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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖なる組織編
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馬頭悪魔



 女性悪魔が再び姿を現したのは、彼女が退店してから三十分くらいが過ぎた頃だった。

 そのあいだ、詩織は現世に一時帰還する許可をバルバトスから貰っていた。事後承諾みたいなものだったが二つ返事で受諾された。


 再来店した女性悪魔の後ろには、別の悪魔が一体ついてきた。それは、人間に近い体と馬の頭部を持った“馬頭悪魔”だった。

 馬頭悪魔は、ほぼ全身を赤茶色の毛に覆われていた。赤い裏地の黒マントと、白い手袋を身につけ、スラリと伸びた足には革のブーツを履いている。ブラックジョークなのだろうか、良く見ればブーツは馬革製だ。右手には茶色いカバーの本が抱えられていた。二千ページくらいありそうな、辞書並みに分厚い本である。


 樹流徒と詩織は、店の真ん中でニ体の悪魔と対面した。

「お待たせー。コイツがアタシの友達だよ。“オロバス”って名前なんだけど」

 女性悪魔が、二人に馬頭悪魔を紹介する。

「はじめまして。只今ご紹介に預かりましたオロバスです。どうぞ以後お見知りおきを」

 馬頭悪魔オロバスは、一見滑稽な姿に反して馬鹿丁寧な挨拶をした。続けて

「さて。早速ですが、私の話を聞きたいと仰られている方はどちらでしょうか?」

 と言葉を継ぎ、樹流徒と詩織の顔を交互に見やる。

「僕だ」

 樹流徒が一歩前に出た。

「ほう。話を聞いた時は半信半疑でしたが、本当に、魔界にニンゲンがいるとは。これは珍しいですな」

 オロバスはつぶらな瞳の中に好奇心の光を浮かべた。


 その横では、女性悪魔がいつの間にか詩織の隣にくっついて、彼女の腕を引っ張っている。

「ねー。アタシらはもうここにいる必要無いんだから、早く行こうよ」

 今すぐにでも現世に行きたい様子だ。

 詩織は「ええ」とだけ答え、自分を牽引する力に逆らわず、店の出口へ向かってゆく。


「伊佐木さん。無事に戻ってきてくれ」

 樹流徒が声をかけると、彼女は横顔を向けて小さく頷いた。

 そして女性ニ人組は、店の扉を開き、その先で揺らめく漆黒の空間を通り抜けていった。詩織の鍵を使って現世に旅立ってゆく。


「今の黒髪の少女……。彼女もニンゲンですね?」

 オロバスが詩織の素性を問う。

「そうだ」

「現世と魔界が繋がった事は存じておりましたが、ニンゲンの方からこちらの世界へお越しになるとは予想しておりませんでしたな。何か特別な理由でもおありで?」

 そう言って、馬頭悪魔は頭ゆっくり上下させて樹流徒の全身を繰り返しまじまじと眺めた。

 放っておいたらずっとそうしていそうだったので、樹流徒は早めに声を掛ける。

「本題に入らせてもらっていいか?」

「おや、これは失礼」

 上下するオロバスの顔がぴたりと止まった。

「では、御質問の内容を伺うと致しましょう」

「現世でベヒモスを召喚したいんだが、それに使用する魔法陣が分からなくて困っている」

 ベヒモスを召喚する目的などの説明は省いて、樹流徒は概略のみ語る。

「ふむ。ニンゲンが悪魔召喚儀式に使う魔法陣のことですね」

 オロバスは合点した様子だったが

「わざわざ私を呼びつけるくらいですから、一体どれだけの難題が飛び出すものかと、実は少々期待していたのですが……。そのような話でしたか」

 と、若干拍子抜けしたみたいに言う。


「ということは、知っているんだな? ベヒモスの魔法陣を」

「勿論です。眼を(つぶ)っても描けますよ」

 絶対の自信を感じさせる物言いだった。

 それは助かる、と樹流徒が内心でささやかな拍手を送ると

「では実際やってみましょうかね」

 オロバスは親指と中指を弾いて、ボソッとこもった音を鳴らした。手袋さえしていなければパキンと軽快な音が出て格好がついたのだろうが……


 その音が鳴り終えたのと同時、何も無かったはずの空中に突如一枚の白紙と羽ペン、それから謎の赤い液体がなみなみと注がれた小壺が現れた。それら筆記具三点セットは、ひとりでに宙を泳いで、馬頭悪魔の手前できちんと横一列に並ぶ。


 オロバスは左手で宙に浮いた羽ペンを掴むと、それを小壺の中に突っ込んだ。インク代わりの赤い液体をペン先に滴らせ、紙上に線を引いてゆく。とても軽やかな手つきだった。

 ペンは殆ど休むことなく踊り続け、あっという間に何かを描き上げた。それを樹流徒に手渡す。


 見れば、紙には魔法陣が描かれていた。まるでコンパスを使用したかのように正確な円が描かれている。円には逆さになった五芒星が内接していた。また、円と五芒星の線に沿って謎の文字が連なっている。文字の特徴は、市内上空や村雨病院の屋上などに出現した魔法陣に使用されていたものと良く似ていた。


「これがベヒモス召喚の魔法陣?」

「左様です。我ながら上出来と言わざるを得ませんな」

 オロバスは自画自賛して、満足気に頷く。

「実際に魔法陣を描く場合、これと全く同じ大きさでいいのか?」

「まさか」

 馬頭悪魔は真白な歯を剥きだしにして、大きな鼻穴からふふっと息を漏らす。幼い子供の支離滅裂な言動を見て口元を緩ませる親のように。


「魔法陣は、魔界と現世を繋ぐ扉です。呼び出す悪魔が通れる大きさでなくては意味がありませんよ」

「ならベヒモスが通るためにはどれくらいの大きさを確保すれば良い?」

「現世で使用されている距離の単位で表しますと……。そうですね。直径百三十フィートもあれば十分ではないでしょうか」

「メートルに直してもらえると助かる」

「大体四十メートルです」

「そんなに大きな扉を使わなければ通れないのか」

 詩織の話によれば、レビヤタンはビルのように巨大な悪魔だが、どうやらベヒモスも似たようなサイズらしい。流石にレビヤタンと互角の力を持っているというだけの事はある。

 二体の怪物が激突する光景を想像すると、樹流徒は背筋がぞくぞくした。やや不謹慎かもしれないが、多くの男子は生来そういうものを好む生き物だから仕方が無い。


 オロバスは再び指を弾いてボソリと情け無い音を鳴らす。羽ペンと小壺が忽然と姿を消した。

「ありがとう。これでベヒモスを呼び出せるかもしれない」

「お役に立てて何よりです。ところで、その代わりというわけではないのですが……」

「何だ?」

「貴方がベヒモスを召喚する目的をお尋ねしても宜しいですか?」

「現世に現れるレビヤタンに対抗するためだ」

 聞かれても特に隠す理由も無いので、樹流徒は迷わず答えた。


「ほう、レビヤタン。ベヒモスとレビヤタンをぶつけるおつもりですか」

「ああ」

「ならば私も久方ぶりに現世へ赴いてみましょうかね。両雄の対決など滅多にお目にかかれるものではありませんから」

「本気でそうするつもりなら海岸に来るといい。そこで敵を迎え撃つ」

 あくまでベヒモス召喚に成功すればの話だが。

「なるほど。レビヤタンの侵攻を水際で食い止め、陸上の被害を最小限に抑えたいのですね?」

 博識の悪魔オロバスは察しも良かった。

「そうだ」

「ならば魔法陣は砂浜に描くおつもりで?」

「できればそうしたい。問題ないか?」

「折角描いた魔法陣が風や波で消えてしまわぬように注意すべきですな。他は特に問題ないかと……」

「分かった」

「ところで、何故レビヤタンが現世の海に出現するのです? それに、貴方はどうしてそのことをご存知なのでしょうか?」

「魔法陣の絵を描いて貰ったお礼に説明したいところだが、僕はもう行かないといけないんだ」

「左様ですか。それは残念です」

 オロバスはまだまだ話し足りなさそうだった。

 樹流徒としても聞いてあげたかったが、レビヤタンがいつ現れるか分からないため、これ以上時間を潰すわけにはいかなかった。

 樹流徒はオロバスに別れを告げ、悪魔倶楽部を後にした。


 現世に戻った樹流徒は温泉街目指して走る。商店街と太乃上荘を世話しなく往復するのも、ようやくこれで最後になりそうだ。


 道中敵に遭遇する不運も無く、樹流徒はイブ・ジェセルのアジトを訪れた。建物内に人の気配は感じるが、一階は無人だった。

 フロントに近付くと、するとそこには白い大きなビニール袋と、半分に折られたA4サイズの紙が一枚、重ねて置かれていた。南方が用意してくれると言っていた、生贄と呪文に違いない。


 樹流徒は、まず袋の上に乗せられている紙に手をつける。

 見れば、そこには南方からのメッセージが記されていた。よほど焦って書いたのだろうか、殴り書きしたような文字が並んでいる。それでも何とか読み進められそうだった。

 樹流徒は落ち着いて紙上に視線を走らせ、手紙の内容を見た。


『やあキルト君。魔法陣の情報は入手できた? コッチは約束通りベヒモス召喚に必要なモノを全て用意しといたよ。もちろんマモンを除いてだけどね。

 呪文と、儀式の手順は下記してある。呪文は君が読めるようにカタカナ表記にしといた。

 ところでレビヤタンの出現場所は海だよね? もし違ってたらベルちゃんか早雪ちゃんに正確な場所を伝えておいて貰えるかな。言いたいことはそれだけ。

 あ。そうそう。もうひとつだけあった。俺、今からちょっとだけ仮眠するからさ。今度はくれぐれも起こさないようにね』


 その文章の下には、カナ表記された呪文と、召喚の儀式を行う手順が記載されている。

 後者を読むと、悪魔を呼び出すためには、魔法陣の中に生贄を配置して呪文を唱えるだけで良いと書いてあった。とても分かり易い、単純な方法だった。

 ただ、“呪文を読み間違えると儀式を最初からやり直さなくてはならない”という注意書きが記されている。呪文の長さは千字前後ありそうだった。文章と違って意味を持たない文字列にしか見えないため、とても読みづらい。しっかり集中して慎重に唱えなければ、呪文は失敗してしまうだろう。


 南方のメッセージは以上だった。


 続いて、樹流徒は手紙と一緒に置かれていたビニール袋に手を伸ばす。袋は三枚重ねられていた。

 中身を確認してみると、胡桃の殻、小瓶に入った無色透明の液体、コウモリの羽やライオンの尾らしきもの、ヤモリの死骸、羊や大蛇の頭部……などなど、いかにもらしい(・・・)物から、逆に意外な物まで、色々と詰め込まれている。全部で三十点以上あった。


 彼は袋の口を結んで持ち上げた。ズシリと重い。人間の子供くらいの重量がある。

 ビニール袋が重ねられているのは、きっと中身の重みで袋が破れてしまうのを防止するために違いない。山羊の角など尖ったものも入っているので、きっと正しい判断だろう。


 樹流徒は、生贄が詰め込まれた重い袋を片手で軽々と持ち上げた。

 これから(いち)早く海岸へ移動する。目的地の海岸は市の南端にある。現在地の温泉街は市の北端にあるので、市内を縦断することになる。現世を訪れている悪魔の数も増えているようだし、移動に難渋するのは間違いなかった。



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