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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖なる組織編
68/359

詩織と悪魔の現世旅行(前編)



 時は少しだけ(さかの)り、樹流徒と馬頭悪魔オロバスがこれから魔法陣の話を始めようとしていたとき……

 現世にニ人の少女が来訪していた。一人は(しと)やかそうな、黒髪の少女。もう一人は天真爛漫さ漂う、明るい髪色の少女。外見、雰囲気共に対照的な組み合わせだった。


 彼女たちの背後には図書館が佇んでいる。周囲は極めて視界良好。空を仰げば、外側を霧に囲まれた巨大な穴がぽっかりと口を開けていた。地上には乾いた血痕や真っ黒に焼けたコンクリートなど物々しさを感じさせる雰囲気が漂っている。それは、樹流徒がネズミ頭の悪魔ビフロンスと戦闘を繰り広げ、その後に市民の遺体を火葬した際に残された形跡だった。


 そんな殺伐とした光景を無視するかのように明るく生き生きとしていたのは、二人の少女の片方――女性悪魔だった。

 現世の風を全身に浴びてだいぶ気持ちが昂ったらしい。彼女は背中の羽をいっぱいに広げ、宙に飛び出す。

 「コッチの世界に来るの百年ぶりくらいだけど、街並み変わりすぎ。建物高~い」

 などと叫びながら、喜色満面で詩織の頭上を旋回した。

 そんな女性悪魔の明るさと元気の良さにつられたのだろうか、もう片方の少女・詩織も、口元を微かに緩ませる。


 少しのあいだはしゃぐと、女性悪魔は多少興奮が鎮まったらしく、羽を畳んで詩織の眼前に降り立った。

「ね。これからアタシをどこへ連れってくれるの?」

 期待に満ちた大きな瞳が詩織に迫る。

「その前にアナタの名前を教えて。私は詩織」

「アタシ“サキュバス”」

「それじゃサキュバスさん。まずは洋服でも見に行かない?」

「服かぁ。うん。今のニンゲンがどんな服着てるのか興味あるかも」

 サキュバスは目を爛爛と輝かせ

「それじゃ早く行こうよシオリ」

 と言い、詩織の腕を引っ張った。

「ええ」

「あと、アタシのことはサキュバスって呼び捨てにしていいから」

 陽気な笑い声が、破壊された建物の町の中を突き抜けた。


 人間と悪魔の現世観光……。果たして過去にそのような出来事があっただろうか。

 詩織たちは友人同士で放課後を満喫する学徒の如く、連れ立って街の中を歩き始めた。いや。正確に言えば徒歩ではない。サキュバスは地上スレスレを浮遊して前進している。


「ニンゲンがいな~い。どうなってるんだろ?」

 移動開始から間もなく、サキュバスが口を開いた。初めの内はしきりに四方を見渡して景色を楽しんでいた彼女だが、すぐに違和感を覚えたようである。

 道路には市民の手荷物や乗り物などが散乱したまま放置されている。一方で、それらの持ち主は誰一人として見当たらない。現世と魔界が繋がった衝撃で多くの人が命を落としたことを、サキュバスは知らないようだ。

「ええ。そうね」

 詩織は真っ直ぐ前を見つめたまま相槌を打った。

 好奇心旺盛なサキュバスの観察眼は、上空にも向けられる。

「なんかおかしいと思ったら、月も太陽も見えないじゃん。今の現世ってコレが普通なの?」

「いいえ。魔界と繋がってから色々おかしいのよ。空はずっとあの調子で、朝も夜もなくなってしまったみたい」

「ふーん」

「本物の空が見えなくて残念?」

「別に。むしろ好都合。アタシ、夜魔(よま)って種族だから、朝と太陽は苦手なの」

「そう」

「でも、今が夜だったらちょっと残念だったかも。現世の闇と月の光は大好きだから」

「私も月の光は好きよ。太陽も嫌いではないけれど」

「ホントー? アタシたち相性いいかも」

 サキュバスは再び詩織の腕に自分の腕を絡ませる。

 そのとき、反対方向から地を這ってきたラミアが一体、彼女たちの横を素通りしていった。



 出発地点の図書館から数百メートル離れた場所に、女性向けのファッションショップがある。店内は広く、ブラウスからスーツ、スカート類からパンツ類まで一通りのものが揃っていた。靴やバッグ、小物類も少しだけ取り扱っている。


 詩織たちは、二時間以上もの間、その店の中にいた。長居をした理由は、サキュバスのファッションショーを行っていたためである。店内中の服を取っ替え引っ替えしながら、ニ人で似合う似合わないを言い合っていたのだ。その最中ずっとサキュバスは楽しそうだった。


 最終的にサキュバスが気に入った格好は、無地のノースリーブワンピースに派手な柄のストールという組み合わせだった。現世はもう十二月に入っているので若干肌に厳しそうだが、彼女が元々身につけていた服に比べれば肌の露出はかなり減ったので、問題ないはずである。

 余談だが、サキュバスが服を着る場合、羽を外に出すための通し穴が必要になる。そのためワンピースの背中部分には大きな切り目が入れられた。彼女が試着した服も同様である。おかげで店内には、穴の開いた服が大量に散乱しているという猟奇的な光景が残された。

 

「ね。次はどこ行くの?」

 新しい衣装を手に入れたサキュバスは至極ご満悦だった。声がいっそう明るく弾んでいる。

「市内中の電気が停まっているから、遊べる場所は多少限られてしまうのだけれど……」

 詩織はそう答えて、数秒間沈黙した後

「そうね。この辺りだと美術館なんてどう?」

 と、提案した。

「ビジュツカンて何?」

「芸術品や、歴史的価値が高い物を展示する建物よ」

「ふーん。で? 展示した物をどうするの? 奪い合うの? 投げ合って遊ぶの?」

「鑑賞するのよ」

「え。それって楽しいの?」

 サキュバスは真っ赤な目をぱちくりさせる。

「展示品に対して強い関心があるほど楽しめるでしょうね。でも、それらを眺めているだけでも感性や審美眼を磨くことができるわ」

「ふうん」

 詩織の説明を聞いてもサキュバスはイマイチ美術品の鑑賞に興味が沸かないらしく、どこか適当な返事をする。

 それでも詩織が「面白くなければすぐ出るから、とりあえず行ってみましょう」と誘うと

「うん。そーだね」

 快く頷いた。



 “龍城寺美術館”は、市民はもちろんのこと県内でも知らぬものは少ないであろう、二階建て(地上一階、地下一階)の大きな美術館である。建物は長方形。外壁を覆っている真白なタイルは正方形をしていた。

 庭には目にも鮮やかな緑の芝生が広がり、その中を放射状の通路が八本走っている。通路で足を止めれば、庭のあちこちに設置された石のオブジェを鑑賞する事ができる。建物内では、本来十一月最終日で終了していたはずの古代エジプト展が、今も続いていた。


 美術館の出入り口の扉は開いている。二人の少女は揃って館内に一歩踏み込んだ。

 と、どういうわけか、サキュバスの様子に突然異変が起こる。いままで十分元気だった表情がさらに冴え、背中の羽根は暴れ出し、興奮状態になる。

「どうしたの?」

「凄いよシオリ! この場所、魔力が溢れてる」

「魔力? 私には良くわからないけれど……」

「う~ん。癒される~」

 サキュバスは羽を強く広げると、廊下を突き抜けてゆく。その勢いたるや、ドラッグレースのマシンかというほどだった。


 詩織が後を追うと、サキュバスは展示室の中を元気に飛び回っていた。余程気分が良いのだろう。

 どうやら魔力と呼ばれるエネルギーは、この一室に飾られている展示品から放出されているようだ。

「形はどうあれ、喜んでもらえたなら良かった」

 詩織はそう言って、静かにその場で佇む。


 展示室の天井は、高さが八メートルあり、一部ガラス張りになっていた。そのため外の明かりが中に射し込み、室内は完全な闇ではない。けれど、展示品の細部を眺めるには些か厳しい明るさだった。

 詩織から数メートル離れた場所には四角い台が設置され、その上に分厚いガラスケースが乗っている。ケースが守っているものは、(ファラオ)の棺の一部であった。棺には古代エジプト文字による美しい装飾が施されている。紀元前何百、何千年という時代から存在していた文明だ。


 詩織は珍しくぼうっとした表情でそれを眺める。部屋の明るさを考えると彼女の目にはガラスケースと展示品の輪郭しか映っていないだろう。それでも詩織はただ一点を見つめ続けた。もしかすると実際は何も見ていないのかも知れない。


「ね。ね。そろそろ次の場所へ行こっか」

 十分ほどすると、部屋の中を飛び回るのにもいい加減飽きた様子のサキュバスが、詩織に声を掛けた。

「ええ」

 詩織は頷いてから

「ところで、アナタ自身行ってみたい場所ははない?」

 そう尋ねる。

「ううん。特に行きたいところは無いよ。っていうか、どんな場所があるか知らないし」

「そう」

「でも、そういえばアタシ、お腹空いちゃった」

 サキュバスは両手で腹を押さえる。なんだか人間じみた動作だった。

「それなら一度悪魔倶楽部へ戻る?」

「アクマクラブ?」

「マスターの……バルバトスさんの店よ」

「ふーん。あの店、名前なんてあったんだ」

「どう?」

「悪くは無いケド、折角現世に来たんだからコッチの食べ物が食べてみたい」

「そう。それだったら、調理済みの料理には手を出さない方が無難ね。もう何日も放置されたものだから、腐っているかもしれないし、味も落ちているはずよ」

「ふうん。あ。そうだ。じゃあさ、詩織が何か料理作ってよ」

 サキュバスは素晴らしい思い付きをしたかのように言う。


「私が?」

「いいでしょ?アタシに現世の料理の作り方教えてよ」

「ええ。それは構わないけれど……。でも、料理をするためには先に食材を集めないといけない。調理器具も必要になるし」

「必要なものがあるなら集めればいいだけじゃん?」

 そのようなやり取りをしながら、二人は美術館の出入り口に差し掛かる。建物の外で輝く水色の光がガラスを透過して、闇に染まった少女たちの顔を浮き上がらせた。


 ――ガシャン


 あと数歩で外に出ようというときだった。二人の眼前で、激しい音が鳴り響く。

 扉が勢い良く閉じた音だった。まるでタイミングを見計らったかのように、出入り口が封鎖された。何者かが手動で閉じたのでもなければ、突風の直撃を受けて勝手に閉まったのでもない、不自然な閉じ方だった。

 二人があっと声を上げた時には、次の超常現象が起こる。建物中のガラスが一斉に黒く染まったのである。辺りは完全な闇に包まれた。

 かと思えば、更に次の刹那には、建物の内壁に沿って火の玉がズラリと並び、薔薇色の光を放つ。

 次から次へと、景色がめまぐるしく変わってゆく。


「これは?」

 詩織は特に慌てる様子も無く、眼前にある扉の取っ手を引いた。が、ビクともしない。

「魔空間だよ。誰かがアタシたちをこの建物に閉じ込めたんだ」

「魔空間……。相馬君から聞いたことがある」

「あれ? でも、この空間の特徴、どっかで見覚えあるんだけど」

 サキュバスは独り言のように呟くと、身を翻した。

 彼女は来た道を引き返して展示室へ戻ってゆく。詩織もすぐその後に続いた。


 サキュバスは展示室の中に飛び込んだのと同時

「こらー。ここから出しなさいよ」

 部屋のどこかに向かって声を張り上げる。


 その怒声に反応して、子供の無邪気な笑い声が返ってきた。

 声の主は、一体どこに隠れていたのだろうか。いきなりニ人の正面に姿を見せる。

 現れたのは、Yシャツと蝶タイを身につけた見た目十歳前後の少年だった。瞳には赤い光がぼんやりと輝いている。

 彼は屈託のない笑顔を見せ

「ねぇお姉ちゃんたち。ボクと遊んでよ」

 脈絡も無くそのような事を言い出した。


「なんだ。マルティムじゃん。やっぱりどっかで見た魔空間だと思った」

 サキュバスが急に声の調子を落した。

 それでマルティムと呼ばれた少年は少々驚いた顔をする。

「あれ? キミ、サキュバスじゃん。なんでそんなニンゲンみたいな格好してるの?」

「知り合い?」

 詩織が尋ねると、サキュバスは「まぁね」と返事をした。


「アンタこんなトコで何してんの?」

 サキュバスは、マルティムに問う。

「見ての通り現世旅行だよ。鬼ごっこが終わった後、一度は魔界に帰ろうとしたんだけどね」

「はあ? 鬼ごっこって何?」

「ああゴメン。こっちの話」

「それより、アンタ一人で現世に来たの?」

「そうだよ。でもニンゲンみんな消えちゃっててさ。遊び相手がいなくて困ってるんだ」

 マルティムはわざとらしく肩を落とす仕草でおどけてみせる。

「だったらさっさと魔界に帰れば?」

「そんなイジワル言うなよ。ようやく現世に来て二人目(・・・)の遊び相手を見付けたっていうのにさ。ねぇ?」

 マルティムはそう言って、詩織に微笑みかけた。


「私、間接的にだけれど、アナタのことを知っているかもしれない。相馬君からマルティムという悪魔の名前を聞いたことがあるわ」

「ソーマクン? 聞き覚えの無い名前だなあ。ま、そんなコトはどうでもいいや。それよりさ。ボクもキミたちについてっていい?」

「え」

 マルティムの唐突な提案に、詩織は目を(しばた)かせる。驚いたり意外なことがあったりすると、瞬きをするのが彼女の癖らしい。いつもほとんど表情を変えない詩織にとっては数少ない感情表現といえるかも知れない。


「お願いだよ。このままじゃ退屈で窒息しちゃいそうだよ」

「私は構わないけれど……。サキュバスさえ良ければ」

 詩織は横目でちらと女性悪魔の表情を窺う。

「ね。いいでしょサキュバス?」

 マルティムはサキュバスの周囲をうろうろしながら懇願する。

「あーもう。鬱陶しい。好きにすればいいじゃん」

 サキュバスが半ば渋々といった感じで、しかし簡単に了承した。

「本当? やったね」

「その代わり、天使の犬が現れたらアタシたちを守ってよねー。アンタ見かけによらず強いからさ」

「うん。任せてよ」

 かくして、詩織とサキュバスの現世旅行に思わぬ形で道連れができた。


 その後三名は、美術館から一キロほど離れた大きなスーパーを訪れた。「現世の料理が食べたい」というサキュバスの要望に応えて詩織が手料理を振舞うことになったため、食材を入手しに来たのである。


 スーパーの店内は大分荒れていた。床には食いかけの果物や野菜屑が飛び散らばっている。まるで空腹の動物達が暴れまわった後のような状態だ。

「現世の食べ物は悪魔たちが次々食い荒らしてるからね。あとは天使の犬が持ってっちゃったんじゃないかな」

 誰に頼まれるでもなく、店内の惨状についてマルティムが解説する。

「何とか使えそうなものだけ持っていきましょう」

 詩織はいつも通り淡々とした口調で返した。




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