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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖なる組織編
63/359

意外な態度



 依然時間的に切迫した状況が続いているとはいえ、フォルネウスとの戦いで泥まみれになった体のまま太乃上荘の床を踏むわけにはいかない。樹流徒は、先に温泉で全身の汚れを洗い落としてから組織のアジトを再訪することにした。


 温泉街の中を緩やかに流れる赤鬼川の熱水は、樹流徒の体はもとより、精神を大いに癒した。少々傷に染みたが、それも最初の内だけだった。

 温かな湯に浸かるなど、魔都生誕以降初めてである。それだけに時間が無いことが悔やまれた。心ゆくまでのんびり温泉を満喫というわけにはいかない。


 短い入浴を終えた樹流徒は駆け足で太乃上荘の前までやって来た。この場所で悪魔の集団を迎撃してからまだそれほど時間が経っていない。八坂が破壊した窓ガラスの破片はアスファルト上に散乱したまま、濃霧に遮られて微弱になった空の光を反射して鈍く輝いていた。その周辺を彩るように飛び散った悪魔の血も乾ききっていないように見える。何度見ても軽く息が詰まりそうな光景だった。


 焦げ跡が残る玄関を、樹流徒は足早に通り過ぎる。一刻も早く組織の者たちにレビヤタンの情報を伝えなければいけない。また、彼らが悪魔召喚に関する知識を持っているならばそれを借りたかった。

 相談に乗ってもらう相手は南方が良さそうだった。彼ならば話が通じ易そうだし、悪魔に関する知識も豊富だ。


 建物の中は相変わらず薄暗かった。暗視眼を使用すれば視界が明るくなるが、樹流徒はそうしなかった。能力使用中に組織の面々……特に初対面の人間と出くわすと、その人に対し不要な警戒や誤解を与えかねないからだ。能力を使わなくても、闇に目が慣れれば視界は十分に確保できる。


 入口で立ち入った樹流徒は、肉眼で建物の奥に目を凝らした。

 すると早速人影を発見する。残念ながら南方ではなかった。肩の辺りまで髪を垂らした少女が、一人でロビーの長いすに腰掛けている。

 その少女に樹流徒は見覚えがあった。初めて太乃上荘を訪れたとき、三階で出会った少女だ。声をかけようとした途端に逃げてしまったため、名前は知らないが。


 玄関から入ってきた樹流徒の存在に気付いたらしく、少女は慌てて立ち上がった。また逃げ出してしまうのかと思いきや、今度は逆に樹流徒へ近付いてくる。

 樹流徒も彼女に歩み寄って、両者はフロントの前で向かい合った。


 少女は赤と黒のチェック柄のパジャマの上から暖色のコートを羽織っている。身を縮めているせいだろうか、心なしか少し寒そうに見えた。若干緊張しているようだが、しかし怯えた様子は無い。改めて見ればどことなく人懐こそうな顔をした、ごく普通の女の子だった。

 彼女は出会い頭に声を発する。

「あの。相馬さん……ですよね? 南方さんからアナタのことを聞きました」

「そう。君とはさっき三階で会ったな」

「はい。あの時は逃げてしまってごめんなさい」

「気にしてないよ」

「あ、そうだ。私、八坂早雪(さゆき)っていいます」

 少女は自己紹介をする。

 樹流徒はその名にも心当たりがあった。

「じゃあ、やっぱり君が八坂の妹さんか。僕も南方さんから少しだけ君について聞いてるよ」

「え。そうなんですか?」

 早雪は少しだけ瞳を丸くして顔を上げる。言葉を交わしたことで警戒心や緊張が和らいだのか、彼女は初めて樹流徒の顔をまともに見た。


「体調が優れないと聞いたけど、起きてても大丈夫なの?」

「はい。体調が悪いと言っても、別に怪我や病気というわけじゃないですし」

「そうなんだ」

「相馬さんって、私たちの組織に新しく入る人なんですか?」

「いや。協力者になる予定と言ったところかな。少し複雑な立場なんだ」

「はぁ……。協力者予定(・・)ですか?」

 早雪は小首を傾げる。その辺の話はまだ南方から聞かされていないらしい。


「とにかく敵ではないよ。君たちに危害を加えることは無い。それだけは間違いないから」

「わかりました」

 彼女はリラックスした表情で頷いた。口元には微笑を浮かべているようにも見える。急速に打ち解けた感があった。兄の樹流徒に対する態度とは随分な差がある。

 南方の話によれば、八坂兄妹は悪魔と良からぬ因縁があるらしい。なので、悪魔の力を使う樹流徒は、きっと自分は早雪にも嫌悪されるに違いないと覚悟していた。

 それだけに、早雪が実際見せた態度には予想を裏切られた。


 時が違えばこの少女からもう少し話を聞きたいところだったが、樹流徒はそろそろ会話を終えねばならなかった。今はあの男を探すのが最優先である。

「ところで南方さんはいる?」

 話を切り上げるついでに尋ねた。

「南方さんですか? はい。自室にいると思いますよ」

「部屋はどこか分かる?」

「案内しましょうか?」

「いや。口頭で教えてもらえれば……」

「遠慮しないで下さい。私も今から自分の部屋に戻りますから。そのついでです」

「そう。じゃあ頼むよ」

 余り断り過ぎても角が立つ。樹流徒は早雪の厚意を素直に受け取ることにした。


 二人は階段を使って上の階へ移動する。

「今更なんですけど、相馬さん全身びしょ濡れですね。大丈夫ですか?」

「風邪を引くことはないと思う……多分」

 途中、そのような会話を交わした。


 二階に到着すると、早雪が樹流徒を先導する。彼女は廊下を直進して三番目に通りかかった部屋の前で立ち止まった。

「着きました。ここが南方さんの部屋です」

「助かったよ。ありがとう」

「いえ」

 少女は笑顔で返答する。「それじゃ私はこれで」と言い残し、踵を返した。静かな足取りで廊下を歩いてゆく。


 ――トタトタトタ

 ――コンコンコン

 早雪が階段を上る足音と、樹流徒が部屋の扉を叩く音が重なる。


 ノックに対して南方からの返事は無い。仕方なく、樹流徒はドアを開けさせてもらう事にした。勝手に他人の部屋へ踏み込むのは多少抵抗があるが、今回は特別である。


 ドアに鍵はかかっていなかった。中に入ると、靴を脱ぐ狭いスペースがある。見覚えのある黒のチャッカブーツが几帳面に踵を揃えて置かれていた。その先には一枚の(ふすま)が、隙間無く閉じられている。

「南方さん」

「南方さんいますか? 相馬です」

 樹流徒は声をかけながら繰り返しノックをする。襖がガタガタと鳴いた。相当大きな音を出しているはずなのだが、今度も部屋の中から返事が聞こえてこない。

「緊急事態なんです。中に入らせてもらいますよ」

 最後にそう断ってから、樹流徒は襖を開いた。


 南方はそこにいた。仰向けで畳の上に寝転がっている。口は小さく開きっぱなしで、穏やかな寝息をかいていた。片腕にしっかりと掛け布団を抱いている。

 これほどまでに熟睡という言葉が似合う寝相を、樹流徒は余り見た記憶が無かった。南方は楽しい夢でも見ているような顔をしており、強引に起こすのは気が引けた。しかしくどいようだが、状況が状況である。そういうわけにもいかない。

「南方さん……起きてください。南方さん」

 樹流徒は男の耳元で大きな声を出した。

 南方は目を覚まさない。体を揺すってみても効果が無かった。


 かくなる上は、布団を無理矢理引き剥がすしかない。

 それを樹流徒が実行に移すと、驚くべきことに南方は布団にしがみ付いた。本当に寝ているのか、それともふざけて寝ているフリをしているのか。しっかり掴んだ布団をなかなか離そうとしなかった。


 やむを得ず、樹流徒はもう一段荒っぽい手段を使う。南方の腹を適度な強さで踏みつけた。

 それにより、ようやくである。「ううん」という気だるそうな声と共に南方が覚醒した。まだ半分閉じられたままの眠気まなこが樹流徒を見上げる。

「ん……あれ? キルト君じゃないか。もう戻ってきたのかい?」

「はい。起こしてすみません」

「あ。もしかして今度こそ一緒に飯でもどうって話? 部屋まで訪ねて来るなんて熱心なお誘いだね」

「違います。急ぎの話があるんです」

「ほう。その様子だと随分切羽詰ってるみたいだね」

 南方はよっと声を発して機敏な動きで立ち上がる。寝起きが良いのか悪いのか分からない男だ。

 彼は素早く布団を畳んで部屋の隅に寄せる。次に、壁際に置かれている赤茶色のボストンバッグを開き、中身を漁り始めた。世話しなく手を動かしながら、背中越しに樹流徒へ話しかける。

「にしてもアレだね。君、会うたびにボロボロで面白いな」

「知りませんよ。襲い掛かってくる悪魔に言って下さい」

「ははは。ま、コレ使ってよ」

 南方は振り返ると、バッグの中から取り出したYシャツ、スラックス、それから新品のトランクスと靴下まで、着替え一式をまとめて樹流徒に放り投げる。小さなタオルもおまけで付いてきた。


「借りてもいいんですか?」

「あげるよ。市内の店で盗……無料(タダ)で手に入れたやつだからさ。替えはいくらでもあるし」

「はあ……」

「ネクタイも要る?」

「いえ。結構です」

「そうかい。ところで君の言う“急ぎの話”ってヤツは俺一人で聞いた方が良いのかな?」

 南方は背伸びのストレッチをしながら尋ねる。


「いえ。南方さんに相談するのが最も手っ取り早いと思っただけで……。できれば組織の人全員に聞いて欲しい話です」

「ふうん。それじゃ今からみんなに招集かけてあげるよ。君は着替えたら一階ロビーで待っててくれ」

 南方はそう言うと、欠伸をかみ殺しながらのんびりとした足取りで部屋を出て行った。




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