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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
魔都生誕編
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魔空間



「ゲーム?」

 樹流徒は鸚鵡(おうむ)返しに尋ねる。言い終えてから、そういえば先ほどから少年が「遊ぼうよ」と繰り返していたのを思い出した。

「そ。ゲーム」

「一体、何の?」

「ホラ。ニンゲンの遊びに“鬼ごっこ”ってあるじゃない? ボク一度でいいからアレやってみたかったんだ」

「そうなのか……意外だな」

 樹流徒は言葉通り意外そうな声を出す。

 悪魔がゲームなどと言い出すものだから、呪いのゲームだとか、命を賭けた遊戯だとか、もっとおどろおどろしい答えが返ってくるのかと思った。しかしそれに反して少年の要望は実に平和的なものだった。


 ただ、たとえゲームの内容が何であろうと、樹流徒はそれに付き合う気分ではない。

「悪いけど少し急いでるんだ」

 と、はっきり断った。

「え~? どうして? やろうよ~」

 誘いを蹴られた少年は不満げな声を上げて駄々をこねる。エスカレーターの手すりを叩いてペチペチと小さな音を鳴らした。


「他の悪魔にでも付き合ってもらってくれ」

 多少悪い気はしたが、樹流徒は構わず先へ進むことにした。エスカレーターに片足をかける。

 途端、少年は手すりを叩くのを止めた。

「そうはいかないよ。お兄ちゃんがボクと遊んでくれるまでこの建物から出してあげないんだから」

 いかにもイタズラ好きといった感じの口調で脅迫めいた台詞を吐く。


 樹流徒は眉を寄せ、階段を踏んだ足を一旦戻した。「さすが悪魔」とでも言うべきか、遊びの誘いひとつ断るにも一筋縄ではいかないようだ。


「さあどうするの? 死ぬまでこの中にいる? それともボクと遊んでくれる?」

 悪魔は無邪気な脅迫を繰り返す。

「無茶を言うな。それに、この建物から出さないと言っても、どうやって僕を閉じ込める気だ?」

「そんなの簡単だよ。こうするのさ」

 少年は指を弾いて軽快な音を鳴らした。


 それを合図に、辺りの様子が一変する。

 建物のドアや窓が一斉に黒く塗りつぶされてゆく。突然外が夜になったかのようだった。瞬く間に漆黒の侵食を受けたガラスは表面を水面の如く揺らめかせる。

 続いて無数の火の玉が建物の壁に沿って出現した。それらは宙に浮いたまま微動する。まるで鬼火のようであった。数メートル間隔で均等に並んだ鬼火は薔薇色の輝きで周囲を薄々と照らす。

 店内は、まるで別世界のように暗澹(あんたん)とした雰囲気に包まれた。


「どう? これでもう外には出れないよ」

 悪魔はあははと声を上げて笑う。

 樹流徒は束の間変貌した世界に目を奪われていたが、すぐ我に返って少年を見上げた。

「何をした?」

「見ての通り、ボクがこの空間を作り変えたんだよ。今、ボクたちは“魔空間(まくうかん)”の中にいるのさ」

「魔空間?」

 樹流徒が初めて聞く単語だった。


「そう。ボクたち悪魔の力が生み出す、現世とも魔界とも異質な空間。それが魔空間。面白いでしょ? お兄ちゃんがどんなに頑張っても絶対脱出できないステキな空間だよ」

「そんな馬鹿な……」

 いくら悪魔が人間にはない能力を持っているとはいえ、瞬時に空間を作り変えるなど、科学の常識を逸脱するにも度が過ぎている。一体、どうやってこのような能力を身につけたというのだろうか。


「なんでこんな能力が使えるのか? って顔してるね」

 少年は樹流徒の考えていることを言い当てる。

「実はボクたちも知らないんだ。悪魔って良くも悪くもニンゲンとは違って全ての事象をカガク的に解明しようとは考えない種族だからさ。でもニンゲンだって呼吸のめかにずむ(・・・・・)を知らない時代からフツーに息吸ってきたでしょ? それとおんなじだよ。できるものはできるの」

 それが悪魔の言い分だった。

 空間を作り出すことと呼吸をすることを同列に語るのは一見妙な話である。

 だが、考えてみれば、それすらも現世の常識でしかない。現に、少年はまるで息をするように、簡単にこの魔空間を作り上げてしまった。悪魔にとってはそれが常識なのだ。


「ちなみにボクの魔空間は誰かを閉じ込める時くらいしか役に立たないんだけど、罠や迷路でいっぱいの魔空間を作ることができる悪魔もいるんだよ。羨ましいと思わない?」

「罠と迷路……」

 樹流徒はその言葉から、摩蘇神社の本殿内部に出現した不思議な空間のことを思い出した。十字路で正しい道を選択しなければ永久に先へ進めないという超現実的な罠が仕掛けれていた、あの迷宮である。

 どうやらあれはマモンが作り出した魔空間だったらしい。迷宮がマモンの死亡直後に崩れ去ったのもそのためだろう。


「で? どうするの? ボクと一緒に遊ぶの? それとも一生この中にいるの?」

 少年は改めて二択を迫る。

 樹流徒には悪魔が嘘やハッタリを言っているようには聞こえなかった。ならば選択の余地は無い。

「分かった。鬼ごっこに付き合えばいいんだな?」

 そう答えるしかなかった。 

 満足のいく返事を得られたようで、少年はぱっと笑顔を咲かせる。

「やったあ。じゃあソッチが鬼でいいよね? ボクの服に指がかすっただけでも捕まえたことにしてあげるから頑張って」

 と、一息に言った。

「それでいい。早く始めよう」

 ついでに早く終わらせよう。そう考えて、樹流徒は再びエスカレーターの一段目に足をかける。


 しかし、ここで少年は何を思ったのか、近付こうとする樹流徒に掌を向けた。「待った」のポーズを取る。

「どうした? 逃げないのか?」

「うん。その前にちょっと見て欲しいものがあるんだけど」

「何を?」

「実はボク、こんな力も使えるんだけどさ」

 少年は言い終えたのと同時に、その場から忽然と姿を消す。

 樹流徒がはっとした時にはもう、彼の背中に謎の重みが加わっていた。

 見れば、少年がいつの間にか樹流徒の首に両腕を回してしがみつき、ぶら下がっていた。


「どう、凄いでしょ? 現世で言うところのシュンカンイドウ(・・・・・・・・)ってやつ?」

 少年は樹流徒の耳元で囁いてニヤリとする。それから再び姿を消して今度は樹流徒の正面に出現した。

 確かに瞬間移動だった。樹流徒の動体視力は少年の動きを全く捉えることがことができなかった。


「そんな能力を鬼ごっこで使われたら僕に勝ち目は無いな」

 樹流徒が気付くと、少年はその言葉を待っていたように、にっこりと微笑む。

「でしょ? さて、それではここで特別ルールのお知らせだよ」

「特別ルール?」

「そう。“ボクがこの能力を使った場合はお兄ちゃんの勝ちとする”。どう?」

 それは、つまり“瞬間移動の禁止”だった。少年は己が不利となる条件を自ら提案したということになる。

 意外な展開だったが、樹流徒としては願ってもない話だった。この提案を拒否する理由は何ひとつ無い。


「本当にいいんだな?」

 樹流徒は念を押す。

「だってフツーに勝負したら絶対ボクが勝つに決まってるもん。それじゃ面白くないでしょ? ゲームは五分五分に近いほど楽しいものだからね」

「そうか。なら僕も全力を出すことにする」

「そうこなくっちゃ。じゃボクは逃げるね。お兄ちゃんはその場で30秒数えたら追いかけて来てもいいよ」

 悪魔は樹流徒に背を向けた。

「待て」

 が、今度は樹流徒が相手を止める。

「ん? なに?」

 少年は身軽に反転した。


「そういえば、まだお前の勝利条件を聞いてなかった」

「ああそっか。延々逃げ回ってても面白く無いもんね。じゃあ二時間以内に捕まらなかったらボクの勝ちってことでどう?」

「分かった。二時間だな」

 樹流徒は即座に頷いた。最長でも二時間付き合えばこの遊びから解放されると決まって、軽い安堵を覚える。少しのあいだ子守りを任されたと思えば、それほど嫌な気もしなかった。


 ところが、次に悪魔が発した一言が、樹流徒の安堵を粉々に打ち砕く。

「あ、そうだ。今いいコト思いついちゃった。もしボクが勝ったらお兄ちゃんを一生この中に閉じ込めることにしよっと」

「なに」

「だってそうしないとお兄ちゃん本気出してくれないかも知れないじゃん?」

「そんなことはない」

「アハハハ。それじゃ今度こそ、レッツ鬼ごっこ」

 少年は聞く耳を持たない。再び樹流徒に背を向けると、嬉しそうにエスカレーターを駆け上がってゆく。


 単なる鬼ごっこが、時間内に悪魔を捕まえなければこの空間から永久に脱出できなくなるという悪夢のゲームへと変貌した。

 理不尽な展開だが、こうなってしまった以上やるしかない。樹流徒は心から真剣に遊ばなくてはいけなくなった。


 彼は気を引き締めて、その場でカウントを数え始める。


 二十四、二十五、二十六…………


 三十。

 数え終えると、すぐさま駆け出した。




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