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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔都生誕編
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援軍



 戦闘の余韻が完全に消え去って全身の熱が冷めると、体の傷が徐々に激しさを増した。

 樹流徒は壁に寄りかかって、背中を引きずる。床にどっかりと座り込んむと一息ついた。

 これから少しのあいだ休憩を取って、体調の回復に努めなければいけない。一刻も早く先へ進みたい気持ちはあったが、現在の不調を抱えたまま新たな敵と遭遇しようものならば相当厳しい戦いを余儀なくされる。無理は禁物だった。


 両足を伸長させ、頭上を仰ぐ。呆けたように天井の一点を見つめ、眠るように深い呼吸を重ねた。

 その内、頭に疑問が()ぎる。そういえば、結局今倒した半人半蛇の悪魔がバフォメットだったのだろうか? 戦闘前、樹流徒は相手の素性を尋ねたが、悪魔の口から答えは返ってこなかった。


 もし、半人半蛇の悪魔がバフォメットなのだとしたら、樹流徒がこれ以上院内に留まっている理由は無い。バフォメットが何を画策していたのかは全く不明のまま、手ぶらで悪魔倶楽部へ帰還することになってしまう。


 取りあえず、ロッカー室を出てみればひとつだけ分かることがあった。もし部屋を出た瞬間どこかにワープするようならば、まだ魔空間は消えておらず、空間を発生させた悪魔は依然病院内にいることになる。逆に何も起きない場合は、半人半蛇の悪魔が魔空間を発生させていた可能性が高い。

 樹流徒は体調が少しでも良くなったら、すぐにでもそれを調べてみようと考えた。


 瞳を閉じ、引き続き深くゆっくりとした呼吸を繰り返す。


 が、その矢先。


 ――ズ……ズズ

 ――ズズ…ズズ…ズズ


 樹流徒ははっとして目を開いた。少し遅れて背筋に悪寒が走る。

 我が耳を疑った。地をなぞる不吉な音が聞こえてくる。それもひとつではない。ニつか三つ、複数の物音が別々の方向から接近してくる。


「冗談だろう」

 樹流徒は搾り出すような声で独り()つ。できれば空耳であって欲しかった。

 その期待を裏切って、耳に届く地を擦る音は段々と大きくなる。樹流徒は体に鞭打って立ち上がった。心身が共に軽い悲鳴を上げる。


 間もなく、物音の正体が勿体つけることもなく姿を見せた。

 冗談でも何でもない。物陰から現れたのは、樹流徒が苦戦の末ようやく倒した半人半蛇の怪物だった。しかも今度は2体同時である。


 最悪のタイミングで登場した悪魔の増援は、樹流徒を左右両側から挟む。円形に発光する四つの瞳が瞬きもせずに微動した。


 勝てない。逃げなければ。

 樹流徒は即断する。傷ついた今の体ででまともにやりあっても勝ち目が無いのは、火を見るよりも明らかだった。

 とはいえ、逃げ切る自信は無い。敵の速さと驚異的な跳躍力は先の戦闘で嫌というほど味わった。しかも今度は相手が複数。尚更逃げるのは困難だ。戦闘か逃走か。どちらを選択しても樹流徒にとっては分の悪い勝負になりそうだった。


 ただ、諦めて立ち止まればなぶり殺しにされて(しま)いである。万が一にも命乞いなど通じる相手ではない。だから、たとえ分が悪くても樹流徒は動くしかなかった。


 この部屋で脱出可能な場所は、出入り口の扉ただ一ヶ所のみ。そしていま樹流徒が立っている場所は部屋の最奥を走る通路。その真ん中で挟み撃ちに遭っているという状況だ。

 かなり不味い位置取りと言って良いだろう。樹流徒の背後には壁、左右には悪魔がおり、それぞれ彼の行く手を阻んでいる。前方には先程体当たりで倒した2台のロッカーがあり、ひとつ先の通路を(また)ぐ格好になっていた。


 樹流徒は視線を素早く滑らせて両脇の敵を交互に見る。どちらかの悪魔に冷気を浴びせて突破できるかも知れなかった。狙うとしたら出口の扉に近いほうの敵だろう。上手くいけば、冷気で身動きを封じた悪魔を通り過ぎて、一気に部屋から出られる。

 だが、攻撃を回避される恐れもあった。先の戦いでは敵が密着していたからこそ難なく冷気を直撃させられたが、今回は状況が違う。敵の素早さを考えると勝算は低い気がした。


 数秒迷った結果、樹流徒は強引な突破を諦める。ひとまず眼下に寝そべっているロッカーの腹に乗って、隣の通路へ移った。

 悪魔たちもすぐさま床を這って獲物を追いかける。通路の列がひとつ移っただけで、三者の位置関係は全く変わっていない。依然、樹流徒は左右から敵に挟まれている。


 次はどうする? 樹流徒はしきりに左右を見回して相手の動きを警戒した。

 すると悪魔の片割れが鳴く。憤怒しているのかそれとも威嚇のつもりか、聞く者の防衛本能を刺激する奇妙な叫びが、緊迫感に包まれた静寂を激しく揺さぶった。


 その鳴き声に反応して、樹流徒は咄嗟に宙へと逃れた。傍に立つロッカーの上に着地する。

 頭上には天井があって、真っすぐ立つことができない。少し身を屈めなければならかった。この体勢では素早く走ることもできないし、思い切り爪を振りぬくこともできない。行動が大幅に制限されてしまった。


 獲物をロッカーの上に追い込んだ2体の悪魔は、それぞれ個別の反応を見せる。

 片方の悪魔が床を滑るように移動した。扉の少し手前で止まり樹流徒の退路を断つ。もう片方の悪魔は現在樹流徒が足場にしているのと同列のロッカーに飛び移った。金属の地面を這って獲物との距離を詰めてゆく。


 自然、樹流徒は接近してくる敵のほうへ注意力を割かなければいけなかった。

 冷気は射程距離に関してやや頼りない。恐らく五メートルに満たないだろう。悪魔を十分に引きつけてから攻撃する必要がある。樹流徒は体の不調を堪え、息を殺して眼前の敵に集中した。


 悪魔は全身でロッカーの上を這う。樹流徒の目前まで到達すると腰を軽く反って上体を持ち上げた。

 真っ赤な相貌がすぐ目の前に迫ったとき、樹流徒は冷気を放つ。狙い済ました一撃だった。


 それがあえなく失敗する。悪魔は敏捷な動きで後方へ下がり、いとも簡単に攻撃を回避した。

 樹流徒には大きな痛手だった。いかに強力な攻撃であっても当てることができなければ単なる時間稼ぎにしかならない。それも僅かな時間だ。


 数秒後には空中に飛散した無数の白い粒子が全て消失する。後退した悪魔が改めて前進した。出口を塞いでいたもう片方の悪魔も、獲物ににじり寄ってゆく。

 一体は正面から、もう一体はロッカーの下から、樹流徒を狙う。今すぐにでも獲物へ飛び掛かることが出来そうな距離で、挟撃の布陣を完成させた。


 こうなってはただでさえ窮屈な姿勢を取っている樹流徒は逃げようがない。ロッカーから飛び降りても着地した瞬間を狙われるだけである。八方塞がりだった。


 この窮地に、樹流徒は苦渋の決断を下す。逃げられないなら戦うしかない、と脱出から一転、応戦の意思を固めた。

 敵を倒すには冷気を浴びせるしかないが、余程近い距離から攻撃しなければ、さっきのように避けられてしまう。樹流徒は、敢えて悪魔に自分を襲わせて冷気を直撃させることにした。そして敵の動きが止まったら可能な限りの力で爪を突き出し上半身を貫く。この、肉を斬らせて骨を断つ戦法で仕留めるほか、敵を倒す方法は無いだろう。


 樹流徒の体には先の戦闘で受けた傷が残っている。できれば相打ち狙いはしたくなかった。もしかすると敵を倒す前に自分が力尽きてしまうかも知れない。想像するだけで恐ろしかった。

 でも、生き残るためにはやるしかない。樹流徒は覚悟した。覚悟せざるを得なかった。


 悪魔が同時に距離を詰める。樹流徒の密かな決意を嗅ぎ取ったのだろうか、心なしか慎重で息の合った動きだった。まるで訓練を受けてきたかのような連携である。


 樹流徒は己を餌にするために岩と化す。この後自分の身に襲いかかるであろう激痛を思うと、全身が萎縮した。拳を強く握り締める。


 しかし……。

 次に起こる展開を、一体この場にいる誰が予想できただろうか。きっと悪魔たちにとっても甚だ意外だったはずである。


 ――パスン


 出し抜けに乾いた音が部屋の奥で響いた。

 思わぬ方向から聞こえたその音は、パスンパスンと更に二回続く。極限まで張り詰めていた場の緊張を砕くアッサリした音が計三回鳴った。

 ほとんど間をおかず、樹流徒の正面にいる悪魔が喉と額に小さな風穴を開けて青い血を噴出する。ロッカーから床に墜落した衝撃でべチャリと水気を含んだ音を鳴らした。そのまま動かなくなる。


 樹流徒には何が起きたのか分かない。ただ反射的に音のした方を見向いた。


 するとそこにはいつの間にか一人の男が立っていた。Yシャツとネクタイにベストを着た三十歳前後の男……


 樹流徒はその人物に見覚えがあった。

 南方である。以前、悪魔や魔界に関する情報を教えてくれた男との、まさかの再会だった。




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