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悪魔倶楽部  作者: ぴらみっど
新創世記編
355/359

キルト



 サマエルの姿がいきなりメイジに変わって、樹流徒は思わず固まった。

 冷静に考えれば死んだメイジがここにいるはずがない。目の前にいるのはメイジに変身したサマエルと考えるのが妥当だった。失った片腕がその証拠である。光の剣に斬られたサマエルの腕はメイジの姿になってもそのままだった。傷口から真っ赤な血がとめどなく血が溢れている。


 ほんの二、三秒。もし現状を把握できる時間があれば、樹流徒は攻撃を止めなかっただろう。

 だが全ては一瞬にして突然の出来事だった。不意を突かれた樹流徒はメイジの姿を見て無意識に、反射的に動きを止めてしまったのである。

 そこに隙が生まれた。

 皮膚を突き破ってサマエルの上半身から何百本もの小さな針が飛び出す。

「危ない! 皆、離れろ」

 すぐ我に返った樹流徒は周りの者たちに警告を与えた。


 サマエルの体から針が一斉に発射される。

 味方に退避を促していた分だけ樹流徒は回避が遅れた。脊髄反射で後ろへ跳躍したが四方八方に飛び散る針が彼の上腕と腹、そして大腿部にそれぞれ突き刺さる。

 他の者たちは樹流徒の警告もあって難を逃れた。ルシファーやメタトロンが光弾を放ち、ベリアルやラファエルが防壁を張るなど、数名の天使と悪魔が素早い対応で針を防ぎ、犠牲者は一人も出なかった。


 樹流徒は痛みを堪えながら体に刺さった針を全て引き抜く。赤紫色の血が勢い良く服に浸透して広がった。

 かたや反撃を成功させたサマエルは、メイジの姿を保ったまま、してやったりという顔で立ち上がる。


 戦いの成り行きを見守る者たちから小さなざわめきが起こった。

「あの姿……たしかメイジっていうニンゲンの子よね?」

「そうだ。キルトの親友だ。しかしメイジはサマエルに殺され、もうこの世はいない」

「じゃあ、やっぱりサマエルがメイジの姿に変身したのね」

 黒猫の悪魔バステトとサンダルフォンが言葉を交わす。虹色の光に触れて樹流徒の記憶を共有した彼らはメイジについても知っていた。


「友の姿に化けてキルトに攻撃を躊躇わせるとは、姑息な真似をする」

 メタトロンがサマエルの戦い方に嫌悪感を示す。

 私怨抜きで戦いに臨んだ樹流徒もこのときばかりは個人的な怒りを禁じ得なかった。メイジを殺しただけでは飽き足らず彼の姿まで利用したサマエルを許せなかった。


 もっとも樹流徒は大きな勘違いをしていた。樹流徒だけではない。この場にいる大半の者が彼と同じ勘違いをしただろう。

 サマエルは単にメイジの姿に変身したのではなかった。彼が実際に行なった所業はもっと罪深いものであった。

 サマエルは朗笑する。

「断っておくがコレは変身能力とは少し違う。今私が使っているのは本物のメイジの肉体だ」

「本物……?」

 樹流徒は我が耳を疑った。本物のメイジの肉体とはどういう意味なのか。寸秒、サマエルの言っていることが分からなかった。

 サマエルは傷口から血を、額から汗を流しながら、ク、ク、ク、と肩を揺らす。

「オマエはメイジの死体を海に流した。それを私が後で回収し、利用させてもらったのだ。今メイジの肉体はサマエルの肉体と融合している」

「……」

 樹流徒は敵の言葉の意味を理解した。身の毛もよだつ事実に眉根を寄せる。

 サマエルは海に沈んだメイジの死体を回収し、何らかの能力を使って自分のモノにしたのだ。いつか樹流徒相手に利用できると考えたのだろう。


「あんなコト言ってるけど、本当はメイジの姿に化けてるんじゃないの?」

 アライグマの悪魔グシオンが疑ってかかると

「いや。あの肉体から微かにニンゲンの死臭がする。たぶんサマエルの言葉は事実だ」

 マルバスが言下に否定した。


 たしかに樹流徒はメイジの死体を海に流した。サマエルがどうやってそれを知ったのかは不明である。当時、現場を直接見ていたのかもしれない。使い魔を使って樹流徒の動向を見張っていたのかもしれない。

 ただ、いずれにせよサマエルが嘘をついているようには見えなかった。おそらく今樹流徒の眼前にあるメイジの肉体は本物なのだろう。


 対樹流徒用の切り札を出したサマエルは深手を負いながらも余裕を見せる。

「さあどうする? オマエの大切な友の体だぞ。攻撃することに抵抗はないのか?」

「南方、テメェ!」

 卑怯な手口に怒りが抑え切れなかったのだろう。渡会が一歩前に出る。

「サマエルめ……」

 ウリエルも怒りの相を露にした。


「相馬樹流徒。私はオマエの性格をそれなりに知っている。オマエには非道な真似などできない。親友を攻撃するなど不可能なはずだ」

 サマエルは氷の鎌を取り出す。これから樹流徒に対して一方的に攻撃を仕掛けるつもりだろう。


「このままではいけない」

 樹流徒の援護に入ろうとラファエルが六枚の翼を広げた。

 が、飛び立とうとする彼をバルバトスが手で制する。

「待て、ラファエル」

「なぜ止める?」

「キルトを信じろ。アイツはこのままやられるような男ではない」

「……」

「信じろ」

 重ねてバルバトスが言うと、ラファエルは広げた翼を折り畳んだ。


 サマエルは氷の鎌を振り上げて、ひたひたと芝生の上を歩く。

 その足はたった数歩進んだだけで停止した。

 樹流徒の全身から(みなぎ)る攻撃の意思を感じ取ったのかもしれない。


 樹流徒は微塵も戦意を失っていなかった。戸惑いも無い。

 もしこの場にメイジがいたら何と言うか。彼は想像していた。


 ――いいからさっさと決めちまえよ、相棒。


 メイジならきっとそう言うに違いない。少なくとも「よくも俺の体を攻撃したな」とは決して言わないはずだ。ここでサマエルを逃がすようなことがあれば、それこそ彼に呆れられてしまう。

 樹流徒に迷いは無かった。メイジはもうこの世にはいない。目の前にあるのはただの抜け殻だ。メイジの肉体ごとサマエルの命を刈り取る覚悟がいとも簡単にできた。


 足を止めたサマエルとは逆に、今度は樹流徒が敵へにじり寄る。かつてない凄まじい力が全身に溢れていた。皆の思いが流れ込んでくる。その思いが樹流徒をより一層強くさせた。

 メイジを利用して樹流徒を無力化しようとしたサマエルの戦法は完全に逆効果だった。結果的にそれは樹流徒の戦意を挫けなかったばかりか、彼を応援する者たちの気持ちを増幅させ、樹流徒を強化しただけだった。


「来るな。親友を殺す気か?」

 すでに何の役にも立たないメイジの体を盾にしてサマエルは後ずさる。

 樹流徒は冷静だった。卑劣なサマエルの罠に一度は私憤を燃やした彼だったが、それは既に鎮まろうとしている。眼前の敵を決して神にしてはいけないという使命感が、樹流徒個人の怒りを凌駕したためだった。


 メイジの体が使えないと悟ったサマエルは元の姿に戻る。彼は苦虫を噛み潰したような顔をすると、素早く身を翻して高く跳躍した。空を飛んで逃げるつもりだろう。

 今の樹流徒に対しては無意味にも等しい行為だった。

 樹流徒の体を中心に暗色の空間がずっと遠くまで広がる。元魔王アナンタが使用した特殊な重力場だ。この重力場の内側にいる限り誰も大空へ羽ばたくことはできない。

 二十四枚の翼が完全に広がるよりも早くサマエルは墜落した。これでもう飛行能力は使えないも同然。走って逃げようにも地上には天使と悪魔がいる。彼らでもサマエルの足止めにはなるだろう。さらに樹流徒には瞬間移動能力がある。どう考えてもサマエルに逃げ道は無かった。


 決めるなら今しかない。

 そう思って、樹流徒が瞳の奥を光らせると――


「行けキルト!」

 バルバトスの雄雄しい声が轟く。

 彼だけではない

「相馬さん! 負けないで下さい」

「相馬! 全てに決着をつけろ」

 八坂兄妹も懸命に声を張り上げている。

「オラ、モタモタしてんじゃねぇぞキルト」

 パズズも拳を突き上げて叫んでる。

「キルト。サマエルの成敗、汝に任せた」

 ルシファーも。

「呪われた過去に終止符を打ってくれ。そして未来を我々の手に取り戻してくれ、キルト」

 そしてミカエルも。

「首狩り」

「相馬君」

「キルト!」

 皆が彼の名を呼んでいた。


 ――相馬君。アナタを信じるわ。

 詩織の声が聞こえた気がした。


 仲間たちの声に背中を押され、樹流徒は駆け出す。

 魔都生誕以後の様々な思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。

 これで何もかもを終わらせる。万感の想いを込めて、創生神誕生から幾百、幾千億年続いた長き因縁に決着を付ける最後の一撃が、いま、放たれる。


 樹流徒の腹に(あざ)が浮かび上がり、ひときわ強い輝きを放った。

 サマエルが意味のわからない絶叫とともに爪を突き出す。鋭い一撃が樹流徒の頬をかすめて通り過ぎた。

 その腕と交差した樹流徒の手がサマエルの胸に突き刺り、背中の裏まで貫通する。ガッとサマエルが潰れた声を発した。


 樹流徒は重力場を解除すると、背中の右側から天使の翼、左側から悪魔の羽根を広げる。そしてサマエルの体を突き刺したまま飛翔した。逆走する流星の如く天空めがけて駆け上る。


 サマエルは目をいっぱいに見開き、恐怖と絶望に引きつった顔で声を荒らげた。

「こんな馬鹿なことが許されるものか! 私の長年の計画が、たった一匹のニンゲン如きのために……」

「サマエル、いや闇の者! お前の野望はもう終わりだ」

 樹流徒も吼えた。敵の執念を跡形も無く吹き飛ばす気迫で叫んだ。


 飛行速度が増す。サマエルの表情が恐怖と絶望に歪む。

「嫌だ。嫌だ! こんなのは嘘だ。何かの間違いに決まっている」

「……」

「私が……私こそが新世界の――」

「俺たちの新しい世界に――」

 ――神なのだ!

 ――神は要らないッ!

 空に駆け上った流星は、海岸にそびえ立つバベルの塔の内壁に激突した。巨大な鐘を打ち鳴らしたような凄まじい音が鳴る。それは戦いの終わりを告げる祝福の音だった。


 体を貫かれたまま壁に(はりつけ)になったサマエルは四肢をだらりと垂れ下げて、謎の笑みをこぼす。

「愚かなる者たちよ。オマエたちは自分が何をしたのか理解していない。私を倒したことで全知全能の神になれる者は誰もいなくなった。それは完全なる秩序が全宇宙から永遠に失われたことを意味している。現世、聖界、魔界……ほかのありとあらゆる世界も、これから混沌の時代を迎えるだろう。近い未来、オマエたちはきっと今日という日を後悔する。私には分かるのだ」

 それが、かつて神の座を争う戦いに敗れ、新たな神になろうとした者の、最期の言葉だった。




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