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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖なる組織編
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怪物の正体



「じゃあ、まずは怪物が何者なのか調べないと……」

 情報収集をすべく、樹流徒は周囲を見回す。しかしながら店内は先ほどからずっと無人。改めて確認したところで、客の姿があるはずもなかった。

 代わりに目についたものといえば、知らぬ間に床の隅で(うずくま)っているグリマルキンだった。何でも食べてしまう灰猫は、貪るように床を舐めている。埃でも食しているのだろうか。一つのことに熱中しているその姿は良い意味で近寄り難い雰囲気があって、仮にグリマルキンが言葉を理解できたとしても今は耳を貸してくれそうにない。


 外から誰か来そうな気配も無く、話を聞ける者はたった一人しかいなかった。

 樹流徒は詩織に断りを入れてその場を離れると、足早に客席を通り抜けて店の奥へ。カウンターの前で立ち止まり、正面で仁王立ちしている巨人の悪魔に声をかけた。

「バルバトス。今忙しいか?」

「キルトよ。それは嫌味か? 見ての通り客がいなくて時間を持て余しているところだ」

 悪魔倶楽部の店主バルバトスは、ふっと息を漏らして笑う。顔全体に刻まれた深いヒビが硬そうな曲線を描いた。

「すまない、そういうつもりじゃなかったんだが……」

 ややぎこちない笑顔を返して、樹流徒はすぐに本題を切り出す。

「ところで、お前に聞きたいことがある」

「現世に現れる怪物についてか?」

 バルバトスはズバリ言い当てた。いや、知っていたのだ。何しろバルバトスは人間と比べ耳が良い。店内で発生した音ならば全て拾ってしまえる。以前本人がそう語っていた。樹流徒と詩織が交わした会話も一語一句欠かさず全部聞こえていたに違いない。


「今回も事情を説明する手間が省けて助かる。早速だけど、怪物について何か心当たりはあるか?」

「ある」

 バルバトスは即答したが

「……」

「……」

 言葉が続かない。樹流徒が待っても、バルバトスは口を真一文字に結んだまま動かなかった。喋る内容を忘れてしまった風ではない。意図的に口を閉ざしているようだった。

「どうしたんだ?」

 何故急に沈黙するのか? 樹流徒は怪訝な顔で尋ねる。


「迷っているのだ」

 と、バルバトス。

「迷い?」

「そう。怪物の正体をオマエに教えてやるべきかどうか、オレは迷っている。どちらかと言えば教えたくない」 

「話すのを躊躇(ためら)う理由でもあるのか?」

「まあな。大した理由ではないが」

 言うと、バルバトスは赤い瞳に朧げな褐色の影を広げて微笑した。そして、怪物に関する情報を黙秘するわけを口にする。

「いいか? 怪物が現世で暴れれば、ついでに天使の犬どもを始末してくれるかも知れぬだろう? それをオマエに邪魔されては面白くないのだ」

「なに?」

 樹流徒は眉を寄せる。バルバトスから返ってきた言葉が甚だ予想外だった。

「我ら悪魔にとって、天使の犬は有害な存在でしかないからな。奴らを怪物が駆除してくれるならば、我々としては都合が良い。かたや、オマエが怪物を倒したところでオレ個人にとっても悪魔にとっても何ら利点が無い」

「それが、僕に怪物の情報を与えるのを躊躇う理由か?」

「ああ、そうだ。単純な理由だろう?」

「でも、怪物は天使の犬のみを狙うわけじゃない。自然も建物も全てを破壊してしまうんだぞ」

「確かシオリがそう言っていたな」

「何とも思わないのか?」

 龍城寺市は樹流徒が生まれ育った土地だ。つい数日前まで家族と過ごしていた実家もある。他にも思い出深い場所は数え切れないほどあった。それをたった一匹の怪物が全て壊してしまうなど、到底容認できる話ではなかった。


 ただ、バルバトスにとっては違う。バルバトスだけでなく、悪魔にとって樹流徒の生まれ故郷など、異世界に存在する一都市に過ぎないのだ。考えてみれば当然の話だった。

 故に、バルバトスから返って来る答えは初めから決まっていたようなもので……

「ああ。何とも思わんな」

 燃えるような瞳とは真逆の冷たい眼差しが、樹流徒に向けられた。

「現世のわずか一部分が破壊されるくらいで、一体何を思えと言うのだ? それにニンゲンとて現世の他生物に対して怪物と同じ事を行っているのではないか? オマエはそのことに逐一心を痛めているのか?」

「しかし……」

 言い返そうとして、言葉が見付からなかった。バルバトスの言い分が正しいかどうかはともかく、樹流徒には詭弁のようでもあり、ぐうの音も出ないほどの正論にも聞こえた。どちらにせよ反論の言葉が思い浮かばなかった。

 口を閉ざした樹流徒に向かって、バルバトスはふと笑う。

「まあいい。オレは別にニンゲン批判を展開するつもりはない。ただ、怪物の働きに期待しているだけなのだ。逆にそれを止める理由が無い。悪く思うなよ」

 悪魔として当前の理屈だった。


「分かった。もういい」

 樹流徒は、自分自身思いもよらないくらい急に気持ちが落ち込んだ。怪物の情報を引き出せなかったことに対する落胆もあるが、それだけではなかった。

 多分、バルバトスなら協力してくれる……という期待が、心のどこかにあったのだろう。その期待をいとも簡単に裏切られて、樹流徒は落胆したのだ。


 バルバトスにはこれまで色々と助けられてきた。命を見逃した礼とはいえ悪魔倶楽部に連れてきてもらい、現世と魔界を行き来できる鍵を受け取った。今は詩織の身を預かってもらっている。それらの行為がなければ、樹流徒と詩織は今頃どうなっていたか分からない。樹流徒は未だあてもなく市内を彷徨い続け、詩織は命を落としていたかも知れない。その事実を樹流徒は常に自覚していた。だからバルバトスに対して少なからず感謝の念を抱いていた。

 ただそのせいで、樹流徒の心にはバルバトスに対する一種の仲間意識が芽生え始めていたらしい。今回も現世に怪物が現れると知ればバルバトスは必ず協力してくれるような気がしていた。


 その甘い認識は、たった今粉々に打ち砕かれた。人間と悪魔という種族の間に横たわる壁を、樹流徒は改めて思い知らされた。バルバトスにとっては本人が述べたように現世の都市が一つ消え去ることなど些末な問題なのだろう。あるいは問題にすらなっていないのかも知れない。少なくともバルバトスにとっては龍城寺市を救うことよりも、イブ・ジェセルのメンバーを抹殺することの方が重要なのだ。市内にいるメンバーの数はたかが知れているにもかかわらず……である。


 そもそもバルバトスは狩りが目的で現世を訪れ、樹流徒と出会ったのだ。

 本来、バルバトスにとって樹流徒――すなわち人間は、狩りの獲物でしかなかった。

 それを思い出して、樹流徒の心はにわかに冷えた。落胆も相まって、思わず表情を歪める。空気がぴんと張り詰めた。


 すると、樹流徒の様子に何か感じるところでもあったのだろうか、バルバトスが徐に口を開く。そこから飛び出した言葉は、樹流徒を驚かせた。

「そう落ち込むなキルト。気が変わった……怪物について教えてやる」

「なに?」

 樹流徒は下へ傾いた顔を跳ね上げる。喜びというより、まず呆気に取られた。この短い時間の中で、バルバトスにどのような心境の変化が起こったのか、皆目見当もつかなかった。

「どうして急に話してくれる気になったんだ?」

 すぐさま理由を問う。

「改めて考えてみて、ひとつ気付いたのだ。もし怪物が暴れれば、現世を訪れている悪魔たちにも被害が及ぶ。大半の者は無事魔界へ帰還してくるだろうが、逃げ遅れる者もそれなりの数いるだろう。中にはオレと親しい者や店の常連客が含まれているかも知れん」

「……」

「つまりキルトが怪物を相手にすることでオレにも利が生まれる。それだけの話だ」

「天使の犬はいいのか?」

「構わん。目障りな連中には違いないが……。奴らを倒すことよりも、現世の悪魔を救済してやるのを優先したいからな」

「そうか」

 これがバルバトスの本音なのか、それとも嘘なのか、気にならないと言えば嘘になるが、樹流徒は考えるのをやめた。今、一番気にしなければいけないのは怪物をどうするかである。結果としてバルバトスが協力してくれるならばそれで十分だ、と樹流徒は思うことにした。

 それに、バルバトスとはいずれ本当に仲間になれる日が来るかも知れない。バルバトス以外の悪魔とも。

「じゃあ、改めて頼む。怪物の情報を教えてくれ」

「いいだろう」

 バルバトスは点頭した。


「オマエとシオリが話していた怪物だが、そいつの正体は間違いなく“レビヤタン”だ」

「レビヤタン?」

「レビヤタンは魔界の深海に棲む悪魔だ。ひとたび暴れ出せばその巨体で陸上と海中のあらゆる物を破壊し尽くす。シオリの言う通りニンゲンの手に負える相手ではない。いや、我々悪魔の手にも負えん」

「そんな化物……。何か対抗策はないのか?」

「ふむ」

 バルバトスは腕を組み

「レビヤタンに対抗できる力と言えば、思い浮かぶものは一つしかない」

 と、答えた。

「それは?」

「“べヒモス”だ」

「ベヒモス?」

 樹流徒は再び鸚鵡(おうむ)返しに尋ねる。


「ベヒモスはレビヤタンと同等の力を持つ陸の悪魔だ。ヤツをぶつける以外にあの怪物を止める方法は無いだろう」

「互角の力を持つ悪魔同士を戦わせるということか」

「そうだ」

「でも、どうすれば両者を交戦させることができる?」

 ベヒモスという悪魔に直談判して、レビヤタンと戦ってくれるよう説得でもすれば良いのだろうか?

 だが樹流徒はベヒモスの居場所を知らなかった。居所を突き止めたところで会いにいける場所でなければ意味が無い。仮にベヒモスと会えたとしても説得に応じて貰えるか怪しい。それ以前に言葉が通じる相手かどうかも不明である。駄目押しなのは、やはり時間に余裕が無いことだった。詩織が予知した未来は、早ければ数時間後、遅くとも二十四時間以内には現実のものとなってしまう。


 ベヒモスという悪魔の存在を知ったまでは良いが、その先をどうしたらいいのか?

 樹流徒が頭を悩ませていると

「我々悪魔は……」

 ぽつり、とバルバトスの口から言葉が漏れた。


「え。何だ?」

「我々悪魔は、遥か遠い過去から現在に至るまで、一部のニンゲンに対して力を貸し与えてきた」

「“人間が悪魔の力を借りる”?」

「うむ。ニンゲンの種種さまざまな希望や邪欲に応じ、我々は時に知識と真実を、時に癒しと力を与えてきた。天候や時間、他者の心を操ってみせたこともある」

「……」

「そしてニンゲンは我々の力を借りようとする時、その悪魔を現世に“召喚”する」

「つまり……魔界の悪魔を現世に呼び出すのか?」

「ああ」

 何故、バルバトスが突然このような話を始めたのか。樹流徒にはその趣旨が理解できた。

 悪魔を現世に召喚する。それこそが、レビヤタンに対抗する手段に違いない。「ベヒモスを現世に召喚してレビヤタンと戦わせろ」と、バルバトスは暗に提案しているのだ。


「だがオレは悪魔を現世に召喚する方法を知らん。それに関してはオマエたちニンゲンの方が詳しいかも知れんな」

 その言葉を最後に、バルバトスは口を閉ざして身を翻した。背後に置かれた木棚と向かい合い、太い指でワインボトルの位置を整え始める。

「分かった。ありがとう」

 礼を言うなり樹流徒は走り出した。今すぐ現世に帰還する。イブ・ジェセルの者ならば悪魔召喚の方法を知っているかもしれない。

 事態は一刻を争う。詩織に詳しい事情を告げる暇もなく、樹流徒は店から飛び出していった。




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