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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
新創世記編
356/359

激闘の果てに



 サマエルの肉体が崩壊し聖魂が宙に放出される。白銀に輝く光の中に神秘的な黄金色の光が混ざっていた。聖魂よりも一回り大きな光の粒だ。闇の者の魂だろうか。

 二色の光は緩やかなスピードで空に昇り、徐々に消えてゆく。


 間もなく樹流徒の左肩に光の痣が浮かび上がった。サマエルが死んだことで、奪われた神の力が樹流徒に戻ってきたのだ。それに伴って樹流徒の肉体も力を奪われる以前の状態に戻った。髪は灰銀色、瞳は赤に染まる。ナスカの地上絵を連想させる謎の模様が全身を走り、その中を鮮やかな紅の光が流れた。


 樹流徒の全身を覆っていた虹色の光が消えてゆく。

 天空目指して漂っていた二色の光も、跡形も無く消え去った。それは闇の者が永遠に滅びた瞬間であり、樹流徒が旅の目的を全て果たした瞬間でもあった。

「終わったぞメイジ……」

 感動とも達成感とも言えない名状しがたい気持ちが、樹流徒の胸に込み上げてきた。


 だが人心地つくのは早い。諸悪の根源は滅びたが、サマエル軍の天使がまだ残っている。

 それに関して樹流徒は一つ気付いた事があった。つい先ほどまで聞こえていた戦闘音が、いつの間にか止んでいるのである。現在地から連合軍とサマエル軍が衝突してる場所までさほど距離は無い。にもかかわらず戦闘音が全く聞こえないのは妙だった。

 戦場の方角を遠望しても、異形の影や閃光などは一つも見当たらない。空は不気味なほど静かで穏やかだった。

 何か起きたのだろうか。気になった樹流徒は、決戦の余韻を振り切って、急ぎ戦地へと引き返した。


 戦いの舞台となっていた臨海地に到着すると、戦闘は意外な形で終息していた。

 サマエル軍の天使たちが完全に沈黙している。彼らは空き地や道路、そして砂浜の上に横たわっていた。虚ろな瞳は瞬きもせず、どれもこれも虚空か大地の一点を見つている。まるで抜け殻だった。(おびただ)しい死体が転がっているようにも見えるし、大量投棄されたマネキンにも見える。

 その異様な光景を、連合軍の兵士たちが訝しげな顔で眺めていた。

 樹流徒も怪訝に思いながら戦場の様子を見つめる。果たしてこの場所で何が起こったのか、想像できなかった。


 と、そこへ一体の天使が飛来する。

 ふわりと六枚の白い翼が樹流徒の前に降り立った。

「ガブリエル」

 樹流徒は現れた天使の名を呼ぶ。

「良かった。アナタも無事だったのですね」

 ガブリエルは柔和な笑みを浮かべた。

 そういえばガブリエルは、樹流徒とサマエルが対決している場にはいなかった。おそらく彼女はずっとこの戦場でサマエル軍の相手をしていたのだろう。

 ガブリエルが生きていたと分かり、樹流徒も口元を微かに柔らかくした。


 だが互いの生存を喜び合ったのも束の間、樹流徒は周囲の異様な状況について説明を求める。

「教えてくれ。一体ここで何があったんだ?」

 どうしてサマエル軍の天使が全員倒れているのか?

「数分前の話ですが、彼らは急に戦闘を中断してあのような状態になってしまったのです」

 答えながらガブリエルは近くで倒れている天使を見やる。

「それって、もしかして原因はサマエルの……」

「はい。ほぼ間違いなくサマエルの死が関係しているでしょう」

 ガブリエルの言葉に樹流徒は少し驚いた。

「サマエルが死んだことを知っているのか?」

「知っていると言うより、状況的にそうだろうと判断しただけです。サマエル軍に起きた異変とアナタの姿を見れば、おおよそ何があったのか見当はつきますから」

「なるほど……そういうことか」

 サマエルを倒した結果、樹流徒の外見は神の力を奪われる前の状態に戻った。ゆえに樹流徒の姿を見たガブリエルがサマエルの死を想像するのも決して難しくなかったはずである。

 樹流徒は力強く頷いた。

「お前の推測通り闇の者は倒した。もう聖界や魔界が侵略される心配は無い」

「やはりそうでしたか……」

 吉報を受けてガブリエルは喜びと安堵が入り混じった控え目な笑みを浮かべる。

 ただし一瞬の微笑だった。

「アナタがサマエルを倒して下さったおかげで、こちらの戦闘も停止しました。ですが喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか、分かりませんね」

 彼女は言葉通り、悲喜のどちらともつかない表情をする。

 やはりサマエルが滅びても、洗脳された天使たちを元に戻すことはできなかった。

 現時点では「最悪の事態だけは免れた」と言うのが適切だろう。


 しかし何はともあれ、サマエルの命と共にサマエル軍の戦闘行為も停止した。

 今度こそようやく本当に全ての戦いが終結したのである。


「それで、このあとサマエル軍の天使たちはどうするんだ?」

 まさかこのまま放置するわけにもいかないだろう。無論、彼らを始末するという選択肢も論外である。

「彼らは聖界に連れて帰ります。ですがその後どうするかは私の一存では決められません。それ以前に私自身、まだどうしたら良いか分からない状態なのです」

「無理もないな」

 まだ戦闘が停止した直後だ。ガブリエルも大なり小なり混乱しているだろう。

 被洗脳天使たちの処遇については、このあとミカエルたち上級天使に話し合って決めてもらうのが一番に思えた。

「では早速、私はミカエルたちと合流するために移動します。サマエルの野望を阻止して下さったアナタには色々と申し上げたい言葉がありますので、今この場を離れるのは非常に残念ですが……」

「いや。そんなことより一刻も早くミカエルのところへ行った方が良い」

 樹流徒が言うと、ガブリエルは「はい」と頷いて翼を広げる。

「ですが一つだけ言わせて下さい。アナタには心から感謝しています。ありがとう」

 彼女はそう言い残すと、ミカエルたちを探しにどこかへ飛び去っていった。


 それから程経て、戦場に散らばった連合軍の兵士たち――主に悪魔から、歓声が上がり始める。

 どうやら耳の良い悪魔が、樹流徒とガブリエルの会話を聞いていたらしい。サマエルが死んだという情報があっと間に広がって、辺りの雰囲気が少し賑やかになった。妙な雄たけびを発する者や、肩を組んで小躍りしている者がいる。


 ただ、戦場のどこを見ても天使が横たわっているこの状況で、喜んでばかりもいられない。

 既に連合軍の天使たちはサマエル軍の同胞を空き地の一ヶ所に運び始めていた。それを見た悪魔たちもひとまず戦勝ムードに酔いしれるのを後回しにして、作業を手伝う。樹流徒も手伝った。

 戦いを優位に進めた連合軍はサマエル軍よりも生存者数が多い。従って単純に考えると連合軍全員で一人一体ずつ天使を運べば作業は完了する。海に墜落した天使の捜索には多少手間取るかと思われたが、水中での活動を得意とする悪魔の協力を得てあっさり解決した。驚くべきことに作業はわずか三十分足らずで完了した。


 そして、作業終了とほぼ同時。


 ――おーい。相馬。

 ――相馬君。

 遠くから樹流徒の名を呼ぶ声が聞こえてきた。

 砂原の声。仁万の声。それにベルの声。

 組織のメンバーたちが駆けてくる。

 彼らは、作業を終えて砂浜で一人佇んでいた樹流徒の前までやって来た。


「こんなところにいたのか。探したぞ」

 令司は少し息を切らせている。

「相馬さん……サマエルと一緒に結界の方へ飛んで行っちゃったから……戦いの結果がどうなったか分からなくて……私たち……すごく心配したんですよ」

 体力が少ないせいか早雪は激しく息切れしている。台詞も切れ切れだ。

「ところでその姿はどうしたんだ? 神の力を取り戻したのか? だとすればサマエルは?」

 砂原がまくしたてるような早口で質問をする。

 他のメンバーは揃って樹流徒の口元を注視した。


 樹流徒は微笑を浮かべて頷く。それだけで彼らには十分伝わった。もっとも、樹流徒が生きてこの場にいる時点で答えは出ていたようなものだが……


 わっと歓声が上がった。南方がいなくなった今、組織のメンバーは全部で六人。少人数ゆえのささやかな歓声だったが、その明るく弾んだ声は、新世界の産声に聞こえた。


 組織の面々は樹流徒を取り囲む。

「やったな相馬」

 渡会が樹流徒の肩を叩く。彼はいつになく興奮していた。

 その隣でベルが、彼女もいつになく機嫌が良さそうに笑っていた。

「皆の仇を取ってくれたんだ。アンタには礼を言わないとな」

「相馬さん。私たち生き残ったんですね?」

 早雪は半分涙目で樹流徒を見上げている。

「そうだよ早雪ちゃん(・・・)。やっと全て終わったんだ」

 言い終えから樹流徒は微苦笑して令司の顔を見た。そういえば「早雪さん」と呼ばなければいけないのだった。

 令司は樹流徒を軽く睨んでいたが、すぐにふっと吹き出す。

「いい。今日だけは許してやる」

 彼ははじめて明るい笑みを浮かべた。


 組織のメンバーたちは談笑を始める。

 ふと、樹流徒の視線は彼らの顔を通り過ぎて、その先にいる天使と悪魔へ向かった。

 サマエル軍の兵を一ヶ所に集める作業が終わって、彼らは改めて勝利の喜びを噛み締めていた。そこに流れる雰囲気は多少複雑そうだったが、決して悪いものではなかった。彼らは自分たちの未来を取り戻すために協力して戦い、一人一人の手で未来を勝ち取ったのである。絆という一言で片付ければ安っぽく聞こえるかもしれないが、何かそれに近いものが彼らの間で生まれているように見えた。


「よし。では一連の事件解決を祝して、相馬君を胴上げでもするか」

「お。それ良いな」

 唐突な砂原の提案に渡会が乗る。

「あまり手荒な真似はしたら駄目ですよ。相馬君は戦い終わったばかりなんですから」

 仁万も軽く釘を刺しながら反対はしない。

 彼らは樹流徒の体を抱え上げようと動き出す。

 そこへベルが割って入った。

「おい、ちょっと待て。胴上げも良いけど、その前に確認したいことがある」

「確認って、何をだよ?」

「アレに決まってるだろ」

 ベルは空き地を指差す。

「サマエル軍の天使が一ヶ所に集まって寝てるが、アレはどういう状況なんだ? 気になって仕方がない」

「俺も気になっていた。見たところもう誰も戦っていないようだが、戦闘は完全に終了したと判断して良いのか?」

 八坂がベルに同調する。

「言われてみればそうだな。相馬君の生存とサマエルの死を知ってすっかり舞い上がってしまった」

 砂原が反省する。

 樹流徒とサマエルの対決を見ていた組織のメンバーは、この戦場で何が起きたのか知らない。空き地に横たわる異様な光景をベルや令司が気にするのは当然だった。


 ――案じる必要は無い。サマエルの軍勢は実質上全滅したのだ。


 そのとき、彼らの後ろから若い男の声がする。

 全員が振り返ると、そこにはミカエルたち上級天使が勢揃いしていた。先ほど飛び立ったガブリエルの姿もある。

「やあ。キルトがここにいるとガブリエルから聞いて、急いで飛んできたよ」

 ラファエルは嬉しそうだ。

「良くぞサマエルを倒してくれた。汝の働きは賞賛に値する」

 メタトロンが樹流徒に礼を述べる。

 ガブリエルの報告により、ミカエルたちはすでにサマエルが敗北した事実を知っていた。


「失礼ながらお尋ねします。いま“サマエル軍が実質全滅した”と仰いましたが、詳しい話を伺ってもよろしいですか? 我々はまだ状況が良く飲み込めていないのです」

 砂原が丁寧な言葉遣いで問いただす。

 彼の要求に応じて、ガブリエルは組織のメンバーに状況を説明した。サマエルが死んだことで被洗脳天使が戦闘を中断したこと。残念ながら彼らは正気に戻らず放心状態なってしまったこと。ただ、それによって連合軍とサマエル軍の戦いは完全に終結したこと。それらを分かり易く事細かに伝えた。


 状況を理解して組織のメンバーは口々に安堵の吐息を漏らす。同時に彼らは抜け殻と化した天使の安否を気遣った。

「あの……。洗脳された天使様はもう元に戻せないんですか?」

 誰とはなしに早雪が聞くと、ミカエルが答える。

「分からない。だが彼らが戦闘を停止してくれたのは不幸中の幸いだった。我々はこのあと彼らを聖界に連れて帰る」

「連れ帰った後はどうするのです?」

 砂原が質問する。

 それについては早速ミカエルたち全員で話し合ったのだろう。既に答えは出ていた。

「遺憾ながら一時的に彼らを投獄する」

「え。投獄って……牢屋に閉じ込めるのかよ」

 ベルが若干眉を曇らせると、ウリエルが答える。

「仕方あるまい。今のところ彼らは大人しく寝ているが、いつ想定外の行動を起こすか分からない。例えば彼らが一斉に暴れ出したら厄介なことになる。よってしばらくのあいだ牢獄に入ってもらうのだ。ただし、数名を除いてな」

「どうして数名だけ残すんだ?」

 次は渡会が質問する。

 それに答えたのは天使ではなく仁万だった。

「多分その数名を被験者にして天使様を元に戻す方法を研究するんだろうね」

「その通りだ。もし彼らを元に戻す方法が分かれば、牢獄に入ってもらった者たちも解放できるようになるからね」

 ラファエルが温和な口調で言い添えた。

「それが最善手かもしれませんね。どの道、我々には口出しのできない事です」

 砂原がそう言って、話を締めた。

 この件はミカエルたちに任せるしかない。被害に遭った天使が元の状態に戻れるよう樹流徒は願った。


「さて……。汝らには申し訳ないが、少しのあいだ我々とキルトとだけで話をさせてもらって構わないだろうか? 実はそのために我々はここへ来たのだ」

 ミカエルがイブ・ジェセルの面々を見回しながら言う。

 彼のお願いに、仁万は挙動不審なくらいに顔と手を振った。

「そんな! 大天使ミカエル様が申し訳ないなどと恐れ多い。私たちは速やかにここから離れます。ですから、どうぞ存分にお話し下さい」

「おい仁万。いくら天使のトップが相手だからって低姿勢過ぎるだろ」

 ベルが苦笑する。

「良いから早く行こう。天使様をお待たせしたら失礼だろう」

 仁万は大急ぎでメンバーの手の引っ張ったり、背中を押したりして移動を促した。彼らは遠くの浜辺に向かって歩いてゆく。

「お前とはまた後でじっくり話がしたい。改めて礼もしたいからな」

 去り際、令司が樹流徒にそう言った。


 人払いが済むと、ミカエルは樹流徒に微笑を向けた。気品と穏やかさに満ちた表情だ。これが本来のミカエルの顔なのだと樹流徒は思った。

「すまないなキルト。我々には時間が無い。汝と話す機会は今しかないのだ」

「いや。組織の人とは後でゆっくり話せるから、気にしないでくれ」

「そうか……」

 ミカエルはひとつ頷く。それから一拍置いて、少しあらたまった態度で物を言った。

「ソーマキルト。汝の記憶は今回の戦いと共に、永遠に我々の心に刻まれるだろう」

 彼に続いて、メタトロンとサンダルフォンが口を開く。

「このたびの出来事は、我々がニンゲンという生き物について見直す大きなキッカケとなった」

「実は私とメタトロンは今でこそ天使だが、かつてはニンゲンの身だったのだ。だから我々はニンゲンという生き物について全て知った気でいた。ニンゲンは愚かで救いがたい存在だと心のどこかで決め付けていた。しかしまだ人類には見直す価値があるのかもしれない。オマエを見てそう感じた」

「私はニンゲンを信じます。今までも、これからもずっと」

 ガブリエルの言葉にラファエルが優しく頷いた。

「ニンゲン……か」

 ウリエルはミカエルたちの背後で一人呟いて、何かを思案している様子だった。

「おそらく汝とは再び会うことになるだろう。そのとき我々と汝の関係がどのようになっているかは分からない。願わくばそれが良い形であって欲しいものだ」

「そうだな。俺もそう願っている」

 ミカエルの言葉に樹流徒は首肯してから

「伊佐木さんのこと、よろしく頼む」

「承知している。彼女は大切な客人として預からせてもらう」

 ミカエルは即答した。

 今はまだ客人に過ぎない詩織だが、いつか彼女が立派な聖界の一員として迎えられることを樹流徒は祈った。それが詩織自身の望みだから。


 そしてミカエルは他の天使も全て引き連れて、空き地へと向かった。

 これから急いで被洗脳天使を聖界に運び、牢獄に入れるのだろう。彼らに時間が無いのはそのためだった。


 天使たちが去り、樹流徒は一人になる。


 すると入れ替わるように、今度は魔界の集団が樹流徒の元へやって来きた。

 (おも)にこれまで樹流徒と出会った悪魔が揃っている。彼らが一堂に会する光景は、よくよく見れば何とも不思議な気分にさせられるものであり、壮観だった。


 悪魔の集団が樹流徒の前にズラリと立ち並ぶ。

「よう首狩り。オレは最初から分かってたぜ。オマエなら絶対サマエルに勝つってな」

「久しぶりだねキルト。ボクのこと覚えてる?」

「よし! 今こそ俺と勝負しろ。サマエルを倒したオマエを倒せば俺が最強だ」

「キルト。オマエはオレたちの救世主だよ」

「言っとくがオレはオマエを認めたわけじゃねェぞ。ほんの少ししか認めてねェからな」

「大丈夫ですかキルト。怪我は無いですか? どこか痛くないですか?」

「お腹減った……」

「お疲れさんキルト。よく頑張ったな」

 彼らは思い思いの言葉を樹流徒へ投げる。賛辞、憎まれ口、体調を心配する声。中には樹流徒と全く関係ない台詞も混ざっている。

 樹流徒は少しおかしくなった。皆一生懸命何かを唱えているが、一度に大勢で喋るものだから、誰が何を言っているのか全く分からなかった。


 その騒がしい声の嵐は、先頭に立つルシファーが手をかざした途端、ピタリと止む。

 ルシファーは一歩前に出て、樹流徒の顔を真っ直ぐに見た。

「見事な戦いだった。汝のおかげで闇の者の野望は(つい)えた。汝が終わらせたのだ」

「……」

 樹流徒は静かに首を振った。決して自分一人で戦っていたわけではない。皆の力を借りたからサマエルと戦えたし、勝利もできた。

「俺じゃない。俺たち皆で終わらせたんだ」

 だからこそ今回の戦いには価値がある。全ての者ではないにしても、人間と天使と悪魔が種族の垣根を越え協力して戦ったことに大きな意味があった。

「そうか……。いや、そうかもしれないな」

 ルシファーは首肯してから

「光の者の力を受け継いだのが汝で良かった」

 どこか優しげな眼差し樹流徒に注いだ。


「もしかすると光の者は全ての結末を知っていたのかもしれないな。だからキルトに力を託したんじゃないか?」

 ヒトコブラクダの悪魔ウヴァルが個人的な憶測を述べる。

 果たして樹流徒たちが神の力を受け取ったのは偶然だったのか、必然だったのか。

 今やその答えは誰にも分からない。永遠の謎である。


「それはそうと、汝はこれからどうするのだ?」

 急に思い出したようにルシファーが問う。

「これから……」

「そうだ。普通のニンゲンとして現世で生きてゆくつもりなのか? しかし神の力を持つ汝の体は不老だ。そして今や不死に近い。その身で現世に汝の居場所はあるのか?」

「それは……まだ何も考えていない」

 樹流徒は本音を口にした。戦いが終わった今、彼の眼には希望も絶望も過去も未来も見えていない。今後普通のニンゲンとして現世で生きてゆけるのかどうかなど、考えてもいなかった。


 ただ、たとえ簡単に居場所が見つからなかったとしても、樹流徒は現世のどこかで生き続けるつもりだった。何しろ現世以外に行く場所などないし、まだ根の国との戦いも終わっていない。

 それを正直に伝えると、ルシファーは納得したあと、思いもよらない言葉を口にした。

「ではキルトよ。私から汝に一つ提案がある」

「提案?」

「無論、汝のこれからに関する提案だ」

「それは、具体的にどういう……」

「我々と魔界に来るつもりはないか? 汝には魔王になって貰いたい」




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