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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔都生誕編
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村雨病院



 住宅地に囲まれたその土地は、交通事情に恵まれた場所にあり、かつ圧倒的に広大な面積を有していた。

 それが村雨病院の敷地であることは、大半の市民に知られている。


 村雨病院の敷地は広い道路に面していた。沿道には桜の木々が並んでおり、毎年春になると絶景に生まれ変わり、見る者の目を楽しませてくれる。

 ただ、今となっては、地面に散らばっているのは桜の花びらではなく、すっかり乾ききった人間の血痕だった。

 一方、病院敷地の入口付近では、公道へ出ようとした救急車と一般車両が追突している。後者のボンネットは山形(やまなり)に凹んでいた。すぐそばにはセンターラインからはみ出して対向車と接触している車がある。


 それら無残な光景を背にして、樹流徒は一人ぽつりと立っていた。

 彼の視線は敷地の中を抜け、地上八階建ての白い建物・村雨病院をまっすぐ見つめている。


 村雨病院は、病床総数が県内最多の総合病院だ。外見上は一つの建物だが、内部が三つの棟に別れている。そのため屋上も三つ存在し、内一つがヘリポートになっていた。

 また、病院の隣には疾病予防施設や老人介護施設が並び、ほかにも村雨病院グループの関連施設として看護学校も建っている。それら全ての建物が同じ敷地の中に収まっていた。


 樹流徒がこの場所を訪れたのは、過去に一度だけ。まだ幼かった頃、食事中に魚の骨が喉に引っかかってしまい、泣きながら親に連れてこられたのだ。当時診察してくれたベテラン医師と、隣にいた看護師の優しい笑顔は、今もおぼろげな記憶として残っている。かたや、建物内の景色や構造がどうなっていたかなどは一切覚えていなかった。


 そのため、樹流徒は村雨病院の前に到着しても、あまり懐かしさは感じなかった。相変わらず大きな病院だ、と感心したくらいである。

 しかも、その感心すらたちまち緊張に変わってしまった。アンドラスの情報が確かならば、バフォメットが病院内のどこかにいる。場合によっては戦闘になるかも知れない。それを考えると、否応なしに張り詰めた気持ちになり、ほかの感情は引っ込んでしまった。


 樹流徒は一旦病院から視線を外して、敷地の見える部分全体をさっと見回す。

 悪魔の姿はどこにも無かった。悪魔どころか、人の姿すらない。


 それが余計に樹流徒の緊張感を高めた。悪魔がいないのは良いとして、病院の職員、患者とその関係者、看護学校の学生など、本来そこにあるべきはずの死体が全く存在しないのはおかしかった。


 この異常な光景は、間違いなく例の死体失踪現象だった。国道のジャンクション付近や、家電量販店で遭遇したのと全く同じ状況が、この病院でも起きていたのである。


 ただし、樹流徒がこの奇怪な現象を目撃するのは、今回が三例目ではなかった。

「またか……。これで何度目だ?」

 彼は怪訝な表情で呟く。


 実は、図書館から村雨病院に移動してくるあいだにも、樹流徒は死体失踪現象の発生現場をいくつか目撃していた。大通り、駅前、百貨店、映画館、スポーツクラブ等々……様々な場所から市民の遺体がごっそり消えていた。


 一体、何ヶ所が被害に遭ったのか分からない。消えた市民の数も見当がつかないし、犯人や犯行動機、犯行手段などについても、相変わらず手がかり無しだった。


 それでも、ひとつだけ気付いたことがある。多くの現場を見ているうち、樹流徒は、死体が消える場所に共通点が存在することを発見した。


 その共通点とは“死体が密集していること”だった。程度の差こそあれ、死体が消えた場所はいずれも普段から人が多く集まる場所と決まっていた。逆に、比較的人通りの少ない場所から一斉に死体が消えた様子は、樹流徒が知る限り無い。


 では、どうして人が密集する場所ばかりが狙われたのか?

 それを考えたとき、樹流徒が真っ先に思いついたのは“犯人が効率を重視した”可能性だった。

 死体が密集している場所ならば、短時間でより多くの死体を回収できるはずだ。いわば、効率よく死体を集めることができる。だから、犯人はそういった場所ばかりを狙っているのでは……と、考えたのだ。

 ただし、どのような手段で死体が盗まれているのか分からない以上、確証は全く無かった。


 ひとつ確からしいことがあるとすれば、死体失踪現象を起こしている犯人……(すなわ)ち“死体泥棒”が、相当な数の死体を必要としている、ということくらいだろうか。もっとも、それすら死体泥棒が同一犯だという前提があっての話である。結局、本当に確かなことは何も分かってなかった。


 悪魔が跋扈(ばっこ)し、死んだ人々の姿が次々と消えてゆく不気味な地方都市……。龍城寺市は、いよいよ魔都らしくなってきた。


 樹流徒は歩き出す。無人と化した病院を目の当たりにして立ち止まってしまったが、いまは死体失踪現象についてのんびり考察している時ではない。バフォメットの企みについて調べるのが最優先だった。


 病院の敷地内を進むと、通路の両側にレンガで囲まれた花壇が見える。今の季節、シンビジウムが赤・白・黄色の美しい花びらを咲かせていた。

 樹流徒は色鮮やかな草花に出迎えられ、ぼんやりとした気分に陥る。視界には累々と積み重なる死体も無く、殺伐とした市内の様子とは隔絶された、一見美しい世界がそこにあった。


 しかし所詮は死体泥棒が作り上げた不自然な空間である。樹流徒は、病院の玄関が近付くにつれ段々と瞳を鋭くさせた。


 正面入り口は大型の自動回転ドアが2基並んでいる。そのため玄関は相当横に広い。

 ドアガラスを通して病院内の様子を窺えた。相変わらず建物の中は明かりがついておらず薄暗い。しかし無人であることを除けば特に変わった点は見当たらなかった。悪魔の姿も見えない。


 樹流徒は建物の中に踏み込むべく、腕力でドアを回した。


 直後、視界が真っ暗になって足を止める。

 目の前に壁が出現していた。水面のようにゆらゆらと波打つ黒い壁だ。

 樹流徒にとっては非常に見覚えのある光景だった。この先が恐らく魔空間になっていることを示す現象である。


 そういえば、少年の姿をした悪魔・マルティムがこんなことを言っていた。

 “魔空間を維持するためには、空間を作った本人もその中にいなければいけない”と。


 あの言葉が事実ならば、院内には魔空間を発生させている悪魔がいる。それがバフォメットなのか、別の悪魔なのかは、実際確かめてみなければ分からないが……

 樹流徒はいよいよ気を引き締める。更にドアを押して、奥に踏み込んだ。


 黒い壁を難なく通り抜けると、ある意味意外な光景が目の中に飛び込んでくる。

 正面左手に受付が見え、右手には患者などが利用するブラウン色のロビーソファーが並んでいた。他には事務室や購買などの入り口も見える。奥には階段とエレベーターがあった。


 これといって変わった点も無い、普通の病院内部である。マモンやマルティムが発生させたような、見るからに底気味悪い空間はそこになかった。敵の姿も無い。


 かなり意気込んで突入しただけに、樹流徒は少々拍子抜けした。

 しかし、すぐに気を引き締めなおす。見た目こそただの無人病院だが、魔空間の内部であることに変わりない。何か起きるはずだ。


 樹流徒は悪魔の爪を指先から伸ばすと、敵襲に備えて慎重に歩を進める。

 受付の前を通り過ぎ、適当な部屋へ。悪魔がどこに潜んでいるか分からない以上、各部屋をひとつずつ地道に確認してゆくほかない。


 樹流徒がまず最初に立ち寄ったのは、リハビリテーション室だった。

 部屋の扉は開いている。廊下から様子を窺うと、中はかなり広かった。ベッドの他に歩行訓練用の平行棒や階段、その他にもエアロバイクや低速トレッドミルなどリハビリ用の機器が置かれている。


 敵の気配はないが、樹流徒はとりあえずその部屋の扉をくぐった。


 突如、目の前が真っ白になる。

 樹流徒は激しい眩暈(めまい)に襲われたのかと一驚したが、そうではなかった。


 次の刹那、彼はどこか別の場所にいた。

 リハビリテーション室に比べれば狭い空間だ。簡素な造りの机と椅子、清潔さ漂う純白のシーツが敷かれたベッドなどが置かれている。奥の窓には青竹色のブラインドがかかっていた。


「ここは、もしかして病室じゃないのか?」

 樹流徒はすぐに気付いて、自身に確認を取るように独り言を発した。

 リハビリテーション室の扉をくぐっはずなのに、何故か病室の中に移動してしまったらしい。


 樹流徒は窓際に歩み寄り、ブラインドの隙間から外の様子を覗く。

 ガラス越しに街の景色が割と遠くまで見渡せた。どう考えても、今いる部屋は四階か五階辺りに位置している。少なくともつい先程まで樹流徒がいたはずの一階ではない。


 やはりここは魔空間だった。摩蘇神社に出現したのと同じ、迷宮型の空間だ。侵入者をワープさせる仕掛けが働いている。

 樹流徒は自分の予感が正しかったことを確信して、移動を再開した。


 病室から出た瞬間、目の前が真っ白になる。

 気が付けば、目の前に現れたのは病院の受付だった。最初の場所まで戻されてしまったらしい。


「なるほど。こういう仕掛けか」

 樹流徒は一人合点する。

 恐らく、この空間は部屋の入り口が病院内の様々な場所と繋がっている。正しい扉をくぐらなければ先へは進めない仕掛けになっているのだろう。


 だとすれば、目的地にたどり着くためには病院内の部屋を地道に一つずつ覗いてゆくしかない。なかなか骨が折れる探索になりそうだった。


 不気味に静まり返った院内の様子を今一度見渡して、樹流徒は足を前に踏み出した。






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