時間帯に仕事を終えた人々が訪れる。店が繁盛しているかどうかは別として、幅広い客層を抱えていた。


 そして今……この店は“人間と悪魔の組み合わせ”という新たな客層を、期せずして迎えていた。


 窓際の禁煙席に三つの人影が腰掛けている。他には誰もいない。

 テーブルの中央に置かれたカセットコンロが小さな炎を揺らめかせていた。鍋の半分まで注がれたミネラルウォーターはぐつぐつと煮え始めている。


「ね。いい加減何作るのか教えてよ」

 サキュバスは沸き立つ水面に視線を落としながら、つま先を使って、正面に座る詩織の足を軽く突付く。

「取り合えず使えそうな食材と調味料を手当たり次第に持ってきたから、作りながら考えることにするわ」

 答えながら、詩織は店内より拝借した包丁で野菜の皮を剥く。その手付きはどことなく危うい。

 包丁と同じく店の備品であるまな板(・・・)の上には、不揃いな大きさや歪な形をした人参とジャガイモが並べられていた。

「料理って、最初に何作るか決めるものなんじゃないの?」

 的確な指摘を飛ばしながら、マルティムは頬杖で支えた顔を軽く横に背ける。

 彼の視線が向かった先には、招かれざる先客たちによって荒らし尽くされた店内の惨状が横たわっていた。窓は割れ、椅子やテーブルは粉々に砕かれている。ドリンクバーのサーバーも破壊されて床は水浸しだ。奥の厨房がどうなってしまっているのか、説明するまでも無い。


「大丈夫。余程の事をしない限りそれなりに食べられるものは出来上がるから」

 詩織はマルティムの指摘を受け流し、固形スープを一個、鍋に投じる。それから思い出したように野菜も追加した。「大丈夫」という言葉の信頼性が早くも揺らぎかけているようだった。

「魔界の料理には食材や調味料を入れる順番があるけど、現世にはそういったルールは無いの?」

「あるわよ。でも私の場合はいいの」

「シオリの場合はいいんだ……」

 サキュバスの表情が若干不安げな色を浮かべた。


 その後、詩織は野菜の皮を剥いていたときと違って一見手際よく調理を進め、三十分が過ぎた頃に料理が完成した。

 出来上がった料理に名前は無い。和・洋・中の食材と調理法を節操無く駆使して生み出された、恐らく世界初の創作料理である。“煮物らしきモノ”としか言いようが無かった。美味しいかどうかは置いておくとして「これが現世の料理です」とは断じて言ってはならない代物だった。


「冷めない内に食べましょう」

 詩織は煮物らしきモノを器に盛り、それを悪魔たちに配る。

 サキュバスとマルティムはスプーンを握り締めたまま、料理には手をつけようとしない。器の中から立ち込める湯気を眺めていた。

 彼らはまるで申し合わせたかのように、同じ姿勢で固まっている。詩織が料理を食べるまで待って、その反応を窺うつもりらしい。要するに詩織に毒見させようという腹である。


 ニ体の悪魔が固唾を飲んで見守る中、詩織はいただきますを言って、出来立ての料理を黙々と食べ始めた。至って自然に口と箸を動かしている。

「お姉ちゃん、普通に食べてるね」

「うん。見た目はちょっと斬新だけど、きっと美味しいのよコレ」

 そのような言葉を交わした後、マルティムとサキュバスは意を決したように、同時に皿へ手を伸ばした。


 食後、鍋は空になっていた。元々大量に作ったわけではないので、三人が一回ずつおかわりをしたら料理は綺麗に無くなった。

「どう? 美味しかった?」

 詩織は悪魔たちに感想を求める。鍋が空になったくらいだから、絶賛とはいかないにしてもそれなりの賛辞が返ってきてもおかしくない。

 ただ、料理というものは単に「美味い」と「不味い」のどちらかに分けられるものではないらしい。

「なんて言ったらいいのかな。新感覚の味というか。混……沌?」

「うん。決して不味くは無かったよ。でも、なんか上手く説明できないカンジ」

 マルティムとサキュバスは揃って腑に落ちない顔をしていた。

「それは肯定的な意見として受け取って良いの?」

「いや。肯定とか否定とかそういうんじゃなくて……」

 マルティムは言葉に詰まる。

「お腹いっぱいになったんだからもう良いよ。それより次にドコ行くか決めよ」

 解けない問題を放り投げるように、サキュバスが話題を変えた。


「そうね。でも、さっきも言ったけれど、電気の都合がある以上、どうしても遊べる場所は限られてしまうわ」

「ユウエンチ行こうよ。ボク、さっきこの近くで見かけたよ」

 マルティムが提案する。直前の、詩織の説明を聞き逃したかのような意見だった。

「確かに遊園地はあるけれど……。電気が通っていないから乗り物は動かないわよ」

 詩織が同じことをもう一度説明すると

「問題ないよ。ボクが動かしてあげるからさ」

 マルティムは少し得意気な顔をして人差し指を立てた。

 それに動きを合わせて、鍋や皿がひとりでに宙を浮いて色々な方向に回転し始める。箸とスプーンは立ち上がってテーブル上で華麗なダンスを披露した。

 マルティムは、手も触れずに物を操る念動力の使い手だ。以前、その力を使って鬼ごっこで樹流徒を苦しめた。

「アナタ、面白いことができるのね」

 そう言って、詩織は眼前で踊る食器たちを少し興味深そうに見つめていた。



 市内中心部の西端に遊園地がある。“ドラゴンキャッスルランド”という、少し派手な園名が付いているが、龍城寺市の頭ニ文字を英訳したものに違いない。

 食事を終えた三人は、和やかな雰囲気で会話を交わしながら徒歩で移動し、気付けばドラゴンキャッスルランドの駐車場に到着していた。

 空中にはジェットコースターや観覧車など、お馴染みのアトラクションが見える。


 サキュバスは移動中ずっと興奮気味で、目的地に近付くにつれ「楽しみ」を連呼していた。

 遊園地の入り口が見えた途端、詩織たち置いて飛び出すくらい、本当に楽しみにしていたらしい。

「まったく。サキュバスは子供だなあ」

 と、子供の姿をしたマルティムが微苦笑した。


 先行したサキュバスは、勢いそのまま一人で園内に突撃するかと思われた。恐らく本人もそうするつもりだったのだろう。

 だが、サキュバスは「あれ?」と声を上げて宙に静止する。

 追いついたマルティムが後ろから「どうしたの?」と尋ねると……

「ちょっと、あれ見て」

 サキュバスは遊園地入口の真正面を指差した。


 そこには一体の悪魔が佇んでいた。人間の体とカラス頭を持つ悪魔だった。腕を組み、観覧車の上部に視線を投げている。眺めているというよりは、完全に見入っている様子だ。


「アイツ、アンドラスじゃん」

 と、サキュバス。

 彼女の言葉通り、そこにいたのは確かにアンドラスだった。アンドラスといえば、以前マモンやバフォメットの居場所といった貴重な情報を樹流徒に提供した悪魔である。


「スゲェ……。とうとう来てしまった。ここが噂のユウエンチか」

 アンドラスは顎を上に向けたまま独り言を唱えていた。(いた)く感動しているようで、背後から近付いてくる詩織たちの存在に全く気付いていない様子だった。


 詩織たち三人は足を止め、黙ってアンドラスの様子を窺う。

 すると、カラス頭の悪魔は静かに感銘を受けていたかと思いきや、突然頭を抱え

「なのに肝心の乗り物が動いていないってどういうことだよ!」

 と、叫んだ。魂の叫びと言っても良いくらい力のこもった叫びだった。


「一人でなにやってんの?」

 サキュバスが声をかける。


 アンドラスはえっと声をあげて背後を見返った。大きな黒真珠のような瞳に三人の姿が映る。

「あれ。オマエら、サキュバスとマルティムじゃねえか。それに、確かオマエはバルバトスのトコで働いてる……」

「ええ。詩織よ」

「そうそう。シオリじゃん。変わった組み合わせだな。オマエら、こんなところで何してるんだ?」

「現世旅行よ。アンタも?」

「ああ。どうしてもユウエンチで遊んでみたかったんだよ」

「へー。ものぐさなアンドラスがここまで来るなんて意外」

「だろ? なのに! 折角わざわざココまで来たってのに、機械が動いてねェんだよ! あり得ねぇだろ!」

「乗り物を動かすエネルギーもなければ、操作するニンゲンもいないからね。当然だよ」

 マルティムがちょっと呆れた顔で答える。


「じゃあオマエらは何でここに来たんだよ?」

「遊びに来たんだよ。ボクの能力で乗り物を動かせるからね」

「あッ。そんな方法が……!」

 アンドラスは軽く上体を仰け反らせ、瞼を大きく見開いた。


 数秒間の沈黙の後……

「頼むっ! オレも一緒に連れてってくれ」

 アンドラスは地に両膝を擦って、詩織の足元に滑り込んだ。彼女の上着の袖を掴んで哀願する。

「私は構わないけれど……」

 詩織はちらとサキュバスの顔を見る。つい数時間前、美術館の中とほぼ同じ状況だった。

「好きにすれば。もう一人ニ人増えたところで変わんないし」

「おお。恩に着るぜ」

 サキュバスから許可が下りると、アンドラスは勢い良く立ち上がった。喉の奥からグゲゲと潰れた声を出して喜ぶ。


 新たな道連れを加えた一行は、改めて遊園地の入り口を潜った。アンドラスは陽気に歌をうたい軽快なステップを踏む。今日が誕生日の子供でもここまではしゃいだりはしないだろう。


 園内に踏み込むと、辺りには悪魔がうろついていた。全部で二十体以上いそうだ。

 景色を眺めながら歩く者、水が止まった噴水の中ではしゃぐ者、乗り物をベンチ代わりにして足を休める者など……皆、アトラクションが利用できないなりに楽しんでいる様子だった。


 四人は園内を移動する。間もなく、サキュバスの目がとある(・・・)乗り物に釘付けになった。

 それはチェーンタワーだった。ワイヤーに吊るされた椅子が回転する乗り物である。これも遊園地では御馴染みのアトラクションだ。


 ただし、ドラゴンキャッスルランドのチェーンタワーには“ヤマタノオロチ”という名称が付いていた。ヤマタノオロチといえば『古事記』に登場する八本首の大蛇だが、このアトラクションに使用されている椅子の数も丁度八つである。さしずめ椅子が大蛇の頭で、ワイヤーが首といったところだろう。


 ヤマタノオロチは、ワイヤーが頂上に達した時、搭乗者を地上六十五メートルの高さまで吊り上げる。高所恐怖症の人が試すにはそれなりに度胸が要る乗り物だった。

 詩織が悪魔たちに乗り物の簡単な説明をすると……


「冗談だろ? あんな紐でオレらの体重を支えられるのか? 落ちたら幾ら悪魔でも大怪我するじゃねェか」

 アンドラスが全身を小刻みに震わせて騒ぐ。

「いやキミ空飛べるでしょ」

 マルティムは即座に合いの手を入れた。

「おもしろそー。シオリはどうする?」

「ええ。乗るわ」

 四人全員でチェーンタワーに乗ることになった。

 蛇の頭部が描かれた椅子は、下降した状態で停止している。二人乗りだったので、詩織とサキュバス、マルティムとアンドラスがそれぞれ一緒に腰掛けた。


 マルティムが念動力を発揮すると、椅子の安全バーが下がった。続いてタワーがギギギと硬い音を鳴らした後、スムーズに回転を始める。詩織たちの体は緩やかに上昇してゆく。

 二、三十秒も数えた頃には、地上五十メートルの高さに到達していた。ワイヤーは蛇の首というより、いっぱいに広げた傘の親骨みたいな形になり、椅子を乱暴に振り回す。


 搭乗者たちの反応はそれぞれ異なった。詩織は上空から一望できる園内の光景を見渡し、サキュバスは無邪気な笑い声を上げている。マルティムとアンドラスは無言だったが、前者はリラックスした笑顔を浮かべ、後者はクチバシを上下いっぱいに広げて双眸(そうぼう)も全開にしている。


 やがて、タワーの回りを何百周もした椅子が、速度を落としながら下降してくる。

 四人は無事地上に帰還した。

「まあまあ楽しかったよな。なあ?」

 と、アンドラス。余裕を見せようとしているようだが、足下がおぼつかない。

 一方、サキュバスはすでに次のアトラクションに狙いを定めていた。

「あ、アタシ、次アレ乗ってみたい」

 彼女は少し遠くに見えるメリーゴーランドを指差す。

「ふうん。じゃあそうしようか」

 マルティムは二つ返事で合意する。


「アレも回転する乗り物か? だったらオレは遠慮しとく」

「私もいいわ。二人で楽しんできて」

 アンドラスと詩織は辞退した。

「じゃ、ちょっと待っててねー」

 サキュバスはそう言い残し、羽を広げて飛び出す。

 先ほど彼女のことを子供呼ばわりしていたマルティムも一緒に駆け出した。彼らは競うように次のアトラクションを目指す。


 そしてニ体の姿が大分小さくなったとき。アンドラスが(おもむろ)に詩織へ話しかけた。

「よう……。そういやキルトのヤツは一緒じゃないのか?」

「ええ。彼は今必死に時間と戦っているから」

「へえ。事情は知らんが、大変なんだな」

 話はこれだけで途切れ、彼らの視線はマルティムたちに注がれる。

 念動力によって動くメリーゴーランドは、本来ではあり得ない速度で回っていた。まるで巨大なミキサーである。

 歓声とも悲鳴ともつかぬサキュバスの絶叫が響いている。周囲をうろつく悪魔たちの耳目を集めていた。


 やがて巨大ミキサーは速度を落とし、停止した。

 マルティムは身軽な動きで白馬から降り立ち、サキュバスは転げ落ちるように馬車の中から出てくる。

「ちょっとマルティム! コレそういう乗り(モン)じゃないから。多分」

「でも楽しかったろ?」

 彼らはそのような言葉を交わしながら、詩織たちの元に戻ってきた。


 四人が合流するなり、サキュバスは再び次の乗り物を選定しようとする。

「待って。ちょっとでいいから休憩させて」

 それをマルティムの言葉が遮った。

「はあ? 休憩って……。まだ2つしか乗ってないじゃん」

「あのね。ボクの能力は万能じゃない。大きいものや重いものを動かせば、それだけ体力と精神力を消耗するんだよ。お皿一枚操るのとはワケが違うの」

「えー。なによそれー」

 サキュバスは不満そうな声を漏らし、それでも尚、辺りを眺め回す。

 数秒も経たぬ内に、彼女の顔がパッと明るく弾けた。


「あ。ねーねー。じゃあ、あそこ入ってみようよ」

 サキュバスはある方向を指差す。

 三人の視線が一斉にそちらを向いた。近くに、白くて大きな建物が佇んでいる。


 それは、深夜の病院を舞台にしたホラーハウスだった。地上四階、地下三階の巨大空間と、中に足を踏み入れた者を恐怖に陥れる多彩なギミックが売りで、園内でも特に人気が高いアトラクションの一つである。

「アレってお化け屋敷でしょ? 聞いたことがあるよ」

「お化けだと? 幽霊じゃねェか!」

 アンドラスがさっきよりも大きな身震いを起こす。

「大丈夫よ。何も起こらないから」

 と、詩織。

 当然だった。仕掛け人もいなければ、電気で動くギミックも作動しないのである。マルティムが念動力を使いさえしなければ、ホラーハウスの中はただの真っ暗な空間に過ぎなかった。


 それを説明しても、アンドラスは(かたく)なに足を前へ踏み出そうとしない。

「止めろ! オマエら幽霊舐めんなよ! 呪・わ・れ・る」

 と叫んで、首を出鱈目(でたらめ)に振り、羽を暴れさせる。

「異様な怖がりようだね。何かあったのかな?」

「多分、相馬君が持ってきたホラー映画のdvdがトラウマになってるのね」

 詩織がぽつりと呟いた。


「大丈夫だってば。さあ行こ」

 サキュバスがアンドラスの腕を引っ張る。

「やめろー! 吐くぞ! これ以上怖くされたらオレは吐く」

「これ以上って……。まだ何もしてないから」

 アンドラスの尋常ではない怯えように、サキュバスも説得を諦めたようだった。

 結局、アンドラスは最後までホラーハウスに入らなかった。




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