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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
聖なる組織編
55/359

組織の者たち



 樹流徒たちの会話に突然割り込んできた青年は、女の隣で足を止める。間近で見た彼の容姿は、樹流徒が遠目から確認した通りかそれ以上に端麗だった。「絶世の美少年」と言えば多少誇張になってしまうが、そこら辺を歩いていそうな顔でもない。腰から刀を提げている点も含めて、色々な意味で樹流徒が初めて出会う人種だった。


「君は?」

 樹流徒は青年に素性を尋ねる。きっと組織の人間に違いないので、素性というよりは単に名前を尋ねるつもりで声をかけた。

 それに対して青年は刺すような目付きになる。闇に映える白い瞳は上部が前髪に隠れているため余計鋭利な形に見えた。

「先に質問したのはこちらだ。貴様は一体何者だ?」

 端正な唇の隙間から吐き出された冷淡な声が樹流徒を問い詰める。罪人を叱責するようなその語調に、樹流徒は理由も無く後ろめたい気分になりそうだった。

 だからというわけではないが、樹流徒は質問に答える。

「僕は相馬。南方さんからここに来るよう言われた」

「南方が?」

 男の名前が出ると、青年はわずかに表情を軟化させた。ただ、瞳には依然敵意とも感じられる強い警戒心が宿っている。

「貴様、ヤツとどういう関係だ?」

 と、ますます厳しい口調で追求を続けた。

 樹流徒は答えかけて、口を結ぶ。相手の態度が少し腹立たしくなった。組織の面々に警戒されるのは仕方ないが、こうも高圧的な態度を取られ続けると、少しくらい反抗的な態度を取りたくなった。樹流徒はまだ十七歳。大人のように色々なことを達観するのは無理だし、冷静でいられないときもあった。


「待て“八坂(やさか)”。コイツは魔都生誕の生き残りらしい。ホラ、さっき南方が言ってたヤツ」

 すると、この険悪な状況を見かねたのか、女が口を挟む。樹流徒に助け舟を出す格好になった。

 八坂と呼ばれた青年は「ああ」と呟く。何か心当たりがありそうだ。

 値踏みするような目が、樹流徒の頭からつま先までをさっと映した。

「すると貴様か。悪魔を吸収し、その力を使ってバフォメットを倒したというヤツは」

「そうだ。けど、倒したと言っても一人では無理だった。南方さんと協力したからかろうじて勝てたんだ」

「その南方が貴様をここへ(よこ)した理由は?」

「あの人から共闘の申し出があった」

 樹流徒が淀みなく答えると、八坂と女は無言で顔を見交せた。


「俺は、そんな話は聞いてない」

 八坂が眉を曇らせる。嘘をついている顔ではなかった。

「アイツ。勝手なことしやがって」

 女は片手を腰に当て、この場にいない南方に対する怒りを露にする。

「まあいい。事情は概ね理解した。わざわざご足労済まなかったな」

 と、八坂。表情に続いて今度は言葉遣いが幾分柔らかくなった。ただし口調にも刺々(とげとげ)しさが残っており、台詞とは裏腹に相手を労う気持ちは微塵も感じられなかった。

「俺は部外者と協力する意思は無い。貴様は温泉にでも浸かって体を休めたらさっさと立ち去れ」

 八坂は言葉を連ねると、すぐに踵を返す。素早い歩調で遠ざかり一度も振り返ることなく廊下を曲がっていった。

 その背中を樹流徒は黙って見送る。八坂という青年には心の隙や余裕といったものがまるで見当たらなかった。きっと、呼び止めたところで余計に苛立たせてしまうだけだろう。


「アイツ不器用だし基本誰に対しても愛想悪くてさ。でも根は悪いヤツじゃない。許してやってくれ」

 八坂の姿が見えなくなったあと、女が徐に口を開いた。

「気にしてません」

「そうかい。ならいんだけどね」

 と、女。

 このとき、樹流徒はまだ彼女の名を知らないことに気付いた。

「ところで、僕はアナタを何と呼べば良いですか?」

「ん。ああ。そういやまだ名乗ってなかったな。私は春田五十鈴(はるたいすず)。仲間たちからは“ベル”って呼ばれてる。アンタもそう呼べばいいよ」

「ベル……さん、ですか」

「そ。五十鈴の鈴だからベル。安直なネーミングだろ?」

「愛称なんて安直なのが普通ですよ」

「まあね。うん。確かにそうだ」

 ハードパーマの女・ベルは、人差し指で口元を押さえ短く笑う。

 しかしすぐ真面目な顔つきに戻り

「さて……。相馬とか言ったっけ? アンタの素性については一応信用しといてやるよ。でもアンタは南方が勝手に呼んだヤツだ。正直なところ私個人は共闘の案に賛成できない」

 と、歯に衣着せぬ物言いをした。

「そうですか」

 怪しい雲行きだった。樹流徒は、組織に大歓迎されるとはこれっぽっちも考えていなかったが、逆にここまであからさまに拒絶されるケースも想定していなかった。なにしろ今回の話を持ちかけてきたのは南方……つまり組織の側からである。それだけに樹流徒は、八坂やベルの自分に対する否定的な態度が意外と言うほかなかった。もっとも、彼らは南方から今回の話を聞かされていなかったようなので、仕方がない。


 ベルは拳銃をジャケット裏に隠された左胸のホルスターに収める。軽く腕を組んで微笑した。

「ま、気を落とすんじゃないよ。たしかに私は南方の案には反対だけど、実際どうするか決めるのは“隊長”だから」

「隊長?」

 樹流徒は(うつむ)きかけた頭を持ち上げる。


「そ。私たちの隊長。正式には組織の、龍城寺支部の支部長なんだけどさ。私らは隊長って呼んでる」

「龍城寺支部(・・)……。支部というのは?」

「ああ。私らの組織は世界中の都市に散らばってるからな。日本にも本部のほかに複数の支部があるんだよ」

「じゃあ、龍城寺支部に所属しているアナタたちは普段から市内に住んでいるんですか?」

「当たり前だろ。だからこそ私たちはこうして結界の中に閉じ込められてるんじゃないか」

「言われてみればそうですね」

「八坂だって普段は市内の高校に通ってるよ。ちなみに私は大学行ってる」

「じゃあ、組織の活動は副業みたいなものなんですか?」

「どちらが副業になるかは、その人次第だけどね。私や八坂は組織の活動が本業だと思ってるし、南方なんかは普段何やってンのか知らないけどソッチが本業で組織の活動は副業だって言ってる」

「そうなんですか」

 組織のメンバーは普段一般人と同じような生活しているらしい。樹流徒はほんの少しだけベルや八坂に親近感が沸いた。


「話が()れたね。それで隊長のことなんだけど……」

「あ、そうでした。その隊長という人は、今この建物の中にいるんですか?」

「いや。他のメンバーと一緒に出払ってる。でも今日明日中には戻ってくるんじゃない?」

「隊長が戻ってくるまで話は進まないんですよね?」

「まあね。私たちの間で決め事をする場合、全ての決定権はあの人にあるから」

「ならば隊長が帰るまでここで待たせてもらっても構いませんか?」

「ああ、好きにしな。ただし余り勝手にアジトの中をウロチョロしてると八坂に目を付けられるよ」

 ベルは部外者の青年に対して軽く釘を刺す。

 それから「じゃあ」と言って樹流徒に背を向けると、静かに遠ざかっていった。足音が全く聞こえない。普段からそういう歩き方をしているのだろう。やはり相当訓練された、特殊な歩行法だ。


 八坂が去り、ベルが去り……樹流徒はその場に一人残った。

 隊長と呼ばれる人物が戻ってくるのは今日明日中だとしか分かっていない。しかも絶対ではない。そんないつ戻って来るか分からないような者を一所(ひとところ)で大人しく待ち続けるのは無理だった。南方も付近の偵察に出かけているらしい。話す相手も無く、樹流徒はすっかり手持ち無沙汰になってしまった。


 この際だから少しだけ太乃上荘の中を移動してみようか。一応ベルさんから許可も下りたことだし……

 そう思って、樹流徒は今の内にアジトの中を探索してみることにした。ただの暇つぶしだが、あわよくば組織のメンバーと接触できるかも知れない。彼らに話しかけることで何か貴重な情報が得られれば尚良かった。


 そうと決まれば廊下で突っ立っている理由は無い。樹流徒は、八坂やベルが引き返した道を辿って一旦ロビーまで戻った。

 すでに一階の大広間や厨房は調査済みなので、他に向かう場所といったら上の階しかない。階段はすぐ目の前にあった。樹流徒は必然的にそちらへ歩を進める。

 

 手すりつきの広い階段を上がって2階へ。

 廊下に人の姿はなかった。神経を集中させると誰かの気配を感じたものの、個室を訪ねようとまでは考えなかった。誤って八坂の部屋をノックしてしまったら、最悪アジトを追い出されてしまう。

 結局、この階を一周してきたものの樹流徒は誰とも会えず、宿泊部屋とトイレの前を通り過ぎただけだった。


 続いて最上階の三階へ。この階も一見して二階と全く同じ構造になっている。足音や人の話し声などは聞こえなかった。

 また廊下を一回りして終わりになりそうだ。そんなことを考えながら、樹流徒は足を前に動かす。


 ところが、予感はアテにならなかった。

 樹流徒が廊下の一角に差し掛かろうとした、その時―――


 角を曲がった先の方から、部屋の戸が開く音がした。続いてトタトタと、何者かが早歩きで廊下を踏みしめる音がする。その足音は樹流徒の方に近付いてきた。


 誰か来る。気付いて、樹流徒は立ち止まる。

 間もなく、足音の正体が廊下の角を曲がって姿を現した。


 その人物は、恐らく樹流徒よりもニつか三つくらい年下の少女だった。何故かパジャマ姿で、肩まで伸びた栗色の髪は寝癖により酷く乱れている。

 彼女はとても穏やかな笑顔をしていたが、その表情は樹流徒と目が合った瞬間に凍りついた。あっという小さな悲鳴と一緒に全身がビクリと震える。

 無理もなかった。突然見知らぬ青年が目の前に現れたのだ。少女が驚くのは当然だった。


「驚かしてすまない。僕は相馬という……」

 樹流徒は彼女に話しかける。先ずは己の素性を明かそうとした。


 ――タタッ

 猫が駆け出しかの如く、軽快な足音が床を鳴らす。

 少女が樹流徒に背を向けて逃げ出した。まるで恐ろしい化物と遭遇してしまったかのような逃走だった。彼女の姿はあっという間に樹流徒の視界から消える。


 恥ずかしくて逃げたのか。驚いて思わず逃げてしまったのか。それとも怖くて逃げたのか。

 樹流徒が少しばかりショックを受けて固まっていると、奥の方で部屋の戸が慌てて閉められる音が聞こえてきた。少女が部屋に逃げ込んだ音に違いない。


 樹流徒は立ち尽くす。そして今はもう無人となった眼前の虚空を見つめた。

 恐らく今の少女も組織の人間に違いない。ただ、それにしてはらしくなかった(・・・・・・)。人は見た目で判断できないとはいえ、今の少女はベルや八坂とは違い、とても悪魔と戦えるような人間には見えなかった。もっとも、組織の中に何人か非戦闘要員がいてもおかしくはない。


「それにしても……」

 樹流徒は独り呟く。

 この建物内で早くも三人の組織メンバーと出会ったが、皆、予想していたよりもずっと若いのが意外だった。特に根拠は無かったのだが、南方などは組織の中でも若い方なのではないか、と勝手に想像していた。ほかのメンバーたちも全員十代や二十代の人間で構成されているのだろうか。


 そもそも龍城寺支部には何人のメンバーが所属してるのか? アジト(太乃上荘)の大きさを考えれば、どれだけ多く見積もっても五十人はいないはずだ。

 逆に、最低でも六人はいることが分かっている。南方、ベル、八坂、逃げた少女の四人。そしてベルの話によれば隊長と呼ばれる人物が現在他のメンバーと共に外出しているらしいので、その二人を合わせて六人である。隊長と一緒に行動しているメンバーが複数人ならば更に数は増える。


 南方さんに話を聞けば色々分かるかも知れない。

 そう思ったとき、樹流徒はいつのまにか三階の廊下を一周して階段に戻っていた。


 これでアジト内の探索は終了してしまった。もう一周しても良いが、”余り勝手に動き回ると八坂に目をつけられる”とベルから忠告を受けているため、樹流徒は自重することにした。

 ほかに時間を潰す方法も思い浮かばないので、樹流徒は仕方なく階段を下りた。二階を通り過ぎたとき、応接間のソファに腰掛けて時が過ぎるのを待とうと決める。運が良ければすぐに隊長が戻ってくるかもしれない。


 一階のロビーは何回通りかかっても無人だった。

 応接間の柔らかいクッションに尻を預け、樹流徒は何も考えずにぼんやりする。いや、ぼんやりしかけた、と言ったほうが正しいだろう。実際には樹流徒が呆ける時間も、ソファが温まる暇もなく、玄関の戸が開かれる音がしたからだ。誰かがアジトに戻ってきたらしい。


 まさか、本当に隊長が帰ってきたのか?

 樹流徒は勢い良く立ち上がった。ロビーと応接間を仕切っているついたて(・・・・)から静かに顔を出す。


 玄関のほうに視線を送ると、そこには知った顔が立っていた。

 南方だった。相変わらずどこか緊張感に欠けた表情をぶら下げた三十歳前後の男は、樹流徒の顔を見るなり「おっ」と声を弾ませる。バフォメットとの戦闘で負傷したはずの右肩を軽快な動きで持ち上げ「やあ」と挨拶した。負傷した肩をベルに治療してもらったという話は本当だったらしい。一体どうやって治せたのかは聞きそびれてしまったが。


 樹流徒と南方は互いに歩み寄って、ロビーの中央で向かい合う。

「キルト君じゃないか。こんなに早く来てくれるとは思わなかった。歓迎しちゃうよ」

「ありがとうございます。でも他の人たちからは余り歓迎されてないみたいですけど」

「あはは。ゴメンね。まだ君のこと余り詳しくは話してなかったんだよ。もしかして八坂君あたりに何か言われた?」

「いえ。それよりベルさんから聞きましたよ。僕を協力者として迎えるかどうかは隊長が決めるって」

「そうだよ。でもあの人ならきっと君を味方につけようと考えるはずさ。そうじゃなきゃ俺だって君を誘ったりはしなかった」

「そうなんですか」

「そうなんです。だから君は何も気にしなくていいよ」

 南方は樹流徒の肩を叩く。

「じゃ隊長が戻ってくるまで一緒に飯でもどう?」

 そして挨拶もそこそこ、食事に誘った。


「飯って、厨房に貯蔵されているあの食材を使うんですか?」

「あ? 見た? 凄いでしょアレ」

「ええ。最初見た時は少し驚きました」

「だろう? 悪魔が市内の食料を全部漁っちゃう前に確保しといたんだよ」

「それにしても、僕と南方さんって会うたびにご飯の話になりますね」

「まぁまぁいいじゃない。よし行こう。あ~腹減った」

 南方は青年の肩に手を回して半ば強引に厨房へ向かう。

 樹流徒は全く空腹を覚えていなかったが、男に促されるまま歩いた。


 ところが、二人が廊下に差しかかろうとしたのと同時。

 突然、何かが弾ける激しい音が、二人のすぐそばで鳴り響いた。建物全体が微動する。


「おっ。なんだ、なんだ?」

 南方は天井を見上げて頭を左右に振る。

 樹流徒は肩に回された南方の腕を振り解いて素早く後ろを見返った。

 玄関の一部が粉々に砕け散り、大小の破片となって床に飛び散っている。木片は小さな火種を残して真っ黒に染まっていた。


 襲撃だ。この建物がたった今、何者かに攻撃を受けた。




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