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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔都生誕編
49/359

協力



 ロッカー室の扉を通り抜けた先、二人が立っていた場所はどこかの病室だった。

 樹流徒はあっと短い声を漏らす。これまで通りの展開だったら今頃玄関に戻されているはずなのに、今回だけは様子が違うからである。


 どうやら食堂の入口が“正解”の扉だったらしい。

 一つ目の関門を突破したことに気付いて樹流徒は意気を揚げる。足早に窓際へ歩み寄り外を覗くと、ここが2階の病室だと分かった。


「えーと。これはどういうコトだ? 部屋を出入りすると別の場所に飛ばされるってことだけは分かるんだけど……」

 南方は状況が掴みきれていない様子だった。部屋の真ん中で腕を組み、少し難しい顔をしている。

 彼は先ほど「病院を訪れて真っ先に向かった場所は食堂」と言っていた。その話が本当ならば、南方は運よく最初から正解の扉を選んだことになる。当然、間違った扉を選んでスタート地点まで戻されてしまうという現象を体験していない。この魔空間にどのような仕掛けが働いているのか分からないのも無理はなかった。


 それを察して、樹流徒は南方に声を掛ける。自分が知っている範囲で、魔空間の特性を伝えた。


 説明を聞いた南方は、謎が解けてすっきりした顔になる。

「ふうん、なるほどね。つまり俺は一発で正しい部屋を選んじゃったってわけだ」

 と、どこか自慢げに言った。食堂で食べ物を漁ろうとした結果、偶然正解の扉を選んだに過ぎないのだろうが……満面の笑みを浮かべる南方を見ていると、樹流徒は軽いツッコミを入れる気すら起きなかった。


「廊下に出てみましょう」

「うん。一体どうなるかな?」

 二人は連なって病室から出る。

 扉の先へ一歩踏み出してみると、どこにも飛ばされず普通に廊下へ出られた。辺りを見回しても特におかしな点は見当たない。悪魔の姿もなかった。


「分かったぞ。今度は二階の正しい部屋を選べば三階に進めるんじゃないかな?」

 南方が自信有り気に推論を述べる。

 樹流徒も同意見だった。

「ええ。そしてハズレの部屋を選んでしまうと玄関に飛ばされるんでしょうね」

「厄介な空間だなあ」

 二人はたったいま出てきた病室の、隣の部屋に入ってみる。

 そこもただの病室だった。扉を開いて入り口を通り過ぎると、例の如く目の前が真っ白になる。


 辿り着いた先は四階か五階辺りに位置する病室だった。廊下へ出てみると、次に彼らが見たものは一階の受付だった。


「や。君の予想通り玄関まで戻されちゃったね。食堂へ移動するところからやり直しってわけだ」

「これが八階まで続くとしたら、かなり地道な作業になりますね」

 この魔空間は最終的に何処へワープするにしても途中で必ず別の部屋を経由しなければならない。ハズレの部屋を選んでしまっても直接スタート地点まで戻されることはない。一見地味な仕掛けだが、それが非常に厄介な存在だった。


 もしその仕掛けさえなければ、この空間は簡単に攻略できる。廊下からハズレの部屋に向かって物を投げ入れれば、それは受付に転送される。この現象を上手く利用すればわざわざ何度もスタート地点に戻る必要はなくなるだろう。

 ただ、その方法が使えるのは、あくまで経由する部屋が無い場合だ。実際はハズレの部屋に向かって投げ入れた物は受付前に戻ってこず、別の経由する部屋に転送されてしまう。この仕掛けがある限り、やはり樹流徒たちは地道に一部屋ずつ覗いてゆくしかないのだった。


「よし。今度こそ正解の部屋を当てよう。確率三十分の一ってとこかな」

「待ってください」

「え。どうしたの?」

「二人で分担した方が早いですよ。単純に考えて倍の確率で当たります」

「おお。言われてみればそうだよね。キミ天才?」

「大抵の人は気付くと思うんですが……」

 樹流徒は軽い脱力感に襲われる。どうも南方という男は場の緊張感をなくすのが得意なようだった。それを計算でやっているのか、天然なのかは分からない。


 樹流徒たちは食堂とロッカー室の扉を通り過ぎ、再び二階の廊下へ。今度は別々の部屋に入る。

 結果、共にハズレの部屋を選んでしまい、それぞれ別の部屋を経由して受付前で合流した。

「あのさ。コレ体力的にもキツイけどそれ以上に、精神的にくる(・・)仕掛けだよねえ」

 南方は笑顔で冗談交じりに軽い愚痴をこぼした。


 二階に上っては玄関まで戻される。南方が言ったとおり、病院内に仕掛けられた罠は侵入者にとって精神的に辛いものがあった。今はまだ2階だから良いが、これが五階や六階になってくると更に厳しくなってくるだろう。


 単調な作業を繰り返すこと三回目。樹流徒は今度もスタート地点に飛ばされてしまった。その場に留まり、南方が現れるのを待つ。


 だが、少しのあいだ待っても彼は戻ってこなかった。ひょっとすると正しい部屋が見つかったのだろうか。あるいは経由した部屋で悪魔と戦闘になっているのかも知れない。

 どちらにしても追いかけなければ。

 樹流徒は急いで走り出した。二階の病室に到着すると廊下へ駆け出し、南方が最後に入った部屋に突入する。


 飛ばされた先は一階の事務室だった。三列横隊を作ったデスクが整然と並んでいる。他にも観葉植物、コピー機、ロッカーなどが置かれていた。

 もっとも部屋の内装を把握している暇などない。樹流徒がこの部屋に着いた途端、すぐ目の前に悪魔の背中が現れたからである。


 悪魔は全部で三体いた。一体は樹流徒の正面。残りニ体は部屋の一番手前に並ぶデスクの端で固まっている。彼らは揃って同じ姿をしていた。王冠を戴き四本の角を生やした頭部。尖った牙を並べる巨大な口。恰幅のある胴体。背は低く見積もっても百八十センチ以上。そして鳥の足を持っている。樹流徒がコンビニで遭遇した、火炎弾を吐き出す悪魔だった。


 南方さんはどこだ? 無事なのか?

 樹流徒は眼前に立つ悪魔の存在を半ば無視して、男の姿を探す。

 すぐに発見した。南方は姿勢を低くして窓際に並ぶ机の陰に身を隠しながら右往左往していた。次々と飛来する炎の塊を必死な様子で避けている。


 南方を襲う火炎弾は、三体の悪魔が順番に放つことによりほぼ絶え間なく飛び続けていた。長篠の戦いにおける織田軍の鉄砲隊を連想させる光景だ。赤赤と光る炎が机、窓、床、そして壁。至る場所にぶつかり火の粉を散らす。ここが魔空間の中でなければ今頃部屋の中は火の海になっていただろう。


「キルト君遅~い。早く助けてくれ」

 味方の到着に気付いた南方が情けない声を上げる。

 それにより、悪魔たちの顔が一斉に樹流徒の方を向いた。

「オイまたニンゲンが現れやがったぞ」

「天使の犬に違いないぜ」

「さっさと始末してバフォメットに貸しでも作るとするか」

 と、口々に言葉を交わす。


 そして悪魔の一体が動き出した。大きな動作で腕を持ち上げると、すぐそばに立つ樹流徒めがけて力任せに爪を振り下ろす。空気の裂ける音が部屋全体に行き渡るほど強力な一閃だった。


 樹流徒は冷静に対応する。いかに相手の攻撃が鋭くても、ネズミ頭の悪魔ビフロンスやマルティムのスピードと比べてしまえば鈍重だった。余裕を持って攻撃を回避し、ついでに敵の懐に入り込む。悪魔がたじろいだときにはもう爪を突き出していた。

 狙いは悪魔の首。喉に風穴を開けるか、頭部を切り離す。残虐な攻撃方法だが、敵を確実に倒すため、樹流徒はやらなければいけなかった。


 コンビニで悪魔と一戦交えたとき、樹流徒は敵にトドメを刺したと勘違いして手痛い反撃を受けてしまった。

 あのとき失敗が大きな教訓となっていた。悪魔の生命力は人間の常識では測れない。だからなるべく確実に息の根を止めなければならない。樹流徒にとってその方法が“敵の首を狙う”ことだった。実際、彼に首を切断された悪魔は全て死んでいる。


 そして今また一体の悪魔が床に頭部を転がす。グロテスクな光景に、攻撃をした樹流徒自身も苦い顔をした。

 胴体から分離した異形の首はギャッと異様な悲鳴を上げる。ほか悪魔が瞬刻、そちらに気を取られた。


 そのわずかな隙を南方は見逃さない。男は机の陰から姿を現すと、仲間の死体に眼を奪われている悪魔たちに向かって発砲した。一体の側頭部ニヶ所を撃ち抜いて見事に仕留める。

 残る悪魔は一体。倒すのは容易かった。


 樹流徒が駆けつけたことで、戦闘はあっという間に終了した。小さな火種が床の上でくすぶり続ける中、悪魔の体が崩れ赤黒い光の粒が宙に放出される。南方によればこの光を魔魂と呼ぶらしい。

 魔魂は樹流徒に吸い寄せられて、彼の体内に取り込まれた。


「いやあ。危なかった」

 南方は額の汗を拭う仕草でおどけてみせる。言葉に反してまだまだ余裕がありそうだった。


「ここは一階の事務室ですよね? さっきまでは悪魔の姿なんて見えなかったのに」

「多分、部屋の扉に仕掛けられている罠には侵入者をワープさせるだけじゃなくて、扉の先にある本当の景色や音を遮断する効果もあるんだ。だから、部屋の内側からも外側からも扉の向こうがどうなっているか分からない。そういう魔空間なんだろうね」

「そんなことまで出来るのか……」

「ところで君、やっぱり人間とは思えない戦闘力だね」

 南方は樹流徒の指先に視線を送る。

 明らかに人間のものではない鋭利な爪が、新鮮な悪魔の血を滴らせていた。


 これ以上隠しても、意味は無さそうだ。樹流徒は、己の体の秘密を正直に話すことにした。

「実は、この爪を持つ悪魔の魔魂を吸収したら使えるようになったんです」

「え。それって、キミは吸収した悪魔の能力が使えるってことかな?」

「はい。決して本意ではありませんが、お陰でここまで生き延びることができました」

「ふうん。ホント不思議だなぁ」

 南方は握り拳を口元に添え、樹流徒の指先から伸びた悪魔の爪を見つめる。


「それにしても“デウムス”の太い首を一撃で切り落とすなんて、とんでもなく切れ味の良い爪だ」

「デウムス? いま倒した悪魔の名前ですか?」

「うん。そうそう。インドのカルカッタで崇拝されていた神だよ。ちなみに現在カルカッタはコルカタが正式名称だけどね」

「ラミアの逸話にしてもそうですけど、南方さんは悪魔について詳しいですね」

 樹流徒が素直に感心すると、南方は柔和な顔付きになる。

「別に詳しいって程でも無いんだけどね。あ、言っとくけど謙遜とかじゃないよ」

「はぁ……」

「それより、さっきデウムスが面白いこと言ってなかった? 確か“バフォメットに貸しを作る”とかなんとか」

「ええ。言ってましたね」

「アレ? 反応薄いね。もしかしてバフォメットのこと知ってた?」

「いえ……」

 樹流徒は咄嗟に嘘をついた。少し後ろめたい気はしたが、悪魔倶楽部の存在まで白状してしまうのは抵抗があった。

 もっとも、苦しい嘘である。バフォメットのことはともかく、樹流徒は少なくとも院内に悪魔がいることを知っていた。その情報をどこかで入手したことは明白である。「僕も病院に来たのはタダの偶然です」と今更になって言い張るのは尚苦しかった。


 樹流徒は急いで話題を別の方向へ()らす。 

「それよりデウムスは他にも何か変な事を言ってましたよ。確か“天使の犬”だとか」

「ん? そうだっけ? そんな組織(・・)の名前聞いたことないけどね」

「え……」

 樹流徒は微かに眉を潜める。


「よし。それじゃ先を急ごうか」

 南方は部屋の出口に歩いてゆく。そのまま何処かへ飛ばされていった。行き先は恐らく三階だろう。

 樹流徒もすぐに男の背中を追った。


 その後も二人は病院内をたらい回しにされた。オペ室、霊安室、CT室、その他診察室……一体、何度玄関まで戻されただろうか。ある階では、全ての部屋がハズレで階段を使って上るのが正解という意表を突いた仕掛けも用意されていた。

 また、二人の行く先々にはラミア、デウムス、小人型悪魔といった敵が数多く待ち受けていた。悪魔たちは侵入者を排除するために病院内を守っているのか、樹流徒たちと遭遇した途端に襲い掛かってきた。


 移動と戦闘を重ねるにつれ、南方の呼吸は少しずつ乱れ、口数も減っていった。無尽蔵の体力を持つ樹流徒は息切れひとつしていないが、南方に気を遣ってなるべく声をかけないようにした。気付けば両者の会話はすっかり無くなっていた。


 魔空間は消失していない。それを発生させている悪魔はまだ院内に存在している。

 悪魔がこれだけ長時間滞在している理由は何だ? 病院に住み着く気だろうか。それともまさか自分たちを待ち構えているのか。

 樹流徒は疑惑を巡らせる。まだ見ぬバフォメットのシルエットが脳内で不気味に浮かび上がって、全身が武者震いを起こした。



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