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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔都生誕編
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異変



 龍城寺(りゅうじょうじ)市は太平洋に面する日本の地方都市である。元々広大な市だったが、数年前に隣接する市と合併したことで、現在では全国屈指の面積を有していた。市内の真ん中に建つ龍城寺駅周辺を中心にIT・商業・金融関係のビルが多く立ち並んでいる。一方、郊外には古い町並みを残す場所や野生動物が生息する緑豊かな地域もあった。


 樹流徒はこの都市の近郊に住んでいた。外はとにかく人が多く、朝から夕方にかけて学生とスーツ姿のビジネスマンでごった返していた。発展に成功した活気溢れる地域と言えるが、どこかせわしない土地とも言える。夜になると案外静かだが、少し前までは昼夜問わず狂ったように明かりがついていた。現在は色々と事情があって多少落ち着いた雰囲気になっている。


 時刻は午後の三時半をとっくに回っていた。

 一緒に教室を出た樹流徒とメイジは、校門を通り過ぎて、その前を走る大通りを行く。車道の中は車が数珠繋ぎとなり、ガードレールに隔てられた両側の歩道は通行人で溢れかえっていた。

 周りは建物だらけだ。ビルの外壁に取り付けられたディスプレイには広告が映し出され、別の建物には消費者金融関係の会社の看板が三つも四つもくっついている。

 この町並みを樹流徒は少なくとも美しいとは感じなかったし、通俗的とも思わなかった。逆に不満を覚えたこともなかった。この土地で生まれ育ったから特別何も感じないのかも知れない。彼にとって龍城寺市は、見慣れ住み慣れた土地であり、単に平和な日常の舞台だった。


 樹流徒とメイジの自宅は大体同じ方向にあった。そのためニ人はよく一緒に下校していた。

 彼らは横並びで歩きながら他愛も無い話をする。ネットの話題、服、スポーツ、漫画やゲーム、映画、そして時々は恋や政治や勉強の話……本当に他愛も無い会話ばかりだった。

 今日は一段と話が盛り上がって、気が付けばいつの間にか結構な距離を歩いていた。


 やがて二人は、ある十字交差点に差し掛かった。運悪く変わったばかりの赤信号に捕まる。

 メイジは眉根を寄せた。

「ここの信号待ちキツイよな。この前、時間測ってみたら二分五十三秒だったぜ。長すぎだろ」

「三分も待つのか」

「オイ、人の話聞いてたのかよ? 二分五十三秒だっての」

「同じだろ」

「樹流徒よォ。オマエ、七秒あったら何が出来ると思ってンだ?」

「洗濯物のシャツ一枚畳むくらいはできそうだな」

「分かってねェな。七秒っつったら俺が愛してやまない曲のイントロ部分が丁度聴ける時間なんだよ」

「そうか。知らないけど……」

「大体オマエは何も分かってねェよ。本当のオレを何も知らねェ。まぁ、オレが隠してるってのもあるが」

「なんだよいきなり?」

 メイジの言葉の意図が汲み取れず、樹流徒は曖昧な笑みを返した。


 信号待ちをしている歩行者たちの中から、小さな笑い声、携帯電話のボタンを打つ音、ヘッドフォンから漏れる音などが放たれ、混ざり合う。その前を車が過ぎるたびに音は途切れ、また聞こえ始めた。


「ヘイ、樹流徒」

「ん。何だ?」

「空に浮いてる模様、なんかカッコイイよな」

 と、メイジ。

 また急に何を言い出したのだろう。樹流徒は内心で小首を傾げる。しかしメイジの多少風変わりな言動は今に始まったことではないので、特別気にもならなかった。

「模様って、雲のことか?」

 樹流徒は正面の空を眺める。別に面白い形をした雲は見つからない。ただただ綺麗な夕空が広がっているばかりだった。


「別に何も無いみたいだけど」そう言おうとして、樹流徒はメイジの横顔を見る。

 メイジの視線は正面ではなく天に向かい垂直に延びていた。どうやら彼が言う“模様”は真上にあるらしい。それで樹流徒もメイジを真似して頭上を仰いだ。

 このとき樹流徒は、視線を移した先に驚くような光景があるとは想像していなかった。きっと大したものではない。と心の中で決め付けていた。なにしろ、あっと驚くようなものが空に浮かんでいることなど、通常まず有り得ないのだから。


 ところが……事態は樹流徒の予測をいとも容易(たやす)く裏切った。

 樹流徒は瞳を見開く。かつてこれほどまでに己の目を疑った事はなかった。


 遥か上空に、紫色の光で描かれた奇妙な紋様が浮かび上がっていた。

 かなり鮮明に見える。直径二十センチ程度の円の内部に、三角形と逆三角形を重ねたいわゆる六芒星が描かれている。その他にも見知らぬ文字が全体に散りばめられていた。地上からこれだけの大きさで見えるならば実際はかなりの大きさに違いない。


「もしかするとUFO?」

 未知との遭遇に樹流徒は少なからず興奮した。声の大きさも普段の三割り増しくらいになる。

 逆にメイジはとても落ち着いた様子だった。

「知らね。でも少しずつデカくなってねェかアレ?」

「本当か?」

 樹流徒は空に浮かぶ紋様の大きさに注目する。

 すると確かにメイジの言う通り、謎の図形は僅かずつではあるが着実に広がっていた。


 信号の色が切り替わる。

 しかし空をジッと見上げるニ人は、その場に立ち止まったまま動かない。

 彼らの様子を目にした別の通行人が、何事だろうと立ち止まって空を見上げる。それによって同じように足を止める人々が、徐々に増えてゆく。


 いつの間にか大勢の人々が頭上を仰いでいた。辺りはにわかに騒がしくなり、携帯電話のシャッター音やムービー撮影の操作音が増えてゆく。その中で、謎の紋様はますます大きくなっていった。


 そして円の直径が大体一メートルくらいにまで達した時、樹流徒を含めた多くの見物人たちはある事に気付き始めていた。


 あの紋様、大きくなっているというより地上に近付いてるんじゃないか?


 果たしてその認識が正しいかどうか、誰にも分からなかった。地上に接近していると錯覚するくらい紋様が大きく広がっているだけなのかも知れない。

 ただ、異常事態であることには変わりなかった。

「何あれ? 絶対映画の撮影とかじゃないよね?」 

「うん。これ今年の人類滅亡説来ちゃったンじゃない?」

 どこかの若い男女が冗談を言い交わしている。その会話が耳に入って、樹流徒は図書室で聞いた詩織の予言を、ふと思い出した。


 ――相馬君。世界は今日滅びるわ。


 世界が滅亡する? まさかそんなことが本当にあるわけない。彼女の予言と六芒星の出現が、たまたま同じ日に重なっただけだ。ただの偶然だ。

 樹流徒は心の中で否定したが、謎の図形が地上へ迫って来るのを見ると、不吉な予感が拭い去れなかった。

 そんな彼の横で、メイジは薄い笑みを浮かべている。その瞳は密かにギラギラしていた。


 そして……ニ〇一二年、十一月二十六日、午後四時九分


 龍城寺市の上空を多い尽くすまでに広がった謎の紋様から、突如黒い光が降り注いだ。光は一瞬にして人々を飲み込んだ。




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