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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔都生誕編
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目を覚ますと



 熱い!

 背中が焼けるように熱い。


 その痛みで樹流徒は目を覚ました。左の肩甲骨の辺りがなぜかチリチリする。火傷のような、刃物で刺されたような鋭い痛みだ。何かの拍子に怪我を負ったのかもしれない。

 だが、目を開いた瞬間飛び込んできた景色が、痛みを忘れさせた。


 樹流徒の視界いっぱいに広がったのは、一面黒っぽい水色に染まった空だった。宵とも明け方とも違う、不思議な色をしている。他には何もない。太陽、月、星、それに雲や鳥など、本来何かしらあるべきものが一切見当たらなかった。


 樹流徒は仰向けに倒れていた。頭や背中にゴツゴツした感触が伝わってくる。すぐに下がアスファルトであることに気付いた。

 辺りは静寂に包まれていた。人の話し声も、車やバイクの走行音も聞こえない。


 これは一体どういう状況なのか? 樹流徒は記憶を辿る。

 メイジと一緒に下校している最中、上空に謎の紋様が現れた。紋様は段々広がって、突如、辺り一帯を埋め尽くす黒い光を放った。皆、その光に飲みこまれた。

 そこまでは覚えている。だがそれより先の記憶が無い。黒い光を浴びた時点で意識が途絶えたのだろう。気絶して今までずっと倒れていたのだ。


 不完全ながら状況を把握した樹流徒は、ようやく上体を起こす。

 思わず息をのんだ。そこには、たったいま見た不思議な空よりも信じ難い光景が広がっていた。

 人々が道路の上に横たわっている。それが視界の及ぶ範囲までずっと続いていた。皆生きているのか死んでいるのか分からない。ただ、動いている人は誰もいなかった。


 車道の中は滅茶苦茶だ。あちこちで車が衝突している。トラックの後部に突っ込んだ軽自動車がボンネットを開きフロントガラスに蜘蛛の巣状のヒビを入れていた。ガードレールの無いところから歩道に飛び出した車が店のショーウィンドウに突っ込んでいる。車内のドライバーたちは皆意識を失ったままだ。

 遠くのビルから火の手が上がり、黒い煙がもうもうと立ち昇っていた。更にその奥を透かし見ると、どういうわけか濃い霧が広がっていた。気味の悪い、紫がかった霧だ。良く見れば遠方の空は全てその霧に包まれていた。それにより、ここら一帯の上空だけぽっかりと穴が開いた怪異な現象が起こっている。

 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。それこそ本当に詩織が言っていた世界の終わりが来てしまったのではないかと思わせる、生の存在をまったく感じさせない、悪い冗談みたいな景色だった。せわしなくも平和だった街の面影はどこにも無い。


 変わり果てた街の様子を前にして、樹流徒は少しの間ぼんやりしていた。

 が、やがて大切なことを思い出してはっとする。

 そういえばメイジは? アイツは無事か?

 樹流徒はすぐ隣を見た。そこには気絶する直前まで一緒に行動していた親友がいるはずだった。

 そのはずだが、メイジはいなかった。付近を見回しても彼の姿はどこにも見当たらない。


 もしかするとメイジは僕より先に目が覚めたのかもしれない。そして自分の足でどこかへ行ったのかもしれない。

 そう樹流徒は考えることにした。


 樹流徒は立ち上がる。気絶して倒れた拍子に体のどこかを強く打った様子はなかった。ただ、肩の下で疼く焼けるような痛みはまだ続いていた。制服の上着を脱いで、背中に手を回す。痛む部位を指先で触れてみると滑らかな肌の感触が伝わってきた。少なくとも酷い外傷を負った様子は無い。出血もしていなかった。

 大した怪我では無さそうなので、樹流徒はひとまず安心する。特に我慢できないほどの痛みでもないから歩くのに支障は無かった。

 痛みは忘れた頃に消えているだろう。そう決め付けて、樹流徒は動き出す。


 彼はまず一番近くに倒れている人に声をかけた。

 それはスーツ姿の痩せた中年男性だった。口を薄く開いたまま目を閉じている。周囲の状況さえ無視すれば、安らかに居眠りをしているように見えた。

 だがそのサラリーマン風の男は樹流徒が何度か呼びかけても眠りから覚めなかった。胸が上下しておらず呼吸をしていないように見える。口元に耳を近づけてみると実際息をしていなかった。


 早くこの人を助けなければ。

 樹流徒はポケットから携帯電話を取り出す。モニターを見ると時刻は午後六時半。メイジと一緒に学校を出てからニ時間以上が経過していた。微かに震える指で携帯を操り、一一九番と一一〇番に掛けてみる。しかしどちらも繋がらない。

 助けを呼べないなら自分で何とかするしかなかった。樹流徒は倒れた男にうろ覚えの応急手当てを施してみる。だがそれも虚しく効果は無かった。そもそも“急に応じる”と書いて応急だ。二時間以上も経った今ではただの処置である。無意味に等しい。

 結局何をしても男は目を覚まさなかった。


 樹流徒以外、誰も動いていない。周囲に倒れている人々が全て死体に見えてきて、樹流徒は未だかつて味わった経験の無い寒気を覚えた。

「誰か生きてる人はいないか? 生きているなら返事をしろ! 誰か! 起きろ!」

 彼は、生まれて初めてというくらい大きな声を張り上げた。

 その必死の声は、しかし虚しくビルの隙間へと消えてゆく。日常に感じる無力感などとは比較にならない圧倒的な絶望と虚無感がそこにあった。


 我を失いそうな状況の中、樹流徒はかろうじて自分を保つ。

 取り敢えずこの場を離れよう、と彼は決めた。ずっとここに佇んでいるわけにもいかない。まずは家族の安否を確認するために自宅へ行ってみようと思った。

 現在地から樹流徒の自宅まで、まだ多少距離が残っていた。走って十分程度かかるが、倒れた人々を踏まぬよう気をつけて歩かなくてはならないことを考えると、もう少しかかるだろう。

 ややおぼつかない足取りで、樹流徒は地獄絵図の中を歩き出した。


 それから何分くらい経過しただろうか。多分まだ五分と経っていないはずだが、樹流徒は何時間も長い拷問を受けているような心地に襲われていた。

 先へ進んでも視界に映るのは道に横たわる人々ばかり。自動ドアやガラス戸を通して建物内で倒れている人たちの姿も見えた。

 また、被害に遭ったのは人間ばかりではなかった。犬や猫も倒れているし、普段は電線の上から人々を見下ろしているカラスも地面に落下している。

 その一方で生き物以外は特に何の影響も受けていなかった。辺りの建物を見ると、車が突っ込んで損壊した家やビルはあるが、空から降り注いだ謎の光により直接破壊された建物はない。


 実に不思議な光景だが、樹流徒はこれと良く似た現象を知っていた。中学時代に巻き込まれた事件だ。あの事件を一日の内に二度も思い出すことになるとは、想像もしていなかった。




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