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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔都生誕編
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黒山羊の悪魔



 五階から六階、六階から七階へ……。たったひとつ上の階へ行くためにこれほど苦労する建物が、一体世界のどこにあるだろうか。巨大な迷宮と化した病院とその中に潜む悪魔たちが、侵入者を惑わせ危険に陥れる。


 樹流徒と南方は体力に物を言わせて、魔空間の中をひたすら突き進んだ。きっと誰もがうんざりしてしまうくらい、同じ景色を繰り返し通り過ぎただろう。倒した悪魔の数もかなりになる。スタミナはともかく精神力はごっそり削られてしまった。


 ただ、その甲斐あって二人はようやくいま、八階に到達した。

 これより上の階は無い。バフォメットはすぐ近くにいるはずだ。樹流徒は全身から緊張感を(たぎ)らせた。この病院で待ち構えていた悪魔が問答無用で襲ってきたことを考えると、バフォメットとの戦いも避けられない予感がした。


 かたや、南方は息を荒くしながらも表情には余裕があった。己の実力に余程の自信でもあるのか、それともただのポーカーフェイスなのか、常にリラックスしているように見える。待ち伏せしていた悪魔と戦っている最中でさえ、どこか遊んでいるようだった。


 そんな対照的な2人の共闘関係も、終盤に差し掛かっている。彼らは揃って八階の廊下に立つと、別々の部屋へ移動した。いままでと同じように手分けして正解の扉を探す。


 樹流徒が最初に選択した部屋は東側にある院長室だった。一度部屋の前で立ち止まり、南方がどの部屋に入るのかをきちんと確認してから、改めて目の前の扉を開ける。


 移動した先はどこかの病室だった。外の景色からして四階か五階あたりの一室だろう。

 この場所に到着するや否や、樹流徒は全身の動きを止めた。正面にある窓に視線が釘付けになる。巨大な光がガラスに反射して禍々しい輝きを放っていた。


 素早く後ろを振り返ると、黒に程近い紫色の光が炎のように揺らめき、病室の出口を覆っていた。

 院内で初めて遭遇する現象である。ただ、樹流徒にはこの不気味な光景が何を意味しているのか、容易に想像できた。


 光を通り抜けた先に、魔空間を発生させた悪魔がいるに違いない。

 樹流徒は「よし」と呟く。木の葉一枚も揺らせない程度の小さな囁きに強い決意と覚悟を込めた。

 そして禍々しい光をキッと睨むと、その向こうへ飛び込んだ。視界が白黒に点滅する。いままでのワープとは少し様子が違った。


 点滅は徐々にテンポを早める。それが一段と激しくなったとき、樹流徒が立っていた場所は屋上の隅だった。


 屋上には灰がかったコンクリート製の床が広がっており、バレーボールを2面で楽しめるくらいの余裕がある。周りを取り囲む高いフェンスの上部には有刺鉄線が張り巡らされていた。

 これだけならば、飾り気のないごくありきたりな屋上風景だ。


 尋常でないのは床の大部分を埋め尽くしている不気味な紋様だった。巨大な六芒星が青白い光を放ち、その周囲には謎の文字がいくつも配置されている。

 魔都生誕の時、市の上空に出現したものと酷似していた。南方はこの六芒星の図形を“魔法陣”と呼び、また“魔法陣は現世と魔界を繋ぐ扉”だと説明していた。


 樹流徒は顔をしかめる。屋上に描かれた魔法陣を目にしたことで、忌まわしい記憶が呼び起こされた。

 だが、意識はすぐに六芒星の中央へと向けられる。そこには一体の悪魔が、樹流徒に背を向けて佇んでいた。


 その悪魔は全身を黒毛に包まれており、動物らしき頭からは二本の大きな角、背中からは大きな羽が生えていた。


「お前がバフォメットだな?」

 特に何をするでもなく突っ立っている悪魔に向かって、樹流徒は声をかける。

 それに反応して、悪魔がゆっくりと振り返った。顔は黒山羊、体は黒山羊と人間の女を混ぜたような姿をしている。黄金に輝く虹彩の中には、完全なる闇を讃えたひし形の瞳孔が浮かんでいた。


「ニンゲンか。ここにいるということは他の連中を退けてきたようだな。大したものだ」

 バフォメットは男女が合唱したような二重の声を発する。随分と落ち着いた口調だった。

「ここで何をしている?」

 間髪入れず、樹流徒は問い(ただ)す。

 バフォメットは長く広がる口の片端を軽く持ち上げた。

「答えてやる理由が無い。オマエはただここで死ねば良い」

 そう言い終えると同時に、異形の右腕を前に出す。手の先端に伸びる三本の指をいっぱいに開き、その前方に紫色の邪悪な光を浮かべた。光は二本の線となって宙に小さな魔法陣を描く。


 全てがあっという間の出来事だった。樹流徒が身の危険を察したときにはもう、魔法陣に内接する六芒星から青い雷光がほとばしっていた。


 わずかに遅れて樹流徒の耳にバリッという音が届く。胸に突き刺さった雷が体内を駆け巡り、全身が激しく痙攣した。体の自由が利かない。指先一本すら抗うことができなかった。

 樹流徒は両膝から床に崩れて、そのまま前のめりに倒れる。


 バフォメットは身動きひとつ取らなくなった樹流徒を見下ろし、さもつまらなそうに言う。

「天使の犬なのだろうが……あっけないものだ、ニンゲンなど」

 勝利を確信した様子だった。


 が、悪魔の想像とは裏腹に、樹流徒の命は尽きていなかった。

 絶命どころか、樹流徒の全身を支配していた痺れもすっかり引いていた。特にダメージも残っておらず、樹流徒は難なく立ち上がる。

 バフォメットの瞳孔が広がった。山羊の口が「むぅ」と声を漏らし、樹流徒が生存していることへの驚きを露にする。


 ――おっ! もう戦闘始まっちゃってる?


 そのとき、張り詰めた緊張を弛緩させる声と共に、南方が屋上に到着した。

 男は樹流徒の隣まで駆け寄りながら拳銃を抜く。


「犬が一匹増えたか……」

 バフォメットは南方を一瞥するだけで、すぐに視線を樹流徒のほうへ戻した。二対一と数的不利になったにもかかわらず、全く動揺する気配が無い。


「南方さん」

「やあ。キルト君。生きてて良かった。バフォメットは炎と雷に加えて呪いまで操るから気をつけてくれよ」

「呪い? ラミアの話に出てきたヘラの呪いみたいなものですか?」

「そ。ただしどんな呪いを使ってくるかは分からない」

 南方は言い終えると、バフォメットに銃口を向ける。間を置かず引き金を二回続けて引いた。

 銀色の弾丸が全身を回転させながら目標の額めがけ正確に飛んでゆく。


 ところが、確実に悪魔を捉えたと思われた銃弾は、目標に届くより前に“何か”にぶつかって地面を転がった。

 樹流徒はその現象をはっきりと視認していた。弾丸がバフォメットの数センチ前まで迫った瞬間、虹色に輝く光の幕が悪魔の周囲を包み込んで攻撃を跳ね返したのである。


「今の光は?」

「アレは“魔法壁(まほうへき)”だ。言わばバリアだね。厄介な能力だよ」

 南方が微苦笑して、たったいま起きた謎の現象ついて解説する。


 魔法壁と呼ばれる防御能力で銃弾を防いだバフォメットは、続いて両手を前に出した。それぞれの手に紫色の六芒星を出現させる。


「来るぞ」

 南方は樹流徒に警告を与えながら横に飛んだ。

 ほぼ同時、片方の六芒星から巨大な紫色の炎の塊が、もう片方から青い雷が放たれた。炎は樹流徒を、雷は南方を、それぞれ襲う。


 南方はかろうじて攻撃をかわした。樹流徒も先ほど同じ攻撃を貰っているので、南方の声が聞こえた時にはもう足が動いていた。互いに反対方向へ逃れて無傷で済ませる。


 横っ飛びから床を転がった南方は、体勢を立て直しつつ同時に銃で反撃を行う。再び発射された一発の弾丸がバフォメットの頬をかすめた。黒い毛の下から少量の青い血が滴り落ちる。


「今度は魔法壁を使わなかったのか?」

 樹流徒は疑問を口にする。

「いや。使えなかった(・・・・・・)んだよ」

「え」

「どうも魔法壁っていうのは連続で使用できないらいしいんだ。君が今後も悪魔と戦うつもりなら覚えといて損はないよ」

 二人は離れた位置で言葉を交わす。そのあいだも樹流徒は悪魔から視線を外さなかった。

「意外とてこずらせてくれる」

 バフォメットが黄金の瞳で二人を交互に睨みつけた。だが声色は全く落ち着きを失っていない。


「ならば魔法壁が消滅した直後が狙い目ですね?」

「そーそー。キミ、なかなか飲み込みが早……」

 南方が全てを喋り終える前だった。

 バフォメットの次なる攻撃が飛ぶ。二人は再びそれぞれ左右に飛んで攻撃をかわした。紫色の炎と雷が床で弾ける。


 今度は樹流徒が反撃に転じた。着地と同時に火炎弾を吐く。

 まさか人間が炎を吐くとは思わなかっただろう。バフォメットは口の真ん中を小さく広げて虚を突かれたような顔をした。しかし、素早い反応で垂直に跳躍して火炎弾を避ける。上空で背中の翼を広げ、宙に静止した。 


 戦いの流れはまだ途切れていない。すかさず南方が銃弾を連射した。内1発が、悪魔の右肩をえぐる。

 バフォメットの表情は全く変わらない。それでも銃撃を邪魔だと感じたのか、南方に狙いを定めると上空から恐ろしい速さで突撃した。


 南方は片足で地面を蹴って、今度も横に飛ぶ。見るからに戦い慣れした素早い動きだった。

 だがバフォメットはその上をゆく。まるで南方が避ける方向を先読みしたような軌道で落下し、銃撃の仕返しとばかりに南方の右肩を強か蹴り飛ばした。その反動を利用して後方に跳ぶと、翼を操って屋上出入り口の屋根に着地する。


 攻撃を受けた南方は宙できりもみ(・・・・)しながら吹き飛んだ。背中から墜落しても勢いは止まらず、床を転がって最終的にフェンス際で仰向けになって止まる。

 相当強烈な一撃だった。当たり所が悪ければ命を落としてもおかしくない衝撃だったはずである。

 それでも南方は生きていた。フェンス際に倒れたまま、悪魔に負けず余裕の表情を保っている。


 バフォメットは南方を放置して次なる獲物に狙いを定めた。屋根から飛び降りると、再び鷹の如く急降下をする。


 迎え撃つ樹流徒も悪魔の爪を出して応戦した。這うように姿勢を低くして、敵の攻撃をかいくぐりながら上空に弧を描いて腕を振るう。どこにでも良いから当てるつもりで強振した。




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